第33話 群雄伝1・ドラフト会議

 高校野球史上、最も優れた投手は、古くは江川、新しくは上杉勝也である。

 どちらも一年の頃から名を知られ、そして甲子園では優勝できなかったことは共通している。

 上杉は甲子園で複数のノーノーを達成しており、一大会での奪三振も、春は決勝まで進めたこともあって江川の大記録を抜いたし、夏も坂東に次ぐ歴代二位の奪三振を誇っている。

 その上杉は去年、10球団からドラフト一位で指名された。

 甲子園では決勝で、15回を完封したが、それでも打線の援護がなかった。

 しかし、多くの人が思ったはずだ。

 球数制限がなければ、勝っていたのは上杉だと。


 この年は大学卒のプロ志望に、素晴らしい捕手と素晴らしい内野手がいた。

 捕手というのはある意味投手以上の専門職である。

 打てる捕手は、それだけでレギュラーになれる。だから一位指名も、それなりに分かれるとは思われた。

 しかし蓋を開けてみれば、史上最多の10球団による一位指名である。

 これを勝ったのが、神奈川グローリースターズであった。


 神奈川はここ10年、一度しかAクラスになっていない。

 主な原因は、投手が上手く回っていないからだ。先発も中継ぎも抑えも、どちらかが上手くいってもどちらかが上手くいかないという状態が続いた。

 しかしここで上杉の獲得である。

 普通高卒の投手は、高校野球レベルでこそ突出するが、プロでは高校トップレベルの人間しかいない。だから一年目はそれほどの成績を残せないというのが一般常識である。

 しかし上杉は開幕から先発のローテに入って、勝ちに勝ちまくった。

 完投に次ぐ完投。そして完封に加えて、一シーズンに二回のノーヒットノーラン。

 30登板で19勝0敗。そしてシーズン終盤にはクローザーかロングリリーフで7セーブ。

 20勝投手がいたからこそ最多勝は逃してしまったが、勝率1.00で、防御率が0.94。最多奪三振。完投は10で、そのうち勝利が9で引き分けが1。

 そしてピッチャーのくせに打率は三割を超えて、ホームランも七本打ってしまった。


 この活躍で神奈川はAクラスどころかシーズンのリーグ優勝を決め、クライマックスシリーズも勝ち進んで日本シリーズへ。

 日本シリーズはまだ決着していないが、既におおよその受賞者は決まっている。

 オールスターMVPを獲得し シーズンMVP、CSMVP、新人賞、沢村賞、ここまではまず決まったと言っていい。投手成績では本当に、最多勝だけが取れなかったのが惜しかった。


 この上杉の活躍を見て、今年の三年は育ってきたのだ。

 上杉はチームとして負けることはあっても、上杉自身が負けたと言えるような試合はなかった。

 高校生の時点で既にメジャーからも注目されていたが、そもそも全く海外には興味がなかった。

 政治家の家に生まれたということもあって、郷土愛は熱烈なものがあったが、メジャーに行くことを挑戦だとも思ったことすらない。




 さて、そんな上杉の次の年の、今年のドラフトである。

 この年の高校生組は、評価がきわめて高い。

 甲子園でのパフォーマンスや、通算本塁打記録などもあったが、やはりワールドカップの影響である。

 U-18としては史上初の優勝を日本にもたらしたメンバーなのである。

 もっともMVPはわずか三人の二年生の中の一人、白石大介に取られてしまったが。

 美味しいところは投手の部門も、やはり二年生の佐藤直史に取られてしまった。


 だが着実に評価を高めた者もいる。

 MAX155kmの本多、高校通算100本塁打の実城、一年間の対外試合禁止期間があったにもかかわらず、70本の本塁打を打った西郷。

 投手としては、あるいは本多よりも確実性の高い玉縄、左腕の吉村、また打者としては安打製造機で出塁率七割を誇った織田。

 中には進学を選んでプロ志望届を出さなかった者もいるが、これ以外にも打率の高い内野や、打てるキャッチャーなどがいて、高卒の豊作な年だとは言われている。


 10月26日、東京のホテルで行われるドラフト会議。

 当然ながらここまでに、GMをはじめとする各球団の編成部は、指名する選手を決めている。

 水面下の駆け引きで、出来るだけ他の球団と競合しないように、指名を考えてはいる。

「しかし西郷が結局は進学とは、意外だったな」

 年々肩身の狭くなる喫煙者である、大京レックスの東北担当スカウトの大田鉄也は、他の球団の喫煙者と喫煙ルームで話をしていた。

「佐藤が進学するって聞いたから、大学で勝負したいんだって言ってましたけどね」

「え、マジ?」

 息子からも聞いていない鉄也である。


 今年の桜島実業は、全チーム中ナンバーワンの得点力を誇る打線であった。

 そもそも桜島は、打力に偏重したチームではある。しかしその中でも西郷は打撃力では高校ナンバーワンとまで言われていた。

 まあそれは、桜島はそれなりに点も取られるため、自然と得点も多くなっていくというからくりはある。

 それでも春の九州大会では打ちまくって、ドラフト一位間違いないとまで言われていた。本人も夏の甲子園まではプロ志望ではあった。

「佐藤に完全に抑えられたからなあ」

 鉄也は東北地区がメインの担当ではあるが、実家が千葉ということもあって、関東の第二担当のような役割も負っている。


 今年、彼の担当の東北からピックアップしたのは、大卒選手がほとんどである。

 あとは高卒選手と関東の大学のパイプをつなげたりしたので、その意味でも関東に来ることは多かった。

「佐藤はあれ、ほんまにプロになる気はあらへんのか?」

 大阪ライガーズのスカウト部長は、球団は違うが鉄也のタバコ仲間である。

「本当に、心の底から、全然ないみたいですね」

 溜め息をつくしかない鉄也である。




 白富東というチームに最初に目を付けたのは、確かに鉄也である。

 だがそれはあくまでも偶然の要素が強く、彼が何かを見てピンと来たわけではなく、息子からの報せによる。

 同じチームに、完全に無名のとんでもない選手がいる。

 白富東は地元の超有名な公立進学校であったので、鉄也もその名前自体は知っていた。

 しかしその野球部から、野球でプロはおろか、大学に進んだ選手すらいない。

 野球部のキャプテンをやっていて推薦で大学に行ったという例はあったらしいが、あくまでもそれは学校推薦で野球推薦ではない。


 勇名館の吉村を見に行った試合で、その二人を確認した。

 あの身長でホームランが打てるショートと、変化球とコントロールで打者を凡退にし続けるピッチャー。

 その時点ではまだ保留であったが、帝都一との練習試合をセッティングしたのは、確信を得たいからであった。


 あれからあの二人は成長し続け、ついにはワールドカップ優勝の原動力とまでなった。

 軟式の弱小校にあんな逸材が隠れているというのは、ドラマチックと言うよりはほとんど反則である。

「佐藤か……確かに球は遅いけど、星野みたいな前例もあるし、あの体格ならまだ球速は上がるやろ。大学卒業の時までに、まだ球速も伸びてるんちゃうか?」

「まあ、他にやりたい仕事があるからって言ってましたけどね」

「やりたい仕事か。進学校言うたら医者とかか?」

「弁護士だそうですよ」

「弁護士って……」


 弁護士資格を取るのは、ある意味東大に入るよりも難しい。

 直史の成績は、東大に入るのにはかなり成算があるレベルだ。野球であそこまでの成績を残しておいて、そんな学力をキープできるというのは、野球選手を見てきた二人でも想像の埒外である。

「弁護士って、金かかるんちゃうか? けっこう何年も勉強せんとあかんのやろ?」

「彼女の父親が弁護士で、そこで実務を学ぶとか聞いてます」

「女を取るんか? そんなもんプロの世界に来たら選り取りみどりやろ」

「まあそのあたりが、ちょっと野球選手らしくないというか……」

 鉄也も色々と変わった高校球児は見てきたが、直史ほどの異端者は初めてである。


 実際のところ、プロ野球選手というのは、あまり良い職業ではない。

 平均的な引退年齢は29歳であり、高卒の選手は芽が出なければ五年ほどで切られることもある。

 もっともドラフト上位指名の選手などは、ピッチャーであればバッピなどに再就職先があり、大学まで出ていればフロント入りもありえる。

 球団職員としてならそれなりに再就職も出来たりするが、その点では大卒の方が有利である。

 そもそもプロに来るような人間は、野球しか出来ないのだ。




 話が来年のドラフトに飛びそうになるが、まだ今年のドラフトは始まっていない。

 夕方から始まるこのドラフトは、ある程度球団の間で密約が出来ていたりする。

 もっともオーナーの鶴の一声で直前で変わったりもするのが、ドラフトという魔窟である。

「競合しそうなんは織田、実城、本多、玉縄あたりか?」

「あとは左の吉村あたりですかね」

 このように仲良く見える二人であるが、ドラフトの真骨頂は二巡目以降にあると言ってもいいだろう。

 ドラフト一位は、競合があって当たり前なのだ。入札抽選なので、どの球団にも機会は平等にある。

 二巡目以降はウェーバー方式なので、他の球団の情報を集めつつ、選手を指名していく。

 後は隠し球とでも言える、埋もれた逸材をどれだけ発見できているかだ。

 もっともこのネット社会、隠れた逸材などというのはすぐに拡散してしまう。

 足を運んで直接見ないと確かなことは言えないが、スカウトにとってはつまらない世の中になってきたとも思える。


 さてそろそろ、と二人がタバコを灰皿で消した時、ひっそりと会場に入っていく姿が見えた。

「タイタンズか……」

 鉄也は苦い口調で、ライガーススカウト部長は仏頂面でそれを見届ける。


 東京タイタンズ。日本で最初のプロ野球集団であり、新聞社が経営母体である。

 同じ東京を根拠地とする球団としてはレックスのライバルとも言えるが、人気や資金力では圧倒的にタイタンズが強い。

 FAやドラフトの逆指名時代など、庶民の人気はともかく、同じ球団関係者からは嫌われている。

 もっとも選手としては、やはり年俸が上がりやすく、怪我をした時のバックアップもあるため、人気は高い。

「まさかとは思うけど、またなんかいらんことするんちゃうやろな」

「タイタンズは本多を一位指名するはずですよね」


 帝都一の本多勝は、一年の夏から甲子園を経験している、超名門の四番でピッチャーだ。

 MAX155kmのストレートにスライダーとシュート、そしてフォークを使うが、投手としては集中力に課題があると言われている。

 ポテンシャル的には投手としては一番だろうし、打者としても才能があるので、大きく期待はされている。

 希望球団は実家近くの中京フェニックスか、在京球団と明言してはいるが、望まれればどこでも行くとも言っている。

 密約と言うほどではないが雑談で、おおよその一位指名選手は分かっている。


 昔に比べればプロ志望届が出来たり、逆指名がなくなったりして、かなりスカウトの暗躍する余地がなくなったとも言えるが、それも含めてプロ野球の面白いところだったという人もいる。

 鉄也たちに言わせれば、スカウトはとにかくいい選手を、どんな手段でも手に入れたら勝ちなのである。

 だからタイタンズは嫌いであるが、それを卑怯だとかどうとか、とんちんかんな批難をするつもりはない。

 ただそれでも、セ・リーグならタイタンズ、パ・リーグならジャガーズは、色々と汚い手段を使ってくることで有名だ。

 この二球団のダーティプレイを封じるために、ドラフト制度は変化していったとさえ言える。




 セパ両リーグのGMや編成部長、スカウト部長に担当スカウトなどが揃い、ドラフトが始まる。

 事前の情報通り、やはり指名の被った選手が多い。


 セ・リーグ(本年度成績順)

 神奈川グローリースターズ 玉縄正則 投手

 東京タイタンズ      本多勝 投手

 中京フェニックス     加藤誠也 投手

 広島カップス       玉縄正則 投手

 大阪ライガース      実城新 内野手

 大京レックス       吉村吉兆 投手


 パ・リーグ

 埼玉ジャガーズ      本多勝 投手

 東北ファルコンズ     織田信三郎 外野手

 福岡コンコルズ      実城新 内野手

 千葉マリンズ        織田信三郎 外野手

 神戸オーシャンウェーブ  吉村吉兆 投手

 北海道ウォリアーズ    織田信三郎 外野手


 予想していたこととは言え、高卒選手が全て一位を占め、ほとんどが競合している。

 中京フェニックスはその点では、確実なところを取ったと言っていいだろう。

 実城よりも織田の方が指名が多いのは意外であるが、ワールドカップの印象が強いのだろう。あと実城は左利きのため、守備力が問題になったのかもしれない。


 神奈川は上杉のおかげで優勝できたと言ってもいいが、まだ投手が足りないということで、一番信頼性の高い玉縄を取りにいった。

 広島も投手が欲しいはずであったが、あちらは左が不足していたはずなのに、どうして吉村を狙わなかったのか。鉄也としては助かったが。

 東京と埼玉が本多を取りにいったのは少し意外である。埼玉は投手よりも内野が欲しいはずなのだ。

 東京はFAで他のポジションを取りにいったので、本多のポテンシャルに期待していることは分かる。

 ライガースは打線がいまいちつながらないので、実城を取りにいくのはおかしくない。しかし福岡は打力自体は足りていたはずだ。

 大京はどうしても左が欲しかったので、競合も覚悟で指名だ。同じことが神戸にも言える。

 東北、千葉、北海道が織田を指名したのは、次代のスターを欲したということだろう。本人は生まれも育ちも愛知なので、中京を希望していたのだが、なかなか上手くはいかないものだ。


 一位指名がそのまま通ったのが一球団だけというのは、かなり珍しいことだろう。

 神奈川湘南の投打の要二人で、四球団の一位指名というのは面白い。

「織田はここまで人気を集めるのかねえ。打力があるとは言え、外野の名手はそれなりにいるはずだが」

 のんびりと言うレックスの編成部長であるが、純粋に現場にほしい人材を取れるところが、レックスのありがたいところである。


 パ・リーグ三球団が織田を欲しがっていたというのは、戦力としてもだが人気を考えてのことだ。

 特にファルコンズなどは、ここ数年慢性的な左不足であり、去年も優勝を逃したのはそれが原因だとさえ言われている。

(外れ一位は榊原か大浦を狙ってくるか?)

 ちなみにレックスも吉村が取れなければ、その二人のどちらかを取りにいく予定である。




 競合からの抽選で、各球団の獲得選手は決まった。

 抽選で負けたところは、外れ一位指名である。幸いと言うべきか、ここでの競合はなかった。


 セ・リーグ

 神奈川グローリースターズ 玉縄正則 投手(神奈川湘南高校)

 東京タイタンズ      本多勝   投手(帝都第一高校)

 中京フェニックス     加藤誠也 投手(大阪光陰高校)

 広島カップス       福島正吾 投手(外れ一位・大阪光陰高校))

 大阪ライガース      大江広大 内野手(外れ一位・帝都大学)

 大京レックス       吉村吉兆 投手(勇名館高校)


 パ・リーグ

 埼玉ジャガーズ      高橋雲海 投手(外れ一位・福岡城山高校)

 東北ファルコンズ     榊原平馬 投手(外れ一位・帝都第一高校)

 福岡コンコルズ      実城新   内野手(神奈川湘南高校)

 千葉マリンズ        織田信三郎 外野手(名古屋聖徳高校)

 神戸オーシャンウェーブ  大浦一輝 投手(外れ一位・津軽極星高校)

 北海道ウォリアーズ     山上万両 外野手(外れ一位・早稲谷大学)


(う~む)

 球団にはそれぞれの事情があるのだろうが、よく分からない指名である。

 カップスが結局右の投手を取ったのは、外国人かトレードで、左を獲得するアテが出来たのか。

 ライガースが野手を取ったのは分かる。しかしファルコンズが最初に織田を狙い、外れて榊原を指名したのがよく分からない。


 二巡目以降の指名は、抽選がないので確実にその球団の狙った選手が分かる。

 やはり今年は高卒に注目が集まっている。ワールドカップに選ばれた選手は、プロ志望届が出された者は全員、二巡目までのドラフトで決まった。

 注目すべきはマリンズの捕手として指名された武田だろうか。高卒の捕手はなかなか仕上がらないので、頑張って欲しいものである。

 レックスは二巡目以降も投手を優先的に指名した。去年の投手の崩壊事情さえなければ、最下位になどならなかったのだ。

 吉村は当然先発で使う予定であるが、実は最も必要としているのはクローザーである。

 高卒はもちろん大卒の投手にも、クローザーを求めるのは無理がある。こういうのはFAか外国人、もしくは内部での育成を待つしかないのだ。

 上杉は除く。




 かくして、選ぶ側のドラフトは終わった。

 そして物語は、選ばれた者たちへと移る。


×××


 二部構成の次話は明日か明後日あたりに投下します。

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