第38話 群雄伝6・オープン戦 2
福岡ハードバンクコンコルズのオープン戦も、終盤に入っていた。
宮崎県で行われるのは、二軍の紅白戦。
元神奈川湘南不動の四番、高校通算100ホームラン越えの実城新はこの試合、五番ファーストでスタメン出場していた。
最初は一軍にも帯同してそれなりに機会を与えられたのだが、打率が二割二分、出塁率も長打も伸びないとあっては、これも仕方がない。
そんな二軍の試合であっても、打率はわずかに向上しただけである。
しかし長打は相変わらずだが、出塁率はかなり向上した。
白石大介が登場するまでは、右の西郷と並んで高校野球界最高の強打者とまで言われていたが、プロに入ってしまえばこんなものである。
そもそもプロの投手というのは、超強豪校のエースか、それよりも上のレベルしかいないのだ。
あとは左のワンポイントへの対応も迫られたりしたが、これは余計に難しい。
(玉縄と紅白戦でガチ勝負したのと似てるな)
その高校時代の盟友玉縄は、それなりに一軍のオープン戦でも結果を出している。
先日は五回を二失点に抑えて、シーズンのリーグ戦でも勝利となる形で一試合の結果を出した。
(やっぱり去年の上杉さんとは、全く違う)
上杉勝也はオープン戦の段階から注目されていた。
あの超人でさえ、最初の頃はそこそこヒットを打たれていたのだ。相手は一軍であったが。
しかしそのオープン戦も中盤あたりから、高校時代は投げていなかった163kmを投げ出してからは、それでもほとんど打たれなくなった。
初先発が初勝利で初完投初完封というのは、かなり人間離れしている。
あの試合では164kmを出していたし、シーズン終盤は165kmが出て、ノブヤボの中で一人戦国無双をしているなどと言われたものである。
実城は打たなければいけない。
左利きのファーストなど、打てなければ外野にコンバートされるしかない。
あるいは投手をやるかだが、そもそもドラフトの指名も野手であった。
サウスポーであっても、実城レベルではプロの投手としては通用しないと思われているのだ。
本日二打席ノーヒットの後の三打席目。
(開幕の一軍には入らないとダメだ)
実城はわずかだが、普段よりもバットを寝かせるフォームにした。
人によってその意味は様々であるが、基本的にバットを寝かせるというのは、高め狙いのレベルスイングになりやすい。
狙いを浮いた球に絞る。しかしその実城の狙いは見え見えである。
低めにびたっと決めてくる。ツーストライク。
インハイにわずかに反応したが振らず、ワンボール。
次はやや高めの甘い外角であるが、外に沈みながら逃げていく。
これも見送ってツーボール。
そして勝負の五球目はインローへのコントロールされたストレート。
バットの角度を一瞬で変えた実城は、それを上手く掬い上げた。
そのままライトへ運ばれたボールは、フェンスの向こうに届いた。
(よし!)
狙い通りに打てたホームランであった。
神奈川グローリースターズにおいて一位指名された、地元神奈川湘南高校からの入団である玉縄正則。
生まれは静岡だが割りと早く神奈川に引っ越してきたので、ほとんど神奈川の人間という意識しかない。
地元の神奈川に指名されたのは嬉しかったのだが、正直に言えば不思議でもあった。
神奈川は去年、上杉勝也という超新星を得て、シーズン前の予想を覆し優勝を果たした。
そしてそのまま日本シリーズへまで進み、日本一となった。
その原動力となったのは、もちろん一番は上杉であるのだが、その同期の投手陣の活躍があった。
どの球団でも長所と短所はあるものだろうが、神奈川のチームの弱点は、とにかくピッチャーが不安定であったことだ。
先発の柱として期待された新人、そして伸びてきた二年目三年目が、前シーズンの終わりごろからぼろぼろと故障離脱して、ローテーションが回らなくなったのだ。
そしてシーズンオフには、抑えとして働いていた外国人が契約を更新せずアメリカに帰国。
そんな投手陣が壊滅した状態の中で、新人たちは否応なく一軍で試される機会を得た。
不思議なことにオープン戦ではいまいちだった新人たちが、ほとんどある程度の結果を出した。
上杉の影響かとも言われたが、投手で入った六人のうち五人が勝ち星を挙げた。
これは新人としては信じられない記録である。
また上杉に続く11勝を上げたのも二年目の高卒投手であった。
オールスター突入間際には、投手王国到来かと言われていた神奈川であるのだが、後半に入ってその新人たちがぽろぽろと怪我や不調で離脱することになった。
やはりプロで一年戦うほどの耐久力や体力はまだなかったのだ。
だがその辺りから、開幕を怪我で離脱していたベテラン勢が復活。
勝敗はどうにか五分となり、前半の貯金で首位がまだ狙える。そんな順位にあった。
しかしクローザーが安定せず、上杉以外の投手で競った試合を勝つのが難しくなってきた。
クオリティ・スタートで踏ん張る先発陣と、セットアッパーこそ安定していたのだが、最後が〆られなければ試合は勝てない。
そこでまさかの上杉クローザー起用である。
しかもこれが当たった。
ミラクル采配などと呼ばれながら、最終戦でリーグ優勝を決めたのだ。
上杉は同期に影響を与え、また二年目の新人は上杉と競うように16勝を上げた。
チームのピッチャーに与えた影響は、凄まじかったとしか言いようがない。
思えば上杉と戦い、上杉を打つために、一つ下の学年の玉縄たちは猛練習したのだ。
上杉という目標があるのは、野球選手全てにとっていいことだ。
そんなわけで投手王国到来かと言われていたのだが、シーズン途中で離脱したメンバーは二軍に復活しても調子が戻らず、やはり今年も投手の補強に走っている。
神奈川はFAや外国人で、先発を回せるようなランクの投手は取らないので、ドラフトで投手を指名というのは分かるのだ。
だが圧倒的に左が足りていない。指名するなら吉村だと思っていたのだが、玉縄である。
あるいは二番手扱いされているとは言え、榊原が良かったのではないかとも思うのだ。対戦した中では左のピッチャーは、榊原が一番打ちにくかった。
今更言うのもなんだが、榊原なら競合もなく単独一位指名が出来たからだ。
それをなんとなく、玉縄はサウナで上杉と二人きりになった時に聞いてみたものである。
股間だけを隠し、堂々と腕組みをした上杉は、高校時代と変わらない坊主頭で考え込む。
「わしにも球団のフロントの考えなんぞ分からんが、スカウトというのは即戦力を取ることの他に、投手の将来性も考えることがあるらしいからな」
玉縄はここまで、完投なぞは無理であるが、勝利投手の権利を得られるイニングまでは、何度も投げている。
三回までは割りととうにかなるのだが、二巡目になると打たれることが多い。それも連打だ。
上杉は続ける。
「もちろんスカウトはドラフト一位で指名する即戦力選手を、確実に見抜く必要もある。ただその選手が三年から五年かけてどれだけ成長するか、また自分のチームに合うかどうかまで考えないといけないそうだ」
とても自分には出来そうにない、と上杉は笑った。
スカウトとも仲のいい上杉は、実は吉村と榊原、他に大浦や高橋といった高校生左腕を指名しなかった理由を聞いている。
吉村は過去の故障、榊原は骨格、大浦は体の固さ、高橋は単純に現時点での能力不足が原因なのだ。
それでももし指名するなら、大卒の方を指名するか、高橋を指名していただろうと言われている。
もちろんここまでの詳細は玉縄には言わない。
ちなみに球団によって、ドラフトの上手下手というのは存在する。
最近の神奈川は比較すると上手な方だ。対してセ・リーグで下手なのは中京と大阪と言われている。
もっとも大阪は編成部が変わったので、これからは数字が上がっていくのではないかとも言われている。
それにドラフトの上手下手も、上位指名でちゃんと即戦力を当てるのと、下位指名の成長を見た場合、大京が一番優れていたりもする。
まあ下位指名はまぐれ当たりも多いのだが、そもそもの素質がなければまぐれもないというものだ。
玉縄はこの年、開幕戦から一軍のメンバーに名前を連ねることとなる。
競合ドラ一の中では一番の外れではないかとまで言われていた本多であったが、開幕戦においては一軍のベンチにいた。
オープン戦の終盤で、きっちりと結果を残したからである。
三試合連続で、リードした場面での登板。一回限定の中継ぎであった。
集中力に欠けるのではないかと言われていた本多は、この起用がツボにはまった。
三試合で一イニングずつを投げて、全て三者凡退。
イニングまたぎでいったら一点を取られたが、その後も一イニングに絞れば結果を残した。
高校時代は完全に先発完投型の投手で、馬力も体力もあって、試合の終盤でも球威はなかなか落ちなかった。
球種もあってコントロールのいいときと悪い時がはっきりしていて、明らかに先発に向いているという評価だったのだ。
しかし蓋を開けてみれば、一イニングの起用が最も合っている。
タイタンズは投手陣自体は豊富であっただけに、使用法が決まれば、それなりに使える。
一イニングの集中力をまず憶えさせて、それから先発への転向というのが、首脳陣の育成方法として決まった。
なお、本多をタイタンズの顔の一つとして取ったフロントも、下手に先発をするよりも、登板する試合自体は多くなりそうな中継ぎで使うのを許容した。
「つーことで、不本意ではあるが一軍には入ったぞ」
本多が電話で話すのは、同じ高校出身で、パ・リーグの東北ファルコンズに入った榊原である。
『こっちは延々と二軍で投げてるぞ。結果出てるのに一軍に呼ばれねえ』
そう言う榊原も、短いイニングでの起用が多い。割と抑えているのだが、本多ほどはっきりとした数字にはなっていない。
二人は同じ地域の出身で、リトルでは違ったがシニアでは同じチームになった。
調子の波が激しい本多に代わって、榊原がエースを務めたこともある。
打力においては本多に完敗であったが、打率自体はほとんど差はない。
長打が違うので、OPSではかなりの差になる。
「他のドラ一ってどうなってんだろな」
『織田はすげえよ。オープン戦とは言え三割打ってるからな。吉村とか玉縄もそれなりに出てるし』
「オープン戦は色々なところと当たるからなあ」
中には早々に怪我などで離脱している者もいる。
神戸に行った大浦は、キャンプ中の背筋痛で傷病者リスト入りだ。
東鉄の高橋も、肩痛で二軍で休み休み投げているそうだ。
本多などから見ると高橋は、外野の守備もそれなりに上手いし、打撃にもパンチ力があるし、野手の方が成功するのではないかとさえ思う。
そう思う本多も、ピッチャーも打席に立つセ・リーグなので、打撃練習はそれなりにして、柵越えを連発しているのだ。
プロにまで進む選手は、シニアぐらいなら四番でエースというのも普通にいるのだが、本多のように超強豪で四番でエースは、さすがに珍しい。
本多がプロに入って思ったのは、回りの選手のほとんどが、自分と同レベルであるということだ。
高校時代は集中してストレートを投げればまず打たれることはなかったが、プロでは平気で打ってくる。
佐藤直史が全く球速を求めなかった理由が、なんとなく分かってきた。
「さすがにこれで食ってるプロは違うよな」
『まあ高校と比べるとな。でも練習自体は高校時代の方がキツくなかったか?』
「それはあるな」
キャンプはキツかったが、オープン戦に入ってからは、調整レベルに負荷を落としている選手がいる。
もっとも試合に出る予定があまりない選手は、ガンガン練習をする。試合に出られないのに体力を温存していても無駄だからだ。
本多も榊原も、中途半端に出番があるため、長い高負荷トレーニングはしていない。
「やっぱりもっと筋肉つけないといけないか」
『タイタンズはそのへんしっかりしてそうだけどな』
上に大学のある帝都一も相当のものであったが、プロの研究というのはそれがストレートに金になるだけに、恐ろしいほど緻密なものがある。
本多にしても調子のいい時と悪い時の、フォームの微妙な癖をはっきりと指摘された。
「東北はどんな感じなんだ?」
『まあ若い球団ってのもあるし、変なルールとかはないかな。でも勝つための気合って言うか、勝利の方程式みたいなのも確立されてない』
榊原の自己評価は、はっきり言ってそれほど高いものではなかった。
左でいいスライダーを投げられるとは評されていたが、自分としては三巡目ぐらいまでに、どこかが拾ってくれるだろうかと心配していたのだ。
下位指名であれば大学に進もうとも思っていた。才能の絶対値が、本多とは違う。
だが外れとは言え一位指名だ。それにまだ試行錯誤の多い東北なら、自分の可能性を試せるかもしれない。
もっと打算的なことを言ってしまえば、ファルコンズはドラフト獲得新人を、なかなかクビにしないという特徴がある。
左投手というだけでバッティングピッチャーの需要はあるだろうし、仕事にするのも悪くないと思っていた。
夢と野心だけで過ごしていた高校時代とは、野球のスタイルは変わってしまったのだった。
そしてついに開幕である。
期待された高卒一位指名の中では、織田、吉村、玉縄、本多、そして怪我を治した高橋が一軍に登録されていた。
この中では明らかに高橋だけ、まだ実績が出ていないのだが、首脳陣はまた考えることがあるのだろう。
一軍に入れた選手はそれだけで、あとは自分の成績を追求していくだけである。
なおこの中でスタメン、あるいは先発としてロースターに入っているのは、織田と吉村だけである。
長いプロ人生になるかどうかは分からないが、スタートダッシュとしてはこの二人は成功したわけである。
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