第15話 全勝対決
四日目の南ア戦が終わり、おおよその実力がはっきりとしてくる。
Aグループでは日本と台湾が全勝であり、最後の直接対決で、このグループの順位が決まる。
三位で通過するのはキューバだ。オランダとメキシコが三敗しているため、ここまで全敗している南アに大量点差で負けない限り、それは確実である。
日本と台湾はどちらもスーパーラウンドに進めることは決定しているが、優勝を目指すならば当然負けられない戦いである。
そしてBグループの方はアメリカが圧倒していた。
そのアメリカに続いて、プエルトリコ、カナダ、韓国がスーパーラウンド進出を争っている。
「つーかなんでこんなにアメリカ、この大会では強いのかね」
「いや元々アメリカは強いけどな」
大介の呟きに応える直史であるが、別にアメリカが強くても弱くてもどうでもいい。
データからして優勝を争うとしても、二回戦う内の一回は勝てる。
そしてその一回を決勝戦にすれば、優勝出来る。
ちなみに四戦目の南アとの対決はあまりにも圧勝しすぎたため、大介の集中力が途切れて、ついに打率10割は途切れてしまった。
まあそういうこともある。野球だもの。
そして木下監督は投手の起用で、またも頭を悩ませていた。
一人部屋に篭もり、あれこれと組み合わせてみる。
(台湾はエースがまた出てこれる。せやから多分つーか、絶対に出してくるやろ)
あちらのグループからはアメリカが一位で出てくることはほぼ間違いない。
日本は一位通過すれば、スーパーラウンドの初戦でアメリカと戦うことはない。二位だったら可能性はある。
優勝するために確実なのは、ファーストラウンドもスーパーラウンドも全勝し、決勝で勝つことである。
だがリーグ戦の結果では、一敗までならほぼ確実に決勝に進めるパターンとなっている。
(台湾は……決勝で当たれば難しい相手やけど、リーグ戦の中で当たるなら、どうにかなるやろ)
エースとそれ以外のピッチャーに差がありすぎる。
大切なのは決勝戦では、投手を限界まで使えるということだ。
(佐藤がどれぐらい通用するんか、ほんまに分からん)
頭を悩ましているのは、主にそこである。
直史はこれまで超省エネピッチングで、連投が出来る球数できている。
南ア戦で使わなかったため、台湾戦で104球まで投げることを考えてもいい。
スーパーラウンドの初戦の相手がアメリカと韓国以外なら、直史の鋼のメンタルからなるクローズがなくてもなんとかなる。
(なんでこんなめんどくさい制限があるんや。佐藤なんて毎試合50球投げても絶対壊れへんやろ)
がりがりと頭を掻く。
台湾戦を勝てば、スーパーラウンドの初戦で当たるのはアメリカではなくなる。カナダかプエルトリコなら、普通に戦える。
しかし韓国が勝ち上がってきたら、ちょっとめんどくさいことになる。……いや、正直に言おう。だいぶめんどくさい。
(ただ単に強いだけならええんやけどなあ……)
理由は色々とあるが、もし韓国と戦うならば、投手をかなり厳しく使っていかなければいけないだろう。
(佐藤と樋口なら大丈夫やろうけど、かと言ってキューバん時みたく三イニングも投げさせるのはなあ)
105球や104球ならともかく、50球程度ならばもっと連投させてほしい。
もっともそれは下手をすれば、九連投で450球を九日間で投げる可能性もあるが。
(それぐらいやったら日本の投手はいけるんやけどなあ)
日本の常識、世界の非常識である。
夕食後のミーティング。
最近日に日に顔色が悪くなっている木下は心配であるが、監督としての職責はしっかりとしている。
「さて、まあいよいよ明日でファーストラウンドは終わりや。そんでキューバが二敗してるから、もう今日の時点で日本のスーパーラウンドへの進出は決定やな」
それは既に聞かされている。問題はだから、最後の台湾戦だ。
一番おいしい相手が最後まで残ったとも言えるが、これに勝てないとスーパーラウンドでどこと当たるか分からないので、そこは正直困ったところだ。
「まあ台湾はうちらとおんなじスモールベースボールに近いな。もっともこの大会、日本をスモールベースボールと思ってる国はおらんと思うけど」
大介が全て悪い。
しかし、相手の台湾は強い。
特にエースが絶対的で、初戦のキューバ相手には先発六回まで、第三戦のメキシコ相手では継投三回を投げて、一点も取られていない。
「ちゅーかキューバは初戦の台湾戦で完全に抑えられたから、ちょっと調子崩したかもしれんな。こいつやけど」
モニターに映されたのは、それほど体格に恵まれているようには見えない少年だ。
「例えるなら……佐藤よりもストレートが速くて、コントロールが佐藤並って感じやな」
うげえ、と大介は舌を出す。直史は白富東の守護神であるが、真剣勝負をするならバッピでも分が悪い。逆に調子の悪い時は、気持ちよく打たせて調子を取り戻させてくれるピッチャーでもある。
「まあ魔球はあらへんけど、変化球の使い方がえげつなくてなあ」
編集された映像を見れば分かるが、ストレートでも変化球でも三振を取っていく。
球速のMAXは146kmなのでそれほどとも思えないが、とにかく緩急差がこれまたえげつないらしい。
それを見ていたが、おかしい。
「おかしか」
「変だな」
西郷と大介、感覚的にバッティングをする二人が呟く。
明らかなボール球を振っている。
もしくは見逃し三振が多い。
「ピッチトンネルだ」
樋口が最初に気付き、理論派勢もはっきりと認識した。
「ピッチトンネルがどがんした?」
「あんた今おかしいって言ってたじゃねえか」
地味に苛立つ樋口である。
分からない人間には分からないだろう。直感的に分かっている者もいる。
ピッチトンネルというのは、球の軌道のことである。
バッティングは当然のことであるが、直前まで球を見て打つものではない。それでは間に合わない。
相手の投手のリリースから、体が反応する目視の限界の距離。そこがピッチトンネルだ。
その時点での軌道やスピードで、その後の球を予想する。
違う球種を同じようなピッチトンネルを通して投げれば、どちらかは必ず外れるので、バッターを打ち取れる可能性は高くなる。
台湾のこの投手は、ストレートと変化球の差を、見分けがつかないように投げているのだ。
フォームで球種が分からないよう同じように固定し、リリースポイントも同じようにするのは基本であるが、ピッチトンネルまで同じにするとは。
センター側からの映像では、キャッチャーの捕球後にはっきりと違いが分かるが、バッターボックスからでは途中まで、全く同じ球に見えているのだろう。
変化球の変化量自体はそれほどではないが、逆にそれが見分けにくくしている。
完全な技巧派だ。
直史は考える。
ど真ん中に入る変化球で見逃し三振が取れるのは、そのピッチトンネルを重視しているからだ。
錯覚の利用。それは直史のスルーに通ずる。
直史の投球はコンビネーション重視のため、その観点はムービング系を投げる時にしか意識していなかった。リリースまでのフォームは完全に同じであるが。
それにピッチトンネルを重視してしまえば、球種を狙われた時に、モロに捉えられる可能性が高い。
(こういうタイプの技巧派も悪くないな)
大会が終わったら、ジンと話して試していこう。
怪物がさらに進化を遂げようとしている。
「名前は楊文里。176cmの70kgか。事前の調査ではコントロールもスタミナもSクラス」
樋口が口にしながら確認していく。
「日本語では楊だけど、発音はどうなるんだ?」
それは特に意図しない呟きであったが、木下が拾った。
「ヤン・ウェンリーや」
「ヤン……」
「ウェンリー……?」
半分弱の選手が反応した。
「げえ……」
「打てる気がしねえ」
「狙ってつけた名前なのか?」
「名前負けしてないなら、やばすぎるぞ」
その反応を見て、木下はうんうんと頷く。
しかしまた内輪ネタだ。半分以上は意味が分からない。
「まあ、名前と実力が同等なわけじゃないし」
直史も元ネタは知っているが、名前が一致したぐらいでなんだというのか。
名前で力が変わるなら、全国の佐藤さんが皆すごいとでも言うのか?
「ヤン・ウェンリーというのは」
樋口が簡単な解説を始める。
「銀河英雄伝説という小説のキャラです。スペースオペラ小説の金字塔ですね。宇宙版三国志と言ったら分かりやすいかな? ヤンはその中の一勢力の将軍で、作中では一度も敗北していない名将で、二人の主人公のうちの一人です」
「孔明みたいなもんか?」
「孔明は実際は、軍事的にけっこう失敗していますけどね。あとヤンは政治は下手くそでした」
へ~と感心するものが多数。
「最近でもマンガ化もアニメ化もしてるので、今でもそれなりに有名かと」
「そういや名前は聞いたことがあるかな」
「タイトルからしてギャグマンガだと思ってたけど」
「俺も小学生の時に読んだな」
普通に図書館に置いていたので、直史も読んでいる。
小学生から中学生に向けての、娯楽小説好きであれば、かなりの人間が読んでいるのではないだろうか。
宇宙版三国志というのは、分かりやすい表現だ。
「なお作中人気ではぶっちぎりの一位で、フィクションの名将としては必ず名前が出てくるキャラですね」
樋口の説明は終わった。
「けっこう古い作品やし、海外でも出てるそうやから、親御さんは狙ってつけたんかもしれんなあ」
木下が子供の頃には、既に完結していた作品である。
ちなみにこれは別に狙ってつけた名前ではない。文字の発音が微妙に違うのだ。
どうでもいい情報もあったが、まずは攻略法を考えなければいけない。
「そこそこ球数は投げるタイプだし、待球で潰せばいいでしょ。他のピッチャーはそれほどでもないし」
容赦のない攻略を樋口は示した。
おそらく誰もが考えてはいたが、口には出さなかった選択である。
このあたり樋口は本当に、高校球児らしくない。
「幸いナオみたいな、待球すら出来ない変化球はないみたいですし」
カット戦法は、おそらく有効である。
そもそもこの大会において、投手のスタミナはそれほど重要視されない。
体力の限界の前に、球数制限が来るからだ。
基本的に回の頭で交代するため、精神的にも楽なことが多い。
(けれど集中力は厄介かな?)
ちなみにクローザーである投手の精神的な負担は、本来一番大きい。
もっともそこそこの得点差がある状況でのリリーフなど、それほど難しくもないが。
打線の方は、日本の高校のスモールベースボールに似ている。
四番だけはかなりの長距離砲であるが、アベレージヒッターを揃えている。
今のところエラーが一つもないのは、守備の堅実さの証明であろう。
台湾の野球は日本と比べて雑だという印象があるが、どうやらこのチームには当てはまらなかったらしい。
「けど四番の名前は王って、狙いすぎだろ」
再び樋口が苦笑している。
左打者ではあるが、さすがに一本足打法は使わないらしい。
しかしキューバ戦で決勝打を打っていることからも、四番としての役割は果たしている。
こうやって対戦相手の分析をして、それに対応するという野球は、日本のお家芸である。
革新的な理論などはアメリカから発生する場合が多いが、それを活用するのは日本であることが多い。
セイバーの使うセイバーメトリクスだって、そもそもの発祥はアメリカである。ツーシームだのフォーシームだのの握りもアメリカである。
アメリカで生まれたものを最適化して使うというのは、日本のお家芸と言っていい。
台湾のプロ野球のレベルは、日本と比較すれば低い。
しかしこういった技巧派のピッチャーは多く、攻撃面では割と振り回してくる。
だがそういった短所が潰されているので、チームとしてのまとまりは、日本よりも上かもしれない。
監督の分析を聞きながら、選手たちの研究は続く。
×××
次話「マウンド上の魔術師」
第二部末尾の三里エピソードが追加されています。
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