第5話

 数日後、僕達は名画座に来ていた。僕の指差しで『アメリカン・ニューシネマ特集』から『俺たちに明日はない』を観ることになった。アメリカン・ニューシネマとは何か分からなかったが、男女が並んだポスターがどことなく儚げに感じられた。

 あらすじは、田舎町の退屈さにうんざりしていたウェイトレスのボニー。ボニーはある日やくざ者の青年クライドに口説かれる。強盗をする彼にボニーはすっかり惚れてしまい、それからというもの二人は各地で銀行強盗を繰り返していくという犯罪映画。

 凶悪な犯罪者を描いているはずが、銀行強盗には二人なりの正義観があったり、彼らを応援する市民がいたりと、どこか能天気な雰囲気があった。それゆえに彼らが追い詰められていく後半の展開には息を飲み、ラストシーンには目を見張った。

 映画の途中、僕は何度か横目で友を見た。ポップコーンを何粒か手に持って静止していた。映画に夢中で食べるタイミングを失ったようだ。友は心底映画が好きなんだなと僕は横で感心していた。

 鑑賞後は、今回もバグダッド・カフェへ。友はメロンソーダ、僕はアイスコーヒー。前回同様、友は映画についてノンストップで語り出した。僕は「なるほど」だったり、「あー、そっか!」と言ってみたり。相槌しかできなかった。

 話が落ち着いた辺りで友は言った。

「わたしもボニーとクライドみたいにド派手に生きて、ド派手に死んでみたい」と言った。

「じゃあ、その時は僕がクライドになるよ」さりげなく言ってみたが、僕なりの精一杯の口説き文句のつもりだった。

「うーん、君はクライドというよりはJ・エドガーね」

「誰?そんなの出てきたっけ?Jなんとか?」

「FBI長官」

 そっか。とだけ僕は言った。確かに僕はクライドなんかにはなりたくなかった。生か死かの二択の生き方じゃないか。それも生といったって時間稼ぎ程度の生。死も幸せな死ではなくラストシーンの悲惨な死だ。だからこそ、僕は彼らに憧れる友が不思議でならなかった。だから、僕は尋ねた。

「なんでボニーとクライドみたいな生き方がしたいの?」

 友は考え込んだ。ストローでコロリをコロコロいじった。そして、メロンソーダを一気に飲み干すした。

「父親がね、ろくでもない父親だったらしいの。物心ついた頃には死んでたから知らないんだけど」そこまで言うと友は黙ってしまった。僕も黙るしかなかった。友はもう氷しかなないメロンソーダをズズズとストローで吸った。

「だから、お母さんの話でしか父親のこと知らないんだよね。口だけ達者で無茶ばかりする人だったみたい。お母さん大学生の時に当時の彼に暴力受けてたんだって。その暴力彼氏をやっつけたのが父だったってよく話してくれたよ。やっつけたって言ってもボコボコに殴られてもしがみついて抵抗して、最後はラッキーパンチでノックアウト。全然かっこよくなかったらしいよ」友が自分の物語を語るように淡々と話した。

 僕は映画の話以上に真剣に聞き入っていた。

「かっこよくなかったけど、そこに惚れたらしい。人のためなら勝てもしないのに、大口叩いて立ち向かう人。映画が好きになったのは、父親のおかげなんだ。沢山、映画のビデオを残してたから、それを小さい頃からお母さんにねだって観せてもらってた。お父さんが生きてたらたくさん語ってくれたのにねってお母さんはよく言ってた。ごめん、映画の話とはズレちゃったけど、クライドって強盗以外の生き方を知らない人じゃん?なのに、口では不景気が終わったらカタギになるって言ったりする。本人なりに真面目にね。なんとなく知らないけど、父親をみてるみたい」友は窓を眺めながら言った。窓の外には何が見えたのだろうか。僕は友を見ていた。思った。やはり、クライドにはなれないと思った。

 僕らはそれから二度、二人で映画を観にいった。映画はいつも僕が指さしで決めて、最後はバグダッド・カフェで友の解説タイム。僕は次第に友の話についていけるようになっていった。だが、同時に異性としての僕に彼女が興味関心がないという事実を突きつけられた。

 最後の映画鑑賞は夏休み最終日。「また明日、学校で」と言って別れたのが最後だった。友は突然学校を辞めた。まだ、LINEなんてなかった時代だ。僕はメールアドレスを知っていたからメールを送ったが、返信は来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る