第11話 ホームランをねらえ!

本日二話目の投下なので注意


×××


 本日の日本ーメキシコ戦は第二試合である。

 球場に入場しようとした日本選手団に、大きな声援がかけられる。

 ダイダイダイと叫ぶのはやめてほしい大介である。別に好きでこんな名前にしたわけではない。

 しかし初戦とは打って変わったこの観客。

 大介の名前を連呼するところを見ると、野球目当てのファンだと思っていい。


 実際に通路からグランドに出てみると、観客席の半分は埋まっている。

(まだ半分は埋まってないのか)

 内心ほっとする直史である。

 大介がホームランを打ちまくってもまだ、と考えるべきか、イリヤがあれだけ煽ってもまだ、と考えるべきか。

 なんだか日本側のスタンドで、ボディガードに囲まれている集団がいるが、そのボディガードの分、観客は入れない。機材もさらに増えているように見える。


 そしてどうやら、球場外にいた者たちが、日本選手団の後を追いかけて入場してきている。さらに1000人近くは増えそうだ。

「これ、球場の変更を打診した方が」

 と言いつつ直史が木下監督の方を見れば、壁に向かって何やらぶつぶつと呟いていらっしゃる。

 見なかったことにして直史はイリヤたちの方を見るが、双子はイリヤと並んで割と通路側にいる。

 今日はあまり中心になって歌わないのかとも思うが、何か怪しい。

 だいたいなんだ、あの大きな機械は。

「あれ、なんだと思う?」

「あ~?」

「いや、大介には聞いてない。ケントは知らないか?」

「俺に音楽の知識を求めるなよ」

「ありゃシンセだな」

 当然のように織田が知っていた。


 シンセサイザー。響きだけを聞くとロボットアニメの強力武器のようにも聞こえるが、ちゃんと意味のある単語である。

「名前は聞いたことありますね」

「簡単に言うと鍵盤型の楽器だけど、電子音を演奏することが出来る。それこそエレキのギターでもベースでも、あるいはトランペットでもドラムでも」

「エレクトーンの発展形みたいなもんですか?」

「あ~、やれることはもっと多くなってるな。プログラムを使って音楽を作るから、既に曲を入れておくことが出来るし、そのテンポを途中で調整することも出来る。あと楽器にはない合成音も使える」

「……魔法の道具ですか、それは」

 エレクトーンでも充分多機能なのに、それ以上のものを望む。あの楽器だって、二つの鍵盤で二つ以上の楽器を使えるのに。

「別にただ使うだけなら誰でも出来るぞ。普通に電子ピアノの機能だけを使ってもいいし」

「なるほど」

 とは言ったものの、いまいちピンと来ないのは何故か。


 イリヤはピアノを弾いていた。いつもだ。

 ヴァイオリンをかなり弾けて、ギターやベースなども人並には弾けると言っていた。彼女の人並というのがどれだけのレベルなのかは分からないが。

 肺の病気の後遺症で、肺活量が必要な楽器はほぼ無理だと言っていたが、以前はそれらもかなりの種類を吹いていたそうな。


 つまり、である。

 ピアノだけでおとなしくしていたイリヤが、その全力を適した楽器で奏でるということか。




 ひどいことになりそうな気がする。

 あのとんでもない女は、少なくとも直史の知る限りでは、まだ全力を出していない。

 おそらくスタジオに行った妹たちなら知っているのだろうが、ハイライトの消えたレイプ目で帰ってきた二人からは、さすがに詳細を聞き出せてない。

 イリヤは人の精神をいともたやすく、悪気なく陵辱する。それが快感と錯覚してしまうぐらいにまで。


 あの魔女に対抗出来るとしたら――。

「くそったれ。ここはあいつらのコンサート会場じゃないっつーの」

 特注のマイバットを持ち出した大介が、忌々しそうに呟いている。

 ――こいつ以外にいない。


 そもそも大介がいなければ、あの双子がここまで悪目立ちすることもなかった。

「大介、この空気を変えられるのはお前だけだ」

「ホームランぶちかませばいいんだろ」

「ただのホームランじゃダメだ」

「場外か? さすがにあれは狙って打てるもんじゃねーぞ」

 投手と打者の意地のぶつかり合い。そこで生まれるのだから、ある意味共同作業の成果と言える。

「いや、そうじゃなくてだな」

 他の誰に聞かれてもまずいので、これは声を潜める直史である。


 そして大介は激怒した。

「っざけんな! んなもん出来るわけねーだろが!」

 大介は温厚なわけではないが、怒りはボールにぶつけるタイプだ。

 それを怒らせるのだから、直史にもそれなりの覚悟がある。

「無条件に出来るとは言わない。だけどお前なら、状況が整えば出来る」

「あのな……俺はスーパーマンでもマンガのキャラでもねーんだよ。さすがに限界があるわ!」

 さすがに聞こえたその大声に、あったのか? と他の選手やコーチ陣は思った。


「まあ聞け。当然ながら投手の思考を読んで、しかも相手が勝負する場面じゃないといけない。だからそれは俺と……」

 直史にくいくいと呼ばれて、樋口が近寄る。

「ケントで考える」

「おい、勝手に仲間にするな。詳しく話せ」

 二年生三人が集まって策を練るのだが、さすがに直史のプランに樋口も顔をしかめる。

「正気か?」

「お前だって似たようなことやったろうが」

「決勝のことか? あれはかなり分の悪い賭けを読みきって勝っただけだ」

「だから相手のピッチャーを、今度は俺たちで読むんだよ。別にサヨナラじゃなくていいんだ。舞台が整えば相手を誘導出来るだろ?」

「ふむ……」

 樋口は考える。なるほど、考え方の違いか。

 あの樋口の逆転サヨナラホームランは、確かにある程度狙っていた。だからこそ読んでいた。

 自分ではそこまでやっても打てないが、このホームランを打つマシーンであれば。

「いけるかも」

「マジか」


 大介は思った。

 この二人は頭がおかしい。


 そしてこの頭がおかしなバッテリーは、大介の狂ったバッティング能力に期待している。

 冷静に狂っている。

「まあ失敗しても俺が笑われるだけだけどな」

 そう言って大介は諦めた。




 一回の表、日本の攻撃。

 織田が止まらない。

 ここまで出塁率10割。覚醒と言うよりは、もはや異常の域である。センター前にクリーンヒットを打って、いきなりノーアウトのランナーとなる。

 今日の二番を打つのは大阪光陰の小寺。職人技のバントで、とりあえず織田を二塁へ進める。

 大量得点を期待する試合であるが、まず一点は確実に取っておきたい。


 そして大介。

『Numer.6! ShortstopMan! Daaaaai!suke shiraishiiiiii!』

 アナウンスのノリが、明らかに昨日とは違う。

 YAH!と観客たちが沸く。期待している。

 ネクストバッターサークルからベンチを見るが、直史と樋口は首を振る。

 狙ってホームランは打てる場面かもしれないが、それでもまだ確率は低い。

 だが布石は打っておく。


 流れるのはダースベイダー。当然オールドファンならず、アメリカ文化の影響の強いカナダでは、この絶望的なテーマ曲に、OMGと唱えたり、YAHと盛り上がったりする。

 大介もノリノリで、細くて長いバットをライトセイバーの如く振って見せる。


 ……あれ? 日本で見た応援おじさんがいるような?

 あの人、ここまで来ちゃったの?

 直史は困惑するが、大介はむしろ気合が入った。

 大介は人の期待に応えるが好きだ。特にずっと自分を応援してくれている人なら。

 わざわざ海を越えて、ここまで応援に来てくれたのか。

 イリヤに手を引かれてスーパースターの中に引き込まれている。


 そして応援席が動いた。

 双子が立ち上がり、POPな音楽が流れる。

「なんだこりゃ?」

「アイドルっぽい歌詞だけど、かなり古いんじゃないか?」

「歌詞は英語だけど、多分邦楽だな。俺も聞いたことない」

「テンポが遅いな。最近のアイドルの曲はもうちょっとテンポが速いのが主流だし」

 織田ならあるいは知っているかもしれないが、彼は今ランナーである。


「日本語に直すなら、どんな坂道でも、私は貴方を追いかけていく、って感じか?」

 直史の聞く限りではそうだ。

 ありきたりな歌詞ではあるが、やはり誰も知らない。

 一世代以上上の監督やコーチ陣でも、首を横に振るだけである。

「あ、結局歌詞の最後にアイラブユーは入るんだな」

 本日は控えの初柴が、呆れたように呟いた。

 そこだけは妙に気合が入っていた。


 イケイケではなく、キラキラした音楽だ。

 もっともその頃、中継を見ていた日本の訓練されたオタクは、激烈に反応していた。

 割と年代は高めである。


『おいおいおいおいおいおい!』『やべえやべえやべえ!』

『来る来る来る!』『マジかマジかマジか』

『これは前奏! これは布石! これは前座!』

『確かに白石は決戦兵器みたいなもんだろうけどさ』

『リアル姉妹!www 佐藤の双子って姉はどっちなんだ?』

『リアルで歌上手い!』


 三球目を打った大介の打球は、人を殺す勢いでサードの横を通過し、そのままフェンスにダイレクトでぶち当たった。

 反応出来なかった守備の動きは遅い。当然ながら俊足の織田はホームへ走る。

 打球の勢いが強すぎたが、織田の足の方が早い。まずはスライディングで一点先取。

 二塁に達した大介のガッツポーズに、観客は興奮する。


 大介は小さい。

 いくら身体能力が高くても、それは事実だ。

 しかし小さいことが諦める理由にはならないことを、彼は教えてくれる。

 小さいからこそ、余計に人に与える衝撃は大きい。

 彼の体は小さいが、与える夢は巨大だ。


 白石大介。

 ここまでの打席は四の四で三ホームラン。そして四球三。

 彼もまた、10割を続けていた。

 

 この後、四番実城のタイムリーと本日スタメン五番の西郷のホームランがあり、日本はまたも一回に先取点を取って試合は展開される。




 試合は少し落ち着いてきていた。

 日本は先発の本多が、期待通りにクリーンナップを抑えた後、六番への一発病で一点を失っている。

 しかしそれ以外はパーフェクトという、相変わらず極端な投球だ。


 二番の小寺がショートフライに倒れた。

 一死でランナーなし。そして大介。

「打たれても一点の場面だな」

「代わったピッチャーにとっては、絶対に勝負したい場面だよな」

 スコアは4-1で完全に日本リードだ。

 まだ序盤とはいえ、試合は早々に決まりそうである。

「ここか?」

「そうだな」


 代わったピッチャーとしては小寺を打ち取って、ここで最強の打者との対決である。

 ピッチャーとバッターの勝負は、初見ではピッチャーの方が有利と言われている。

 その理由は単純であり、どんなピッチングをしてくるか分からないピッチャーは多くても、どんなバッティングをしてくるか分からないバッターは少ないからだ。

 球種などが分かっていても、実際にどんな球質なのかは、対戦してみないと分からないものだ。

 もっとも小寺が一番打者的に、かなり相手投手の球種は投げさせてくれた。事前の情報との乖離は感じられない。

 ここだ。


 前の回で織田の十割がやっと終わり、さすがにアメージングな展開も終わりかと、観客の興奮がわずかに落ち着く。

 しかしネクストバッターサークルから立ち上がった大介に、ついにサインが送られる。

(マジか……)

 初対決の投手である。それを相手に?

 あの頭のおかしなバッテリーは、ホームランを要求するのか?

 そんな大介を後押しするように、音楽が響く。


 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン


 ダースベイダーではない。

「ん?」

「これは……クラシックじゃないよな?」

「どっかで聞いたことはある。子供の頃だったかな?」

「知らん」

「ただ分かりやすいな。応援曲か?」

 ちなみに一打席目の曲は、織田にも分からなかった。


 直史も、どこかで聞いた憶えはある。割と最近だ。

 手塚案件か?


 バーバッバー バーバッバー バララバーーー♪

 バーバッバー バーバッバー バララバッバー♪


 打楽器から重低音の吹奏楽器へ。

 そして日本ではリアルタイム視聴者が狂う、


『キタ━━(゚∀゚)━━ !! 』『キタキタキターーーー!』

『発進!』『狙いはホームランだ! 雑魚には目もくれるな!』

『いけいけ! 未完の最終兵器!』『やってみる!』


 登場シーンの音楽は、それほど長くはなかった。

 そしてスタンドでは……双子がきゃいきゃいとしたアイドル系の衣装に着替えていた。

 完全に踊る気マックスで、背中合わせに立っている。そして手にはマイク。

 さっきも二人で歌っていたが、今度はさらに気合の入れようが違う。


 電子音。囁くように。


 パララ(パララ……パララ……パララ……パララ……) 

 パララ(パララ……パララ……パララ……パララ……)


 そしてスタンドで、あるいはモニターの前で。

 一斉に、叫ぶ

『『『「「「fu-!」」」』』』


「あー!」

「知ってる!」

「スパロボだ!」

 ベンチの中でもわずかに、知っている者がいた。

「あ、あれ従兄の兄ちゃんに見せられた記憶がある!」

 遠い記憶。なんでも30年以上も前の作品にして、いまだに最高傑作だと語っていたのを本多が思い出す。

「ああああっ! 思い出した!」

 本多のトラウマにでもなっているのだろうか。




 ノリノリで踊りながら歌う双子。しかし大介に動揺はない。

 お前らがいくら野球場をコンサート会場にしようとしても、たとえ観客の人気を奪っていっても、俺がここで野球の歴史に足跡を刻みつけてやるのは止められない。


 バッターボックスの前でとどまり、大介は右手に持ったバットの先をセンターに、さらにその上に向ける。

 そして左手は、人差し指一本で天を指す。


 予告ホームランだ。


「おおおおぉぉいっ!」

 思わず叫ぶ木下。日本では割とジョークでやられることもあるが、メジャー基準では侮辱行為である。

 もちろんアメリカに接したメキシコに、それが分からないはずもない。

「あかんあかんあかん」

 木下は壊れた。しかしどうする?


 このたいかいはあまちゅあのたいかいですぽおつまんしっぷにもとるこういはきんしなんだよ?


 スタンドの一部からのブーイングが、一気に広まっていく。

 すさまじいブーイングの中で、バッターボックスの大介の構えがぴたりと止まる。

 当惑しながらも、主審がプレイをかける。

 ホームラン予告は侮辱行為だが、世界基準では罰則規定がない。


 そしてメキシコのピッチャーは、完全に怒っていた。

 予告ホームランなど、するバッターもバッターであるが、されるピッチャーもピッチャーである。

 そこまでこちらを挑発するなら、こちらもそれなりの報復はさせてもらう。ただし、もう少しスマートな方法で。




 まず狙うは初球。

 MLBは割と今でも、報復行為で死球を投げることがある。もちろん誉められたことではないし、退場を宣告されることもある。

 しかし内角ぎりぎりを攻めるのは、別に禁止されていない。

 普通ならここまで挑発されれば、まずは胸元にボールを投げてびびらせる。

 向こうは威嚇で、報復にしてもおとなしい方だと思って投げてくるだろう。

 ピッチャーの性格を考えた場合、このコースに投げてくる可能性が高い。


 いくら相手が威嚇の意図を持っていようと、それが来るのが分かっていれば打てる。

 確かに、と大介は思った。

(俺なら打てるな)

 ピッチャーが構えて、ブーイングの声も止まる。

 そして投げるは内角のストレート。


 当てるつもりではないが、当たってもおかしくはない内角。

 割とベース寄りに立っていた大介には厳しいコース。

 体の開きは早く、そして腕を畳んで、バットの出は遅く。

(いったれえええぇぇぇぇっ!)

 ぐるんと腰を回し、そのスピードをボールに叩きつける。

 ホームランは腰で打つのだ。


 ボールがバットに当たる音がして、打球の重さは一瞬で消えた。

 方向は違う。

 だがライトの頭を超えるライナー性のフライ。

 スタンドにボールが入り、大歓声が球場を埋め尽くした。

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