第14話 Her voice is money

 二打席連続のホームランを浴びたフェルナンデスが交代する。

 事実上、キューバのエースを一人でボコボコにした大介である。

「最近の若いのは普通に愛してるとか言うんやなあ」

「いや、そりゃあいつらだけだけ」

 哀愁の木下の言葉を、大介は否定する。


 そしてベンチの中を睨む。

 およそ半数以上がサビに合わせて歌っていたのには、ちゃんと気付いていた。

「お前らなんでそんなに息ぴったりなの?」

「どこかで聞いた」

「テレビで聞いてた」

「なんの曲かは知らない」

「でもサビだけは歌える」

「一度聞いたら忘れられない」

 この野球バカどもが!


「せごどんもさあ! こんな時に歌うのやめてくんない!?」

 西郷まで悪ノリしていたのだから、大介が怒るのも無理はない。

 直史は元ネタを知らなかったので参加出来なかった。

 なんとなく、きっと、ただの勘違いだとは思うが、少し寂しかった。

「すまんすまん。じゃが監督もうとうとったぞ」

「え」


 大介の視線の先で、木下は顔を反らした。

「わし、考え事するとき、パチ屋行くことあるんや。そこの機体にあったから……」

「パチンコ?」

 当然だが高校球児たちの中に、パチンコ屋に出入りしていたことのある者などいない。

 実は鬼塚は出入りしていた時もある。余談だが。

「わしもアニメ見たことないけど、えらい売れたんちゃうか? パチになっとったのが10年近く前やから、テレビでやってたんはもっと前やろうけど」

 道理で誰も知らないはずである。

 なのにサビだけは歌えるというのも謎だが。


 とりあえず、これにて3-0となった。

 キューバのエースもマウンドを降り、これから日本の本格的な攻勢が始まる。




 日本の戦闘意欲も増したが、キューバのそれも増した。

 二打席連続ホームランを見せられたことによって、パワーに優れたキューバの打者も、代わったばかりの高橋を攻める。

 ゲッツーを取って安心したところに、ホームランを浴びてしまった。


 その後、日本の攻撃も点を取るが、大介は完全に敬遠された。

 選手のスタッツではなくチームの勝利を目指したと言えばいいが、結局は誰も大介と勝負などしたくなかったのである。

 腹を立てた大介が盗塁を、織田と一緒にダブルスチールで決めたりもした。


 日本は短いイニングで継投をしていくが、キューバの打線がぴたりと止まることがない。

 幸い日本の攻撃も点数に結びついているので、劣勢とまでは言わないが。

 今日の試合は、点を取り合う流れに変わってしまったということであろうか。

 本当に流れというのは掴みにくい。


 回はいよいよ終盤の七回を迎える。

 ここまでのスコアは6-3で日本のリードと変わっているが、安心出来るリードではない。

「ん~、ちょい早いけど、ここかなあ。佐藤、行けるか~?」

「行けますよ」

 軽く準備をしていた直史が頷く。

「よし、じゃあ明日は休みやし、最後まで気張ってくれ」


 そう言われて送り出された直史と樋口のバッテリーであるが、意図するところは木下の予想を超える。

「三イニングで40球以内か。それなりに厳しいな」

 直史の計算だとそうなる。昨日10球投げているので、それ以上投げると明日は休まなければいけなくなる。

 それでも明日も、10球までは投げれるようにしておきたい。

「明日の南ア戦は楽になりそうだから、球数制限は考えなくてもいいだろ」

「それとは関係なく、無駄に球を投げたくないんだよ。疲れるから」

「めんどくせーやつだな」

「けれど点を取られるぐらいなら頑張った方がいいし、ランナーも出したくないからボール球も投げたくない」

「ほんとにめんどくせーな」


 そう言いながらも、樋口はやりがいを感じる。

 スピードのあるストレート以外の全てを投げられる投手を、自分が自由に使えるのだ。

(鉄人28号がそういう話だったよな)

 違う。

 スピンの量まで自在に変えられる直史は、機械よりも正確だ。




 七回の先頭打者に、まずは縦のカーブから入る。

 この落差と角度に、初見のバッターはついていけない。

 そして二球目はストレート。たいした速度でもないはずなのに、バットは空を切る。

 最後のボールはカットボールで、ショートゴロにしとめた。


 三振を奪うわけでもないのに、三球も使ってしまった。

 打たせて取るなら二球以内に収めて欲しいものである。


 そんな直史の願いが伝わったけではなないだろうが、樋口は期待通りのリードを始めた。

 スローボールと思わせる遅いスルーで、初球をピッチャーゴロ。

 そして次の打者は三球三振。

 影の薄い主人公、いまだにパーフェクトピッチング継続中。




 地味だけど、むちゃくちゃ凄い。そんな形容をしたくなる者がいる。

 佐藤直史のピッチングは明らかにそれであった。


 日本が追加点を着実に取る中、相手の打線を完全に封じていた。

 なにしろ外野まで球が飛んでいかない。

 全日本選抜チームは内野守備のレベルも高いので、エラーを心配することがあまりない。

 普通にゴロを打たせれば、まず間違いなくアウトにしてくれる。


 大切なのは、速くなく、遅くもないゴロを打たせることだ。

 追い込んだら仕方ないから三振を狙う。

 変化球でゴロを打たせようとしているので、ストレートの軌道に目が慣れておらず、バットに当たっても小フライになる。

 一番はせっかく追い込んでからボールを投げるのだから、三振を奪うことだ。

 そして八回も、三者凡退。


 観客などはともかく、味方はちゃんとこの凄さを理解している。

 これまで一番直史への評価が高かったのは、大阪光陰の選手と西郷、そして織田である。

 しかし他の者も、直史の背中を守るうちに分かる。敵ではなく味方として同じグランドに立つとそれが分かる。

 こいつ、恐ろしくまともじゃない。

 点を取られるイメージが湧かない。チームを勝たせるピッチャーだ。

 三試合連続でクローザーをしているわけだが、間違いない。

 このチームの真のエースは佐藤直史だ。


 スコアは7-3と推移している。

 そして九回の表が始まる。

 ここまでの二イニングで投げた球数は、22球。

 昨日投げたのが10球であったため、あと18球以内に収めれば、次の試合でも問題なく投げられる。

 直史がマウンドに登ろうとすると、夏の嵐が駆け抜ける。

 君は戦士、そして、君は勝者。


 まだ夏は終わらない。

 変化球で引っ掛けさせて、カウントを稼ぐ。

 そして決め球にはスルー。

 どうやら世界基準でも、この変化球は魔球であるらしい。


 最後のイニングは、三者三振。

 観客席では双子が飛び跳ねて踊っていた。




 そして音楽が流れる。

 なぜこれ? と直史は思った。

「You are The champion か。さすがに気が早いだろう」

 樋口が呆れている。直史もそう思う。

 同じ組でも台湾は三連勝しているし、あちらの組でもアメリカが全勝している。

 さすがにまだ、日本の優勝は見えていない。

 少なくとも同グループの台湾に勝つまでは、大きなことは言えない。


 しかしまあ、観客も多くなったものである。

 ほとんど全ての席が、観客で埋まっている。例外はミュージシャン周辺だ。

 訓練されたミュージシャンファンは、彼らの歌のパフォーマンスを邪魔することを嫌う。


 それにしても取材やインタビューのマスコミも増えてきた。

 大介は相変わらずであるが、さすがに今日の内容であると、直史にもインタビューが来る。

 早口の質問である。パーフェクトとピッチングは聞き取れたが、どうもよく分からない言い回しがある。

「ずっとパーフェクトピッチングを続けているけど、狙っているのかって聞かれてるわ」

 早乙女が教えてくれる。どうやらセイバーはミュージシャン組の方に行っているらしい。

「狙うも何も、ヒットを打たれずにランナーを出さないことは、ピッチャーの基本でしょうが」

「お前、織田さん相手にわざとフォアボール投げてたよな?」

「ケント、うるさい」


 直史の言葉を翻訳された取材陣は、Wo~wと驚いている。

 そしてそれに対して、早乙女が何かを付け加えた。

「え、なんですか?」

「直史君がもうずっとヒットもホームランも打たれてないと言ったら、どれぐらいの間かと訊かれたわ」

「わざわざ憶えてないですけどね」

 少なくともセンバツで負けて以来は打たれてないが、継投が多いので数えていない。

「イニング数で言うなら、確か63イニングノーヒットノーランだったな。公式戦では」

 樋口が憶えていた。まあ決勝で当たる予定のチームであったのだから、それぐらいは調べていて当然か。


 それを早乙女が翻訳すると、またWo~wである。素直な反応だ。

 また早乙女が何やら、というか直史でも分かる言葉を付け足した。

「He is Mr Perfect!」

 そのままYEEH!と反応するところが、こちらのマスコミの仕様なのであろうか。

 早乙女にもあまり、事実ではあるが事実なだけのことを、付け加えてほしくない。


 それとは別に、観客席のミュージシャンにもマイクは向けられていた。

 マイケルが大絶賛している。大介のホームランは、とてもパワフルだ。勇気を与えてくれる。

 そしてマスコミはこの発起人がイリヤであることも聞かされ、双子に対してもマイクを向ける。

 だがイリヤ的には、それはNGなのだ。

「彼女たちの声は有料よ」

 そう言って双子を遠ざけた。




「うぬぬ……」

 瑞希は新聞を眺めながら、そんなうなり声を発していた。

 やはりと言えばやはりなのだが、大介の写真がでかでかと紙面を占領している。

 ニュースでも流れていたが、やはり新聞にも載っている。

 そしてこれまでと違うことは、やは小さいながらも直史もかなりの大きさで新聞に載っているということだ。


 世界大会において、これまで五イニングを投げて、打者走者ゼロ。

 言うまでもなくパーフェクトピッチである。当たり前だが防御率0よりもすごい。


 野球中心の記事ではあるが、これまでの世界大会をはるかに超える、球場が満員になるという観客動員数を記録しているという。

 日本の試合に限っているわけだが、やはり大介の貢献度が大きすぎる。ホームランは野球の華だ。

 この大会にスポンサーとして広告を出している企業は、大介には足を向けて眠れない。


 なお株価も上昇しており、セイバーは短期間の売買を繰り返し、げらげらと笑いたくなるような金額を稼ぎ出している。

 彼女がこの大会で使った資金は、その後も含めて約400万ドル。

 そしてここまでで確定した利益が、既に1400万ドルである。

 安めに見繕っても、日本円で14億円。

 すでに一流企業のサラリーマンが、一生で稼げる金額をはるかに超えている。


 ちなみにMLBのトップクラスの選手の年俸が、約2000万ドルとも言われている。

 セイバーはこの数日間の株式取引で、その半分ほども儲けたとも言える。

 もっとも試みが上手く行かなければ、400万ドルを溶かしたことになる。

 投資家とはまさに恐ろしいものである。


 瑞希の見ないところで、白富東の選手が、世界記録に残ることをやっている。

 これは絶対に記録に残さなければいけないと、彼女は図書館に行っては各新聞の、特定箇所をコピーしていたりする。

 ある程度はセイバーからの連絡もあるが、やはり自分の目で見たい。

(私はこんな時に何をしてるの~~~!!!)

 ぶんぶんと可愛らしく手を振る瑞希であった。


×××


次話「全勝対決」

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