第47話 群雄伝10・グラゼニ

 プレイオフが終わり、神奈川が二年連続の日本一を決めた。

 ここでも相変わらず上杉頼みの投手事情であったが、高卒一年目の玉縄も日本シリーズでは一勝を上げ、球団の優勝に貢献した。

 さて完全にオフシーズンとなるわけであるが、選手たちの本当の戦いはここからとも言える。

 即ち年俸更改である。

 シーズンでいくら良い成績を残していても、それを評価されないのでは仕方がない。

 だが最近はどの球団も、査定にはコンピューターを導入し、様々な要素から来年度の年俸を弾き出している。

 優勝などによってその分がプラスされたりもするが、打っても打点が少ないとか、決勝打を打つ確率が高いとか、様々な方法で算出しているのだ。

 打者にとって一番分かりやすいのは、打率でもホームランでもなくOPSだろうか。


 まあある程度の金額を超えてしまうと、そういう算出は無意味になってしまうのだが。

 たとえば上杉のように完全に球団の顔、それだけでなくプロ野球全体のスーパースターとなれば、普通には金額は出せないのである。

 単純に成績以上のプラス効果を、球団に運んでいるので。


 今年の上杉の成績は、実は数字を見ると、プロ初年の去年よりも落ちているところもある。


 登板数 30 32

 勝利数 19 22

 敗北数  0  2

 セーブ  7  0


 このように数だけを見ると、去年は19あった貯金が一つ増えただけで、セーブがなかったのだ。32登板が多すぎるというのはともかく。

 もちろんそれで年俸を維持だとか、そんな馬鹿なことは言わない。

 他球団のエースは上杉よりも下の成績でありながら、上杉よりも上の年俸を貰っている。

 今年は出来高払いで結局二億となったので、それを下回ることはありえない。

 本当なら三億ぐらいもらっていても当然のプレイヤーなのだが、何事も急激なアップというのは反発を食らうものだ。

 もっとも上杉に関しては、どんな高い年俸であろうが、誰も文句は言わないだろう。

 少なくとも現役の選手は、誰も言えないはずだ。


「そもそも先発登板数が31であとは火消しが一つだったからなあ」

 優勝を決定する試合で、引き分けのところから登板してもらって、そのままの点差で優勝を決めたのだ。

 先発登板数が増えたため、イニング数や奪三振は増えている。

 おまけに今年は投手五冠も達成し、まさに球界の大エースと呼ぶに相応しい活躍を見せた。


 球団内の職員の噂は、球団がどれだけの数字を上杉に提示できるかに集中している。

 そもそも今年も出来高の条件を全て達成し、二億にはなっているのだ。

 これに二億を提示して、また出来高のインセンティヴをつけるのか。

 いっそのこと今の段階から複数年契約では?

 いやさすがの上杉でもいつまでもこんなことはないだろう。三年目のジンクスという言葉もある。




 そんな下々の噂などどうでもいいとは言わないまでも、球団首脳部は悩んでいた。

 上杉のおかげで観客動員数が去年よりもさらに増え、グッズの売り上げなどもどんどんと上がっている。

 優勝して日本シリーズの第七戦までやったので、その分の興行収入もある。

 だが上杉の活躍が超人的であるがゆえに、逆に評価が難しい。


 フロント陣が総出で考える。

「今のセ・リーグで一番の年俸の加納は、確か六億だったな」

 巨神の絶対エースである。だが勝ち星も勝率も防御率も完投も完封も奪三振も、全て上杉の方が上である。

 まあ球団として巨神の方が金持ちだからというのもあるのだが、加納は八年目のベテランで実績があるからだとも言う。

 いくらなんでも三年目になる上杉を、そこまで急激に上げるのは無理がある。

「とりあえず出来高とかは考えずに、最低で二億」

 そんなに安くていいのかな、と考える者が多い。


 上杉は一年目の成績ではなく、二年連続で最高の結果を出した。

 もうこれは来年以降も同じじゃね?という感覚はある。

「年俸は基本二億。それに対して出来高を最高で二億ぐらいにしよう」

 今年と同じように各種タイトルを取り、MVPやベストナインに選ばれれば四億。

 おそらく上杉なら達成するだろうし、一つか二つ逃しても、三億以上にはなる。

 計算式が使えない成績だけに、苦労するフロント陣であった。




 さて、それとは別に、初めての年俸更改を、緊張しながら待つ者たちもいる。

 今年デビューの新人たちであるが、活躍した者はそれなりに、それなりの評価を得ていた。


 千葉ロックの織田。

 年俸1600万から始まった初年度のシーズン、いきなり打率三割を達成した。

 シーズン序盤は下位打線で使ったが、すぐに上位、一番へと打順を変更。

 一番打者だけにランナーがいる状態で打席に入ることが少なく、そのために打点が少ないとも言える。

 来年は三番に上げてみるかもしれない。


 ただ織田自身は素晴らしい成績でプロ生活をスタートしたのだが、球団はリーグ最下位であった。

 ピッチャー陣も故障や負傷でボロボロ。打者もクリーンナップが軒並シーズンの半分ぐらいは故障と、どうにもならない状況であった。

 ドラフトでも一位競合で負け、外れ一位競合でも負けと、運がなかった。


 ただ織田だけは活躍したため、年俸は大きく上がった。

 三倍増の4800万にキリのいいところで、5000万円。

 さらに100試合以上出場と、打率三割でそれぞれ1000万のインセンティブまで付けてもらった。

 来年も打率三割というのは厳しいかもしれないが、出場試合数100試合は現実的な数字である。

 かなり甘めとも言えるが、打線陣では本当に、織田が孤軍奮闘したというイメージが強い。

 球団としてもこれからの顔にしたい意向が働いているのだろう。

 さらに言えば成績を落として年俸を減らされた選手が多かったので、その分が回ってきたとも言える。




 セ・リーグの今年の新人王を取った玉縄。

 ローテーションの一角としてしっかり機能し、貯金も作った上に試合を壊すことがなかった。

 神奈川が打線の弱いチームだけにこの成績だが、他のチームなら15勝ぐらいしていたかもしれない。

 それに球団が日本一になったということもあって、ポストシーズンでの勝利もあったため、織田よりも高く評価してもらえた。


 実のところなかなか完投勝利が出来ず、後ろに任せることが多かったため、本人は不安であったのだ。

 しかし28登板で防御率が3.11というのは素晴らしいもので、しかもこの失点が、大きく上下しない。

 玉縄の先発の試合で、初回炎上で勝負が決まるということは少なく、いわゆるクオリティ・スタートが評価された。

 あとは地味に四球を出すことが少なかったことも好印象である。


 優勝のご祝儀もあって、5500万円へと上がった。

 ちなみにこちらもインセンティヴをつけてもらって、20登板で500万。

 つまり今年並に、故障せずにしっかり来年も投げてね、ということである。


 勝ち星はともかく貯金では玉縄に勝った吉村であるが、やはり途中での離脱が大きかった。

 それでも去年は最下位だったチームが、終盤までクライマックスシリーズに行ける可能性を残したのは、終盤にかけてどんどんと良くなってきた吉村の貢献である。

 ただそれでも、玉縄と同じように、完投能力はまだ欠ける。

 昨今では分業制が浸透してきている日本球界であるが、出来るものなら完投してもらったほうが、リリーフ陣も休ませられるのでいいのである。


 あとシーズン序盤では、早い回に捕まって炎上というパターンもあったため、チーム事情を考えても玉縄ほどの評価にはならない。

 それでも二桁勝利というのは大きいので、4000万と倍以上になった。

 ただインセンティヴは偶然にも玉縄と同じく20登板で500万。

 今年以上に故障したらダメだぞ、と言われているようである。


 そしてシーズン三位で終わり、なんとかクライマックスシリーズに進出した広島の福島は、ホールドポイントの多さを評価された。

 もっともクライマックスシリーズでは一登板で打ち込まれ敗北の原因となり、他の試合にも出番はなかった。

 リーグ二位のホールド数を新人が上げたことは評価され、3400万で更改。

 インセンティヴも50登板で1000万という、厳しいが達成したら大きいものを提示された。

 正直ここは少し辛い評価ではないかと思われる。

 50以上も登板していれば、ベテランの中継ぎなら5000万は軽く超えるのである。億に達していてもおかしくない。

 ここもまた数字だけではなく、どういうところで打たれて、どういうところで抑えたのかが問題になる。


 他に、地味に年俸が増えたのは、千葉二位指名の武田である。

 高卒捕手が一年目から結果を残すなど普通はないのだが、千葉は引退の噂も聞く正捕手の後釜争いがあり、故障者が出たこともあって、異例ながら一軍のマスクを被ることがあった。

 キャッチャーとしての役目はあまり果たせていなかったかもしれないが、そのポジションにしては珍しい.263という打率と、出場試合数を評価されて、300万アップの1350万で更改したのである。




 まあこんな細かいことが分かるのは、普通はありえない。

 この数字はあくまでも推定である。

 だがこの集団が集まる機会があれば、少しはそういった話になる。


 この年代はワールドカップの優勝を果たした集団であるため、割と横の仲がいい。

 試合においては敵同士であるが、実際に野球選手としてライバルになるのは、同じ球団の同じポジションの人間であるのだ。

 シーズンも終わって年俸更改も終わり、さて実家に帰省するかという年末に、何人かが都心に集まった。


 千葉からは織田に武田。

 大京からは吉村。

 神奈川の玉縄。

 東京は本多と小寺。

 埼玉の高橋。

 そして既に地元に戻ってきていた福岡の実城と、東北の榊原である。


 これらのプロ組に加えて、東京の大学に進学してきた、ワールドカップ組が合流したりする。

 立花、西郷、堀、酒井、初柴などである。

 この面子だけで下手な球団よりも強いかもしれない。


「しかしセは大変だな。これまで上杉さんがいたのに加えて、今度は白石か」

「うちは引きが強いな。大滝一本釣りって普通はありえねえ」

「それは白石が拒否したからだろ? やっぱ上杉さん一人で、五人分ぐらい働いてね?」

「あ~、なんか年俸も二億とかいってたしな」


 そこで少し沈黙が落ちる。

 一年目から実績を残して大幅にアップされた者と、二軍にいるのが多くて年俸が下がった者もいる。

 年俸1000万というのは世間から見れば高額所得に見えるかもしれないが、実際は税金で多く取られるし、特に私立の場合などは、学校に寄付をねだられたりもするのだ。

 それに現実的に考えれば、現役選手として働けるのは、長くても35歳ぐらいまで。故障すればそれよりもずっと短い。

 そこまでいかずに肩を叩かれる選手の方が、よほど多いのだ。

「俺はさっさと年俸二億ぐらいに乗せて、ポスティングでメジャーに行きたいな。一応25までには」

 この中でも一番具体的な野望を持ち、しかもそれに近いのは織田である。


 織田は確かに、一年目で成功した。

 打率の割には打点はそれほどでもないが、一番バッターであるために出塁も多く、そして盗塁で稼いだ。

 この調子であとは長打が加われば、確かに一億まではすぐだろう。

 もっとも千葉にはあまり高年俸選手がいない。

 金持ち球団ではないという、どうしようもない現実がある。


 だから織田のポスティングというのは、それほどおかしな話ではない。

 今の成績を25歳ぐらいまで維持できれば、かなりの金額で手が上がるだろう。

 打撃成績ばかりが取りざたされるが、織田はセンターを守っていたのだ。

 ファインプレイも多く守備範囲も広いため、外野のどこを守らせても上手い。


 夢があるなと思いつつ、二軍で打ちまくっていた実城の表情は暗い。

「プロでも一軍と二軍の壁は分厚いよな。二軍ならけっこう打てるんだが、一軍だとホームランがなかなか打てない」

 散々実城のホームランを見てきた玉縄が、それほどなのかと思うのだ。

 自分は比較的冷静に、淡々と投げ続けていた。だが高校までは自信を持って投げたコースが、あっさりとヒットにされたりはする。

 完投は二つしかしていないが、ちゃんと試合は作れてきたので、これでいいとコーチ陣は言うのだが。

 貧打の神奈川でこの成績は、立派なものだと思う。


 貯金の数では玉縄より上の吉村も、なかなか完全に自分の思うようなピッチングは出来ない。

 ただ年俸は上がっているのはありがたい。

「あとさ、プロになってからむっちゃ女寄って来ない?」

「あるな」

「あるある」

 高校時代もモテた野球のスターどもであるが、プロになってからのファンは熱量が違う。

 先輩選手の集めてくれた合コンなどの参加は、高校時代からは考えられないものであった。



×××



 続きます。

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