第34話 群雄伝2・ドラフト交渉

 今回、主役はほとんど織田である(*´∀`*)


×××


 ドラフト会議が終わった。

 しかしその選手を獲得出来るかどうかは、まだ決まっていない。あくまで各球団は、交渉権を獲得しただけなのだ。

 プロ志望届は出していたものの、希望の球団でなかった場合、大学に進学したり、社会人野球に進む者はいる。

 もちろん球団側としては、様々な交渉を行って、選手獲得に全力を尽くすのは言うまでもない。

 だが選手側としても、様々な思惑が絡めばプロ入り拒否をする例は最近でも多い。

 幸いと言うべきか、この年の上位ドラフト指名選手は、ほとんどが特に保留もせずに入団することになる。

 

 セ・リーグで言うならまず、神奈川グローリースターズに指名された玉縄。

 出身地は静岡で、高校が神奈川であった玉縄は、セ・リーグの在京球団がいいとは言っていた。

 条件次第では他の球団でもいいとは思っていた。そこで指名したのが広島カップスと神奈川であり、神奈川と決まった。

 文句なしにまず挨拶、そして交渉と、あっさりと一発で決まった。


 本多もまた、出身は愛知県であるが中学からは東京に引っ越してきたこともあり、在京球団を希望していた。

 指名された東京タイタンズも埼玉ジャガーズも在京球団である。どちらかと言うとはっきりタイタンズがいいと思っていて、そしてタイタンズが交渉権を獲得した。

 これまたあっさりと契約までの交渉は一回で決まった。


 実家のある愛知の中京フェニックスに指名された加藤も問題なし。

 福島は一位か二位までならどこでもいいと思っていた。外れとは言え一位指名であり、遠征である程度親しみを感じる広島へそのまま入団が決まった。

 大阪ライガーズは抽選こそ外したものの、外れ一位の大江は在京球団か関西の球団を希望していたのでこれも問題はなし。

 大京レックスに指名された吉村も、一番の希望はタイタンズであったが、出身地である東京ということでわずかな迷いの後に入団は決まった。

 全体的に言ってセ・リーグは問題なく決定したと言っていいだろう。




 問題はパ・リーグである。

 まず埼玉ジャガーズに外れ一位で指名された高橋だが、第一希望は福岡コンコルズであった。生まれも育ちも福岡であり、福岡はやや投手が弱いために指名されることを祈っていた。

 しかしながらジャガーズである。在京球団で金も持っていて、投手が少ないことはコンコルズと変わらない。

 前向きに考えるつもりではあったが、すぐに契約し入団決定とはいかなかった。


 東北ファルコンズも外れ一位で、榊原を指名した。これに榊原は少し疑問があった。

 ファルコンズが競合したのは織田である。織田は外野手であり高い打率と出塁率を誇る中距離打者である。

 それを外して投手の榊原というのはよく分からないが、ファルコンズはけっこうミーハーなところがあるので、ワールドカップで活躍した織田を獲りにいったとも言える。

 ならば外れ一位の榊原こそ、本来のチーム編成ではほしい選手だったのだろう。

 榊原としてはそこが気になりはしたが、一位指名を受けているのでそれほど抵抗はなく入団は決定した。


 福岡コンコルズの交渉権の決まった実城も、判断を保留した。

 実城は神奈川生まれの神奈川育ちで、一番の希望は神奈川であり、二番目は在京球団であった。

 一位指名してきたのは大阪と福岡であり、それならまだ大阪がいいと思っていたため、福岡は希望からは一番遠い。

 様々な大学からもラブコールがあり、実はMLBからも指名されている。

 それに福岡は、打力は充分に足りているチームだ。実城もピッチャーとしての実績はあるが、それでも打者としての評価の方がはるかに高いし、野手として指名されている。

 プロに行きたい気持ちは強いが、決断するのにはしばしの時間が必要だった。


 この中で神戸と北海道は、それほど交渉で問題となることはなかった。

 必要とするポジションは決まっていて、外れ一位からでもその方針は変わらなかった。

 特に大浦の方は、甲子園の近い神戸には、ほとんど迷いなく入団することになる。


 そして一番の問題は千葉マリンズに指名され、交渉権を獲得された織田である。




 織田の第一希望は、地元である中京フェニックスであった。

 欲しいのは投手だと知っていたが、高校の進学先も地元ということで、郷土愛は強い。

 同じ愛知出身の加藤などは大阪光陰へ進学したが、織田は地元から覇権を取りに行ったのだ。

 ドラフト前から明言していたが、中京は加藤を一本釣りした。

 競合必至の織田を最初から避け、確実に加藤を取ったのは、編成部としては確実に取れる選手を取ったということなのだろう。


 最多三球団の指名を集めたとは言え、全てがパ・リーグのチームであり、どの地域にも全くこれまで縁がなかった。

 織田としても地元がダメなら在京球団かとは思っていたので、その中では千葉が一番その条件を満たしてはいるのだが、それ以外の条件が悪すぎる。


 千葉は確かに高打率打者を求めていて、外野のレギュラーも固定されておらず、織田が早々に活躍する余地はある。

 ただ問題としているのは、観客動員数だ。

 佐藤と白石のいる白富東が、あまりの人気の過熱さにより、秋季大会をマリンズスタジアムで行われることになったのは知られている。

 満員御礼の観客となり、千葉のプロ球団よりも多くの人気というのは、白石と佐藤がすごいのか、それともプロ球団が情けないのか。


 また織田には、他の選択肢もあった。

 プロに進むことはずっと前から決めていた。しかし海外も選択肢にある。

 ワールドカップでの活躍から、MLBからの指名もあったのだ。

 イチローという偉大すぎる前例があるため、MLBが日本の中距離打者を欲するのに不自然さはない。

 むしろ甲子園に行った回数は織田の方が多く、高校の段階ではあのレジェンドよりも肩書きは上だと言える。


 将来的に、MLBを目指すつもりはある。

 野球が上手くなれば上手くなるほど、高いステージでプレイしたいというのは当然である。もっとも織田はMLBがNPBに比べて高いレベルとはあまり思っていない。

 妄想も含めた理想を言うなら、ポスティングでMLBに移籍して数年活躍、後に日本に戻ってきて最後は中京でキャリアを終えたい。

 織田は計算高いために、自分の野球キャリアについてはかなり明確に考えている。

 ぶっちゃけ千葉は観客動員数が少ないのも関連しているが、高額年俸の選手が少ない。

 まあそれは、それだけの成績を残している選手がいないからというのも、もちろん前提としてあるのだが、スター選手が育ちにくいとも言える。

 逆に織田のスター性を、将来性も込みで買っているとも言えるかもしれない。

(東北と北海道は、逆に選手が育ってMLBに行ったり、FAで大幅増ってイメージがあるよなあ)

 育成能力に乏しい球団と言えるのか。とりあえずあまり美味しい球団というイメージがないのは確かだ。


 契約の条件自体は、ほぼ最高を提示してくれている。

 契約金一億円に、出来高五千万、そして年俸は1600万。

 実際のところは契約金には上積み、そして通常以外の出来高についても言及されている。


 いきなりMLBという選択は、かなり難しいことは知っている。

 契約金こそ高いが、MLBはメジャーに上がるまでは年俸が極めて低い。

 打算的に行くならNPBで充分な給料を稼いだ後、実績を残した上でMLBに行くことだ。ほとんどの成功した日本人選手がたどった道である。

 いずれは挑戦したいとは思っているが、果たしてMLBにいきなり挑戦するのはいいことなのか、ネットで調べても否定的な意見が多い。

 千葉出身のMLB選手もいないではないが、時代が古くて現状とは比べられない。身近にはNPBに詳しい人間はいても、MLBにまで伝手がある人間はいない。


 うんうんと頭を悩ませて考えると、ふと思い出した。

 ワールドカップでは、織田の活躍で接触してきたMLBのスカウトもいた。あと代理人として有名な人物の名刺ももらった。

 だが織田が頼ったのは、そのあたりのつながりではない。

 一応ケータイに登録はしておいたが、これまでは使わなかった番号へかける。

『もしもし』

「佐藤だよな? 今、大丈夫か?」

 ワールドカップのスタッフの中にいた、白富東の女監督の来歴を思い出したのである。




 せめて一度球団の施設を見るぐらいは、との言葉に織田は素直に頷いた。

 しかし名古屋からの案内は求めなかった。先に千葉に行っておきたかったのだ。


 電話した佐藤直史は、なるほどなるほどと趣旨を理解してくれた。

 なんでも山手元監督は現在仕事でまた日本にいるため、直接会って話を聞くことが出来るらしい。

 その代わり白富東まで来てくれというように言われた。

 進路の決まっている織田は、はっきり言って時間はある。

 一度あの白富東の、練習環境というものを見ておきたかったのである。


 ラストダンジョン新宿駅で迷いそうになりながらも、織田はどうにか白富東高校までやってきた。

 駅からは歩いて15分ほどで、徒歩でも行けない場所ではない。駅のコインロッカーに荷物を預けて、白富東にやってくる。

 田舎というほどではないが、織田の地元の名古屋と比べれば、明らかに都会とは言えない場所だ。

 ナビに従って歩いてきた織田は、校門で待っていた直史を見つけた。

「よう」

「いらっしゃい」

 高校野球のスーパースターが肩を並べる。


 白富東の野球部グランドは、敷地から少し離れた所にある。

 公立校としては仕方のないことであるのだが、対戦するチームは偵察し放題だ。屋内練習場もないと聞く。

 よくもここまで勝てたという環境であるが、近付くにつれて道路にはみ出す勢いで、観衆がグランドを囲んでいるのが分かった。

「神宮前だったよな。時間割いてもらって良かったのか?」

「まあこちらはこちらで、色々教えてもらえばありがたいですし」

「余裕だな。うちは負けたからなあ」

「中京国際ですよね? やっぱり外国人が強いんですか?」

「150kmのストレートにスプリットとカット混ぜてくるからな。でも白石なら楽勝だろ」

 県大会の決勝は織田も見にいったが、自分なら打てると思った。


 織田は引退しているが、まだプロに入ったわけではない。

 他校の高校生に混じってプレイしても、一応は問題にならない。

 もし千葉に入団するなら、白富東のファンと顔を合わすことも多くなるだろう。

 ここで顔を広げておけば、織田にとってもいいことになる。




 打算と計算をもってグランドの敷地に入った織田であるが、そこで愕然とした。

 白富東のベンチの中に、ケイティがいる。

 いや、先日のMスタにおいて佐藤の妹たちと共に、テレビ出演はしていたので、来日していることは知っていた。

 しかしどうして千葉県にいるのか。

「ああ、イリヤの家に泊まってるんですよ」

「そういやそういう関係だったか」

 このあたりから東京に出るのは、それほど難しくはない。


 ケイトリー・コートナーは間違いなく世界レベルのミュージシャンであるが、日本での知名度はまだそれほど決定的ではない。

 だから先日のテレビ出演も、まずは顔を売るのが目的であったと言われている。

 実際、バックコーラスのくせに佐藤家の双子よりも歌は上手かった。『妖精の声』とまで言われているのは伊達ではない。

 まあダンスの振り付けにバク宙を付けるような双子の方が、視覚的なイメージは上であった。


 ベンチの中にいるケイティが見ているのは、佐藤武史と中村アレックスの勝負である。

 投げる武史に、打つアレク。

 間違いなく来年の主力となる二人であるが、果たして現段階ではどちらが上なのか。


 ドカン。


 ちょっと普通ではない音が、キャッチャーミットから聞こえる。

 武史の左腕からのストレート。倉田の構えたところにボールが行く。

 二球目、同じストレートの下をアレクが振る。真後ろへ飛ぶ。

「なんか、お前の弟えげつなくなってないか?」

 織田は甲子園では武史との対戦成績はなかったが、150kmを投げる一年生には当然注目していた。

「大介は簡単に打ちますけどね」

 そりゃ白石ならそうだろう、と織田は思う。

「お前と白石が対戦したらどうなるんだ?」

 この疑問は日本の高校球児全てが持っている疑問とさえ言っていい。

「バッピが主砲を抑えにいってどうするんですか」

「そういう問題か……」


 直史には基本的に、打者に勝とうという気がない。

 だが甲子園で、意識的に勝負しにいった打者が一人だけいる。それが織田だ。

 スルーの試し撃ちという意図もあったのだが、それを試すだけの価値が織田にはあった。

「それはともかく、部室に行きましょう。セイバーさんも来てますし」

「あ、おう」




 案内された部室はまだ新しい。セイバーが置き土産的に建築した部室は、増加した白富東の部員を収容するためのものだ。

 そこでモニターに映像を流し、ノートPCを使いながら数字を分析しているセイバーがいる。

「こんにちわ」

「いらっしゃい。えっこ、お茶をお願い」

「あ、お構いなく。これお土産です」

 ちゃんと如才なく、手土産を持ってきている織田。ういろうである。

 ……白もあっさりとしていていいが、黒も奥行きがある味だ。甲乙つけがたい。


 とりあえずお茶を一杯いただいて、お土産のういろうを食す。

「あ~、やっぱ和菓子はいいわ~」

 セイバーは顔をゆるませるが、すぐにまた真顔になる。

「さて、と。織田君はMLBについて聞きたいのよね? マリンズを選ぶかMLBを選ぶか」

「はい。一応指名はしてくれるって聞いてますけど」

 MLBのドラフトは六月である。それを待つとしたら、ぶっちゃけ織田はそれまで無職となる。

「う~ん……織田君は英語は出来るの?」

「喋るのは拙いけど、聞き取りはかなり出来ると思ってます」

「ええと、先に結論から言っておくと、NPBで結果を残してからMLBに行った方がいいわね」

 セイバーは一刀両断した。


×××


一話では終わらなかった。明日か明後日に続きを投下したいです。

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