第44話 群雄伝7・意外な男

 今年もプロ野球のシーズンが始まって、はや三ヶ月が経過した。

 注目すべき点はいくつもあるが、その中の一つには、黄金世代と言われた高卒選手たちが、どれだけ活躍するかも含まれていた。

 そして確かに、何人かの選手は既に立派に活躍している。


 スタメンにほぼ定着し、三割前後の打率を保ちながら、積極的な走塁も光る織田。

 ローテーションの一角を務め、勝ち星先行で登板数を積み上げる吉村。

 打率はやや微妙と言えようが、この時点で既に七本のホームランを打っている実城。

 等々。


 いまいち物足りないとか、援護に恵まれているとか、肝心なところでは打っていないとか、文句をつける者も多い。

 だがその中で一人、数字的に見ると確実に、これは成功であると言える男がいた。

 広島カップスに外れ一位で入団した、大阪光陰高校出身の、福島正吾である。

 カップスは元々は神奈川に入団した、玉縄を一位指名していた。

 その玉縄も既に一軍で勝利を挙げて、少なくとも外れなどとは言われない成績を残している。


 だが福島はそれ以上だった。

 まさか広島が、こんな使い方をするとは思っていなかった。

 14試合登板、0勝0敗9ホールドポイント。

 ほぼほぼ一イニング限定で、七回か八回の勝っている展開で出て行くことが多く、後ろにつなぐことに一度も失敗していない。

 負けている試合の時は案外点をぽろぽろ取られているのはご愛嬌。

 防御率も2点前後で、中継ぎとしても悪くはない。

 実のところ本人でさえ、自分にこんな適正があったのかと、驚く思いであった。




 大阪光陰時代の福島は、先発を任されることが多かった。

 チームの層の厚さから、あまり完投をしたことはない。

 そして何度かの失敗からして、リリーフ適正はないと思われていた。

 同じチームの加藤が、先発もリリーフも器用にこなすのを見ると、ピンチの場面ではリリーフに失敗する、自分のメンタルが弱いのかと悩んだこともある。


 球速と奪三振は福島が上、防御率と制球は加藤が上。

 全体的な評価でも、加藤の方がやや上。

 そう言われていた。


「そうやけど福島君、最初から短いイニングって分かってる時の先発は、すごい数字が良かったやろ?」

 そう言ってくれたのは、広島の関西地区担当のスカウトであった。

「今の広島は完投能力のある先発が少ないからな。七回と八回をしっかりつないでくれる投手が欲しかったんや」

 だから玉縄が最初に挙がった。玉縄も短いイニングをぴしりと抑える能力には長けていたからだ。


 もちろんフロントとしては福島には、ドラ一らしく先発のローテーションに入って欲しいと考えていたのだろう。

 だがそこは現場の声と、編成部、フロントとの化かし合いがあった。

 あとは福島は外れ一位のため、契約金などがやや低めというお徳感もあった。

 本命ではなかったのだから、本来の想定とは違う使われ方をされても仕方がない。

 フロントがそう思ってくれたのなら、現場としては勝ちである。


 福島はオープン戦から一軍に帯同し、監督やピッチングコーチの思い通りに、短いイニングをきっちりと後ろにつなげてくれた。

 他のローテーション予定ピッチャーの怪我での離脱などがなかったため、そのまま中継ぎとして使われている。

 チーム全体としては、打撃陣に故障者が出たので爆発力に欠けているが、先行逃げ切りの試合展開になった時は、間違いなく福島を投入してクローザーにつなげている。

 まあクローザーが逆転されるということも、ないではないのだが。

 おかげで今は首位から一ゲーム差の二位と、優勝を狙える位置につけている。

 まだ後半戦にもなっていないので、今の時期にそれを言うのは時期尚早なのだが。




 その広島は、本日敵地なごやんドームで中京フェニックスとの対戦である。

 当然ながら、ここには敵であるフェニックスの選手がいるわけで。

「おーす、久しぶり」

 一軍に上がっている、大阪光陰時代の戦友、加藤とも出会うわけだ。

「そっちも元気そうだな」

「まだお前と違って、あんまり試合には出てないからな」

 そう言う加藤であるが、中継ぎ的に何度かは結果を出して、先日は初先発を果たした。負けたが。

 オープン戦では打たれまくったのだが二軍で調子を上げて、一軍の中継ぎ、一軍の先発と、こういうのは一般的には成功ルートと言うのだろう。


 加藤は化物だらけのプロの中で、久しぶりにリラックスしているようだった。

「俺もなんとかまず勝ち星だなあ。お前も早く先発で投げたいだろ?」

 その言葉に、福島はどこかカチンときた。

「お前、中継ぎのこと見下してるのか?」

 そう言われた加藤であるが、きょとんとするだけである。

「いや……だってお前高校の頃から、先発に拘ってたじゃん」

 大阪光陰はかなり継投を駆使するので、先発完投というのはそれほど多くない。特にこの年は、加藤と福島で150kmが二人も揃った最強の布陣と言われたからだ。

 だが負けたが。


 福島もそう言われれば、確かに先発完投には拘っていた。

 変に劣等感を持っていたのは自分だけか。

「先発も中継ぎも、とにかくチームが勝つために必要な仕事をするだけだろ」

 その福島の言葉を聞いて、加藤は福島が精神的に成長したなと思った。


 高校時代も、オラオラと相手を蹂躙するパワーピッチャーであった。

 だがプロにおいては、牙を抜かれたというわけでもないが、自分の力を集中した一点で使っていると感じる。

(長打力もあるから、先発もいいと思うんだけどな)

 純粋に加藤はそう思っただけなのだが、福島には何か、高校時代にはなかったものを感じる。

 ふてぶてしさとか、自信とかではない。

(覚悟か?)

 この、プロという中で生きていくための。


 加藤は福島のことを、メンタルが弱いなどと思ったことはない。

 ただ集中力の波はあるし、投球が雑だと感じたことはある。

 しかしストレートの球威は確実に自分より上であった。

「お前もこの三連戦、どっかで投げるのか?」

 福島としては情報を得ようというわけではなく、単なる話題の転換である。

「まあどっかではな」

 三年間を戦友として過ごした二人が、今度は違うチームで戦う。

 珍しいことではないのだが、なんとなく不思議な感じはするのだ。

 シーズンが終わったら飲みに行くか、などと話す二人。もちろんまだ未成年なので、健全にお高い焼肉などを食いに行く。

 福島も愛知県出身なので、オフシーズンになれば実家に戻ってくるのだ。

 軽くお互いを激励して、二人は別れた。




 広島の編成陣が福島を一位指名で獲得した一番大きな理由は、怪我の少なさである。

 二番目が体力だ。


 そう言うと異論もあるのだろうが、福島はこれまで大きな故障を一度もしていない。

 体が頑丈で、肩を作るのも早く、馬力に優れている。

 体力があるなら先発向きにも思えるが、福島の体力というのは一試合を投げぬくスタミナではなく、中継ぎに必要な持久力と回復力なのだ。

 スカウトは玉縄であれば普通に先発、福島は中継ぎの核と見抜いて、実は最初から福島を一本釣りしようかと思っていたのだ。

 ただ高校時代にはダブルエースということで、かえって実績の少なかったことが、フロントを説得する要因に欠けた。


 現在のスカウトの目利きは福岡、広島、そして東鉄が優れているとされている。

 なお親会社に資金力があり、球団経営も上手く行っているチームは、FAなどでの補強や、育成枠を大きく使って、ドラフトとはまた別の強化を行っている。

 広島は限られた条件の中で、最大の補強を行っている。


 この三連戦、福島は全ての試合で一イニングずつを投げた。

 そして遂に勝ち星がついて、ホールドポイントも一つ増やした。


 この年のオールスターで、高卒一年目からの出場を果たしたのは、織田と福島の二人だけであった。

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