第25話 決勝へ続く道
正直なところ、セイバーがいてくれて本当に良かったと思う木下である。
高校球児に対するマスコミの姿勢は、基本的には好意的なものだ。なぜなら世間がそれを求めるから。
ひたむきでさわやかで明快な青少年。基本的に大介も、これに当てはまる。多少のやんちゃな言動はあるが性格が明るく、ホームランを打った相手に対しての暴言などはない。
高校球児を下手に貶めれば、逆にマスコミの中で潰される。
しかしプロ注レベルまでいった選手がそれをやると、逆におおいに叩かれたりもする。
だがこれは、あくまでも日本のマスコミ、特にスポーツマスコミである。
世界的に見ればマスコミは、たとえアマチュアの高校生であろうと、その欠点を発見して叩こうという下劣なものも存在する。
そういったマスコミからガードするには、警護してくれる者が必要となるのだが、そこまでの予算はどこにもない。
セイバーが自腹を切ってボディガードや警備を雇ってくれたのは、本当にありがたいことなのだ。
実際のところ日本戦を筆頭に、世間の注目が集まって観客の動員数が上がっているので、それなりの収入も上がっているはずだ。しかしそれをすぐに運用は出来ない。
それにセイバーほどの、アメリカのスポーツマスコミを熟知した人間は、日本選手団には他にいない。
あとアメリカのマスコミは、取材対象が英語を使えて当たり前という姿勢は矯正すべきだ。
綺麗でゆっくりなクインズイングリッシュならそれなりにリスニング出来る者もいる日本選手団だが、アメリカのマスコミの使う英語は、訛ったものが多かったりする。
取材するなら、せめて通訳ぐらいは連れて来い。
「というわけで、白石君には特別に二人のSPが付きますから」
セイバーが紹介したのは、身長が2mにもならんとするドレッドヘアと、スキンヘッドの黒人コンビである。当然と言うべきかサングラスをしている。
「ども、よろしくお願いします」
右手を差し出した大介の、その手をスキンヘッドの方がぎゅっと包んだ。
「君はスーパースターだ。ガードすることを誇りに思う」
流暢な日本語である。なんでもこちらの方は、かなり日本語も出来るとか。
もう一人は日本語は出来ないが、イチロー・スズキだけはちゃんと発音出来る。すげえ。さすがはレジェンドである。
そんな二人はともかくとして、仮眠を摂った双子は、けっこうあっさりと復活していた。
「今日も夜通し看病看病~♪」
「私は貴方の専属ナース~♪」
どこの歌かと聞いてみれば、自作の即興であるとか。
即興でこう歌詞が合うのだから、やはりこの双子は恐るべしである。
裏口や通用口から侵入しようとしたマスコミを排除し、朝が訪れる。
そして言葉通り双子からの看護をしてもらっていた大介は、ほぼ復活していた。
「なんかもう、ほとんど痛みもねえんだけどな」
「少しはあるってことだろが」
試合に出たがる大介を、直史は止める。
兄と想い人の視線を受けた双子は、ふるふると首を振る。
「今日はまだダメ」
「明日ならかなりOK」
このあたり、双子は大介のイエスマンでは決してない。
「本当に大切なのは明日やからな。今日は三年だけで終わらせる。あ、樋口は代打で使うかもしれんけどな」
ちなみに直史の打率は、加藤と福島よりは高い。もっともあちらは長打を打てるが。
朝からバカバカと大量に食べる大介。もっとも周囲も、試合前にもかかわらずドカ食いである。
このレベルの選手になると、体の消化機能もかなり高い。代謝も高いので食べておかないと、試合中に腹ペコになる。
なんとなくペースを考えて食べそうな大阪光陰や帝都一の選手でもそうだ。彼らはそもそも肉体の素質が違うのだ。
なお大阪光陰では、キャッチャー竹中の食が細いのが、一つのネタになっているのだとか。
直史は一人、ゆっくりと食事をする。量もそれほど多くはない。
ただニコニコと食べているのは、同じ席に瑞希がいるからである。
大介を双子が看病するので、その部屋で二人しっぽり――とは残念ながらいかなかった。普通にセイバーたちの部屋のベッドの片方を提供された。
情報の整理のためにも、それで良かったのだろう。
ニコニコ顔で瑞希と話す直史を見つめる樋口の表情は、名状しがたい不気味なものを見るようなものである。失礼な。
(こいつがこんな顔するなんてな。まあ見るからに無茶苦茶性格と頭が良さそうな女だけど)
樋口としても直接会ってみて、なるほど、と納得したものである。
基本的には少女らしさの中に女性らしい柔らかさがあり、細いフレームのメガネの向こうの瞳には、好奇心と知性を宿した輝きがある。ように見える。
直史との会話を聞くだけでも、かなり高い見識の持ち主だと分かる。
(佐藤が骨抜けになるのは、こういうタイプの女か)
実のところ、タイプとしては樋口のセフレに似ている。
もっとも樋口の場合は隠れおっぱい星人だし、他人の物に手を出す面倒なことはしない。
同じインテリ系でも樋口は、しっかり朝から食事をする。
「今更だけど、うちの場合は何食かに分けて食べるんだけど、春日山はそういうことしないのか?」
「そこまでバックアップの手が回らないな。今だから言うけど、上杉さんは小学生の頃から飲酒はしてたらしいぞ。高校三年間で何が一番辛かったかって聞いたら、禁酒とか言ってたからな」
「おい、あの人まだ未成年だろ。あ、瑞希、ここは記録から削除して」
「もちろん。でも未成年のアルコールの飲酒は、あまり体に良くないと思うんだけど」
当然の心配であるが、実態を目にした樋口には、杞憂だと分かる。
「トラもだけど、上杉家の人間はやたらと酒強いんだよな。体質的に大丈夫なら、あとは本人の問題だ。トラも高校生の間は禁酒してるし」
そういう問題か。
「俺だって将来のパワハラに備えて、体力をつけておくのは大事だ」
「検察とかはそういうのがあるって聞くな。まあ俺には関係ないけど。アルコールは脳細胞を破壊する」
準備を終えて、日本選手団はホテルを出る。
芸能組は既に別ルートで脱出だ。そして選手団へのマスコミがひどい。警備を増やしていて正解だった。
「おまんは持たん方がよか」
「え、そんな彼氏にデートで荷物持たせる女みたいな」
「まだ全快じゃなかろ? おいが持つ」
大介のバッグをナチュラルに持ってくれる西郷は優しい。
しかし先輩にバッグを持たせて、2mのSPに左右からガードされる大介。
見ようによっては拘束された宇宙人ではなかろうか?
もっともこの宇宙人は、同時にスーパーマンでもある。
バスで球場に向かうわけだが、その通過する道路脇から、手を振る多くの人々が見える。
わざわざ日本のバスを見送ってくれているのか。
「おい、アメリカ負けてるぞ」
スマホで試合を見ていた樋口が告げる。バスの中は一瞬驚きで満ちたが、そういうこともあるだろうという納得もある。
アメリカは昨日の日本との試合で、ダブルエースのうちマーティンに50球以上投げさせ、ジェイソンも50球近く投げさせた。マーティンは投げられないし、ジェイソンもワンポイントだろう。
決勝で戦うならば、負けても両者を温存しておくというのは正しい。
「キューバ頑張ったんだな。得失点は?」
「スコアは6-5か。これでもまだアメリカの方が上だな」
対戦成績では、アメリカ、台湾、キューバが六勝二敗で並んだことになる。
しかし得失点差で、アメリカがその中で一位なのは変わらない。
日本は最終戦を負けても七勝一敗なので、決勝の相手はアメリカとなった。
今更だが、昨日勝っておいて良かった。
八回までは、ほぼアメリカのペースで野球をしていた。それがひっくり返った。
精神的なショックは大きいだろう。決勝で投げられるはずのジェイソンも、調子を落としているかもしれない。
普段と逆の打席で逆転満塁打を打たれ、さらにその後センターに運ばれた。
才能があるだけに、かえってダメージは大きいかもしれない。
「うわぁ……」
球場には入りきれなかった観客が、左右から熱烈に日本を出迎えた。
警備の制止があるのでいいが、もしなければもみくちゃにされながら球場に入ることになったかもしれない。
それとは別に、ロールスロイスでミュージシャン組は既に入場している。別に日本の試合だけを見るわけではないのだ。
アメリカ組は日本と当たらない時は、おおよそアメリカを応援している。
座席も急ごしらえながら増設され、あとは球速表示なども観客に見えるようにしているのだとか。
ストレートのスピードはロマンなので、それも仕方がない。
ベンチに入れば、完全に満席の客席が嫌でも見える。
おそらくベンチの頭の上の客席には、レジェンドたちがまた領域を展開しているのだろう。
「おい、なんか日本人っぽいのが多いぞ。ひょっとしてあちこちから見に来てるんやないか?」
確認してきた初柴が報告する。バンクーバーにそれほど日本人がいるとは思えないが、アメリカなどから応援に来てくれてるのかもしれない。
日本の小さな旗を持って、それを振っているのだ。
「また今日も応援があるわけか」
どこか憂鬱気に樋口が呟く。
「鳥の歌、気に入らなかったのか?」
応援曲なんてどうでもいいと言った樋口は、勝手に曲を決められていた。
樋口に向けて歌われたのは『鳥の歌』であるのだが、彼は元ネタを探したところ、違う曲しか見つからなかったらしい。
なお、直史は手塚がイリヤに「OP曲『は』素晴らしい」と言って勧めていたのを知っている。
原作がどうかは言わない。
「わざわざ調べたのか。じゃあ次はOP詐欺と入れて探すことをオススメする」
「ふむ」
三味線奏者を連れて来た演奏は、実は樋口の好みであったのだ。
三味線のみならず、和楽器の演奏を聴くのは、樋口のひそかな趣味である。そもそもの例のお姉さんが箏曲部であったそうな。
イリヤが採用した曲は、基本的に名曲と言える、とイリヤ自身が思ったものである。
だからブライガーがあるし、サイバスターがあるし、ダンクーガノヴァがあるし、アクエリオンがあるし、テッカマンブレードがあるのだ。
べ、別に本編は○○とは言ってないんだからね! ……作画や演出がひどいだけで、物語自体は面白い作品はあるのだ。
スーパーラウンド最終戦の相手はプエルトリコ。
プエルトリコは実際は、アメリカ合衆国の一部であるが、自治が保障されている地域でもあり、完全とは言わないが独自性が保たれている。
著名な野球選手を何人も輩出しており、中米ではドミニカなどと並び野球選手の名産地と知られている。日本のプロにも実はプエルトリコの選手は多い。
身体能力の高い選手も多く、WBCの開催地になったりもしていて、野球の文化が根付いている。
だがその影響は、あくまでもMLB的なものである。スモールベースボールではない。
勢いに乗り、しかもここまで全勝してきていて、そのくせ全く油断のない日本チームは、序盤からかなり有利に試合を進めていった。
「なんか織田さんが塁に出ると、それだけでコールがかかるよな」
初回のヒットに続き、今度は四球で出た織田の背に、GOGOGO!と声援がかかる。
本日は日本チームのベンチは三塁側であり、即ち応援団も三塁側。
応援するケイティの元へと、織田はあっさりと三盗を決める。
それをベンチから見る大介は、ピッチャーの心を折る時の目になっている。
「やっぱ盗塁の技術はあの人の方が上だよな。どうにか教えてもらえねえかな」
「お前、これ以上どこを目指してんの?」
確かに大介は、走塁の技術に関しては、わずかに織田に及ばないかもしれない。
だがそれでも、夏の甲子園では、決勝まで残ったおかげもあるがナンバーワンの盗塁数を決めている。
「やれることは全部やりたいだろ。それにバッターは打つだけが仕事じゃないし。野球はホームを踏んでやっと一点だしな」
大介の、より己を高めようという意欲は凄まじいものがある。
何よりこいつは、調子に乗ることはあっても、慢心はしないのだ。
大会のここまでのピッチャーとの対戦成績を考えるに、大介のバッティングのレベルは、既にメジャーレベルと言ってもいいだろう。
守備にしてもファインプレイを連発しているが、盗塁数では確かに、出塁の少ない織田の方が多い。
足の速さ自体は大介が上であるし、塁に出る状況も違うので、いちがいには言えない。
三塁まで進んだ織田が、実城のセンターフライでタッチアップする。
ベストナインには大介と織田は確定だろう。実城と西郷もライン上にあるかもしれない。
あと最優秀救援投手は、このままなら直史になりそうだ。
打撃部門のタイトルは全て大介で間違いない。
大会も終わりが見え、決勝の結果の他には、各タイトルにも興味が移ってくる。
大介はこの試合に出場できないことによって、一つの記録を諦めざるをえなかった。
それは、全試合ホームラン記録である。
何気に夏の甲子園でも達成しているが、相手がこちらと対決するレベルにないと、達成出来ない記録ではある。
甲子園まで行けばともかく、おそらく地区予選では、大介を全打席敬遠しても、あまり野次は飛ばないだろう。
試合は完全な一方的な展開にこそならなかったが、終始リードした日本が、着実に勝った。
6-2で、リーグ戦全勝で、日本は決勝に進むこととなった。
相手は本日主戦力を温存したため敗北した、アメリカ。
メジャーリーグのある国と、甲子園を戦った球児が、最後の決戦を行う。
ワールドカップの覇者が決まる。
×××
OP曲だけ三大アニメ、サイバスターとダンクーガノヴァは決まったけど、後一つが決まらない。
次話「事前準備は大切です」サブタイ変更の可能性あり。
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