第45話 群雄伝・8 軍神の戦場
第三部終了後の話ですが、ネタバレはありません。
×××
二年連続のリーグ最下位から飛躍し、リーグ優勝とペナントレースを制し、日本一に輝いた神奈川グローリースターズ。
その大躍進の立役者は、もちろん新人王に始まりほとんど全てのタイトルを取った、上杉勝也だと誰もが認める。
だがその同期入団七人のうち六人も一軍に出場機会があり、ある程度の実績を残した。
さすがにシーズン通じての活躍は無理であったが、勝ち星、本塁打、打点など、勝利に貢献したのは間違いない。
だがその神奈川も今年は、オープン戦までは調子が良かったものの、リーグ戦が本格的に始まってからは故障者が続出。
ドラフト一位とは言えプロ一年目の玉縄が、先発ローテーションに加えられるぐらいの、人材不足が露になっていた。
この事態を球団内部のみならず、球界の専門家たちも色々と分析した。
そして出した結論は一つ。
練習のしすぎである。
もちろんプロとは言えその技術には向上の余地はあるだろうし、大ベテランでもその維持には練習や調整が必要となる。
だがこれは去年の新人たちにも言えたことだが、上杉に引っ張られすぎていたのだ。
上杉が悪いわけでは、断じてない。
だがその影響力は、高校生の頃と同じく強すぎたのだ。
球団ホームの監督室において、一軍監督別所は頭を抱えていた。
周囲には同じく、頭を抱えたくなっている各種コーチたち、そして二軍監督がいる。
「開幕三ヶ月で、一軍の半分が戦線離脱か……」
唯一の救いと言えば、今期絶望とまで言うほどの故障者がいないことか。
「開幕当初は首位を独走していたのが、もはや二位、いや三位まで背中に迫っている……」
二位の巨神とは一ゲーム差、三位の広島はそこからさらに一ゲーム差である。
ありがたいことと言ってはなんだが、連敗が重なったのは交流戦の時だったので、普通ならば既に順位は入れ替わっていただろう。
現在の神奈川は、上杉とベテランの数人が、どうにかこうにか小手先の技術で勝率五割をかろうじてキープしているにすぎない。
ここまで上杉は15登板しており、全て先発だ。
結果としては9勝0敗であるのだが、そのうちの8勝が完投勝利である。
また勝ち投手の権利を得ていながらも、その後のリリーフ陣の崩壊で、三つの勝利を消されている。
さすがの上杉と言えども、わずかには疲労が溜まっている。
一試合に160kmが出ないこともあり、防御率は去年よりも悪い。
超人と言えども、限界がある。
去年の後半に故障したクローザーが復帰してくれたのはありがたいのだが、そこにつなぐまでの中継ぎで失点することが多いのだ。
そしてリリーフの失敗に加えて、得点力の不足。
こちらも若手を中心に故障者が多く、ペース配分を弁えたベテランを中心にどうにか回しているところだ。
だが守備力はともかく、得点力の不足はどうしようもない。
ピッチャーの上杉が、ここまでに四本もホームランを打っているというのは、異常事態なのである。
完封して自分で得点を取ってと、上杉がすごいのは仕方がないが、チームとしてこれが健全な状態とは思えない。
だからこうやって首脳部が集まって話し合いをしているのだが。
「そこそこでいいから計算出来る中継ぎが二枚、トレードで手に入らないものか……」
昨今のプロ野球は投手の分業制が当然となり、先発投手の役割はおおよそ六回までというのが常識になりつつある。
その後を二枚の中継ぎで抑えて、クローザーに最後を任せる。
上杉のような余裕で完投完封をやってしまうピッチャーが、現代では少数派になりつつある。
「それと打線も。三番か四番を打てる外国人、どっかから持ってこれませんかね」
「二軍の方では?」
「使えそうなのはもう全部上に上げてますよ」
トレードするにも出来るとしたら金銭トレード。神奈川は育成もあまり抱えておらず、支配下登録するにも人材がいない。
金銭トレードや外国人も、とにかく神奈川は球団経営陣がケチなので、手持ちの戦力でどうにかするしかない。
「……たとえ首位を陥落し、俺の首が切られても、上杉を潰すことだけは許されん」
監督の悲愴な物言いにも、首脳部は同意するだけである。
上杉はスーパースターのMLB流出が続く日本球界に現れた、本物の救世主だ。
神奈川だけの問題ではなく、彼を故障などさせて潰してしまえば、たとえば白石大介なども、あっさりとMLB行きを選択するかもしれない。
上杉というストッパーが存在することで、バッターは国内での挑戦を続けられるのだ。
チームの勝利よりも優先される。それが上杉というピッチャーであった。
だがその日はやってきた。
二試合連続で八回までを投げながら、その後のクローザーの失点によって勝ち星を消された次の試合、上杉はヒットを三本、四死球を二つに抑えながらも、打線の援護なく2-0で最終回の攻撃を迎える。
監督もコーチと相談しながら打撃攻勢で、どうにか得点を、最悪でも同点にまで追いつこうとする。
しかし一点を返したものの、そこでゲームセット。
上杉は九回を投げることなく、ついにプロ公式戦で初黒星を喫したのであった。
次の日のスポーツ新聞は勝者であるレックスではなく、ベンチに座り敗北を受け入れる上杉の姿を一面とした。
プロに入って28連勝を続けていた伝説が、ついに終焉を迎えた。
しかも援護なしという試合でだ。
ファンの怒りは首脳陣よりは、球団経営陣にぶつけられた。
怪我人が続出でチームが崩壊しつつあったのは、確かに首脳部にも悪いところはあったにせよ、それに対して補強をしなかったのは運営陣の責任である。
トレード期間の終了近くに、神奈川は四人のそれなりに実績のあるピッチャーを金銭トレードで獲得し、外国人投手も一人見つけてきた。
なおこの時、大京レックスから引っ張ってきた高卒五年目の投手が、後に最優秀中継ぎ投手に選ばれることになる。
青森県からその選手をドラフトの指名者名簿に載せたのは、大京のスカウト大田鉄也であった。
敗北しながらも上杉は、今年も得票数一位でオールスターに選ばれた。
セパ両軍の選ばれし者たちの球宴、オールスター。
もちろん所属するチームの監督などからしたら、あくまでもお祭り騒ぎのこんな試合に、全力を出して怪我でもされたら洒落にならない。
だが試合となれば全力を尽くすのが上杉勝也だ。
去年と同じく、先発としてマウンドに登る上杉。
そしてペナントレースの鬱憤を晴らすかのように、その投球は圧倒的であった。
三者連続三振が、三イニング連続。
つまりオールスター記録タイの九者連続三振の達成である。
こんなデタラメなことをされては、他のセ・投手陣や打撃陣も黙っているわけにはいかない。
実力的には上回っているのではないかと言われているパ・リーグを相手に連勝。
上杉は当然のようにMVPに選ばれたのであった。
上杉勝也の影響力は大きすぎる。
そして活躍の度合いはそれ以上に大きい。
それをどんなファンも体験したオールスター。
ここに来年は、白石大介が加わる。
セ・リーグに入ればその対決は何度も見られる。
パに入れば交流戦だけとなるが、オールスタート何より日本シリーズでの対戦が見られるかもしれない。
どちらも美味しいことは美味しいが、おそらく上杉が大介の所属球団と対決する折には、チケットは間違いなくソールドアウトするであろう。
球宴も終わり、シーズンも後半に入る。
上杉はローテーション投手として、相変わらず防御率を1以下に抑える。
先発投手の防御率が1以下というのは信じられないことで、二位でもぎりぎり2以上という中で、である。
故障していた選手も戻ってきて、チーム状態も上向きになってきた。
上杉を中心とした同期の若手が、またチームに勢いをつけだした。
一時は三位まで落ちていたリーグ順位も、広島に次ぐ二位にまでまた上がってきている。
もっとも上杉は後半にも、また一敗してしまっていた。
スコアは1-0であり、完投しながらも打線の無援護で敗北したのである。
上杉の人格は、孤高でありながらも包容力に満ちている。
相反するようでいながら、それが両立している。
生まれながらにして上に立つ者とは、こういうものなのだろう。
クセの強いベテラン陣が協力してチームプレイをしたのは、上杉に勝たせないと思ったからである。
神奈川はシーズン後半になるほど、その勢いを増していった。
故障していた選手がそのリハビリの過程において、より強靭な肉体を手に入れていたからである。
この年の上杉は終盤にもクローザーに回ることなく、一年間をローテーション投手として過ごした。
そして去年に匹敵する成績を残し、投手のタイトルのほとんどを獲得したのである。
最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、最多完投、最多完封などで一位に輝き、MVPと沢村賞も当然のように取っていった。
そして神奈川グローリースターズはシーズン優勝を決め、クライマックスシリーズへと進んだのであった。
そして運営陣は頭を悩ませた。
来期の上杉の年俸はどうしようかと。
今期の上杉の年俸は一億。25登板達成の出来高払いでさらに一億。それとは別にタイトルごとに一千万は上げていくべきであろう。。
投手三冠はそれぞれ一千万ずつで、最高勝率も併せて四千万。
シーズンMVPと沢村賞、ベストナインにも選ばれているので、さらに三千万。
普通に考えても一億にもう一億、そしてさらに七千万の価値はあったと言える。
ならば来年はもう少しベースも上げて、出来高払いももっとはっきりさせておくべきだろう。
今年は先発ローテーションでタイトルを多く取ったが、もし来年クローザーを任せるようなことにでもなったら、取れるタイトルの数はむしろ減ってしまう。
活躍したのに使われ方次第で年俸が下がるのは、さすがに理不尽である。
ベースは二億として、そこにどういう出来高払いをつけていくか。
今年は出来高達成で二億の年俸となったわけだが、それでも活躍の度合いからすると安すぎる。
ぶっちゃけ現在の日本に、上杉以上の投手がいない。
技巧派だとか軟投派だとかいうピッチャーはいるし、当たり前の話だが中継ぎやクローザーは別である。
それにここから大幅に上げたとしても、球団としてはペイ出来るのだ。
上杉が投げる試合は、観客動員数が明らかに違う。
そしてグッズの販売も多く、上杉目的の観客が、他の選手のファンにもなっていく。
上杉効果で神奈川全体の人気が上がっているのだ。
これまたぶっちゃけると、上杉の年俸が五億でもおかしくないぐらいなのだ。
さすがにそれは上げすぎであるが、それぐらい出しても何も文句は言われないだろう。
「まあ年俸はベース二億、それに今年と同じ条件の出来高払いで、タイトルの出来高払いも決めていくという感じで」
「あとは登板数でも上げてみるかね?」
「去年のように終盤クローザーとして使われる可能性もありますから、それはちょっと……」
「いっそのこと複数年契約にするか?」
「いや、それは去年も断られましたし」
クライマックスシリーズを前に、嬉しい悲鳴を上げる経営陣であった。
そしてクライマックスシリーズ後の日本シリーズで、また色々と話の種は尽きないのである。
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