第6話

 新学期が始まり窓側の隣にはタカがいて、廊下側の隣には本来なら友がいるはずだった。友の後ろに座っていた子が繰り上がった。

 最初のうちはクラスでもなぜ友が学校をやめたのか憶測を言いあっていたが、三日もすると誰も語らなくなった。

 僕とタカは年齢差など気にならない友情を分かちあった。だが、友との夏休みを僕は語らなかった。

 日を追うごとに僕は修繕のスキルが上がっていった。あんなに怖かった教頭先生に褒められることもあった。一緒に修繕をするやまちゃんとも互いに教え合い仲良くなれた。修行を通して友情を育むなんて公立高校では学べなかったことかもしれないと思った。僕は母の望んだ「創造性」や「感受性」を得たかはわからないし、学校が望んだ「奉仕の精神」が身についたかもわからない。でも、かけがえのないものを得た気がする。

 一つ、夏休みに友と交わした言葉「また明日、学校で」だけが僕の後悔だった。明日が来たらいなくなるなんて思いもしなかったから、僕は彼女との関係を前進も後退もさせず停滞を選んだ。

 ある日、僕は一人で名画座に行き、指差しで映画を選び、パフェを食べた。シガレットクッキーを葉巻に見立てて咥えた友の渾身の顔芸を思い出した。映画について熱く語る彼女の口の動き、丸メガネの奥の瞳。まざまざと思い出した。僕はどうやらいつの間にか女々しい男になっていたみたいだ。帰りにいつも待ち合わせ場所にしていた街の片隅に立つ我が校の創始者何某の胴像の前を通った。肌寒い風が吹いた。見渡すと黄色く色付き始めたイチョウの並木、長袖を着ている人達。僕だって長袖だ。そうだ、夏はとっくに終わっていた。



 それから、十年がたったのだ。僕はすっかり映画に詳しくなった。大学で恋人もできた。社会人になった。修繕の修行から建築にハマり建築設計事務所に就職。母は私があの高校に行かせたから、息子がものづくりの道を選んでくれたと鼻高々だった。違う気もするが、その通りな気もする。彼女の紗枝は介護施設の事務職をしている。互いに仕事が順調で結婚を視野に入れて同棲をしている。

 紗枝は映画に興味がなくて僕が語っても、全く響かない。でも、僕が映画を好きになるきっかけの話にはやたらと食いつく。つまり、友との話だ。その度に紗枝は言う。

「また友さんと会えたらどうする?」

「どうにもならん」と答える。今更、どうにもならん。どうしようとも思わない。と強がってみせる。本当は「もし、会えたら……」と考えることがたまにある。"The World is Yours"と言って愛の告白をするなんてことを考えたこともある。トニー・モンタナに憧れたことなんてないのに、バカバカしい。その癖、彼女の前では強がっている。

 しかし、世の中恐ろしいことが起こるものである。季節は夏真っ盛り、日光が容赦なく照りつける熱い日だった。手紙が来たのだ。「西山 友菜」という人物から。「あ、思い出した」と思わず口から言葉が溢れた。そうだ、彼女はともではなくゆうなだった。

「橋つかないし、友は合ってるけど、もう友でいいよ」

 脳内でかつて友の声がした。手紙は特に深い意味はないが、紗枝と一緒に開けるべきだと思った。紗枝に手紙を開けてもらった(自分では開ける勇気がなかった)。中には写真が一枚だけ。夕陽の写真。何処かの見覚えのある景色だと思ったら、名画座の二階、バグダッド・カフェからの景色だった。写真の裏に連絡先と『久しぶり。』とだけ書かれていた。

「つまり、どういうこと?」と言ったのは僕ではなく彼女だった。僕もよく分からないし、どこで僕の住所を知ったのか。だが、友、改め友菜が突如学校辞めてその後どんな人生を歩んだのかと同じくらいどうでもいい気がした。『世界はあなたのもの』と僕なんかが言うまでもない。友菜の世界は友菜の中に存在している。いちいち説明させてくれるなと夏の日差しに照らされたあのつぶらな瞳が語っている気がした。

「会いに行ったら?」と紗枝は言った。やきもちを言うでもなく嫌味でなく、素直に会うことを提案してくれる彼女をたまらなく愛おしく感じた。

「好きだよ、紗枝」と言って抱きしめた。

「いきなりハグされた」と言いつつも紗枝は僕を抱き返した。僕は紗枝を抱きながら「うん、なかなか」と呟いた。うん、なかなか愉快じゃないか。さあ、行こう。俺たちに明日はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

入間しゅか @illmachika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ