第12話 影の薄い主人公、記録継続中

 ブーイングから一転して大歓声。

 全ての観客によるスタンディングオベーション。

 右手の四本の指を立てて天に突き上げ、大介はベースラインを周る。これが四本目のホームランだ。

(やっちまった)

 ついかっとなって。後悔も反省もしていない。


 双子の歌を完全に止めてやった。

 どうだよ。俺のホームランはすげえだろ。


「マジか……。この試合中に一本打ってくれれば良かったのに」

 樋口は呆れている。こいつも相当におかしな人間なのだが、大介は人間の範疇を超えている。

「いや……確かに人間離れしてるとは思ってたけど、ここで本当に一発で決めるか」

 直史も呆れるしかない。

「マジ人間じゃねえ……」

「白石の親父がサイヤ人だってのは本当じゃねえの?」

「打とうと思って打てるもんなのか?」


 チームメイトもさすがにありえない。

「西郷、お前やったことある?」

「なか。打つぞちゅうは思うてても、打つと言うて打たせる投手ばなか」

 実城と西郷のホームランバッターも、言葉を絶やすしかない。


 ホームベースを踏んだ大介は、メットを脱いで一塁側、三塁側、バックネット裏、そしてマウンドへと四度頭を下げた。

 観客だけでなく、メキシコチームや打たれたピッチャーでさえもが、拍手を送る。

 奇跡を見た。

 神の奇跡ではなく、人間の奇跡を。


「樋口、よくお前ら、この二人のチームに勝てたな」

 織田が呆れたように言う。

「まあ決勝は佐藤が投げられなかったんで」

「そういやそっか」


 そしてベンチに戻った大介は、殴る蹴るの手洗い歓迎を受けた。

(そうやな)

 驚きに我を取り戻した木下は決意する。

(この子に変な責任を負わせるわけにはいかん。わしが全力で守らんと)

 もっともそんな必要もないのかもしれないが。


 ダイ! ダイ! という呼びかけに応えて、もう一度大介はベンチから抜け出す。

 それに捧げられたのは、万雷の拍手であった。




 負けた。

「か」

「か」

「かっこよすぎる……」

 目をハートマークにした双子がぶっ倒れ、観客席は少しだけ騒ぎになっていた。

「ああ、鼻血まで出して」

 ケイティが割と甲斐甲斐しく世話をしているのに対し、イリヤは完全に自失状態であった。

(負けた……)

 嘘のように。あっけなく。

 たった一本のホームランが、演出の全てを吹き飛ばした。

 大介のホームランは暴力だ。まさに全てを破壊する。

 それに負けた。

「すごい……」

 イリヤの好みではない。だが素晴らしい。

 負けたが、それでも感動がある。

 人間にはこんなことが出来るのだ。


 ベンチに崩れ落ちるかのように座るイリヤの肩を、マイケルが抱き寄せる。

「イリヤ、私たちは歴史が刻まれる瞬間を目にしたぞ」

 そう、これは野球というスポーツが残る限り、永遠に残る記録であり、そして記憶だ。

「知ってるかい? ベースボールはアメリカで生まれたスポーツだが、予告ホームランというのは伝説の存在でしかなかったんだ」

 ドイツ生まれのイリヤと違い、マイケルの文化的素養はアメリカ一本だ。

「ベーブ・ルースは予告ホームランをしたと言われているが、あれは病気の少年のためにホームランを打つと約束した話でね。あんなにはっきりと、今から打つぞと言って打ったのは、彼が初めてなんだ」

 マイケルがはしゃいでいる。アメリカのロック-POPの帝王と呼ばれ、前世紀に一億枚以上のアルバムを売った男が。


 そしてその表情に、彼特有の鋭さが走る。

「決めたよ。私は彼のファンになる。カラードはカラードのファンになるのが相応しいんだ」

 マイケルは黒人だ。彼は自分が有色人種である点を、強く意識しているところがある。

 白人のケイティなどと仲が悪いわけではないが、音楽をやっていなかったら友達にはなれなかったとも言っていた。

 だから普段は割とMLBよりもNBAを見ることが多いし、NFLには興味がない。

 ソーサとマグワイアのホームラン争いの時も、完全にソーサの味方であった。

 有色人種、特に黒人は、世界に抗って生きていかなければいけないという、魂からの主張をしている。


 そんなマイケルが、イリヤにふと尋ねる。

「君は悔しいのかい?」

 悔しい? それは不思議な質問だ。


 自分の演出したパフォーマンスは台無しにされた。しかしこれが悔しいのか?

 自分が感じているこれは、明らかに悔しさではない。

 折角の準備が台無しになったというのは、確かに残念ではある。しかし悔しさはない。

 自分の感じているこれは、快楽だ。

 ああ、なるほど。

 双子が彼とセックスしたいという理由が分かる。

 暴力的な快楽の波に溺れてみたい。完全に自分を忘れて、快楽の嵐の中で気絶したい。

(けれどそれは……)

 思い浮かんだ姿で、イリヤは理解した。

 これはたぶん愛だ。そして同時に性欲だ。


 イリヤはこの時、初めて自分が女なのだと理解した。




 特大の核弾頭を放り込んだ大介であるが、この日は結局この一発だけであった。

 日本が有利ではあるが、決定的な破綻もなく試合は進行して行く。

 本多は三回までをホームラン一発だけという極端な投球で〆きり、メキシコのピッチャーも安易な連打は浴びない。


 日本側投手の二番手は榊原。サウスポーからの投球に、メキシコ打線は三回を二安打の散発。

 日本の攻撃は下位打線で技ありの一点を加え、上位打線でもまた一点を追加した。

 大介の三打席目は打ち損じのライトフライであったが、三塁ランナーの織田がタッチアップで帰還したため、打率はまだ10割のまま。

 ただし残念なことに、これで出塁率は10割ではなくなってしまった。

 ……普通の打者は、打率よりも出塁率の方が高くなるものなのだが。


 回は終盤の七回へ。

 榊原はまだまだいけそうではあるが、球数は少なければ少ないほどいいし、点差はセーフティリードに近い。

 MLBだと大差がついた試合では、割と選手も力を抜いてプレイする場合がある。

 それはMLBのシーズンが、NPBよりも多い試合数でありながら、より遅く始まり、より早く終わるからだ。

 日本のリーグよりもさらに消耗が激しい。だからそういった抜いた試合は存在する。


 しかし8-1というスコアは、チャンスが全くなくなったという点差でもない。

 またメキシコ代表も自分の成績を上げるために、怠慢なプレイはしないだろう。

 連戦続きとは言え、この大会は10日間しかないのだ。移動に伴う疲労もない。

(ん~、やっぱもう一度ぐらいは試したろか)

 継投の準備をしていた投手の中で、一番不安であるピッチャーを呼ぶ。

「福島、七回からな。九回は佐藤を使うさかい、二イニングだけや。きばれや」

「うっす!」




 高校へのスカウトの段階から福島を知っている木下であるが、彼はリリーフに向いていない。

 どこが向いていないのか、正直説明が出来ない。だがとにかく、リリーフをさせたり、クローザーで九回だけを使ってみても、あまりいい成績にならないのだ。

 先発ならばいい。基本的に大阪光陰は完投を目指さないチームであるが、福島の場合は何度かそれがある。ピッチャーに必要な馬力はあるのだ。

 それでもなぜか、試合の途中からでは数字が落ちるのだ。これはもう気性的なものとしか言いようがない。


 プロに行っても、大成しないかもしれない。口にはしないが、ずっと不安に思っていた。

 だがこの世界大会の、この場面でちゃんと役割を果たせたなら。

 木下は彼を、自信を持ってプロの世界に送り出せる。

(ちゅうても今年は、ドラフト大当たりの年やからな。これ織田の複数球団指名あるやろ)

 夏の甲子園で準決勝まで見せ付けたので、プロ志望組は割と上位で指名されると思っていた。


 このチームが集まった大会の直前、それとなく他の学校の選手に、プロ志望届を出すのか聞いてみた。

 おおよそは予想通りだったのだが、西郷が大学に志望を変えたというのは意外だった。

 なんでも佐藤が大学に行くと宣言しているので、またそこで対戦したいという。

 佐藤が大学に進み、しかもプロを全く視野に入れていないというのは、かなり意外ではあった。


 七色の変化球と言われたピッチャーが、プロの洗礼を浴びて全く通じないという場合はよくある。

 多彩な球種が悪いとは言わないが、その中に本物が一つなければ、あとの全てが意味がない。

(けど佐藤の場合、魔球は論外としても、カーブとチェンジアップはすごいし、遅いストレートもなんか変な伸びしてるし、かといってスライダーが簡単に打てるかとも言えんし、時々しか投げへんシンカーは厄介やし……)

 正直なところ彼の場合は、彼自身の投手としての能力より、キャッチャーのリードとキャッチングが重要な気もする。

(樋口もよう、あれを捕るわ。速いスルーなんてそうそう捕れへんやろ)

 おそらくプロのキャッチャーでも、あれを捕るのは容易ではない。

 竹中なら大丈夫だろう。石川は分からない。武田と立花は無理だ。つまり大田はすごい。

 魔球持ちのピッチャーがいるチームの監督というのは、はっきり言って楽しすぎる。




 七回から登板した福島は、やはりと言うべきか、先頭打者に四球を与えてしまった。

 しかしそこから変に立て直そうとはせず、武田はストレート一本を投げさせた。

 併殺。そして三人目は三振と、まずまずの内容だ。


 攻撃に移ればまた、大介に対して大歓声が降りかかる。

 応援曲はまた二打席目のものとなっている。

 三打席目は一打席目の曲であったので、本日はこの二曲で回すということか。

 今度はじっくりと見ていく大介。ボール球には手を出さず、狙い打ちだ。

 アウトローという打者に投げる基本のコースを、ジャストミート。

 低い弾道の打球が、ライトフェンスを直撃した。


 調子が悪い。

 普段なら三打席目もフライの余地なくスタンドまで運べていた。

(やっぱ予告ホームランなんてするもんじゃねえな)

 大介は体力お化けではあるが、予告ホームランを打った後はどっと疲れた。

 正直、自分でも交代した方がいいのかとも思う。だがまだイリヤが見ている。

(その二人をお前の道具にすんじゃねえよ。俺みたいなバカを好きだって言ってくれてる子たちなんだぞ)

 そのイリヤへの怒りだけで、どうにか四打席目は打った。

 あの、ボールの軌道が先に見えるという、集中した時の感覚がない。


 実城と西郷がホームランまであと一歩の外野フライで倒れ、大介は残塁。

 ベンチへ戻る彼の背中に、また拍手が送られる。

(さっさと試合終わらせて調整しねーと)

 まだ大会は、始まったばかりなのだ。




 八回にもヒットを打たれた福島であるが、織田の超ファインプレイで失点は免れる。

 完全な出来とは言いがたいが、それでも役目は果たせた。

 ジンクスにも似た嫌な感じは消えたと言えるだろう。


 そして運命の九回。

 佐藤直史のピッチングが始まる。


 しかしこれほど、観客に凄さが分からないピッチャーというのも、そうそうはいないのではないか。

 復活した双子がまた歌っているが、直史はもう揺るがない。

 丁度10球で九回をシャットアウト。

 日本はこれで二連勝となった。




    ☆ U-18世界大会 part21 ☆



156 名前:名無しさん@実況は実況板で

 すごかった~。満足


157 名前:名無しさん@実況は実況板で

 あんなことあるんだな。それまでずっと球場、コンサートの雰囲気だったのに


158 名前:名無しさん@実況は実況板で

 無茶苦茶歌上手かったもんな。生歌?


159 名前:名無しさん@実況は実況板で

 白石がホームラン打った瞬間、いきなり歌だけ切れたから、口パクではないな


160 名前:名無しさん@実況は実況板で

 かなり振り付け激しかったけど、歌えるもんなん?


161 名前:名無しさん@実況は実況板で

 ライブとか行けば分かるけど、マジ物の歌手は確かに歌える

 ただあの双子の動きは普通じゃない


162 名前:名無しさん@実況は実況板で

 完全にカメラもスタンド映してたもんな


163 名前:名無しさん@実況は実況板で

 歌じゃないけど俺はガンバスター発進が凄かった


164 名前:名無しさん@実況は実況板で

 まあ確かに白石はガンバスター級だけどな

 スパロボの初心者救済ユニットw


165 名前:名無しさん@実況は実況板で

 双子がデュエット歌いだした時、実況凄かったもんな

 fuー!


166 名前:名無しさん@実況は実況板で

 そうそう

 で、ノリノリの客が、白石のホームラン予告で一斉にブーイング転換www


167 名前:名無しさん@実況は実況板で

 予告ホームランなんてそうそうないだろ


168 名前:名無しさん@実況は実況板で

 そうそうどころか、あのタイプの予告ホームランはこれまで一度もない

 ルースがやったとかいう記述はあるけど、これから打つぞというあれはない

 そもそもMLB基準だと侮辱行為


169 名前:名無しさん@実況は実況板で

 さすがの白石でも二度とは出来んわ

 それぐらいすごい。今年のスポーツニュースの第一位になるぐらい


170 名前:名無しさん@実況は実況板で

 予告ホームランって名前だけはよくありそうだけど?


171 名前:名無しさん@実況は実況板で

 それは試合前とかにマスコミとかに向かって

 「ホームランを打って勝つ」とか言うの

 白石のこれは歴史に残る偉業 偉業?


172 名前:名無しさん@実況は実況板で

 応援してたレジェンドとかも目が点になってたからなあ


173 名前:名無しさん@実況は実況板で

 近代野球史上って言うか、野球黎明期から考えても史上初だろ

 昔のアメリカのホームランは、基本ランニングホームランだったし


174 名前:名無しさん@実況は実況板で

 織田はついに凡退しちゃったけど白石はまだ非凡退記録継続中

 織田のタッチアップは偉い


175 名前:名無しさん@実況は実況板で

 フライアウトは?


176 名前:名無しさん@実況は実況板で

 それが織田がタッチアップにしたから犠飛扱い。凡退ではない


177 名前:名無しさん@実況は実況板で

 あとは地味に佐藤がパーフェクトリリーフな


178 名前:名無しさん@実況は実況板で

 つかあいつ、甲子園からずっとノーノー継続中やろ

 名徳投げた四球、あれ織田と勝負するためのもんやろ?


179 名前:名無しさん@実況は実況板で

 わざわざ織田と勝負した理由分からんけどな

 佐藤ってもっと勝利最優先みたいな感じがしてたし


180 名前:名無しさん@実況は実況板で

 機械みたいに投げるからな

 甲子園でも言ってたけど、名徳戦意外はパーフェクト

 正確には準決勝はパーフェクト扱いにならんけど


181 名前:名無しさん@実況は実況板で

 なんか扱いが変わるってニュースでは言ってたな

 参考記録ではちゃんとパーフェクトだけど


182 名前:名無しさん@実況は実況板で

 次の試合もどうなるか楽しみ

 次は何歌うんかねえ


183 名前:名無しさん@実況は実況板で

 そっちかw


184 名前:名無しさん@実況は実況板で

 アニソン縛りしてるのはなんで?


185 名前:名無しさん@実況は実況板で

 個別に契約したとかかな? 

 俺としてはやっぱりマクロスやってほしいけど


186 名前:名無しさん@実況は実況板で

 マクロスか。出来るな。特にF


187 名前:名無しさん@実況は実況板で

 でも二人とも声質似てるぞ

 双子だから当たり前なんだろうけど


188 名前:名無しさん@実況は実況板で

 Iriyaも歌えるんだから、そこがフォロー


189 名前:名無しさん@実況は実況板で

 つーかあのレジェンドたちの中で負けてないよな

 むしろ日本産の歌使ってるから上回っているようにさえ聞こえる


190 名前:名無しさん@実況は実況板で

 この大会に歌った曲まとめて配信してほしい

 CDパッケージでも俺は買う


191 名前:名無しさん@実況は実況板で

 次の試合何歌うか楽しみやわあ

 甲子園で誰かの応援曲に青空デイズ使ってたから、あれは期待出来る


192 名前:名無しさん@実況は実況板で

 邪道な楽しみ方かもしれんけど、むっちゃ楽しみ

 英語の歌詞でアメリカの歌手が歌うのもいいけどな


193 名前:名無しさん@実況は実況板で

 アニソンばっか使う理由は、日本の歌が向こうでは全く無名だからかね


194 名前:名無しさん@実況は実況板で

 しかし佐藤の妹って何者やねんw


×××


次話「ずっと昔から はるか未来まで」

作者史上最強に頭の悪い文章誕生

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