第26話 U-18 ワールドカップ決勝戦開始
恒例のインタビュー時間を終え、さらにまたマスコミからとりつかれた選手は、ホテルに戻ってさっぱりすると、ホールに集まった。
今日の試合の振り返りはほどほどに、明日の予定について木下が話す。
「台湾とキューバの三位決定戦の後、いよいよ決勝やけどな。まずスタメンと先発から発表しとこか」
色々と考えたことはあるので、心構えをさせておかないといけない。
特に守備のポジションを変えているので、そこは徹底しておく。
「指名打者に白石いれるからな」
ここが一番大きな変更点である。
大介の骨折はほぼ問題ない。明日になればさらに回復するだろう。しかし念のために、動きの激しい守備は避けておく。
なるべく体を捻る動作はさせたくないという考えである。
ここまでは立花あたりが入っていることが多かったが、さすがに打撃だけでも大介には劣る。
普段ファーストに入っている実城を外野にコンバートし、ファーストとして使うことも考えたが、守備の接触プレイはなるべく避けたい。
指名打者かファーストかは、それなりに迷った。
「そんで、先発は玉縄やな」
これもそれほど異論はない。
本多は恐れていた一発病が出てしまった。だがむしろこいつは、クオリティスタートを作れるという点ではプロ向きだ。
確実性を求めて玉縄を使う。
そして木下は、リスクのある選択を告げる。
「中継ぎで、佐藤を使うかもしれん。そんで最後は吉村とかな。向こうの代打起用とかで、その辺は変わるから」
直史はわずかに首を傾げ、隣の樋口に視線をやる。樋口もそれに気付いた。
「一度右の遅い球に慣らしてから、左の速い球ってのは有効だと思うな」
たしかに事実だが、遅いというのはひどい。
そして直史は手を上げた。
「監督、アメリカの代打の中には変化球に極端に弱いやつもいますけど?」
他に左投手が全然打てないという変わったのもいる。
「そん時はあれや、ライトの本多と交代して、ワンポイントやな。今年は左多くて良かった」
うんうんと頷く木下であるが、吉村は別格にしても140kmを投げられる左腕が、これほど多いのは初めてではなかろうか。
(こん中で一番球の遅い佐藤が最強って、なんかおかしい気もするけどな)
頼もしいことには変わりはない。しかし球速のない投手というのが最強というのは、ロマンがある。
とりあえず、大介はスタメンだ。
相手投手へは、それだけで大きな威圧感を与えるだろう。
「それじゃ私は、先に行くね」
「うん、台湾のヤンっていう投手、かなりいいピッチャーだから、見ていて面白いと思う」
先に出る応援組に、瑞希は同行する。
その瑞希に台湾の見所を紹介する直史であるが、彼にしては珍しい言い方である。
直史は良いピッチャーを誉める時でも、分かりやすい特徴を挙げる。
ほとんどの場合は、制球力を挙げる。それでなく全体をかなりいいと表現するのだから、それは本当にいいピッチャーなのだ。
「じゃあ、しっかり見てくるね」
そして双子やイリヤと共に、業者の出入りに紛れて脱出する瑞希であった。
その様子を眺めて、うらやましそうにしている男共よ。
大阪光陰や帝都一は、かなり選手管理が学校全体で行われている。そうでなくても野球ばかりやってるバカが多いので、彼女持ちは少ない。
モテないわけではない。ファンとなる女性は、下から上まで、層は幅広い。
だが付き合うとまでなると、その機会と時間を確保するのが難しい。
うっきうきの様子で戻ってくる直史に向けられる視線は、かなり白い。
「佐藤はええなあ。あんな可愛い彼女がいて。ようそんな時間見つけられるな」
初柴は毒のある台詞を吐くのだが、あまりそれが陰湿に感じられないのは人徳であろう。
直史は調子に乗っているのか、ちっちっちと指を振る。
「優先順位の問題ですよ。野球に必要な時間、勉強に必要な時間、それを引いてあとは全て瑞希との時間に使うんです」
イラっとした選手が多いのは仕方がないであろう。
白富東は、全体練習の時間が短い。
それ以上練習するかどうかは、各自の意識と判断による。
「それと瑞希は、彼女じゃありません」
「お前、ただの女友達とか言っても通らへんぞ」
「そうではなく、婚約者です」
「なんやて!?」
初柴以外のも含め、反応を楽しむ直史は性格が悪い。
そんな直史を見ていて、思わず樋口は大介に確認する。
「佐藤は女が絡むとああなるのか?」
「いや、瑞希さんが例外。基本的に知り合い以外の女には塩対応だし、ツインズへもけっこう普通だろ」
大介だって彼女はほしい。
その気になれば手を出せる可愛い子が、傍には二人もいるのだ。だが二人であるのが逆に問題でもある。
直史は高校の時点で、既に将来のビジョンがはっきりしている。
大介は、大枠しか固まっていない。それが単に彼女を作るのに躊躇する理由である。
両親の離婚を知っているだけに、大介は実は、将来の不確かなことに、他人を巻き込むのを恐れる傾向がある。
そもそも進学校の白富東に入ったのもそのためだ。
(まあジンとかガンとかも彼女作ってないしな。今は野球野球!)
そう己を納得させる大介であった。
まるでパレードのように。
道の両側を見物客がいる中を、バスは球場へと向かって行く。
三位決定戦が行われており、どうやら台湾が勝ちそうだ。
「これ、オールスターの先発投手部門はヤンになるんちゃうか?」
初柴が言う。確かに順当なところだ。
ヤンは五試合に先発して、この三位決定戦を勝てば三勝。そしてさりげに、防御率が0である。
アメリカのマーティンも二勝していて防御率0だが、決勝で勝てないと難しいだろう。そして今日は、大介との対決がある。
色々調べてみると、タイトル候補者が出てくる。
そういえばあいつはいい動きだったなとか、そういうものだ。
「日本からは白石と織田は当確か。あと、実城もか?」
「リリーフは……佐藤、パーフェクトやっとるんか」
それほどイニングは多くないが、直史は完全に、一人の打者も塁を踏ませていない。おそらくアメリカ戦で一点ぐらい取られても優勝すれば、ここは選ばれるだろう。
大介のような派手さはないが、終わった後に気付けば記録になっている。
そんな不気味なところが、直史の成績である。
「最優秀守備は、多分織田が取れるやろな」
大介もファインプレイを多くしているが、二戦守備についていないのと、織田ほどの俊足によるフライアウトが目立たないところが大きい。あと織田は盗塁王もほぼ確定だ。
まあ大介は打撃部門の全てを取るので、そこはいいだろう。
色々なことがあったな、と木下はそのやりとりを聞きながら思った。
主に大介関連である。まだ二年であるにもかかわらず、チームの大黒柱であった。
悩まされることが多かったが、それ以上に力をもらった。
(けどまだ来年一年、こいつらと戦わなあかんのか。さすがにきっついなあ)
木下はその立場を利用するでもないが、それとなく大介と直史の弱点を探っていた。
結論、そんなものはない。
強いて言うなら、大介は外角を広く取るクソ審判に当たれば、ボール球で見逃し三振を取れるかもしれない。あと、膝元のボールはホームランにしにくい。
直史の場合は……ストライクを狭く取るクソ審判に当たるのを祈るしかない。それでも平気でコントロールしてきそうではある。
(結局この大会でも、あの球打てるやつおらんかったなあ)
大阪光陰は来年も、今年にほぼ匹敵する戦力は確保出来る。だがそれだと、今年よりもさらに進化した白富東には、勝てないのではないだろうか。
(秋季大会……いやいや、まずはこの決勝や)
心を引き締める木下であった。
バンクーバースタジアムは満員であった。
前回大会の閑古鳥具合を知っている木下としては、思わず涙ぐんでしまいそうである。
日本の高校野球は、良くも悪くも異常なのだ。選手がプロに向けて成長する環境ではない。アマチュアなのに大きな金が動き、利権も発生している。
木下としてもそれで食っているだけに、下手に問題提起などは出来ないのだが、アマチュアの大会が盛り上がることによって、世界的に競技人口が増えることは望ましい。
特に、世界と戦って勝てるとなれば、減少が続く日本の野球人口の回復にも大きな影響があるだろう。
プロのスーパースターがメジャーに行く傾向が強まっているので、こういうところでファンと選手を増やしていかないといけない。
(って、こんなことまで考えるのは仕事ちゃうけどな)
それでも夢を見る。
世界中で野球が行われ、そして世界大会が盛り上がるのを。
(オリンピックの正式種目にも戻さんとなあ)
台湾の勝った三位決定戦後、グランド整備を終了して、いよいよ両チームのメンバーも明らかにされる。
指名打者に大介が入っているのが明らかになり、観衆は大喜びだ。
「ちなみにお前的には、指名打者はどうなんだ?」
直史が聞いたのは、ただ本当になんとなくであった。
「つまんね。打つだけの選手と投げるだけの選手なんて、なんの魅力もねえよ」
パ・リーグ大否定派であるらしい。
「まあ今日は仕方ないけどな。へぼい投手を打線でどう使うか、打撃だけの選手を代打でどう使うか、それが楽しいと思わねえか?」
「どちらもどちらで、それなりに面白いと思うけどな」
直史としてはシステムが違えば違うなりに、それなりに戦術は変わる。
「樋口はどう思う?」
同じ二年ということで、大介は樋口にも声をかけてみる。
「普通の高校野球の試合では反対だ。選手を揃えられるこういう大会では賛成だ」
きっぱりとしていた。どうやら普段から考えていたらしい。
「じゃあプロは?」
「興味ないからどうでもいい」
やはりきっぱりとしていた。
U-18 ワールドカップ世界大会決勝。
スターティングメンバーは以下の通りである。
一番 (中) 織田 (三年)
二番 (二) 小寺 (三年)
三番 (指) 白石 (二年)
四番 (一) 実城 (三年)
五番 (三) 西郷 (三年)
六番 (右) 本多 (三年)
七番 (遊) 堀 (三年)
八番 (捕) 武田 (三年)
九番 (左) 高橋 (三年)
間違いなく高校野球史上最強であろう。投手陣も150kmを投げる者が五人も揃っている。
そして甲子園において、春と夏でノーノーを達成している直史。
大介の怪我で士気に影響があった前の試合とは違い、今日の決勝は精神的にも充実している。
これで勝てないなら、アメリカはどれだけ強いのだということになる。
そのアメリカも、スターティングメンバーを替えてきた。
マーティンではなくジェイソンが先発である。これまでになかったことだ。
これはいったいどういうことなのか。
「う~ん、ジェイソンの調子が悪いんじゃないか?」
樋口はそう言うが、調子が悪いのを先発に持って来る。その意味が分からない。
「下手にジェイソンをクローザーに使うと、もうマーティンが使えないだろ? ダメなら早めに誰かにリリーフさせて、最後をマーティンで〆ると」
なるほど、そういう考えか。
いまだに先発完投信仰の大きい日本では、クローザーの役割は軽視とまではいかないが、メジャーほどには重要視されていない。
大介に打たれて西郷に打たれ、ジェイソンはマウンドから引きずり下ろされた。今の彼は、クローザーとしての確実性が薄れているということか。
ならば、そこを突く。
この試合、日本は先攻だ。
これまでと同じく国家斉唱。
日本側スタンドからは、両国の国歌が流れてくる。
チームとしては日本の応援だが、いいゲームが見たいという意識もある。
いいゲームになるかは、相手次第でもある。
だが絶対に、見てて面白い試合にはしてみせる。
ベンチに戻る時に見れば、双子は何やら袋のようなものをかぶっている。
おそらく下に衣装があるのだろうが、どういうものなのかは大介も知らされていない。
(今日は守備がないからなあ。ホームラン打つマシーンになるしかないか)
大介は守備としては、普通なら絶対に抜けるようなセンター前を、ショートゴロにしてしまうのが好きだ。
そういうプレイはピッチャーに勇気を与える。
今日はその機会がない。
つまりいつも以上に、ホームランだけを狙う。
(あ、ホームラン狙うことだけ考えるのって、ひょっとして楽なのか?)
今更ながらそんなことを考える大介であった。
×××
次話「お前らもうほんといい加減にしろ」
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