第27話 お前らもうほんといい加減にしろ

作者も含めてな。


×××


 決勝ということで、急遽予定を変えたバンクーバー市長が始球式を務めたりもしたが、それ以外は特に問題もなかった。

 マイケルが始球式をやりたがった、というのはネットによるデマである。


 一回の表、日本の攻撃。

 先頭打者は、不動の一番織田。

 この世界大会においては彼は、日本チームのみならず全チームを合わせても、二番目に高い打率を誇っている。

 最後の甲子園では白富東と当たって二回戦で消えてしまったが、この存在感は世界中の野球ファンに残ったであろう。

 なおこの大会では、唯一のサイクルヒット達成者である。大介でさえしていない。


 打席に入った彼を後押しする曲は、ドラグナーである。

 これは要望を受けたケイティが、彼のために歌う。

 少なくとも織田はこれまで、彼女を満足させるパフォーマンスを発揮している。


 この打席も織田は、先発ジェイソンの心理を洞察していた。

 左打者に対しては、絶対的な自信を持っているジェイソン。プレートの端から角度のある球を投げてくるので、それが打者にとっては厄介なのだ。

 前の試合は死球を受けただけで、織田との対戦はなかった。

 大介と西郷にホームランを打たれて、どうにか不安を払拭していきたいはずだ。

(つーとまあ、自信の持ってるストレートを、角度をつけて投げこんできたいよな)

 内から中に入ってくるか、中から外へ逃げていくか。

 打ちにくいのは前者だが、死球を与えたジェイソンは、おそらく後者を取るだろう。


 日本と違ってアメリカやその影響下の国々では、試合においてキャッチャーがピッチャーをリードすることが少ない。

 ピッチャーが自信を持って投げるボールが、ピッチャーにとってはいいと判断されるからだ。ましてアマチュアはよりそうである。

 もちろん試合の前には綿密に、打者のデータを分析して監督からの指示がある。

 またメジャー基準のストライクゾーンなので、外角が日本人選手からは、やや広い。

(どんぴしゃ!)

 二球目のアウトローを流し打ちしてレフト前、いきなりジェイソンの自信の基を打ち砕くヒットであった。




 本日二番に入った小寺は、まずジェイソンの球数を増やすことを考えている。

 なんだかんだ言ってホームランを打った大介であるが、それでもジェイソンの球を満足に味わったとは言いがたい。

 それに今日の彼は、いつも通りの左打席に入るのだ。


 粘って七球投げさせたが、ストレートで三振した。

 やはり純粋に球速だけで、高校レベルなら無双出来る。

 普通の高校生相手ならば、という注釈はつく。

「ちゃんと見れたか?」

「うっす。あざっす」

 小寺の意図を正確に掴んで、大介はネクストバッターサークルから立ち上がる。


 大介の名前がアナウンスされると、それだけで球場が大声援に包まれる。

 大は発音的にはDie(死)につながるので、決していい名前ではない。

 しかし相手の投手にとっては、まさに自分の選手生命を刈り取る死神のように思えるだろう。

 そしてゆっくりと左打席に向かう大介の背に、ダースベイダー登場のテーマ。

 応援おじさんのトランペットが鳴り終わる。ふとそちらを見てしまった大介は、双子が袋を脱ぐ姿を見てしまった。


 チアの時なども、それなりの露出の多かった双子である。それに比べると今日の衣装は肩や二の腕あたりは見えるが、胸から下はおとなしいものである。

 全体的に白を基調としており、スカートの裾はふわっふわ、腰や胸元には大きなリボンと、まあアイドル路線の衣装ではある。

(あいつら細く見えるけど脂肪がないだけで、けっこう肩とか上腕とか、ムッキムキなんだよな)

 見ないようで見ている大介である。


 鏡合わせのように手を合わせた双子。その手にはマイクが握られている。

 さて、どういう歌を歌うのか、と大介はひそかに期待してもいたりする。

 樋口が言っていたように、あの二人の歌自体は上手いのだ。聞いていて自然と高揚する。ヤックデカルチャー。


 目を閉じた状態から、二人は歌い始めた。

『『き~みっは♪ な・ん・ど、キッスをす~る~♪』』

『あ~たし♪』

『『それから♪』』

『あ~た~し~♪』

 ちょっと待て。なんだその二股男は。

 目が点状態のままスタンドを見つめる大介なわけだが、周囲やベンチからの視線が痛い。

 イリヤのやつなど、必死で笑いをこらえていやがる。


 直史でさえ笑っているし、樋口もバンバンとベンチの壁を叩いて笑っているではないか。

 笑ってないやつは……ああ、生ぬるい笑みで、セイバーはこちらに手を振っている。

 集中力が乱れる。一応これまでは、それなりに士気高揚のための歌が多かったはずなのだが、これは集中力を乱している。

 ジェイソンの初球の甘い球も、見送ってしまった。バッターボックスを外す。


 これは、逆境だ。

 歌詞が英語にシフトすると、観客全体が大介に生暖かい視線を向けてきている気がする。マウンドのジェイソンは殺気だっているし。

 うるせえ! こんな曲を歌うんじゃねえ! 誰だ作詞は!

 もちろん替え歌であることを、大介は知らない。本来はもっと普通の、三角関係と恋愛模様を歌った曲なのだ。

 双子の振り付けもいちいちあざとく可愛いし、やたらと自分の胸に手を当てて、そのまま気持ちをこちらに向けてくる。

 やめて。恥ずかしくて死ぬ。




 早く打席から去りたい。その大介の気持ちは確かであった。

 そしてそれを、ジェイソンも見抜いた。

 本来の自分にとって得意とする左打者。そして相手は集中力を欠いている。

 いける。三球三振だ。いや、一球だけ外そう。


 大介はツーストライクに追い込まれた。

 そしてそこに、ジェイソンは一瞬前までとは全く別の人間を見た。

 獲物を狙う肉食獣の目。

 殺気は抑えられているが、その危険さに気付かないわけもない。


 内角へ投げろ。

 危険球と判断されるほどではない、ぎりぎりストライクの内角だ。

 そこはデータ的にも、そいつが比較的苦手なコースだ。

 発散される殺気を無視して、ただデータに従う。

 それはとても危険な行為だ。本能に反している。


 素早く体を開いた大介。しかしバットの始動は遅い。

 内角に突き刺さるボールを、そのまま弾き返す。

 打球はそのまま、伸びて伸びて伸びて、右中間の深いところに突き刺さった。

(あれ? 何本目だったっけ?)

 忘れてしまった大介は、とりあえず右手を突き上げながら、この試合の一周目を回った。




 結局ジェイソンは、二回ももたなかった。

 一回はあの後、西郷にも長打を打たれて、その後どうにか守備のファインプレイでアウト。

 二回もランナーを出し、途中降板。

 それに対する日本の先発玉縄も、初回からヒットを打たれたが、鉄壁の二遊間の守りで併殺。

 二回の裏も無失点でしのぐ。


 そして三回の表、ツーアウトランナーなしでありながら、二打席目の大介。

 アメリカの二番手ピッチャーも150km前後を投げてくる本格派ではあるのだが、その程度の球速なら、むしろ大介には打ちやすい。

 またダースベイダー登場のテーマが流れて、大介は立ち上がる。

(これまでのパターンから言って、二打席目から歌は変わるはずだ。さっきのじゃなかったらなんでもいい)

 そう思いつつ打席に入る大介である。

『翼に、風を!』

『銀河に、歌を!』

 なんじゃそりゃ。




 ネットの海は沸騰している。

 応援がそれなりに規制されている甲子園と違って、明確な規定もないワールドカップは、本当にやりたい放題であった。

 ここまでの日本の成績、そして佐藤家の双子の歌と踊り、そして何より大介のホームラン。

 実況板はかなり回線を強化されているのだが、既に何度も切れかけている。

 それよりはチャットの方が、まだマシであると言えた。


『キタ━━(゚∀゚)━━ !! 』

『ライオンじゃないんかい!』

『ライオン! ライオン!』

『それでも双子なら……双子ならきっとライオンしてくれる!』

『ヴァルキュリア~♪』

『ユニゾンすこ』

『カメラ目線w』

『キラッ☆』

『あ、ランカちゃんの衣装か!』

『歌マクロスwww』

『さすが双子と言うべきか、シンクロすっごいな』

『振り付けカワユス』

『これ多分、歌よりも踊りの方に練習かけてない?』

『つかトライアングラー、あれ高音で歌ってたの凄い。もっかいやってくれないかな?』

『あとやるとしたらライオンとノーザンクロスか?』

『ステップダンスすご!』

『衣装(*´∀`*)カワイイ』

『ライオンは絶対やるだろ。だってツインズだぜ』

『サヨナラノツバサは三打席目だろ~』

『あ』

『ウタ━━(゚∀゚)━━ !! 』

『届くか!?』

『おい!』

『いし!』

『二本目!』

『愛して~る~』


 白石大介、二打席目の打球はセンターフェンスのぎりぎり上に突き刺さった。


『もっとフライ打てよ。そしたらもっとホームラン増える』

『アホがいますwww』

『白石にもっとホームラン打てる?w イチローにもっとヒット打てますとか言うアホか?w』

『上杉にもっと三振取れます言ってたアホ発見w』

『ちゃうねん。いや言葉足りんかったけど、ちゃうねん』

『気持ちは分かるが、白石の打撃は他の誰にも参考にならんだろ。時々ならともかく、常時あの弾道でホームラン打つバッターなんて、メジャーまで入れても見たことない』

『おかしいと思うのは分かる。言葉が過ぎただけだよな?』

『いや、普通ホームランバッターって、ああいう打球飛ばさへんやん』

『しかし今のもともかく、一打席目もよく打てたな』

『ジェイソン・オコナーな。試合前に言ってたけど、この大会の左打者からのホームランなかったからな』

『左の被打率一割なんぼだったっけ?』

『まあ一戦目で右の白石に打たれたクソ雑魚ワカメなわけだが』

『日本ならともかくアメリカでは、スイッチスラッガーそこそこいるからなあ』

『てかあの試合は、歩くことも出来んかったんだろ。ホームラン代走って、リアルタイムで初めて見たわ。一応前例はあるけど』

『昨日も休んでたしな。あ! 今日打ってるから、昨日も打ってたら全試合ホームラン記録だった!』

『あ~!』

『うわ』

『もったな』

『二度とありえん記録だよなあ』

『白石の前に白石なく、白石の後に白石なし』

『高卒でプロ行くだろ? 世界記録狙えるかなあ?』

『どうだろ? 王の記録は異常すぎる。多分この時点では白石の方が上かもしれんけど』

『10年以上毎年ホームラン40本ペース打つって、書いてても頭おかしいと思う』

『史上初の国民栄誉賞やからなあ』

『20年連続40本打っても、800本にしかならんw 王はバグってるw』

『王は最初、投手でいく可能性もあったからな。三年目までは未完成だった』

『全力で未完成』

『いや、今日はもういいから』

『今からプロの話って、あいつまだ二年だぞ?』

『あ、忘れてた』

『なんか記録一杯作ってるから、てっきり』

『新人王は取れると思う』

『まあ今のレベルでも既にその域に達してるとは思う』

『守備もくそいいからな。今日は指名打者なのは不安だけど』

『スラッガーのショート……ほしい』

『あんだけ打てるショート、どこでも欲しいわい』

『体力どうなんだろ。体が小さいのが唯一の不安だけど』

『運動能力とかパワーはともかく、長いシーズン戦うのはそれだけは不安』

『メジャー行かんかったら更新するんちゃう?』

『いや、ほんと体力次第だけど、試合数自体はメジャーの方が多い。だから早めにメジャー行けば、その方が確率は高い……かもしれん』


 インターネットが一時的に停止した。


『なんなん?』

『サーバーの過負荷? 誰かバルスしたのか?』

『全体だったらやばいけど、さすがにそれはない。このチャットがはしゃぎすぎただけだろ』

『白石を体力でディスった罪』

『ハハ、まさか。……まさか』

『あ~、双子もいいけど、他もいいなあ』

『めっちゃ豪華。アニソン英訳したやつ神』

『誰?』

『Iriyaじゃねーのとは言われてる』

『帰ってきたらスポーツ界のみならず、芸能界も大騒ぎだな』

『IriyaがIriyaItだったのは知らんかった』

『つか事務所もひっそりとアメリカで楽曲提供とか書いてるだけだしな。売る気ねーのか?』


 また、動作が不安定になる。


『ん、なんで?』

『サーバー重いよ! 何やってんの!』

『一気に喋りすぎだろ。お前らもうほんといい加減にしろ』

『少し試合も落ち着いたかな』

『玉縄いいな。ドラ一でどこが取る?』

『投手ほしいとこは多いけど、地元の神奈川が取りに行くんじゃない?』

『神奈川は去年のドラフトで全ての運を使い切った』

『今年は評価高い選手多いけど、そこそこバラけるかな』

『織田の評価は爆上がりだな。元々どこか一位指名するとは思われてたけど』

『白石と並んでベストナインは確実だろ』

『投手は誰か取れる?』

『台湾の楊が三勝してるから、これはもう確実』

『お前ら、最優秀救援投手の佐藤さんを忘れてないか?』

『忘れてた』

『……忘れてた』

『マジ忘れてた。なんでだろ?』

『佐藤は名字も名前も地味』

『双子の兄のどこが地味www』

『割と勝負の決まったところで投げてたから?』

『台湾戦は接戦だろうが』

『お前ら、佐藤ここまで一本のヒットも打たれてないし、一つの四球も与えてないんだぞ?』

『妹らの方で盛り上がってしまったからな』

『あ、パーフェクトか。ん?』

『おい、甲子園の準決勝から、当然ずっとパーフェクトピッチだよな?』

『甲子園で投げたイニング少ないけど、ノーノーだったぞ』

『え、なんで話題になってないの?』

『球遅いから、分かりにくい』


 わずかながら、チャットが止まる。


『え、佐藤ってひょっとしてやべーやつ?』

『今更。夏の甲子園初の延長パーフェクトだぞ。参考記録だが』

『弟はサウスポー一年で150km出してたからな。ちなみに一年で150km甲子園で出したのは、上杉以来史上二人目』

『佐藤一族化物やん……』

『完全試合やった兄が一番人間に近いかなあ。ツインズは中学時代の全国模試規模のテストで上位200人に入ってるし。あ、この200人っていうのは200位って意味じゃない。全教科満点のやつが200人ぐらいいたってこと』

『詳しすぎぃ!』

『地元だからなあ。あいつら小学校高学年の頃には気に入らない教師殴り飛ばしてたりする危険人物だった』

『お前ももうほんといい加減にしろ。ソースもない確認も出来ない情報を呟くな』


 ネットの海の混沌は、まだ始まったばかりである。




 本日二本目のホームランを打って戻ってきた大介は、頭上の応援席をちらりと見てからベンチに戻る。

 球場は大盛り上がりである。しかしベンチは笑みを浮かべた三年の殺意に満ちている。

「もてる男はいいねえ! お前この大会で何回愛してるって言われた?」

「ほんといい加減にしろよ。ワールドカップは恋愛ドラマじゃねえんだぞ」

 ぼこぼこと大介をボコる彼女のいない三年たち。

 割と冷静にそれを見ているのは西郷と、意中の人が既にいる織田に、二年の二人である。

(お~い、お前らええ加減にせえよ。そいつ怪我人やぞ? 忘れてると思うけど)


「いてっ! くそっ! ナオ! お前の妹たちいい加減にさせろよ!」

「ドアホっ! いい加減にするのはお前や!」

「どっちが好きなの!」

「どっちが好きなの!?」

「知るかくそっ! 俺は悪くねええっ!」

 大介の絶叫は、大観衆の大歓声に飲み込まれた。


×××


(*´∀`*)「どっちが好きなの!?」

次話「Show Time!」

この後すぐ。

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