第4話 将来の夢

 練習時間が終わり、帰りは全員がバスとなる。

 はっきり言って練習と言うよりは、連携の確認程度だった。

 もっとも監督である木下にとっては、それがしっかり出来ているかが重要だった。


 勝てる。

 優勝は狙える。充分にその力はある。

 もっともそれは戦力を正しく運用出来ればである。


 本音を言えば大阪光陰の選手を主体に、そこに他から投手と一部の打者だけを集めてチームを作った方が、自分の采配を活かせる。

 だが日本代表でそんなことを出来るはずはなく、出来たとしても万一優勝出来なければ、自分の野球人生命が終わる。

(あ~、やっぱり竹中を選ぶべきやったかな~)

 主戦捕手は武田。立花はどちらかと言うと打撃に期待する。

 武田もいい捕手ではあるのだが、投手を自分のコントロール下に置こうとするきらいがある。

 甲府尚武ではそれで良かったのかもしれないが、このオールスターチームでは彼と同格か、それ以上の選手もいるのだ。

 投手を立てながらもリードの出来た、竹中とは本質的に違うのだ。

(立花の方がええんか? いっそのこと樋口を……二年生捕手にそれをやらせるのは難しいよなあ)


 いっそのこと打力に目を瞑って、帝都一の石川あたりを選ぶべきだったか。

 終盤の逃げ切る状況なら、石川の起用にも無理はない。

(いやいや、それなら投手を外してでも竹中を……)

 これが松平監督なら、加藤か福島のどちらか、おそらく福島を切って竹中を入れただろう。

 だが大阪光陰の監督としても同時に存在している木下には、その選択は出来ないのだ。


 選手の選考にはかなりの権限を与えられた木下だが、いっそのこと最低限の条件だけを決めて、他の者に編成は任せた方が良かったのかもしれない。

 あとは、一年生や二年生の選抜だ。

 もし純粋に能力だけを見るなら、中村アレックス、佐藤弟、真田、後藤は確実に候補に入れておきたかった。

 とくに中村は外野の専門家として、織田と並んで安心出来る守備陣になったろう。

 口には出来ないが木下は、真田は加藤や福島より上だと思っている。後藤は代打の切り札になる。

 あとは、安定感は微妙であるが、爆発力が凄まじい佐藤武史。

 ストレートだけで桜島から連続三振を取っていったあの姿は、まさに上杉勝也を髣髴とさせるものであった。


(自由にやれって言われてもなあ。ほんまに自由になんて出来へんよなあ)

 ひたすら悩む木下であった。




 さて、この世界大会は、基本リーグ戦で順位が決まる。

 もっとも完全に総当りのリーグ戦というわけでもない。まずは12の国と地域(台湾は国扱いではないのだ)を、二つに分ける。

 この二つのリーグの上位三チームと下位三チームを、また二つのリーグに分けて戦い、その結果で順位が決定するのだ。

 そんな説明を改めて、ホテルの小ホールで木下は告げていた。なお、これを知らないやつが二人いた。大介と西郷である。

「プロ野球のレギュラーシーズンだな」

 大介の認識でおおよそ正しい。ただ対戦が一度しかない点は、トーナメントに近い。一番近いのは大学のリーグ戦だ。


 そして日本が属しているのはAグループである。別にAだからといってBより優れているわけではない。

「所属してるんはキューバ、メキシコ、台湾、オランダ、南アフリカ、そんで日本となるんや」

 木下監督の説明に、今更ほうほうと頷いている大介である。

 へ~と頷いている選手もいるが、実はこのAグループは、楽な方のグループなのだ。

 キューバは野球強豪国として知られているが、今回はあまり選手が揃っていない。日本の評価がぶっちぎりで高く、次いで台湾となっている。

 Bグループはアメリカを筆頭に、開催国アドバンテージのあるカナダ、近年強豪として実績を残しているプエルトリコ、韓国などが有力だ。

「韓国と違うグループなのは良かったな」

「そうだな。あとはあっちが上位リーグに勝ち抜いて来ないことを祈る」

 樋口の言葉に直史が頷くのは、総合力で日本が韓国より上にもかかわらず、韓国は日本相手にはやたらと気合を入れてぶつかってくるからだ。


 まあホームコートアドバンテージがないので、そんな韓国でも、訳の分からない力は発揮しないであろうが。

 とにかく日本にとって割と相性が悪いのは確かである。

「それで初戦の相手はオランダなわけだが」

 木下と共に、分かってる人間は難しい顔になる。

「ヨーロッパだろ? あんま強いってイメージないんだけど」

 その大介の言葉に「こいつはどこまで物を知らないんだ?」とデータ派の人間は眉をしかめる。

「大介……今の日本のシーズンホームラン記録を持ってるのは、オランダの助っ人外国人だ」

 ぱちくり、と目をしばたかせた大介であった。




 ヨーロッパは野球が弱いというのは、おおよそ間違ってはいない。

 だが例外的に強い国もあるのだ。特にオランダとスペイン、そして今回は出場していないイタリアである。実はオランダとイタリアが二強であり、今回の出場結果は少し番狂わせである。

 どの国もサッカーが強いだけに意外かもしれないが、そこはまあ色々と事情があったりする。

「まあ簡単に言うと、メジャーに所属のオランダ人が多いのと、オランダの国土に飛び地で中南米の島があるから、そこで野球が盛んなわけだな」

「野球王国四国とか、そんな感じか?」

「違うけど、まあそこはどうでもいい」

 説明している直史に、生暖かい視線が注がれている。

 西郷だけはふむふむと感心しているが、この人はちゃんとそれなりにデータを重視する人だと思っていたのだが。

 ……実は桜島実業は、監督の大久保とキャッチャーの小松が頭脳面の全てを担当していただけである。


「つーわけでメジャー所属の選手に、国内のプロリーグの選手もいるから、オランダは強いわけだ。特に18歳未満となると、メジャーが目をつけている選手がアピールするために出てくるから、油断できる相手じゃないんだよ」

「そういや、飛行機の中で見たピッチャーに、白人っぽくないオランダ人いたなあ」

「メジャーリーグは北米大陸で行われる野球のリーグだけど、実際には世界中の有力選手を国籍に関係なく集めてるわけだ。まあ野球だけじゃなく、バスケもそうなんだけどな。日本だってトッププロはかなりメジャー挑戦するだろうが」

「あ、じゃあレッドソックスが俺に目を付けてるのって、そのあたりが関係してるのか?」

「あー! 今のは聞かなかったことに! レッドソックスの! 元事務職の人間が! 接触しているだけですからね!」

 本当に、マスコミがいなくて良かった。


 とにかくセンバツ以降に既に打診がされていたメンバーと、直史と大介の二人では、心構えが違うのだ。

 しかし逆に、大介はテンションが上がってきた。

「メジャーのスカウト対象か……戦い甲斐がありそうだな」

 不敵な笑みを浮かべると、普段は抜けてるこの男が、急に肉食獣めいた凶暴さを見せる。

 このあたりに妹たちはキュンキュンするらしいが、直史としてもこの大介と試合で戦いたくはないのは確かだ。

「あとキューバも今回は選手が微妙とか言うけど、充分に強いからな。メキシコも侮れないし、台湾は日本的な強さを持ってる。まあ南アフリカはさすがに落ちるけど……」

「つまり、強いのか弱いのかどっちなんだよ」

 その辺りの説明をするのは、本当に難しいのだが。


 しかしここで、冷静に簡単に、しかも説得力をもって説明出来る人物がいる。

「白石、今年の夏の甲子園、ベスト4に残ったチームの中で、一番総合力が高いのは大阪光陰、そして二番目が帝都一だった」

 樋口が説明する。それはここに、その二チームの主力が多いことから見ても確かである。

「けれど勝ち残ったのはうちとそっちだった。そしてこの決勝の二チームを見たら、総合力はそっちが高かった。けれど優勝したのはうちだ」

 まあその総合力に、執念とかが入るなら、春日山が一番としてもいいのだろうが。

「あと決勝のピッチャーの投球内容を見ても、普通なら勝ってるのはそっちだった。けれど、うちが優勝した」

「言うほど差はなかったろ」

「そう、少しの戦力差が覆るのが、野球の面白いところだな。比べるとラグビーなんかはジャイアントキリングはめったに起こらないらしいが」

 日本のプロ野球にしても、シーズン優勝したところがクライマックス・シリーズで負けたりもする。


 つまり、何を言いたいかと言うと。

「多少強かろうが弱かろうが、油断して勝てる相手なんて一つもないんだよ」

 上手く〆た。

 もっとも木下としては、それでも投手を上手く温存して勝たなければいけないと考えている。

「強いのが勝つんじゃなく、勝った方が強い、ってことか」

「いや、正直俺も甲子園じゃ、九回になった時点では勝てると思ってなかったけどな」

 ふむふむと頷いている者が何人もいた。




 なんでこんな基本的なことを話題にしなければいけないのか、といささか脱力した木下であるが、それはそれとして。

「まあオランダに限らんけど、とりあえず言うとかなあかんのは、ピッチャーは基本、100球超えそうになったらイニング跨がずに代えていくからな。本多もいつもみたいに、抜いて投げんでええからな」

 抜いて投げた球を打たれて負けた本多としては、苦笑するしかない。まあ彼はバッティングも秀でているので、そちらでも活躍が見込まれる。

「そんで守備は、外野は織田に任せるからな。指示出していけ」

「うっす」

「内野はまあ、武田が指示出すやろうけど、適宜判断せえよ。そういうやつ選んだつもりやし」

 確かに内野の、特に二遊間は、割と本職が多い。

「正直な話、このメンバーで優勝できんかったら、わしも責任問題になるから、ほんま頼むわ」

 おちゃらけなように言って、ミーティングは解散である。


 だが、メンバーが全員揃ったということで、このまま懇親会が開かれる。

「酒ばぁなかとか?」

「いや、さすがにこんな場所で酒はまずいって」

 どうも直史の見る限りでは、個性の強い面々を、大阪光陰の選手が制御しているように思える。

 木下監督もだが、大阪光陰は今回、かなり貧乏くじを引いているのではなかろうか。


 大介は平気で上級生の中に乗り込んで行くが、直史と樋口は少し離れた場所で、静かに軽食をつまんでいた。

 なんというか、他の野球バカとは、この二人はノリが違うのである。

「そういやさ、佐藤は大学志望って聞いたけど、そっからプロ行くのか?」

「いや、俺は大学で野球は終わりだな。まあ草野球に混じるくらいはあるかもしれないけど」

「へえ、そっからどうすんだ?」

「弁護士目指す。婚約者のお父さんも弁護士だから、そこで働くことになると思う」

「なかなか変わったキャリアだな」

 樋口のような驚かない反応を見るのは珍しい。

「お前はどうなんだ? プロとも大学とも聞いてないけど」

「俺も大学だ。野球は大学で終わりだな。その後は……まだ迷ってるんだけど、官僚を目指すと思う」

 なんと。


 直史は自分が異質な人間であるとは思っていないが、一般的な高校球児の規格からはかなり外れていると理解している。

 しかし樋口も相当のものだ。これが妙にしっくりくる理由だろうか。

「国家公務員Ⅰ種ってやつか?」

「今は総合職ってなってるけどな。所謂キャリアだ」

「すると東大目指すのか?」

「まあ本当は東大派閥じゃないと難しいんだろうけど、俺の場合は推薦狙ってるから私立だな」

「まさか早稲谷か?」

「今のところはな。そっちはどうなんだ? 司法試験もやっぱり東大が一番だろ?」

「いや、俺も色々あって、早稲谷が第一候補になってる」

「まじかー」


 まだほぼ一年、丸々野球についやする時間は残っている。

 そして甲子園を終えたら、色々な優遇と引き換えに、大学で野球をする予定ではあったのだが――。

「お前とバッテリー組むのは、けっこう面白そうだな」

「まあ、まだかなり先の話だけどな」

「キャリアっても色々あるけど、どの分野?」

「最初は警察目指してたんだけど……最終的な目的は、上杉さんを国会議員にすることだしなあ」

 さすがの直史も目をぱちくりとする。

 そういえば上杉兄弟の家は土地の名士で、市議会議員を代々務めていたとは聞いた話だ。

「国会議員って、マジか?」

「野球選手なんて長くても40前には引退だろ? そっからあの人のカリスマで国会議員を狙うわけよ。野球ファン以外にも有権者層獲得出来るだろ。そっから日本を改革する」

 すげえ。


 いや、直史の想像の外にある事象であった。

 別に直史も単なるノンポリではなく、保守派の考えは持っている。所謂共産主義かぶれは小学校時代に卒業した。

「あの人を支援して、与党議員に出来れば、地盤はぶっちゃけどこでもいいんだよ。大学行ってないから総理は無理っぽいけど、元スポーツ選手の議員はいるしな」

 上杉はカリスマだ。確かに実力だけでなく、人間力に優れている。

「んで俺も定年迎えたら政治家転向して、あの人の後押しでどっかで議員を目指す。そっからはまあ……もっと参謀が欲しいな」


 弁護士を目指す自分が、相当にレアな高校球児であるとは、直史も理解していた。

 だがここに、それ以上にレアな、いわばウルトラレアな高校球児がいる。

「結婚相手は大学か社会人で見つけるってのもそういうことか?」

「政略結婚だな。上杉さんにも、引退後の人生を政治家として送ってもらう約束はしてるから、こっちも人生賭けて力になる」

 すげえ。




 直史はこれまで、自分と大介は他の選手とはどこか違うな、と感じることがあった。

 しかし今、自分と樋口は他の選手とはどこか違うな、と感じている。

 理由は明白だ。

 人生の目的が違う。

 こいつはこの年齢で、本気で日本を変えようとしている。

 直史は完全に己のために生きているが、樋口は誰かのために生きている。

 こういう次元の違う覚悟が、こいつの強さなのかもしれない。


 直史は、前からなんとなく思ってはいたが、ここではっきりと意識した。

 こいつとは、友達になりたいなと。

「まあ自然とつながりが出来ると思うから必要ないかもしれないが、もし弁護士が必要になったらいつでも相談してくれ。あんまり早すぎると、まだなってないかもしれないけど」

「警察と医者と弁護士の友達は大切にしろって言うからな」

 直史が笑い、樋口が笑う。


 明後日から野球の試合を、世界の強豪相手に行うというのに、この奇妙なバッテリーは、政治や経済、社会問題について語り合うのであった。

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