第28話 Show Time!

 大介のホームランで点差は広がったが、三点というのはまだ序盤で諦めるような点差ではない。

 そう、前の日本戦において、八回まで三点の差を維持しながらも、アメリカは大介の一振りで逆転された。

 西郷のとどめの一撃もあったが、決勝打となったのはあの一本である。

 だからまだ、追いつける。そのはずだ。

 メジャーの試合においてさえ、序盤の三点など、試合を決定付けるものではない。


 だが、この敵を相手にしては――。

「三点、取れるか? いや出来れば四点だけど」

 マーティンは三番打者であるラリー・ジョンソンに声をかける。

 アメリカチームにおいて、ラリーは四番よりも強打者である。特に三番打者最強論というわけでもないのだが、彼が三番にこだわったのだ。

 このあたりは四番を打たせると成績を落としてしまった大介に似ているかもしれない。

「状況を整えてもらえば、今の投手からなら、打てる」

 一打席目のラリーは併殺に打ち取られたが、あれは向こうの守備が良すぎた。

 白石大介でなくとも、日本のショートはいい。


 アングロ・サクソン系の白人であるラリーだが、特に差別意識はないし、逆に意識してリベラルであろうとも思わない。

 アメリカの学生としては保守派だと自分では思っているが、ニューヨーク育ちの彼は、良くも悪くも人種の差を分かっている。

 結局問題なのは人種ではなく個人であり、その考えに従えば、ジェイソンよりもマーティンの方がずっと話しやすい。

「けれどそっちは大丈夫なのか? 正直DAIを抑えるのは難しいだろう?」

 メジャーならば、躊躇わず敬遠となっている。それぐらいこの大会の大介は、人間離れした成績を残している。

 アメリカのハイスクールの野球は、真面目にやっていないというわけではもちろんないが、日本の高校野球ほどに、絶対に勝利を目指すというものでもない。

 将来はメジャーに上がることを目指す選手も多いが、この選ばれた選手の中でも、まずは大学に行くという考えの者は多い。

 この大会では伸び伸びとプレイしている。最後の場面での執着のなさが、キューバに敗れた原因とも言える。

 そもそもアマチュアの段階で、そこまで勝負にこだわる必要はない。


 アメリカにおいてベースボールは、バスケと比べると富裕層のスポーツだと認識されている。

 必要な道具が多いというその点だけで、そもそも経済的な負担が大きいのだ。そしてそういった富裕層からメジャーを目指す選手は、セカンドプランも考えて、大学行きを決める者も多いのだ。

 もちろんアメリカンドリームを夢見る者も多く、ジェイソンなどはその典型的なタイプなのだが。


 MLBの関係者の多くが注目し、スカウトは直接見に来ているこの大会で、ジェイソンはかなり評価を落とした。

 別に先日の日本戦だけならば、それはそれで仕方がない範囲だった。

 日本のダイ・白石は、既にMLBの多くの球団からの注目も集めている。年俸が払えそうにないところを除けば、全球団と言ってもいい。

 160kmを投げて打たれているという点では、やはり注目されていたキューバのフェルナンデスもそうなのだ。だがジェイソンはこの試合でも打たれ、責任イニングを投げられなかったことで、そのメンタルに大きな疑問が突きつけられた。

 MLBではドラフト上位で指名した選手であっても、マイナーリーグから始めるのは当然である。

 メジャーに上がるのとは全くレベルの違う待遇。その中でどれだけハングリーであり続け、タフでいられるか。

 世界中から選手を集めるメジャーの世界は、その下層部での待遇は、NPB球団の二軍よりも悪い。


 ジェイソンのことはもう、本人の問題だ。これ以上どうこうすることもない。どのみちこのチームが解散すれば、上でまた再会しない限りは、関係はなくなる。

「今のはともかく、サトーが出てきたらまずいな」

「ああ、彼か」

 先のアメリカ戦でも七回から登板し、パーフェクトに抑えられた。

 今のアメリカでは球威の衰えたベテランピッチャーが行うような、バリエーションで勝負するタイプ、と言っていいだろうか。

 もっともただの変化球とコントロールのピッチャーではない。

 彼は、ジャイロボーラーだ。




 一時期MLBならず世界中で話題となった、ジャイロボール。

 実際には、人間が意図して投げることは不可能だと結論が出た。

 ストレートにバックスピンをかけることは出来るが、直進方向に完全に軸の向いたストレートに、強いライフル回転をかけることは人体の構造的に、不可能ではないにしろ効率的でないと判断されたのだ。

 一応実際の試合では、抜けてしまったスライダーがジャイロ回転することはあるが、あくまで偶然の産物だ。

 スライダーの一つの形態として使用する投手もいるが、軸がずれると途端にただのスライダーになるので、特殊なものではない。

 だが佐藤直史の使っていたのは、ジャイロボールだとアメリカの分析家たちは結論付けた。なんでも日本ではスルーと呼ばれているらしい。

 そして、彼しか投げられる者はいない。正確には彼ほどに、ちゃんと制球出来るレベルで投げられる者はいない。


 それを武器に90マイルにも全く満たない球速であるにもかかわらず、ノーヒットピッチングを続けているという。

 日本の夏の大会の準決勝では、それまで誰もなしたことのないパーフェクトゲームを、しかも延長で成し遂げたという。

 二年前の上杉も圧倒的な投手であったが、佐藤のそれは全く別の系統の力を持っている。


 前の試合では八者連続三進を成し、ラストバッターになったラリーがようやくバットに当てたが、ピッチャーゴロであった。

 この試合のミーティングでも、攻略法はないとされている。

 他の球種を投げる中のウイニングショットなので、そちらを狙って打つ方が現実的なのだ。


 しかしその現実的なはずの方法が、ことごとく空回りした。

 おそらく他の国のバッターも同じことを感じている。

 狙い球のはずの遅いストレートの、ずっと下を振ってしまっている。

「同じ日本人なら、コージの投球を思い出すね」

「ああ、確かに彼も90マイルは投げていなかった」

 さすがにレジェンドと同じレベルの比較はどうかと思うが、そのレジェンドが同じ年であった時より、佐藤の投球成績ははるかに凄まじい。

 マスコミの取材によると、MLBはおろか日本のプロリーグにすら興味はないという。


 この大会で、打ちたい。二度と対戦しない相手かもしれないのだ。

 日本の必勝パターンとして、クローザーとして出てくるのはほぼ確定だ。

 それもこの試合の流れなら、ラスト三イニングは投げてくる。

 一度打席で見ただけで、打てるか?

 前の試合でもラリーは、三振こそしなかったもののゴロで打ち取られてる。

 球が遅い変化球投手のくせに、ストレートで三振を取ってくる。

 完成度の高さはプロでもそうはいないだろう。




 二打順目のアメリカは玉縄から、ヒットと絶妙なバントヒットで、一点を返す。

 小器用なことは苦手だと思われるアメリカだが、実際には個性的な選手が多い。

 たとえば代打の切り札には、左投手の変化球からは一割も打てないくせに、右投手からは七割の打率を誇る選手もいる。


 日本もヒットと走塁、犠打を組み合わせて、一点を追加。点差は縮まらない。

 五回の裏、ツーアウトランナーなし。そして大介の第三打席。

 ランナーがいないというのは、勝負してくる可能性が高くなるわけで、悪いことではない。

 恐る恐る応援席を見ると。双子が衣装を脱いでいた。

(え、露出高くね?)

 スカートで隠れていた引き締まった太もももだが、それより顕著に見えるのは、腹筋である。

 六つに見事に分かれた腹筋。ナイスマッスルである。

 衣装もミニのダメージジーンズで、胸部の盛り上がりもはっきりして、控え目に言ってとてもエロい。


 背中合わせになった二人。そして音楽が始まる。

 やはり大介は知らないが、まあマニアには分かる曲なのであろう。


 そしてアメリカもここで、最強の札を切ってくる。

 160kmの防御率0の投手、マーティン・ジェフリー。

 この回からなら球数も制限以内に収まるであろうし、これ以上点を取られたくもないのだろう。

 マウンドで投球練習をする、マーティンと目が合う。

 勝負だ。こいつとは、勝負がしたい。


 そして歌が始まる。




『今度こそキタ━━(゚∀゚)━━ !! 』

『ライオン!』

『ライオンライオンラーイオン!』

『引き篭もりたい♪ 引き篭もりたい♪ まだ引き篭もってたく~なる♪』

『ヤメロw』

『衣装エロい! 露出(*´∀`*)イイ!』

『むっちり太ももに胸! 腰は?』

『腹筋!』

『腹筋!w』

『すげえ腹筋!』

『割れた腹筋!』

『腹筋エッロ!』

『シンガーの筋肉じゃない』

『おへそペロペロと書こうと思ったら、腹筋のドアップ!』

『顔とのギャップがw』

『胸あるのに腹筋もある!』

『史上最高にエロい腹筋』


 そして、踊り始める。




 双子の身体能力は知っていた大介であるが、思わず目が離せなくなる。

 歌いながら踊るというのは、これまでも良く見ていた。しかしこの振り付けは、レベルが違う。

 一方が歌うパートでは激しく歌い、コーラスでは息も切らさずに合わせ、交代して踊る。


 しかしお互いがマイクを持ちながらも、二人でコーラスする部分では、お互いの口元にマイクを出し、動きを止めることなく踊り続けるという演出がある。

 技術的には凄まじいが、視覚的な印象しか意味はない。しかし、目を引いてしまう。

 この踊りから目を離すことは、かなり難しい。

(つまり、無理やり観客の目を、こっちに持って来ないといけないわけか)

 演出の重要な部分はイリヤがやっているはずなので、これが彼女の最後の手段というわけだ。

(あれ? あいつって踊る方も専門だったか?)


 大介の予想は正しい。

 振り付けとそれによる演出は、双子によるものだ。

 途中まではイリヤが普通にやっていたのだが、双子が身体能力に任せて、どんどんと難しいものにしてしまった。

 双子だからこそ、この数日という短期間で可能にしてしまったが、世界のトップランクのダンサーでも、ここまでのユニゾンは難しいだろう。

 ほぼ同じ体格、ほぼ同じ身体能力。それがこの音楽と踊りを渾然一体とさせた演出にしている。

(すげえな……)

 しばし呆然としていた大介だったが、審判の試合進行の声もかからない。

 同じように観客席のダンスに見とれてしまっている。


 恐ろしく大きな動きで、寸分の狂いもなく、お互いの位置と姿勢を把握した上で、歌い続ける。

 それが見れる位置にいるマーティンなども、思わず投球練習を止めて見入ってしまっていた。

 柔らかく、激しい。

 両極に位置しそうなその特徴を、二人の踊りは持っている。


 歌と踊りは、人種や性別、そして時代をも超えた共通言語だ。

 その発生は野球よりもはるかに古い。

 今まで何度もその音楽の浸透を阻んできた大介だったが、これを止める気にはなれなかった。


 一曲が丸々終わるまで、完全に試合の進行が止まってしまっていた。

 イリヤの音楽には勝利した大介だったが、双子の歌と踊りには勝てなかった。

 勝とうともしなかった。


 おおよそ四分の曲が終わり、スタンドからスタンドへの、スタンディングオベーションが起こる。

 間違いなくこれも、史上初の出来事であったろう。




 ほとんど休憩時間となってしまった熱唱の後、ようやく試合が再開される。

 考えてみればプロ野球だって、イニングの合間にダンスなどが入ることは多い。その一つと考えればそれほど不自然でもない。

 ……いや、本物のミュージシャンが歌うのはやはり珍しいか。


 それでも大介のやることに変わりはない。

 打席に入って、構える。

 マーティンは一切の油断なく、まずは変化球から入った。

 ボール球を悠然と見送る大介。


 それにしても、応援の歌がない。

 どうやらさすがの双子も、先ほどのユニゾンはかなり全開だったようである。くてりと座席に座って休んでいる。

(お前らな、応援はちゃんと計算してやれよ)

 呆れる大介であるが、また下手に本気を出されても困る。




 一方、イリヤは容赦がなかった。

「ほら、簡単な振り付けで歌うわよ」

 本当ならさっきので三打席目を全部カバーするつもりだったのだが、双子がやりすぎて試合を止めてしまった。

 予備として残しておいた曲はあるのだが、これはあまりイリヤの演出がかかわっていない。

 完全なアイドルソングは、彼女の得意な分野ではないのだ。


 前奏が流れると、がばりと二人は立ち上がる。

 そして踊る舞台に立つと、あざとい振り付けで踊りだした。




『カワユス』

『エロかわいい』

『アイドル~う。さっきのとのギャップがw』

『シンガー路線なのかアイドル路線なのかはっきりしろw』

『えちい』

『腹筋ハアハア』

『星間飛行か。Fしばりやね』

『なぜノーザンクロスじゃないの?』

『四打席目やろ』

『キラッ☆』

『この子らもやっぱライブするんかな? 高校在学中は無理?』

『公立進学校だからな。無理なんかもしれん』

『カバーアルバム出してくれ~』

『普通に配信でもいいけど、もっとたくさん歌ってほしい。歌える音階の広さがすごい』

『Iriyaと三人でデルタやってくれてもいいんやで?』

『踊れるからなあ。デルタも映えそう』

『あ』


×××

次話『Listen Our Music!』

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