第46話 群雄伝9・新人王

 SS世代の一つ上の世代が、プロ一年目のシーズンを終えた頃の話です。

  



×××




 日本シリーズが終了し、今年のプロ野球も終了した。

 対決したのはセ・リーグの神奈川グローリースターズと、パ・リーグの埼玉東鉄ジャガーズ。

 共にシーズン順位も一位であり、順当なクライマックスシリーズからの対決と言えるだろう。

 ジャガーズは去年はシーズンでは優勝しながらも、クライマックスシリーズでは敗退して、日本シリーズに挑むことが出来なかった。それもあって今年は気合の入りようが違う。

 それでもこの対決を制したのは、去年の日本一である神奈川であった。


 対戦成績は四勝三敗と、最後までもつれた。

 しかし短期決戦に強いのは、神奈川である。

 なにせシーズン中は中五日や中六日で投げる上杉が、中二日ぐらいで投げてくるからだ。

 上杉が投げる試合は負けない。

 そして上杉以外で他に一つ勝てば優勝出来る。

 そんな考えでやって、実際に勝ってしまうのが現在の神奈川の状況である。


 上杉は神奈川のエースと言うよりは、もはや日本のエースである。

 次のWBCで選ばれるのは確実だ。そもそも上杉にはメジャー志向は全くなく、日本で試合をして、日本で応援してもらいたいので。

 高校時代からずっとスカウトやエージェントの話はあったのだが、本人に全く興味がない。

 MLBで戦うことを挑戦とも思わないし、わざわざアメリカに行ってまで投げる意味が見出せない。

 だが日本代表となれば別である。

 地元にその勇姿を見せるためならば、上杉は全力を出す。


 さてそんな上杉の今年の成績は、32登板 22勝 2敗であった。

 昨年は取れなかった最多勝のタイトルも取り、中継ぎやセーブの、そもそも部門違いのタイトル以外は、全てを取ったと言っていい。

 ポストシーズンの成績は5登板して全勝。当然ながら全てのMVPを取ったのであった。

 セ・リーグのタイトルは上杉のために存在するのか、と言われるほどの活躍である。

 プロ二年で、既に41勝。

 もちろんこの先もずっと怪我をしないなどとは言えないが、10年で200勝は出来そうな計算である。

 途中に不調があったとしても、おそらくは12~3年で200勝に到達するのではないだろうか。

 昨今のプロ野球のピッチャーが分業制を布いていることを考えると、ありえないほどの成績である。


 


 そんな訳で上杉が全てを持って行ったタイトルであるが、打撃陣はまた別である。

 もっとも両リーグ共に、二冠や三冠を達成するようなバッターはいない。

 パ・リーグの方のMVPは、普通にホームラン王を取ったOPSの高い選手が選ばれたが、現在のパには絶対的なエースと呼べるようなピッチャーもいないのだ。

 セ・リーグは上杉が投手タイトルを独占するのに対し、勝利数や防御率、奪三振や勝率などで、かなりのピッチャーがバラバラにタイトルを取った。


 そんな中で注目されたのが、新人王のタイトルである。

 パ・リーグの新人王は、千葉の織田に決まっている。

 シーズン序盤から一軍の試合に出て、途中わずかに調子を落としたものの、終盤にまたヒットを量産して、141試合に出場、打率.302、ホームランは7、打点は49、盗塁30を記録した。

 セイバーの算出したデータは打率.312 本塁打5 打点49 盗塁37だったので、ほとんど正解と言っていいだろう。

 これで新人王が獲れなければおかしいと言われており、実際に新人王に選ばれたのは織田であった。


 セ・リーグの方はいささか意見が分かれた。

 前年新人王の条件を満たさなかった選手が残っていたり、二位以下の指名から成績を上げてきた選手もいたのだ。

 それでも主に三人が、その候補とされている。


 大京レックスと神奈川グローリースターズで、高卒新人ながら先発ローテーションとして投げた吉村と玉縄。

 そして広島カップスで異質な中継ぎ投手として使われた福島である。

 吉村は途中肩痛で一ヶ月ほど休んだものの、21登板で10勝5敗の防御率2.97。

 玉縄は途中で大崩を起こすことなく、28登板で12勝10敗の防御率は3.11。

 貯金の数では吉村が上だが、ローテーションを完遂したという点では玉縄が上である。


 だがこれはあくまでも、先発投手に重きをおいた場合の評価だ。

 福島は52試合に登板し、2勝5敗41ホールドを記録している。

 これは新人だけではなく、リーグ全体としてみても、第二位のホールドポイント数であった。

 登板した試合数であれば、間違いなく福島は新人投手陣の中では一位である。


 もっとも話題になった福島本人は、案外冷静であった。

「まあ玉縄だろうな」

 そして事実、玉縄が選ばれた。

 理由としては、チームが優勝したからである。

 玉縄が完投を含み試合を崩さずに投げて、神奈川は今年は上杉をクローザーに起用するという無茶をせず、先発として使えたからだ。

 防御率はともかく玉縄はクオリティ・スタートが多く、無難と言うしかない投球内容を一年間続けられた。

 あとは日本シリーズにおいて、上杉以外に勝ち星を上げたのが玉縄だったからでもあろう。

 それに福島は失敗する時にはぽろぽろと失点していたため、防御率が中継ぎとしてはそれほど高くなかったのである。




 なお同期の高卒一位指名は、かなり苦戦している者もいた。

 実城は打線陣の分厚い福岡でも、シーズン始めは一軍の七番あたりに入っていた。

 だが左利きということもあって、外野の守備をしっかりと鍛えるべく全般的には二軍で暮らし、二軍の試合ではホームランを量産したが、守備に課題が残った。

 それとポジション争いもだ。高校時代のファーストには他のプレイヤーがレギュラーとしていた。

 ここから実城が一軍に定着するには、ファーストを奪うほどの圧倒的な打撃力か、最低限の外野の守備力を身につけなければいけない。


 タイタンズの本多も開幕当初は一軍だったが、制球難からの四球に、置きにいって連打をくらうというパターンが多く、やはり早い段階で二軍に送られたが、そこでも制球に苦労していた。

 高校時代には意外な選手にホームランを打たれることはあったが、別にそこまで制球難ではなかったのにである。

 ただセ・リーグであるので打席に入ることもあり、そちらではヒットもホームランも打っていた。

 まさかとは思うが打者転向もあるのかもしれない。


 中京の加藤は先発で使われたり中継ぎで使われたりと便利使いされて、一軍にいることは多かったのだが、いまいち自分の役割がしっかりと決まらず、全体的に防御率が悪い。

 ただこれは首脳陣が上手く使ってくれていないという見方もある。


 埼玉東鉄の高橋は当初先発で使われたものの打ち込まれ、二軍での調整が長引き、シーズン終盤ではワンポイントの左として使われることもあった。

 結局のところはまだ機会が少ないので、来年に新人王の資格を残してシーズンを終えることとなった。


 東北満点の榊原は、これも当初一軍先発を経験したが、すぐに二軍に落とされて、むしろ打撃でいい成績を残したりしている。

 あるいは来年からは、野手としてプレイする機会があるのかもしれない。


 神戸の大浦はシーズン前のオープン戦で怪我をして、そこからすぐに二軍でのリハビリをして調子を上げてきているので、期待するのは来年からであろう。


 


 このようにプロの狭い門を叩いた、ドラフト一位指名された選手であっても、一年目から活躍するというのは難しかった。

 もっとも新人王で三割30盗塁の織田は大当たりであったし、セ・リーグの新人王争いをした三人の投手は、ほぼ自分の実力がどのあたりか分かったであろう。

 プロ野球というのは、高校野球でも甲子園で大活躍した化物レベルが平均という、恐ろしい世界なのだ。

 こんな世界に入らないでおこうと思う直史は、極めて理性的な人間と言える。


 そしてセ・リーグのこの三人は、自分たちの一つ下のドラフト会議を見てげんなりとした。

 来年からは、ライガースの打線が恐ろしいことになる。

 吉村は二年の春季大会で大介にホームランを打たれたため夏のシードが取れず、ひどく苦しいトーナメントを戦うことになった。

 その後の秋も夏も、どうやっても抑えられていない。

 玉縄と福島はそこまでのトラウマはないが、ワールドカップで同じチームとして戦っていたので、あの能力のバグり具合はよく分かっている。


 高校野球とプロ野球のレベルの違いは、自分たちでもはっきりと分かっている。

 たとえばバットだ。高校野球では金属バットを使うため、打者有利というのが常識だ。

 しかしプロのバッターは、その不利な木製バットで普通に自分たちから三割を打ってくるのだ。


 高校時代は一試合を一人で投げぬくことを考えて、ペース配分をしながら投げていた。

 だがプロの世界では最初から全力で投げなければ、初回ノックアウトを食らうことが普通である。

 どうしてプロの先発が中五日や六日も空けなければいけないのか、自分の体で体験したのだ。

 そのプロの世界でも、上杉勝也だけは別格であったが。


 おそらく白石大介も別格であろう。

 過去の高卒大物スラッガーの一年目と比べるでもなく、最後の一年は木製バットを使っていて、それであの成績を残したのだ。

 160kmを投げる大滝と勝負して、四打数三安打の二本塁打というのが信じられない。

 高校時代はあれほど行きたかった甲子園に行くのが、憂鬱になる投手陣であった。

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