第5話 煽っていくスタイルでGO! GO! GO!

 仮にも、というのもなんだが世界大会であるため、その開会式には市長だの世界ソフトボール連名だの、スポーツ振興うんたらだの、お偉いさんがやってくる。

 しかし、試合は明日からだから仕方ないのかもしれないが、ギャラリーが少ない。

 各国のマスコミや、あとは……おそらくメジャー球団関係者らしい者が、あちこちにいる。

 一応同時通訳も入った開会式が終わり、各国の選手団は引き上げていくわけだが……。

「くっそ、俺より小さいやついねえ」

 大介は妙なところでまた腹を立てていた。


 選手の大型化はおおよそどの国でも、また体重無差別のどんなスポーツでも、ほぼ共通の流れである。

 特に最初に対戦するオランダは、平均身長が世界一高い国であり、まあ特に白人系にはでかい選手が多かった。

「男は図体じゃなか! 肝の太さじゃ! 大介のん肝ん太さぁ、おいが一番分かっちょる!」

 バシバシと大介の背中を叩く西郷であるが、彼は日本選手団の中でも一番デカイ。192cmもあるのだ。


 しかしオランダの選手の中には、それを上回るピッチャーが二人もいる。

 アードルフ・ヤンセン、ロッド・デッカーの二人。ヤンセンは201cm、デッカーも198cmある。

「先発してこねえかな。絶対に場外に飛ばしてやるのに」

「血の気が多いやつだなあ」

 樋口が呆れているが、英語で大介の方を見ながら「リトルボーイ」と言っている選手の言葉を聞いた瞬間、その表情が変わった。

「ざけやがって。ぶっ殺す」

 いきなり切れた樋口を、咄嗟に抑える大介と直史である。

「まあ怒るなよ。えっとあいつらアメリカ代表か。どうせ俺のホームランの餌食になるんだし」

「バカかお前は! 日本人がリトルボーイなんて英語で言われて、黙ってられるかよ! しかもよりにもよってアメリカに!」


 キャッチャーの中でも特に冷静なはずの樋口の激昂に、戸惑いながらも止める日本チームである。

「なるほど、リトルボーイね。落ち着け樋口、どうせあいつらも知らずに使ってるんだ」

「つーか、なんでそこまでお前怒ってんの?」

 言われた大介よりも激しい怒りに、分かっていない日本選手が多数である。

「まあ、アメリカ人が日本人に言うのはまずいな」

 直史は理解し、堀と小寺もうんうんと頷いていた。だが他には――あとは織田に榊原ぐらいか。いや、高橋と立花も無言だが顔色が変わっている。いやいや、他にもけっこう気にしてるやつがいる。

 仕方なく直史も説明する。

「リトルボーイってのは広島に落とされた原爆の名前ですよ」

 その瞬間、日本選手団に、確かな殺意が生まれた。


 高校球児は甲子園大会中に、ほぼ確実に黙祷の時間を持つ。

 それは8月15日の終戦の日であるが、広島の原爆投下時間の前後に黙祷をしたこともあって、甲子園に来るレベルの球児にとっては、割とメジャーな問題なのである。もちろん気にしないやつは気にしない。

 しかし冷静に見える樋口が気にするということが、他の選手にとっては意外と見えたようだ。樋口と多く話した直史にとっては、意外でもなんでもないのだが。

「落ち着け樋口。普通にやれば俺たちは二次リーグでアメリカと当たる。すぽおつまんならすぽおつのパフォーマンスで仕返ししてやろうじゃないか」

「そうだな。二発だな。じゃあ三発お見舞いしてやろう」

 この時の直史と大介の表情は、センバツで敗北した後の「大阪光陰ぶっ殺すモード」に入っていた。




 意図せぬ事件は起こったが、また練習場にやって来た日本選手団。及びその周辺。

 一応直史は樋口の件を木下には告げておいた。

「あいつはそういうこと気にするんか。まあわしは分かるけど、意外やなあ」

 樋口は冷静でいながらも意表を突き、相手を封じるリードを行うキャッチャーとして、かなりその計算高い面を知られている。メガネキャラであることもその理由の一因だろう。

「樋口は冷徹な冷血動物ですが、同時に繊細なところもありますからね。俺と組ませて正解だと思います」

「まあ、あいつがキレてもお前さんが相棒なら大丈夫か」

「ただ確認しておかないといけないんですけど、審判の内角って、ちゃんと取ってくれるんですかね」

「そら……ああ、お前らはおらんかったか」


 ストライクゾーンは国際大会の場合、かなりアメリカ準拠で内角は狭く、外角は広い場合が多い。さらにここはカナダである。アメリカンベースボールの勢力圏だ。

 逆に言えば日本がガラパゴスとも言えるのだが。

「まあ知らなかったことは知らなかったでしょうけど、アメリカ人はナチュラルに他を見下しますから、敵愾心を持つのは悪いことじゃありませんよ~」

 ことの次第を聞きながら、樋口にまたオランダの打者の映像を見せているセイバーである。言ってる内容は辛辣だが、口調はのんびりとしている。

「山手監督は生粋の白人に見えるんですけど、違うんですか?」

 別に悪意はないが、樋口が質問する。

 よくマンガなどでハーフの金髪美少女などがいるが、金髪は劣性遺伝のため、よほどの遺伝子の偶然がない限り、そういう人間はいない。

「血統だけなら確かにアイルランド系のアメリカ人なんですけどね。魂は日本人です。ただ考え方はアメリカで働いていたので、割とそっちに引っ張られますね」

 このあたりを説明すると長くなるので、セイバーも口にはしない。


 そのセイバーの集めてきた情報は、速やかに統計化されている。

 そしてこの大会に集まってきてからの練習も、ちゃんと偵察されていた。

「てか、150km投げるやついるもんだなあ」

 大介は感心しているが、この年代でも世界を見渡せば、かなりいるものである。

 さすがに160kmはいないかと思えば……いるのである。

「キューバに一人、アメリカに二人かあ」

「日本との対戦で投げてくるかは分かりませんけどね」

「つまんねー! 投手保護しすぎだよ! ナオなら150球五連投ぐらい出来るよな!?」

「防御率2ぐらいでいいなら、投げられるけどな」


 このあたりの超人会話を聞いている他の選手は、唇の端が引きつる思いである。

「良か! ピッチャーでんそうでないといかん! 腕がちぎれるぐらいまで投げてこそエースじゃ!」

 西郷は激しく同意してくるが――。

「桜島はピッチャー継投しまくってましたよね?」

 樋口の指摘に、小さく体をすくませる。

「それは、申し訳なか。桜島はエースがおらんがった……」

 素直な男だ。快男児である。




 それはそれとして、戦略的に投手運用は考えないといけない。

 直史は一イニング限定なら、ほぼ20球以内で試合を終わらせることが出来る。

 完全にラストイニング限定なら、毎試合投げても問題はない。

 問題は相手の国の投手運用だ。初戦のオランダは、どういうつもりで対抗してくるか。

「優勝最多のアメリカ、開催地のカナダ、厄介な韓国が向こうのグループというのは良かったです。あとはオランダがどの程度本気で優勝を狙いに来るかですが……」


 リーグ戦の厄介なところである。

 世界大会はまずオープニングラウンドとして、六つに分かれたグループで総当りの対戦が行われ、それぞれの上位三チームと下位三チームがスーパーラウンド、コンソレーションラウンドに分けられる。

 ここでまた総当りが行われるのかと言えば、オープニングラウンドで当たったチームとは、その結果が反映される。つまり五試合やった後、三試合を行うのだ。

 このスーパーラウンドで一位と二位の勝率だったチームが、優勝決定戦を行う。三位と四位で三位決定戦を行う。

「最後だけはトーナメントみたいなもんか」

「そうだけど、お前ちょっとは自分で調べろ」

 大介と樋口がじゃれあっている。直史はもう、大介に関しては、そのあたりの知的な活動は諦めている。


 大介は、必要な時にホームランを打ってくれるマシーンだ。そう考えればいい。

「パターンが色々とあるので一概には言えませんが、一度だけならほぼ確実に、負けても決勝戦には進めますね」

「逆に言えばリーグ戦を全勝しても、最後に負ければ意味がないってことだ」

「一発勝負なら俺らの十八番じゃん」

 大介の笑みが多くなってきた。

 そうだ。日本の高校球児たちはそうなのだ。

 一度でも負けたら終わり。その過酷な運命に晒されずに済むのは一チームだけであり、この中で唯一今年の夏の勝者である樋口にしても、敗北の味は知っている。


 勝てる。いや、勝つ。

 この大会でアピールしてメジャー入りを狙うような、そういう貪欲な選手はいるだろう。

 しかし日本の高校球児のように、ただひたすら甲子園を、そしてそこでの勝利を求めてきた野球バカが、不純なものの混じる、将来を見据えた計算高い人間に、負けていられるわけがない。

「あ、ドラフト待ちの先輩方は、最低限で大丈夫っすよ。俺がホームラン打って、ナオがパーフェクトするんで。まあピッチャーやりくりして一点取られさえしなければ」

「ふざけんな二年坊!」

「ここで活躍した方がドラフトに有利に決まってるだろが!」

「お前みてーな化物以外に打たれたら、恥ずかしくてプロに行けんわ!」

「俺たちはほとんど上杉さんと戦ってるんだよ! 他の投手なんざ雑魚だ雑魚!」


 おそらくここまで、それなりにそれなりのモチベーションを持っていたであろう三年生に、完全にスイッチが入った。

「なんかわし、監督としてなんもせんでも、勝手に選手がやる気になってるんやけど……」

 少し遠い目をしながら、同意を求めるべく木下は呟く。

 副監督扱いの芝は同意するのも難しかったが、セイバーは良く見た光景だ。

「うちのチームは直史君が安定剤で、白石君が爆薬でしたからねえ」

「……こう言うたら失礼かもしれんけど、よくあんた女の身で、あのチームまとめてたなあ」

「とても楽しいチームでしたよ?」


 楽しさ。そう、野球は最初に、プレイボールと言って試合を始めるのだ。

 高校野球の監督は、勝つことを求められてしまうが……大阪光陰が負けたこの夏の大会、木下に厳しい声をかける者はほとんどいなかった。

 場外ホームランを打たれて、パーフェクトに封じられた。だが……完敗であるが、いい試合であった。

 木下の采配でどうにかなるような試合ではなかった。

 起こしてはいけない化学反応が、あの試合を選んで起きてしまったようなものだ。

(中心は白石か。ほんま、プロに行くんやろうけど、大阪に来たら面白いことになるやろなあ……)

 未来は、輝いている。




 さて、調整練習も終わり、食事も終えてミーティングになるわけだが、ここで明日のスタメン発表である。

 一番重要なのは、先発だ。

 これに選ばれたのは、唯一甲子園組でないチームから選ばれた吉村であった。

 理由は、オランダに左打者が多いから。

「いやいやすまんね、甲子園で大活躍した諸君! あ~、サウスポーで良かった! パパとママにサンクスだ!」

 こいつもかなりノリがおかしい。大介菌が伝染している。


 甲子園の150kmメンバーは、ぐぬぬとうなるしかない。何をしても今更左利きにはなれないのだ。

 吉村は日本選手団の選任投手の中では、一番背が低い。それが平均身長ナンバーワンのオランダ相手に投げるのも、なかなか面白い偶然である。

 次に左で本格派と言えるのは実城だろうが、彼は四番を打つことになっている。

「そんで継投は加藤と榊原を考えてるから、心の準備しとくんやぞ。あとは状況によるけど、佐藤もラストで使うからな」

 それじゃあ解散か、と一同が思った時、ぱんぱんと手を叩く者がいた。

 珍しく自己主張をする直史である。

「今まで日本代表が優勝していない理由を、ちゃんとはっきりさせておきましょう」

 しん、とホールが静まり返る。


 それは、禁句である。

 確かに日本は優勝していない。だがそれは世界大会の標準と日本の標準がずれていたからであり、あと「俺はまだ本気出してないだけ」であったからだ。

 このチームは勝つ。誰もが感じているが、しかし最後の最後で信じきれてはいない。理由がある。

「簡単です。観客と応援がいまいちだから、燃えなかったんです。甲子園に慣れた日本にとっては、致命的なことです」

 ああ、と納得した。

 あの、甲子園を経験している者にとっては。

 大観衆と、大声援を経験している者にとっては、たとえ世界大会であろうが、物足りないものはある。


 直史の言葉は正しい。しかし観客動員はその国の事情があるし、応援にしてもカナダまでのそれは難しい。

「まず、観客を増やしましょう」

 どうやって? 観客が多いにこしたことがないのは、主催者としても当たり前のことだ。

「さて大介君、お客さんが一番喜ぶプレイは何かな?」

「あ、ホームラン?」

「そう。で、君は初戦に、何発ホームラン打ってくれるのかな?」

 そう問われた大介は、またも笑みを浮かべる。

「相手が勝負してくれるなら、最低で三本」


 何を言ってるんだこいつは、と思いたくなる一同であるが、西郷は頷いている。

 こいつは、相手の投手がまともに勝負してきさえすれば、本気でそれぐらいは打ってしまうのだ。

「あとこのメンバーなら、他に三本ぐらいは打てるのかな? 面白いゲームが見れると分かれば、お客さんも増えますよ、多分」

 言っていることは分かる。そして、単にホームランを打つだけではダメなことも分かる。

 白石大介がホームランを打つことに、意味がある。

「ちょちょちょ、ちょい待て佐藤、普通にちゃんと点を取っていかん場面も」

 さすがに注意しようとする木下であるが、やんわりとセイバーがそれを止めた。

「俺たちはいつの間にか、観客がいないと本気になれないようになってたんですよ。それがこれまで優勝できなかった原因です。事実観客の多いWBCなどでは優勝してますからね」

 鬼畜メガネの樋口も、これを煽っていく。

「地味につないで一点なんていらねーんだよ! 打てる人はホームラン打って、打てないなら白石の前に塁に出ればいいだけ。先輩方なら簡単だろ!?」

 こやつ、さすがに扇動家の才能を持っている。

「んで一点でもリードして最終回までくれば、あとはもう寝ててもいいや。俺と佐藤で終わらせるんで」

「ザッケンナオラー!」

「ッコロスゾオラー!」


 高校球児は別に戦闘民族ではないが、甲子園まで行くような奴は基本的に、どいつもこいつも負けず嫌いである。

 特にここにいるのは、その中でも選ばれし負けず嫌いどもだ。

 まあ怒らせると本気で危険な西郷が、おおらかに笑っているのが不幸中の幸いであるが。

 たとえ監督でも、もはやこうなったら止められない。止められるとしたらレジェンドでも連れて来るしかないだろう。

 高校球児は基本的に監督の意思を尊重し、試合で体現するものであるが……夏が終わってプロ入りを待つこいつらは、言うなれば解き放たれた虎なのだ。

(あかん。あかんでえ。いや、いいんやろうけど、乱闘とかにならんやろな? わしの首、ちゃんとつながるんやろか……)

 胃が痛くなる木下である。気の毒である。




 観客は、自分たちで増やす。

 それは――高校球児ではなく、もはやプロの意識である。

「で、応援はどうするんだ?」

 冷静に樋口は問う。そちらの問題は解決していない。

 日本からの応援ツアーでやってくるお金持ちの野球ファンもいるが、さすがに鳴り物などがないと寂しい。

「それは任せろ。イリヤ!」

「やっと出番?」


 ずっと部屋の隅で待機していたイリヤが、一同の前にやってくる。

 今夜のイリヤは、芸能人バージョン、つまりばっちりと化粧をしている。

 この外見詐欺の少女は、化粧をすると20代以上に見える。

「彼女はイリヤ。あ~、シンガーソングライターが本業で、楽曲提供もしているミュージシャンで、白富東の応援曲を編曲、作成した、俺の後輩です」

「後輩!?」

 まずそこに突っ込まれた。

「え? 高校生なの? え? 佐藤の? え? 一年生? ダブリとか?」

 早口で突っ込んでくれるのは初柴で、彼はこうやって自分が混乱することで、逆に周囲を冷静にさせる。大阪光陰のお調子者、しかし頭脳派のキャプテンだった。

「ダブってないです。帰国子女枠で入学したプロで、白富東の応援曲を作ってくれた、マジ物のプロです」


 白富東の応援曲は、数が多い上に選曲がおかしい。よく言われていることである。

 アニソンが、しかも古いアニソンが多いので、いったいどうやってブラバンに落とし込んでいるのか、不思議に思っている人は多かった。

 なるほど、編曲の出来る人間がいたのか。

 まあ音楽教師レベルになれば、それなりに編曲まで出来る人は多いが、それでもわざわざ他では聞かない曲をブラバンに落とし込むのは難しいだろう。

「それで、さすがに急な話だったので、こちらで用意した曲で、最初は試合してほしいの。リクエストがあったら、スーパーラウンドまでに使えるようにしおきます」

「ちょちょちょ、ちょい待ち佐藤。聞いてへんで? どっから応援団都合したんや? そんな経費あらへんはずやぞ? まさか白富東のブラバン呼んだとか言わんよな? そんなん不可能やんな?」

 慌てている木下を、早く安心させてあげないと可哀想であろう。

「大丈夫ですよ、ボス。彼女は元はこちらで音楽活動をしてたから、いろいろ伝手を持ってたんです」

「誰がボスやねん。いやいや、それでもそんな応援……ちなみに何人ぐらいなんや? ボランティアか? 最悪ある程度わしも金出せるけど」

「イリヤ、何人ぐらい? それと経費は?」

「とりあえず70人。甲子園と違ってエレキが使えるから、すごく頑張っちゃった。お金は一応、300万ぐらい使ったわね」

「300万って……安いもんじゃあらへんぞ。あちこちの寄付から回してもらわんとあかんのちゃうか」


 また頭を悩ませる木下であるが、彼は勘違いしていた。

「木下監督、必要経費はもう私とイリヤで払っておきました。それと勘違いしているかもしれませんが、300万は円ではなくドルです」

 セイバーの言葉に、凍りつく室内。

「大事なことなので、もう一度言います。円ではなくドルです。貴方たちは将来、年俸100万ドルを稼ぐプレイヤーになるんでしょう? これぐらいで萎縮していたらダメよ」

 セイバーはそう言うのだが、100万ドル、かなりざっくり一億円プレイヤーになるのは、このスーパースター集団の中でもごく一部だろう。

「三億て……あんたほんま、バックにMLBついてへんのか?」

「お金じゃありません。お金は必要経費です。ただ、彼女は言ったんです。ガラガラの球場があるから、私と一緒に音楽をしない、と。するとまあ……」

 ここはさすがに、セイバーも頭を振るしかない。正直、それぞれのマネージゃーからの苦情を考えると、彼女も胃薬が欲しくなる。

「ニューヨークとかロンドンとかベルリンから、暇じゃない人が暇を作ってきてくれて……電源の必要な楽器もあったから、むしろそちらとの調整が大変でした」


 何か、ひどくてすごいことが起こりそうである。

「ほんまのミュージシャン呼んだん? 野球の試合の応援に? マジでか?」

「ええ。とりあえずケイティ、マイケル、ウィナーズ、ロッシュ、ハイディ――」

 イリヤの挙げていく名前の中に、洋楽が趣味の人間は気付く。

「ちょっと待った。俺の知識の中でケイティっていうと、ケイトリー・コートナーが思い浮かぶんだけど」

 実は洋楽好きの織田である。

「ええ、彼女は友達。私がしばらく日本に行ってたから、帰ってきたら大喜びで、他の友達も連れて来ちゃったの。アマンダとかテリーゼとか」

「んぅん!? アマンダ・ジャクソンとテリーゼ・ペッタか!?」

「あら、日本人でも知ってるのね」

「アホか! 洋楽聴いてるやつなら普通に知ってるわ!」


 意外な織田の趣味が明らかになったが、特に洋楽を専門に聴いているわけではない人間も普通に名前は知ってるミュージシャンが出てくる。

「マジか……おい、日本の応援するの? え? どんな曲で?」

「これ。とりあえず元ネタから引っ張ってきたけど。自分専用に演奏してほしいのがあったら言ってね」

「……タイトルからしてロボットアニメの歌が多そうなんだが……」

「そうね。日本のロボットアニメ、すごく素敵。でも翻訳は難しかった」

「え? これを歌わせちゃうの? 音楽界の至宝に? タダで!?」

 織田が発狂しそうになっている。そう、彼には分かるのだ。

「……これ応援聞きに来るために、観客が一杯になる可能性あるぞ……」


 野球の球場で、応援を。しかしそれが勝手に、コンサートになる。

 果たして観客が楽しんでくれるのは、野球なのか音楽なのか。

「日本からはこの子たちね」

「あ、スズキの車のCMの」

「あ、S-twins……って、Iriyaってお前か!」

 普通に邦楽を聴く層も、これは分かる。

「なんであいつらも来るんだよ!?」

 そして大介が発狂する。

「貴方が出場するんだから、見に来るのは当然でしょ?」

「当然じゃねえ! 授業があるだろうが!」

「学校を休んでる私に、それを言うの?」


 大介の目が死んでいく。

 そして……織田の様子や言葉から、少し他の選手もびびっている。

「まさか先輩方、味方の応援にびびって力が出せないとか、そんなこと言いませんよね?」

 樋口が煽る。さすがはこれまた鬼畜メガネである。

「っざけんな!」

「甲子園五万に比べりゃ、しょせん12000しか入らねえ球場なんざものの数じゃねえ!」

「観客が増えすぎて、球場が倒壊しても俺のせいじゃないからな!」

「ホームランで観客が怪我をしないかが心配だぜ!」

 この日、日本代表選手団の心は一つになった。監督たちだけはそっちのけで。


×××


次話「Q.ここはコンサート会場ですか? A,いいえ、野球場です

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