第30話 余韻

 WBSC U-18ワールドカップ。

 閉会式も終わり、関係者全員が一つのホテルに集まり、大ホールで懇親会となる。

 同時にこの場で、各個人成績になどへの受賞も発表される。

 まずMVPであるが、満票で大介が選出された。

 当然である。二位から五位までのホームラン数を合わせても、彼に及ばないのだから。

 決勝の勝利投手が選ばれることが多いのだが、その決勝でほとんどの打点を彼が上げているので当然だろう。

 打者部門とまとめて言えば、打率、打点、本塁打、得点で一位である。特に言及されないが、出塁率も当然のように一位だ。OPSが3を超えるというのはありえない。


 盗塁王は織田が取った。なにしろ大介の場合ホームランにしてしまう場合が多いので、盗塁の機会が少なかったからだ。

 あと織田は最優秀守備にも選ばれている。


 投手部門では、防御率は同率0が何人かいたのだが、直史が選ばれた。

 防御率どころか被安打率さえ0という。全イニングパーフェクトなのだから、それも当然だろう。

 勝率では先発として五戦三勝0敗のヤンが選ばれた。

 MAXで140kmを投げられなかった直史ほどではないが、彼もMAXは150kmに届かず、技巧派投手がこの大会を制したと言ってもいい。

 だが直史の場合は、奇形派とでも言うべきだろうか。

「パーフェクトピッチングマシーン」とか「アンタッチャブル」とか「冷たい男」というのは、やや皮肉が込められているようにも思える。

 パートナーとして一緒に出席している瑞希に対してデレッデレな表情を見せており、本当に同一人物かと複数の者が思った。


 そしてベストナインの選出であるが、ここでも少し驚きがあった。

 日本から選出されたのは、リリーフ投手として直史、ファーストで実城、ショートで大介、外野で織田が選ばれたのは妥当である。

 しかし指名打者にもダブル選出で大介が選ばれた。

 成績で言うなら、確かに間違いない。打率10割、ホームラン四本、打点が五である。

 たった一試合の指名打者としての出場で、最高のバッターとして選ばれたということだ。

 だが成績を見るなら、全くおかしくないところが逆におかしい。


 あと、選手とは全く関係のないところで、マイケル・オブライエンが特別賞に選ばれていたりする。

 グランド外でのパフォーマンスが素晴らしかったということなのだろうが、そこはイリヤが選ばれるべきだろう。

 しかし奥ゆかしい日本人ではないイリヤだが、そこは辞退する。

 面倒なことを引き受けるのは、年長者の役目だと思った。


 特別賞には他に、直史と樋口のバッテリーも選ばれていたりする。

 今から思えばリーグ戦のアメリカとの試合は、樋口が打たなければ流れが変わらなかったかもしれない。

 こいつは肝心のところで、結果を左右するプレイをする。




 大介の周囲には大人が群がっている。この奇跡のような選手に対して、おそらくどれだけ金の亡者と自分を貶めても、一度野球に興味を持ってしまえば、魅了されざるをえない。

 もっともユニフォームを着ていない大介は、どこか抜けたところのある、活発な少年でしかない。

 いちいち通訳を通してでないと意思が伝達できないところは、彼を困らせた。

 実は地元の政治家や、スポーツ振興のための政府の人間など、相当のお偉方も来ている。


 ミュージシャンメンバーはまた別格の扱いで、各国のメンバーや、果てはコーチ陣までサインをもらいに行ったり握手をしてもらったりしている。

 その中に双子がいるのだが、何やらナンパとも思えないが口説かれているように見える。

「ナオ、お前の妹たち大丈夫か?」

 壁の花となっている樋口は、皿に取った料理を食べている。

「イリヤが一緒だから大丈夫だろ。リコさんも来てくれたし」

 直史は全く心配していない。わざわざ日本から来てくれた、早乙女の姉律子には感謝しきりである。

 それに下手に瑞希の傍を離れて、彼女がナンパされるのはそれより困るのだ。


 世界大会の全イニングをパーフェクトピッチというのは、数字だけを見ても完全に脅威である。

 投げたイニングも一試合分をずっと超えているので、事実上世界大会でパーフェクトをしたようなものだ。

 たとえばMLBでも活躍した上原浩治は、国際戦負けなしという脅威の成績を残しているが、さすがに防御率が0というわけではない。

 球速がないせいでどうしても目立たないが、それだけにより、見る者が見れば凄まじいと分かる。


「やあ」

 微笑みながら近寄ってきたのは、台湾のヤンであった。

 直史も手を上げて挨拶を返した。

「おめでとう」

「そちらこそ」

「いや君たちは僕よりもすごいことをしたからね」

 ヤンは正しく判断している。同じ条件で競ったならば、きっと負けていた。

「これでどうにか日本の大学に進めるから嬉しい」

 なるほど、確かにこれだけの実績があれば、大学への留学も容易になるだろう。

「大学で四年間投げたら、日本人選手扱いでプロに進めるからね」

 それなりに計算高いところである。


 もしヤンが日本の大学に入るとしたら、直史達よりも一学年上になるらしい。

「どこの大学が手を上げてるんですか?」

 樋口は質問する。大学野球をする以上、敵にも味方にもなりうる。

「西太平洋大学だよ。東都リーグの一部の」

 なるほど、では六大学リーグに進学予定の二人とは、全日本大学野球選手権など以外では、そうそう当たることもない。

「またプレイ出来るといいね」

 そう言ってスマートに去っていくヤンであった。

 正直なところ、敵としては対戦したくない。




 そこへ少し硬い表情で歩いてきたのはセイバーである。

 彼女は今日、通訳として便利使いされている。しかしその表情は、それだけが原因ではないだろう。

 直史と樋口を見つめたセイバーは、大きく息を吐いた。

「白石君に国民栄誉賞、日本代表チームに紫綬褒章の授与が検討されているようです」

 さすがに絶句する二人であった。


 検討。あくまで検討であってほしい。

「立ちションベンも出来なくなるな」

 樋口は声を震わせながらも、そう皮肉げに呟いた。

 直史は頭が痛い。野球の分野なら紫綬褒章は、WBCで優勝した日本チームが受章したものである。

 いかに注目度が高くなり、U-18年代としては初めての優勝でも、さすがにありえない。

 もっとも実際にもらえるとしたら直史も樋口も、嬉々として受け取るだろう。大学進学でもその後の社会人活動でも、素晴らしく役に立つ権威であることは間違いない。


 笑えるのは、大介に国民栄誉賞?

 そういうのはもっと、実績を上げている人が貰うものだと思うが……。

「実績自体は、可能なのか?」

 樋口が顎に手を当てながら考える。大介の成した実績。

 高校野球の記録の多くを塗り替えた。そして世界大会でもその記録の量産は止まらなかった。

「意外とありえるかもしれません。政権は史上最年少受賞者として、彼を客寄せパンダのように使いたいでしょうし」

 ありえなくはない、のか? しかしアマチュアの大会である。もっともそれを言うなら、五輪競技は基本がアマチュアではある。

「止められます?」

「止めます」

 直史の問いに、しっかりと頷くセイバーであった。




 そしてまた会場では、事件が起ころうとしていた。

 ホールの隅に置かれていたグランドピアノを、イリヤが弾き始めたのだ。

 優雅にショパンなどから始めたが、やがてリクエストに応えて伴奏を始める。

 それに合わせて集まったミュージシャンが次々と歌っていくのだが、どれも素晴らしいものだ。


 やがて自分の楽器を持ってきて、さらに演奏が豊かになっていく。

 そして、双子が自らリクエストした。

 またHEROなのかと、そこまでは直史も普通に見守っていた。

 だが双子の片方が、ヴァイオリンを受け取る。

 ヴァイオリンなど習ったことはないはずだが、直史は知っている。

 ピアノに関しては、彼が四年間かけて到達した領域へ、三日で追いついたのが双子である。

 機械的に弾くだけなら、どんな楽器もすぐに弾けるようになるのだ。


「三味線あるなら、またあの歌やってほしいんだけどな」

 のんびり呟く樋口であるが、直史と瑞希は顔を見合わせる。

 このホールは元々ちょっとしたディナーショーをやれるぐらいの、音響の良さはある。

 そしてイリヤはピアノを選び、桜にヴァイオリンを弾かせて、椿が歌う。


 そのヴァイオリンの旋律を聴いた瞬間、直史は耳を塞いだ。

「瑞希、樋口、聞くな!」

 小声で叫ぶというその器用なことに、瑞希は素直に従い、樋口も咄嗟の判断で従う。


 手塚は言った。

「ゼーガペインは六話まで、マクロスΔは10話までは見ろ」と。

 双子が一番家で鼻歌を歌っていたこの曲は、両親から「聞くだけで泣けてくるからもうやめて」と言われたものだ。

 直史もそれには賛成であり、この歌は佐藤家の『封印曲』であるのだ。

 それがイリヤの伴奏付きで歌われるだと?


 身体能力を活かした超絶ダンスも、あえて盛り上がるための演出も排して、ただ双子が歌いたいため歌い、イリヤが弾きたいために弾く。

 そうすればどうなるか、直史も瑞希も知っている。

 それを知らない大半は、さあどんな素敵な歌が聴けるのかと、ワクワクしている。まあそれも間違いではないのだ。

 だが、イリヤの音楽は、双子の歌を備えた時、凶器となる。


 そして歌が始まる。

 ――いま見た 笑顔が――

 心を揺さぶられる中、直史は必死で耳を塞いでいた。




 その日、バンクーバーにおける一流ホテルに、何台もの救急車が急行し、同時に医師も派遣された。

 精神的なショックから自失状態に陥った者が約20名。うち数名はこの後、熱心なキリスト教徒に帰依したという。

 そしてカナダ警察のみならず、アメリカからFBIまでがやってきて、この事件を調査することになる。

 単に歌と言うには、あまりにも強力な洗脳、もしくは精神支配の力。

 CIAの要注意人物リストに、Twinsと簡素に記されたのが、その次の日であった。


×××


最後までやらかすイリヤと双子であったとさ(*´∀`*)

次話「最終話 覇者の凱旋」

たぶん、この後すぐ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る