第4話

 空席の目立つ映画館。僕らの他は年配の人ばかりだ。僕はなんとなくどぎまぎしてしまった。きっと、初めて未成年の不良が先輩からタバコを教えてもらう時はこんな気持ちに違いないなどと、とんちんかんなことを考えているうちに映画が始まった。

 至極簡単に作品を説明すると、キューバからの流れ者、トニー・モンタナがチンピラから成り上がっていく話。

 強欲でありながら、家族や仁義に重きを置くトニー・モンタナ。大物になった彼は豪華な邸宅を建て、贅沢三昧の生活を送るようになる。トニーの欲はどこまでも肥大化する。強欲が彼を盲目にさせ、自分以外信じられなくなる。世界のすべてを手に入れたはずが、孤独が心を蝕んでいく。映画ビギナーの僕でも楽しめる作品だった。愉快である。

 劇場を後にする時、誰も喋らなったのが印象的だった。ああ、これが余韻にひたるというやつかと、一人納得していた。

 映画の二階はカフェになっており、そこで作品について語らせろと友が言うので、カフェに行くことに。完全にデートじゃないかと思いつつも、デート向きの映画ではないなとも思った。『バグダッド・カフェ』というレトロなカフェだった。後々、店の名前が映画のタイトルだと知った時は非常に感激した。

 友は語った。『スカーフェイス』について、ひたすら語った。クラスで目立たない友の真の姿を見ているのだと感じた。僕は感心していた。情熱が饒舌にさせるのだな。

 暴力を描いた名作はたくさんあるが、共通して暴力の虚しさを暴力で伝えていると言っていた。なるほどと思った。トニー・モンタナは家族思いだったかもしれない、子供が好きだったかもしれない。彼は人間らしさを持っていた。だが、暴力で財を築き、成り上がった彼は暴力によって身を滅ぼした。これほどの皮肉があろうか。僕は友の話を全部は理解できなかったが、映画に興味を持つには十分な熱量を受け取っていた。

 熱心に語っていたので、友の頼んだチョコレートパフェは溶けだしていた。それに気づくとコップから垂れるアイスを紙おしぼりで拭き取り、無言でアイスを頬張りだした。友はおもむろにパフェに刺さっているシガレットクッキーを抜き取ると、口にくわえて、「トニーモンタナごっこ」と言った。葉巻に見立てているつもりらしい。友はトニーモンタナのように口角を左右非対称にあげて顔でわらってみせた。不覚にも笑った。面白かったからではなく、可愛いと思ったからだ。さっきまで、映画を熱く語っていた友が、突如女子高生になったと思った。いや、元々女子高生なのだが。いやいや、女子高生はシガレットクッキーでトニー・モンタナごっこはしないか。とにかく、僕は彼女を異性として意識した瞬間だった。

 僕の脳を"The World is Yours"というフレーズが突如よぎった。これは劇中に登場する言葉だ。トニー・モンタナが妻のために建てた豪邸に、置かれた球体のオブジェに書かれた言葉。なるほど『世界はあなたのもの』か。

「友、楽しかったからまたここに来よう」

 友はパフェの底のシリアルをすくうのに苦戦しながら、「うん」とだけ言った。

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