第31話 最終話 覇者の凱旋
U-18ワールドカップの日本代表チームが帰国した時、空港は多くのマスコミで溢れ返っていた。
そこまでしなくても、と思うのであるが、とにかくマイクが突き付けられる。
スポーツ関連だけではなく芸能畑と見られる、明らかに印象の違う記者たちも多い。
とりあえずそこで取材など不可能なので、空港の隣接ホテルにあるホールに移動する。
連盟が手配してくれて、そこでは生中継のカメラも入っている。
ちなみに双子とイリヤはホテルでの集団気絶事件で、当局に拘束されたままである。
マイケルが友達の弁護士に頼んで、どうにかしてもらえるらしいが。
あとはセイバーと早乙女も一緒に残ってくれていた。
設えたひな壇の最前列に、木下は座る。
「木下監督、まずは優勝おめでとうございます。今の心境はどうでしょう?」
「え~、そうですね。嬉しいと言うよりは、ほっとしたと」
「ほっとした、ですか?」
「ええ。史上最強とまで言われたチームで挑んだ大会ですからね。やっと優勝が出来たと。それと、一人も大きな怪我なく、親元へお返し出来ると。それが一番ほっとしています」
「白石君が負傷して、一試合欠場しましたが」
「はい、それもね。もう最初は本当に目の前が真っ暗になったんですけどね。こう言ってはなんですが、全治二週間の亀裂骨折は、選手生命に関わるものではありませんし。医師からは念のため一週間ほどは休むべきだと言われてはいますが」
「リーグ最終戦こそ欠場した白石君ですが、決勝では指名打者として出場しました。あれはやはり、まだ守備には不安があったということでしょうか?」
「不安と言うよりは、より安全を考えたと。本来なら全治二週間ですからね。あちらのインタビューでも話しましたけど、彼は治癒力が普通の人よりも早くて、アメリカ戦の代打の後に病院に行ったら、もうくっついていると言われましたから」
「一日で治っていたと?」
「信じられないけど、お医者さんが言いましたのでね。本人も出られると言ったので、念のため一日は完全に休養で、最後の試合も指名打者と」
「アメリカ戦ではホームランを打った後、一塁へ向かうことも出来ずに担架で運ばれたわけですが」
「あれもね。本人としては歩けそうではあったんです。ただ無理やりテーピングが剥がれてしまうような動きをしたのでね。念のためにそのまま病院へ行きました」
どうも話題が大介に偏ってきている。
「それでは最後に。優勝できた最大の要因はなんだと思いましたか?」
「そうですね。それはチームの力と、個人の力が、相互作用で良い方向に働いたということですね」
「それぞれの力とは?」
「多くが急造のチームワークで、代表合宿に参加していない選手もいましたから。白富東の二人なんかはそうですね。ただ周囲が、その力をちゃんと認めていた。チームとして彼らに試合を托し、彼らもそれに応えた」
なお、直史は特にそんなつもりはなかったようである。
「チームワークというのを、本当の意味で各選手が分かっていたということですかね。私の指示は本当に最低限でした。それぞれが自分の力を尽くし、チームに献身的に尽くした。それが勝因でしょう」
いや、明らかに勝因は、突出した個人の力であろう。
なおこの会場で、直史は大介が変なことを言わないように、直史がその隣の席にいる。
「それでは各選手への質問に変わります。まずは――白石君、大会MVPおめでとうございます」
「はい! ありがとうございます!」
基本的に大介は闊達な好青年なのだ。相手が舐めた態度を取ってくると、こちらも豹変するが。
「二年生での参加ということで、不安はありませんでしたか?」
「いや、同じチームのナオもいたし、せごどんや織田さんとか、甲子園でけっこう話した人がいたし、監督もコーチとして一緒でしたから」
「オランダ戦からいきなり大会第一号ホームランでしたが、狙ってましたか?」
「第一号とかは意識してなかったけど、基本的にはいつもホームラン狙ってますから。打者の仕事は点を取ること、次が塁に出ることだと思ってます」
「MVPでおおよそ全ての記録を更新し、不滅の大記録を樹立したわけですが、実感としてはどうでしょう?」
「いやあ、人間のしたことですから、そのうち更新されるんじゃないですかね?」
こいつが本当に人間なのか、かなり疑問ではあるのだが。
「大会で対戦したピッチャーで、特に気になった選手は誰ですか?」
「あ~、ジェフリーとフェルナンデスは、よく正面からぶつかってきてくれましたね。あと一番厄介なのは台湾のヤンでした。こいつみたいで」
そして直史を指差す。直史の無表情は変わらない。
「あと白石君の打席では、応援もすごかったですね。S-twinsの二人の熱唱は、ラブソングも多かったですが、二人との関係は?」
「野球とは関係ない質問は、遠慮してください」
素早く大介のマイクを奪った直史であった。
「応援曲の内容はそれなりに関係があると思いますが、あれは誰の提案でしょうか?」
「応援自体を依頼したのは私ですが、メンバーや応援方法などは全て、担当の者に任せました。最初に歌ってほしい曲だけは聞いてきました」
もうマイクを離さない直史である。
どうせ双子が帰国すれば、またイリヤを交えて一騒動も二騒動も起こすのだ。
それまで束の間でも、安らかでいたい。
直史の鉄面皮にややむっとした様子のマスコミもいたが、それを斟酌する直史ではない。
「応援曲と歌は、あの二人の要望ということでしょうか?」
「私には分かりかねます」
直史の一人称が私の時は、こいつがよほど心に壁を作っている時である。
直史はごくまともな一般人として、また甲子園のスタートして、基本的にマスコミが嫌いである。
その直史をさらに隣の樋口は、肘でつんつんと突いていた。
「あ~、では佐藤君にお伺いします。リリーフ部門での選出おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「クローザーという立場はあまり経験はないと思いますが、精神的に大変だとは感じませんでしたか? ピッチャーの中では唯一の二年生でしたが」
「ピッチャーは基本的に監督の方針に従って、キャッチャーのリードに従って投げますから。大変というのは意味が分かりません」
木下と樋口にぶん投げた直史である。
「結果としては12イニングパーフェクトピッチということで、これまた記録に残る偉業となりましたが、何か思うところはありますか?」
「ありません。点を取られなくて良かったです」
インタビューは続いていくが、マスコミが期待するような、ハプニングも失言もなかった。
多少、織田が調子に乗って将来はメジャーを目指しますなどと言っていたが、その程度であろう。
かくして日本代表チームの夏は終わった。
☆ U-18世界大会を振り返るスレ part11 ☆
11 名前:名無しさん@実況は実況板で
佐藤塩対応。砂糖にもかかわらず塩とはいかに
12 名前:名無しさん@実況は実況板で
芸能記者っぽいのも混じってたからな
兄としては普通のこと
13 名前:名無しさん@実況は実況板で
さんざんお前らがタッチタッチ言うから読んでみたけど、双子は男の方なのな
14 名前:名無しさん@実況は実況板で
白石は天然っぽかったな
15 名前:名無しさん@実況は実況板で
いや白石もけっこう塩対応なところあるよ
去年の地方大会では半ギレしてたし
16 名前:名無しさん@実況は実況板で
千葉県民乙
あれか、あの伝説のキャッチャー後逸サヨナラ
17 名前:名無しさん@実況は実況板で
あれは審判もひどくてなあ
佐藤がコントロールミスするなんて、今からは考えられん
明らかに審判のミスがあった
それがなければ実質勝ってた
18 名前:名無しさん@実況は実況板で
あれは相手の学校も言ってたよな
勝者としてここへ来たつもりはない、だっけ?
19 名前:名無しさん@実況は実況板で
まああの年の千葉代表、ベスト4に入ってたからな
センバツベスト8、夏準優勝と、さりげにここのところの千葉代表強し
20 名前:名無しさん@実況は実況板で
つか吉村と白富東が強いんだ
代表入りしたピッチャー二人が千葉県から出てる
21 名前:名無しさん@実況は実況板で
しかし白富東強ええわ
投手に佐藤、打者に白石だろ?
そら大阪光陰にも勝つわな
それに勝った樋口もいたんだから、そりゃ優勝もするわ
22 名前:名無しさん@実況は実況板で
ワールドカップの応援って、甲子園では無理なん?
23 名前:名無しさん@実況は実況板で
無理。まず電気系の楽器が使えない
当然マイク音声も不可
24 名前:名無しさん@実況は実況板で
もったいないなあ
甲子園の視聴率、今年は白石のおかげで上がってたけど、上杉おらんくなってどうなるかって話出てたしな
25 名前:名無しさん@実況は実況板で
今のリトルとか、上杉に憧れて投手志望するやつ多過ぎ問題
多分来年からは白石に憧れてショート志望多過ぎ問題が起こるかと
26 名前:名無しさん@実況は実況板で
佐藤に憧れるやつはいないのかw
27 名前:名無しさん@実況は実況板で
だって上杉はあれ才能だろ? 佐藤は努力だろ?
今の努力嫌いの子供が、佐藤を目指すわけがない
28 名前:名無しさん@実況は実況板で
センバツと来年の夏も、佐藤兄妹甲子園で見られるよな?
29 名前:名無しさん@実況は実況板で
投手陣と打線見る限り、地方大会では問題なく勝てると思う
30 名前:名無しさん@実況は実況板で
敬遠以外で白石抑える方法考えないとな
31 名前:名無しさん@実況は実況板で
頼むからあの応援もう一回聞きたい。マクロス祭りしてほしい。あの二人ワルキューレの歌もハマると思う
32 名前:名無しさん@実況は実況板で
白石がプロに行くまではお預けじゃね?
33 名前:名無しさん@実況は実況板で
再来年か、遠いな……。
34 名前:名無しさん@実況は実況板で
球団にもよるぞ。北海道とか福岡なら、応援に行くのも難しいだろ
35 名前:名無しさん@実況は実況板で
甲子園の応援、もうちょっとどうにかならんのかね
36 名前:名無しさん@実況は実況板で
そいや甲子園つか高野連の規則? 規定? ちょっと変わりそうだってな
37 名前:名無しさん@実況は実況板で
野球人口減ってる対策ってやつか
38 名前:名無しさん@実況は実況板で
そそ。上杉人気でも、一度減った人数はすぐには戻らないから
39 名前:名無しさん@実況は実況板で
始まるとしても来年度からだしな
とりあえずは関係ない
40 名前:名無しさん@実況は実況板で
始めたとしてもあんまり意味なさそうだけどなあ
高校レベルで女子が男子と一緒に野球やるって無理だろ
41 名前:名無しさん@実況は実況板で
シニアの全国、女子選手も出られるけど、実際に出てるのはほとんど男子だしな
二年ぐらい前に、全国で一人いたって聞いたけど
42 名前:名無しさん@実況は実況板で
女子は南ちゃんになりたいんであって、自分が甲子園に行きたいわけじゃないだろ
43 名前:名無しさん@実況は実況板で
白富東の金髪女監督も、前線型じゃなかったしな。女子に高校野球は厳しい
どうやら世の中には、奇妙な流れがあるようである。
日も高い昼間に、どこか爛れた空気が室内を満たしている。
綺麗に掃除され、整頓された部屋の中で、ベッドの上だけが乱れている。
体の中からの熱が、少しずつ引いていく。
汗に濡れた互いの身体は、少しずつ熱を奪っていく。
体液を拭き終わると、その体を少女の横に投げ出す。
乱れたお互いの短い呼吸が、少しずつ平常に戻っていく。
名残惜しさからか、少女は少年の二の腕に触れる。
すりすりと、さわり、そして足を絡める。
肌の感覚が心地いい。
「もっかいしたくなる」
「う~、ちょっと今日はもう」
「あんまり触られてると、そういう気分になるんだけど?」
少年もまた、少女の柔らかな胸に触れる。
慌てて少女は離れた。もう一度というのは受動的に動くにしろ、体力的に厳しい。
明日からは普通に登校しなければいけないのだ。心情的にはもう一回どころか体力の続くかぎりしてみたいのだが、彼女はそれほどタフではない。
「シャワー浴びてくるから」
ベッドに布いていたバスタオルを巻きつけ、部屋を出る。
白い背中を見送って、少年もまた脱いだ服を着る。
一緒にシャワーを浴びたい気分はあるのだが、彼女の母は時々急に帰宅することがあるので、致命的な状況は避けなければいけない。
重ねた体に残る少女の香りを、少年は反芻した。
時差ボケから復活した直史は、10日以上ぶりに、白富東高校野球部の朝錬に顔を出す。
「変わってるから、驚くかも」
「ああ、部室が完成したんだっけか」
一階に下りてきた二人は、瑞希の淹れた紅茶を飲んでいた。
一日の完全休養日、つまり今日の事だ。
明日からは直史も瑞希も、普段と変わらない日常に戻る。
日常。
不思議な言葉だ。
変わらない日々、という意味でもあるのだろう。しかし直史にとっては、大会の日々も特別とは思わなかった。
けれどやはり、少しは違った。けれど同じような日々でも、必ずどこかは違うものだろう。
「最後の一年だな」
「そうね」
直史の呟きに、瑞希は応じる。
人生はまだまだ続いていく。
しかし、高校生活最後の夏に向けて、もう最後の一年が始まっている。
最後の夏。
高校球児は、誰もが最後の夏が、少しでも長く続けばいいと思っている。
直史でさえこの最後の夏は、出来るだけ多くの出来事が起こってほしいと思っている。
実際のところは、夏が終わったとしても、秋と冬がやってくる。
高校生活自体は、まだ半分も過ぎてはいないのだ。
だが球児たちの高校生活は短い。
「今日は食べてく?」
「いや、また実家の方にいかないと行けないんだ。色々とご近所さんが来るから」
それの相手が面倒で、直史は瑞希の家に避難してきた。
そのついでに盛り上がって盛ってしまっても、仕方がない。高校生だもの。
玄関で二人はキスをかわし別れる。
「それじゃまた明日」
「うん」
幸福な日々が、日常となりつつある。
自分は、幸せなのだ。
これを維持するためには、多くの努力が必要だろう。
(野球か……)
全てが、それから始まった。
自分に幸福をもたらしてくれたそれに、直史も真摯に応えないといけない。
秋。また一つの季節がやって来る。
直史が日本にいなかった間に、新しい野球部専用部室は完成していた。
ロッカー付きの更衣室も併設されているので、そこで着替えてグランドに行く。
朝から元気のいい声は、シーナとジンのものだ。どうやら二人は少し早く来ているらしい。
昨晩メールは送っておいたが、久しぶりの二人の声は安心する。
しかし様子を見た直史は、それなりの驚きを覚えた。
内野ノックの練習中であったが、ジンがセカンドを守っている。
「ん、ん~?」
ホームベース付近には倉田がいて、ノックは彼がしている。
そしてシーナがジンの隣にいて、その守備を見ているのだ。
これは、どういうことだ?
「おっかえり! 土産は?」
溌剌といった感じで、直史に気付いて声をかけるジン。
「部室にある。皆で食う分は買って来た。で、何してるんだ?」
もちろんセカンドの練習をしているのだろう。
「今のままだと倉田がもったいないだろ? それにセカンドのポジションも決まってなかったし、俺が出来ないかなって。なかなかいけそうなんだな、これが」
「あたしに言わせるとまだまだだけどね」
これは、ありなのか?
ジンは確かに動けるタイプのキャッチャーだ。状況判断も早い。
だからセカンドの動きが出来るなら、それもありかもしれない。
来年以降のことも考えると、倉田と一年ピッチャーを多く組ませるというのも、しておかなければいけないことなのだ。
「あと倉田にはライトもやってもらってる」
「ああ、肩か」
倉田の肩の強さは、確かに送球に向いている。足が割と遅いのは問題だが、そこはアレクの守備範囲の広さでカバー出来なくもないのだろう。
直史がいなかった間にも、周囲は変わっている。
瑞希の言っていた変化とは、これのことも指すのだろう。
「とりあえず秋からは全勝目指すぞ。最後の一年間で、完全制覇だ!」
ジンの声には、これまでになかった力強さが加わっている。
彼は、キャプテンなのだ。
ああ、そうだ。
「そうだな」
世界の俊英を集結させた祭りは終わった。
だが球児たちの戦いは、まだまだ続いていく。
白い軌跡の、最後の一年が始まる。
第七章 完
×××
これにて第三部、短いですが完結です。
この後にサブエピソードをつけるかどうか考え中なので、完結にはしません。
第二部の間章を少しずつ書いていくと思います。
……登場時散々に言われた双子とイリヤは、こういう展開のためにいたのです。
カクヨムでは異世界ファンタジーに分類されるアクション物を書く予定です。
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