第13話 ずっと昔から はるか未来まで
もはやこれが恒例なのか。
朝のニュースの第一報が、大介のものである。
U-18世界大会、日本×メキシコ戦。
空前絶後というか、文字通り野球史上初の予告ホームラン達成。
一部のさわやか高校野球方面以外からは、圧倒的な支持を受けていた。
そして彼女も決意する。
「お父さんお母さん、私、カナダに行こうと思うの」
「……言うと思ってた」
瑞希の言葉に父は肩を落とした。
この真面目な娘は、同時にひどく頑固なのだ。
「いいけど、あちらでお世話してもらえる人はいるの?」
「セイバーさんに連絡はつけたの」
決断すれば行動の早い瑞希である。
そして父もまた、ある程度は認めざるをえない。
去年海外旅行に行ったので、瑞希はパスポートも持っている。
「いきなり行くのは認められないな。それに長く行くのもダメだ。そこは譲れないぞ」
「うん、分かってる」
どうやら直史のドーピング薬が襲来するようである。
第三戦、日本の相手は超強豪キューバ。
これまでに何名ものメジャーリーガーを輩出しており、実績だけなら日本よりも上の国だ。優勝回数は最多である。
もっともこの数年は優勝がない。政治的な問題があったということもある。今はやはりアメリカが強い。
ここまでの各国の戦績であるが、Aグループでは日本と台湾が連勝している。
台湾は初戦がキューバとの対戦であり、お互いのエースが六回までを投げて拮抗していたが、その後に点の取り合いとなり、台湾が逃げ切るという試合展開であった。
キューバとメキシコが一勝一敗。オランダと南アが二敗だ。
試合日程では第四戦が、ここまでいいところのない南ア、そして一次の最終戦が台湾となる。
「う~ん」
木下は頭を悩ませる。
まず台湾が強いのは間違いない。南アを圧勝しているし、強豪キューバにも競り勝った。
もっとも超エース級と言えるピッチャーは一人しかいない。そこが弱点だろう。
ここまでの二試合をそれぞれ一点以下の失点で勝ってきたのは、日本だけなのである。
投手が良すぎる。
キューバのチームの特徴であるが、プレイの全般が力任せではあるが、ちゃんとその使い方を知っているという印象である。
日本のように相手の隙を一切見逃さないというほどに戦術的ではないが、一人一人の選手が自分のテクニックには習熟している。
ここはしっかりと勝っておきたい。
正直なところ南アが弱いので、そこでピッチャーを休ませることが出来る。
(もうスーパーラウンドを見越して考えんといかん状況やな)
そして木下は決断した。
第三戦の先発は神奈川湘南の玉縄。
今年の夏は初戦で大阪光陰と当たって、真田との投げ合いで敗北している。
だがその評価が下がることはない。なにしろ真田は夏の大会、準決勝の一点以外は点を取られてなかったのだ。
準決勝で白富東に敗北するまで、一番大阪光陰を苦しめたのが神奈川湘南である。
「まあスカウトへのアピールチャンスや、頼むで」
うっすと頷く玉縄であるが、正直なところキューバ相手には、自分や本多のようなタイプではなく、榊原や大浦のような強力な変化球を持っている投手の方が向いているなのではないかと思う。
一番向いているのはおそらく直史だが。
「そんで継投は高橋、状況によっては吉村をはさんで、〆は佐藤やけど、九回だけやなくて少し長めに投げてもらうかもしれん」
台湾のエースとの対戦成績を見ると、キューバのバッターは制球力のある変化球投手に弱い。
それも直史のような、単なる変化球投手ではなく、緩急を使ったコンビネーションの投手だ。
次の南アで楽に勝てると考えるなら、ここで直史は多めに投げて、一日休ませることが出来る。
日本選手団を迎える、球場の前の観客はさらに増えている。
入れない人たちのために、わざわざ大型スクリーンを入り口前に置いてある。
これである程度の一体感を感じながら、試合を楽しめるということか。
とにかくこの大会は、異常なことばかりが起こる。
記録尽くめの試合もそうであるし、それとまるで対抗するかのように、応援席のミュージシャンがコンサートを行っている。
無料で。
しかしその異常事態を、大介のホームランが吹っ飛ばした。
日本のみならずアメリカやカナダでも、あの予告ホームランの映像は流された。
初球を打ったというのがまた良かったのだ。
白石大介の名前と予告ホームランは、全世界のトレンドを席巻している。
地味であったはずの大会が、派手派手どころか世界的なニュースとなっているのだ。
バスから降りた大介がぶすっとした歩くのに対し、それにかけられる声援は多い。
試合までに既に、観衆は日本の味方であった。
さて、ここでのキューバの思惑である。
まずスーパーラウンドに進むために、上位三チームに入るのは絶対条件である。
そしてそのスーパーラウンドで上位二チームになるためには、最悪でも負けは二つまでにしておかなければいけない。
おそらくBグループからはアメリカが進出してくる。今回のアメリカに勝つのはかなり難しい。
日本と台湾はおそらくスーパーラウンドに進むので、日本に負ければ負け星が二つ付いた状態でスーパーラウンドを戦うことになる。
アメリカに負けて三敗となった場合、決勝戦に進める可能性はかなり低くなる。
つまりAグループ最強とも言われている日本相手に、どうにかして勝っておかなければいけないのだ。
幸いエースのフェルナンデスは、初戦の台湾で投げたため、一日間隔が空いている。
日本相手の先発として使えるわけだ。
160km投手の球なぞ、ハイスクールレベルでは……。
そう考えたキューバ監督は、前回の大会を思い出した。
自分の担当回全てでノーヒットを達成した日本選手。
さすがに今回はあれほどの選手はいないそうだが、平均的なレベルは高くなっているという。
「こちらはフェルナンデスが投げる。負けるわけにはいかない」
160kmは台湾の打者さえも、きっちりと抑えてくれたのだ。
「ほ~、本物の160kmか」
そして上機嫌になる日本チームのスラッガー。
「人間の投げる160kmは二度目の体験だな」
ベンチで呟く大介に対し、周囲の三年は怪訝な顔を向ける。
ここ最近、高校生で160kmを投げたのは上杉だけであるが、大介は一年の時は甲子園に出場してなかったので、少なくとも公式戦での対決はないはずだ。
「白石、あの時の勝也さんは、本気で投げてたぞ。俺の体感では、163km出してたと思う」
「マジか。確かに球が消えたもんな」
この会話を盗み聞きするわけでもないが、木下監督の耳にもしっかり入っている。
「どこで勝負したんだ? 練習試合でも当たってなかったよな?」
春日山と白富東を読んで、巴戦の練習試合をしたのは帝都一である。なので本多が尋ねた。
しかしあの時も、上杉兄は白富東との試合では投げていない。
そこから去年の夏の話を樋口は披露する。
甲子園大会開催中に、まるで決闘のように。
「それでお前、今ならあの時の勝也さんの球打てるか?」
「う~ん……組み立て次第だけど、一試合に四回対戦があれば、一本ホームランに出来なくはないと思う」
マジか。
このチームは三年主体なので、上杉勝也と対戦した者は多い。
そして八割の球を打ったとか、偶然にポテンヒットになった人間はいるが、まともにヒットを打てた者はいない。
上杉勝也はその高校野球生活において、練習試合まで含めて、一度もホームランを打たれたことがない。
上杉勝也は人間ではない。
そして白石大介も人間ではないと、この世界大会で証明している。
「向こうのエースが降りるまでは、ロースコアの展開になるかもなあ」
木下監督の予想は、そこそこ外れる。
ようやくこの試合、日本は後攻である。
これまでの二試合、初回に先制点を取っている日本としては、先攻が良かったのかもしれない。
先発の玉縄は三番に打たれた後、四番を歩かせてしまったが、これはストライクゾーンのズレが大きかった。
武田のミットを意識して投げれば、五番を三振に取れた。
そして後攻、日本の攻撃。
織田が四球を選び、本日の二番の酒井は三振。
コントロールが序盤で安定していないフェルナンデスは、まだ一度もバットにボールを当てられていない。
そして大介の打順である。
ネクストバッターサークルから立ち上がっただけで、大歓声が沸き起こる。
そして観客席では、ばっちりアイドル系の衣装を着た双子が歌いだした。
「なんだこの曲?」
「どっかで聞いたことあるような」
「俺もあるで。でも歌詞が分からん」
「いや英語の歌詞だろ?」
「いや日本のメロディーだとは思うんだけど、歌詞が思い浮かばない」
「サビになれば分かるんじゃね?」
「あ~、やっぱどっかで聞いたことあるな」
「サビの歌詞の意味、誰か分かるか」
「分かりやすく言うなら、今はこれが精一杯だけど、まだまだ限界じゃないよ、って感じかな?」
「今はこれが精一杯って、ジブリじゃねーよな?」
「It full Power but not limit?」
「全力だけど限界じゃない?」
同じ頃、日本では訓練されたオタクが狂喜乱舞していた。
この歌も神曲であるが、これをやるということは、あれもやるということだ。
『弾幕の準備はいいか!』
『ばっちり完了!』
『多分次の打席だよな?』
『俺はあいつらならやってくれると信じてる!』
そして大介は159kmの高く外れたボールを、ホームランにした。
片手を開いたまま上げてベースを回る。
これで、五本目。
木下監督の予想は、確かにそこそこ当たった。
フェルナンデスは大介にホームランを打たれた後は、完全にパーフェクトピッチになる。まるで昨日の本多と同じだ。
玉縄は最低三回までと決めていたが、ヒットは打たれるものの後続を許さない。
彼の打席にも代打を送らず、四回の表まで投げさせた。
そして四回の裏、白石大介二度目の打席。
エレキギターのソロラインに、機械音の、ピアノ?
『befor The end of The World…』
何も日本の曲を英語で先に歌わんでも、と思わないでもない大介であったが、この曲には聞き憶えがあった。
「あー!」
「知ってる!」
「サビだけ歌える!」
「俺もサビだけ歌える!」
「つーかサビ以外歌えない」
ベンチも騒がしくなってきた。
双子たちは踊りながらも、情感をたっぷりと歌詞に込めている。
そう、自分たちだってこれぐらい、大介のことを好きなのだ。
『来る!』
『弾幕用意!』
『来る来る来る!』
『キタ━━(゚∀゚)━━ !! 』
『from One hundread million and two thousand years ago――』
『―― A! I! Sy! Te! Ruuuuuu!』
「「「「「あいしてるぅ~~~~~~~!」」」」」
『あいしてるうううううううううううううううううううううううううううううう』
『愛してるーーーーーーーーーーっ!』
『あいしてるううううう~~~~~~~ん!』
『あいしてる―――――――――!』
『あ・い・し・て・るーーーーーーーー!!!』
『あいしてるううううううううううううううううううううううううう!』
『愛してるーーーーーーーーーーっ!!!!!』
『あいしてるううううう~~~~~~~う!』
『愛SITERUううううううううううう!!』
『あいしてる―――――――――!』
『あ・い・し・て・るーーーーーーーーうぅ!!!』
『日本語w』
『愛してるーーーーーーーーっ!』
『あいしてるううう~~~~~~~!』
『あいしてる――――――――!』
『あ・い・し・て・るぅーーーーーーーー!!!』
『あいしてるううううううううううううううううううううううう!』
『愛してるーーーーーーーーーーっ!!!!!』
『あいしてるううううう~~~~~~~う!』
『愛SITERUううううううううう!!』
『あいしてる―――――――――!』
『あ・い・し・て・るーーーーーーーーうぅ!!!』
『あ・い・し・て・るううううううううううううううううううううううううう!』
『愛してるーーーーーーーーーーっ!』
『あいしてるううううう~~~~~~~ん!』
『あいしてる―――――――――!』
『あ・い・し・て・るーーーーーーーー!』
『あ!い!し!て!るううううううううううううううううううううう!』
『愛してるーーーーーーーーーーっ!!!!!』
『バルスかよ』
『あいしてるううううう~~~~~う!』
『あいしてる―――――――――!』
『あ・い・し・て・るーーーーーーうぅ!!!』
『弾幕wwwwwww』
『あいしてう・・・・・・・!』
『もちつけ』
『そこだけ日本語w』
『愛してるうぅうぅぅぅぅぅう!!!
『あ・い・し・て・るうううううううううううううううぅぅぅぅ!!!』
『愛してるーーーーーーーーっ!』
『あいしてるううううう~~~~~~~!』
『あいしてる――――――!』
『なぜ I Love you 使わないwww』
『あ・い・し・て・るーーーーーーーー!』
『あ!い!し!て!るうううううううううううううううううううううぅぅぅっ!』
『愛してるーーーーーーーーーーっ!!!!!』
『指先w』
『AISITERUUUUuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!』
『ベンチwww』
『AIしてるぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!』
『落ちるwww』
『愛してるーーーーーーーーーーっ!』
『あいしてるううううう~~~~~~~ん!』
『あいしてる―――――――――!』
『あ・い・し・て・るーーーーーーーー!!!』
『あ!い!し!て!るうううううううううううううううううう!』
『愛してるーーーーーーーーーーっ!!!』
『キタ━━(゚∀゚)━━ !! 』
『打ったーーーーーーー!!!!』
『いけえええええ!!!』
『無限拳!』
『月まで!』
『いったーーーーーーーっ!』
『よっしゃーーーーーーーっ!』
愛してるコールのあまりの恥ずかしさに、ホームランを打ってしまう大介であった。
思いっきり大介を指差しながら「愛してる」である。
世界に向けて生放送をしているのである。
(マジでやめてくれ)
ホームインしてベンチに戻ってきた大介を、生暖かい視線が迎えた。
六本目のホームランであるが、指でそれを示すのは忘れていた大介であった。
なおこの時、一つのサーバが過負荷で停止した。
×××
今回、こんなんだけどけっこう書くの大変だったんよ?(*´ω`*)
次話「Her voice is money」サブタイ変更の可能性あり。
あと第一部の最後に閑話「佐倉瑞希の本能2」を投下しています。
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