第29話 Listen Our Music!

 観客は期待している。

 不滅の大記録が達成されるのを。

 人工的に作られたものではない、確実に衆に秀でた、スーパースターが誕生するのを。

 それは自国民である必要もない。ただ、人間の限界を超えた存在であればいい。


 この試合、三打席連続の大介のホームラン。その第四打席目が、八回の表にやってくる。




「つっても全打席本塁打って、何度かプロでやられてるだろ?」

 変に緊張もしていない大介であるが、ポイントはそこではない。

「白石、お前、この試合の前の打席で、何やったか憶えてるか?」

「アメリカでの代打っすよね?」

「そこでホームラン打ってるよな?」

「打ってますね」

「つまりさっきので、もう四打席連続なんよ」


 なお日本のプロ野球においても、連続打数ホームランの記録は四である。

 一試合における全打席ホームランというのも、実はある。途中に四死球を挟んでもいい全打数なら、もっとある。MLBにおいても、歴史が長いだけにそれなりにある。

 この大会はアマチュアの大会だ。しかし、もし大介が最終打席でもホームランを打ったら。

 五打席連続ホームラン。

「まあプロとアマは違うけどな。あと多分、地方大会とかでも五打席連続とかはあらへんわ。そんなもん敬遠されまくりで、無理に際どい球に手を出すことになるからな」


 日本の審判は空気を読むと言うか、ストライクゾーンを変えてしまう傾向が強い。

 特にフルカウントからのアウトローへのボールは、ややストライクゾーンが広くなる。

 またアマチュアであると試合の進行を早めるため、ストライクゾーンを広く取る傾向がある。

 ホームランバッターが自信を持って見逃したボールがストライクと判定される、大きな理由の一つである。




 そしてそれより先に、直史の出番が回ってくる。

 七回の裏、ここまでのスコアは5-1で日本のリード。

(大介がいなかったら同点かもしれないわけか。味方で良かった)

 そう思う直史の方こそ、味方で良かったと思われるピッチャーなのだが、自覚が足りなさ過ぎる。


 不安要素は、ある。

 アメリカ戦で直史は、三イニングを投げた。この大会で直史と二打席以上対戦するのは、アメリカの打撃陣が初めてなのだ。

 初見殺しの投手というのはいるが、あくまで初見殺しだ。ネタが知れれば通用しない。

 直史の自身に対する評価は、世間のそれよりも恐ろしく低い。

 この投手は俺SUGEEEくせに慎重すぎるとも言える。


 応援席では双子が踊る舞台に立つが、マイクを持っていない。

 そういえば珍しくイリヤがマイクスタンドを使っている。

(あいつが歌うのか?)

 この大会、直史は一度も打席に立っておらず、ドラグナーは使われていない。あれはもう織田のものだ。

 投球の時は適当に色々と流されているが、イリヤが歌うというのは――危険なのでは?

(いや、二人と一緒じゃないければ大丈夫か?)


 聞こえてくるのは電子音。

(コーション? CAUTION? 警告? 知らん曲だな……)

 手塚の汚染は、直史にはそれほど強く及んでいない。

 野球部でもなく、しかも付き合いも浅いのに、おそらく一番イリヤが汚染されている。水島もだが、水島は元々素養があった。


 パイプオルガンにも似た電子音の後、奇妙な音楽が流れ始める。

『YAH - AH - AH - AH - YAH - AH - AH - AH - 』

 それはイリヤが歌うにしても、妙に異質であった。

(ジャンルが違うんじゃないか?)

 直史はあまり音楽のジャンルに詳しくないが、これはPOPでもロックでもジャズでもないとは分かる。

 イリヤの歌声に、ケイティがそのままバックコーラスで、完全に英語の歌詞を乗せている。

 中毒性の高いリズム、そして声だ。


 だがそんなものとは関係なく、直史はその回を三人で終わらせた。




『やべえやべえやべえ!』

『マクロスで一番やばい曲きた!』

『洗脳ソング!』

『車の運転中に聞くと、洩れなくスピード違反の罰金がついてくる!w』

『てか双子の踊りが上手すぎてキモい!』

『それな!』

『上手すぎてキモい。歌マクロス?』

『歌マクロスもあるけど、かなりアレンジしてる部分もある。それに延々とリピートかかってるし』

『なんかテクノ系なのにダンスだけジャズっぽくアレンジして踊ってるというか』


 あまりにも圧倒的な打ち込みの音楽、そしてイリヤの歌声に、ネットの海も混乱している。


『Iriyaあんな歌い方するんか。過去のCDって買える?』

『普通に配信で売ってる。つか、もう配信しかない。でもアメリカ時代のIriyaってこういうのは歌ってなかった』

『ケイティのハモり方がやばい。あんなん日本人では無理やろ』

『佐藤が投げてる間、ずっとこれ? やばいだろ』

『それより白石の打席だぞ!』


 ネットの海が静かになる。




 水分を補給した双子が、再びマイクを握る。

 大介の打席は、よほどのことがない限り、これが最後だ。

 大きく息を吸い込み、叫ぶ。

『『Listen our Music!』』

 ロックなビートに合わせて、二人は歌いだした。

『Love soul is in your heart! You feel it your Desteny』

 ごく自然に、それは、混ざる。

『Hey! Happning Thaturday night  Are you all right!?』

『Stand Up! OK Are you feeling the beet!』




 海は荒れた。


『これかあああ!』

『これ反則!』

『こんなんあかんやん!』

『メドレーじゃなかった!』

『歌い方エッロ!』

『踊れ踊れ!』

『バック、歌ってるやん!』

『どうなってんの!?』


 そしてやはりサーバーが落ちた。




 観客席が全力で盛り上がっている。

 ひたすらダイナマイトと叫んでいるのは、ちょっと狂気をはらんでいて怖い。

 双子は多面性を見せて、ある時は孤高の女神のように導き、ある時は悪女のように妖しく誘い、またある時は少女のように腕を開き――。


 マーティン、逃げるのは許されないぞ。


 分かってる。だがその上で全力を出し、しとめる!


 前の打席のホームランは、大介という打者に慣れていなかったからだ。

 一番有利な初打席で打たれたわけだが、それは違う。

 さっきは、応援が全て大介の力となっていた。

 だがこの歌は、自分にまで勇気を与えてくれる。

(あ~、勝負か)

 気配が大介には分かった。


 マーティンが勝負してくる。しかし力任せではなく、クレバーに。

 変化球だ。だが、スピードも乗せてくる。


 大介はプルヒッターではない。タイミングとリストの使い方で、単にホームランを打つだけなら、様々な角度に打つことが出来る。

 ここは欲を出さず、ただフェンスの向こうに飛ばすことだけを考える。


 ダイナマイッ!


 来る。

 マーティンが自信をもって投げてくるのは、カットボールとチェンジアップ。

 さっき打たれたのがフォーシームストレートだったので、それ以外なのは間違いない。

 手元でわずかに変化するカットとチェンジアップは見た。その上でフォーシームを打った。

 カットボールを含めたムービングファストボールで来ることは間違いない。


 ダイナマイッ!


 マーティンのフォームはチェンジアップを投げる時だけは微妙に変わる。

 このボールがそれ以外であることは間違いない。

(内)

 アメリカのピッチャーにしては珍しく、内角に厳しく決まるカットボール。

 わずかに外れた。ブーイングが鳴る。

(日本じゃこの程度の内角攻めは普通なんだけどな)

 なんとなく日本の打者に、メジャーで活躍出来る者が少ない理由が、分かった気がする。


 ダイナマイッ!


 次はストライクがほしいはずだ。

 そしておそらくは外角。フォーシーム以外となると、チェンジアップかツーシーム。

 マーティンのツーシームはそれほど効果的な変化はつかないが、そのわずかな変化こそが、今はほしい。

(普通に振りぬく)

 球。リリース。角度。コース。OK!

(っけえええええっ!)

 振りぬく!


 ダイナマイッ!


 外角にわずかにずれていく球を、パワーでセンターにもって行く。

 スピンのかかった球はいつもより高く飛んでいるが、そのまま落ちることなく、一番奥深いセンターのフェンスを越えた。


 YEAH!


 この大会最後のホームランを打ち、大介は右手でガッツポーズを高々と上げ、ベースランニングを行う。

(体も、大丈夫だな。よし、異常なし)

 満塁ホームランでも覆らない一発を打った。

 これで、大介の打ったホームランの数は16本。

 一試合丸々休んでいることを考えて、八試合で16本。一試合に二本の割合で、ホームランを打っていることになる。

 日本のプロで一試合に一本でも打っていたら、余裕でこれまでの記録の倍以上となる、ホームランの新記録だ。


 満場のスタンディングオベーションの中、大介はベンチへと帰還した。




(困ったな)

 凡退を築きながら、直史は困っていた。

(パーフェクトが止まらない)

 そう、それが直史の悩みである。


 登板前、直史は二遊間の小寺と堀に、一つ頼みごとをしていた。

 それは普通のゴロがあった時、わざとエラーをしてほしいというものだった。


 訳の分からない頼みであるが、直史はそれなりに意図があってこんなことを頼んだのだ。

 このままパーフェクトピッチが続いた時、大事な場面でエラーが出てしまわないかということである。

 それよりは誰か、特に守備の上手い人間が、さりげなくエラーをしてくれたらいい。

 守備のミスをしてくれという要求に、さすがに渋い顔をしたのは二人同じだが、どうにか頷いてくれた。

 パーフェクトが途切れたピッチャーが打たれて負けるというのは、確かによくあることなのだ。

 ちなみに四球を投げるのは、ピッチャーの本能が拒否をする。名徳戦で織田と戦うために四球を投げた過去は、直史の脳裏から忘れられている。


 下手にランナーを出すとまずいので、ツーアウトからのエラーが望ましい。

 そう思っていたのだが、キャッチャー前へのゴロと、ピッチャーフライではどうしようもない。

(仕方ない。普通に勝とう)

 それが当たり前である。




 きわめて機械的に、直史はラストイニングを投げる。

 三振とファーストゴロで、既にツーアウト。

 迎えるバッターは今日一打点のラリー・ジョンソン。

 一試合目ではスルーをピッチャーゴロにした打者だ。


 反射神経と動体視力、そして瞬発力の三つがあれば、スルーは当てられる。

 それを証明してくれたのが、この打者だ。ホームランはここまで五本打っていて、大介がいなければホームラン王であった。

(トリプルスコアでホームラン王って、味方ながら引くわー)

 完全に己を顧みない直史の思考である。


 丁度いい強打者だ。もう一度あれを試してみよう。

 樋口に向かって、こいつは俺がやる、というサインを出す。

 樋口も頷いた。もうここでホームランを打たれようと、直史の株が落ちることはない。


 初球スルー。ラリーは見送ってストライク。

 そして二球目もスルー。これもストライクのコースで、わずかにラリーは反応した。

 打てる、と思っているな。

 ならば打ち取るのは容易い。


 追い込まれて、三球目のスルー。

 タイミングを測っていたラリーは、トップを作ってからボールの軌道をすくう角度でスイングを起動する。

 コースは合っている。だが、球が来ない。


 スルーチェンジ。

 ほとんど限定的にしか使えない球であるが、ここではそれが役に立った。

 片膝をついた空振りで、三振。

 ワンバンした球を樋口が捕球し、ラリーへとタッチした。


 スリーアウト。ゲームセット。

 日本史上初の、U-18ワールドカップ優勝。

(これでやっと日本に帰れるな)

 優勝時にマウンドいた投手は、特別な感慨も湧かない。

 ただゆっくりとマウンドを降り、やはりゆっくりと歩み寄ってきた捕手と、がっちりと握手をした。


×××

個人的にFはライオン、ΔはAXIAが一番好き。

次話「余韻」

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