廃墟編05
透明人間の証明。仮に、透明人間がいない事を証明するにはどうすれば良いのか。ここでの論点は、人は目に目えないものは信じない点にある。透明だから目に見えないのは当たり前、だから透明人間はいないと言えるが、透明だからこそ存在していても見えない。つまり、透明人間がいる事の証明になってしまう。これは、明らかに矛盾したパラドックスを生んでいるが、結果としてどちらも証明には至っていない。
だからこそ、透明人間の証明は出来ないのだが、結果として透明人間がいない事も証明している。何を言いたいのかと言えば、結局は答えが出ない言葉遊びでしかない。
それは、神楽坂が抱えている呪いも同じで、証明出来ない代わりに、証明した事にもならない。そもそも、問題視する必要なんて最初からないのだ。
「――つまり、神楽坂。呪いなんてあるかもしれないし、ないかわからない。そんなものに怯えるよりも、自分の幸せを考える方が、よっぽど大切な事じゃないか?」
「……でも、それじゃあ、過去に起きた不幸はどう説明するの? 偶然とでも言うの?」
「偶然だったんじゃないか。人は、起きた事象に意味を持たせたがる。偶然ではなく、必然と勝手に思ってしまう生き物だ。要は、思い込みだよ。偶然の事故や病気を、呪いとして思い込んでしまった結果、神楽坂は呪われていると思っているだけだよ。それに、僕はこの廃墟に閉じ込められた事を不幸だなんて思っていない。こうして、神楽坂と仲良くなれたしね」
「……私は、呪われていなかったの」
病は気から。気の持ち用。視点が変われば世界が変わる。神楽坂の言う呪いとは、つまりはそういうものに過ぎない。すべてが、自分のせいだと思う事自体、傲慢な人間の考えでしかない。すべてを証明できる者、それは神様以外にはいないだろう。
僕達には、今を生きる事しか出来ないのだから。
「ごめんなさい!」
突然、扉の方から声が聞こえた。そこには、同じ学校の制服を着た女子が立っていた。どうやら、この女子が僕達を閉じ込めた犯人のようだ。
「君は確か、同じクラスの……」
「はい。
「あなたが?」
神楽坂も面識がない様で、七沢に恨みを持たれる原因はわからないらしい。同じクラスの七沢が、なぜこんな暴挙に及んだのか、説明してもらうしかない。
「それで七沢、なぜこんな事をしたのか、説明してくれるか?」
小さく頷き、七沢は今回の件の説明をする。
事の発端は、神楽坂がある男子に告白された事にあった。七沢は、その男子を前から好きで、その想いを伝えられずにいた。そんな時、その男子が神楽坂に告白するのだが、例の如く辛辣な言葉を並べて断った事で、酷く落ち込んでしまったらしい。自分の好きな人を傷つけられた仕返しにと、こんな暴挙に出たと言う。
まったく、女の逆恨みとは怖いものだ。
「最初は、泣いたら解放するはずだったけれど、二人の話を聞いていたら、そんな空気じゃなくなってきて……でも、神楽坂さんの話を聞いていたら、可哀想で……。私の逆恨みで、こんな事をして本当にごめんなさい!」
泣きながら許しを請う七沢に対して、神楽坂は何と言うのか。僕は黙って見守る事にした。
「……まったく、いい迷惑ね」
「ごめんなさい!」
「まあ、私も言い過ぎた手前、落ち度がないわけじゃないから、七沢さんを責められないわ。でもね、あの男も大概な男よ。他に彼女がいるのに、私に告白するくらいなのだから」
「知ってるよ。それでも、私は彼が好きだったから!」
七沢もまた、大きな矛盾に悩んでいたらしく、その想いに苦しんでいたようだ。どんなに下衆な男でも、好きになってしまえば周りが見えなくなってしまう。これも、呪いと言えばそうなのかもしれない。
僕も、誰かをここまで好きになった経験があるからだろうか。七沢の気持ちが痛いほどわかる。
「なあ、神楽坂」
「何?」
「七沢も反省している事だし、許してあげられないだろうか?」
自分の大切な物を盗まれて、こんな廃墟に閉じ込められた事を、簡単に許せるはずはないが、それでも、七沢の気持ちを考えると弁護したくなる。
僕の言葉に、笑顔を返すと神楽坂は、七沢の方を向いた。
「いいえ、許さないわ」
「何でだよ。さっきは、自分にも落ち度はあるって言ってただろう?」
「それでも窃盗に監禁、これは犯罪よ。犯罪者には罰を与えなければならない」
「それは……」
まったくの正論に、反論する言葉も出ない。確かに、窃盗罪に監禁罪は立派な犯罪だ。訴えられてしまえば、七沢は犯罪者として逮捕されてしまう。それだけは何とかして阻止しなければならない。そう思っていた。
「七沢さん」
「……はい」
「あなたのした事は犯罪よ。でも、友達ならイタズラで済ませられる範疇ね」
「……え?」
「……だから、私と友達になりましょう」
「……神楽坂さん」
七沢は、差し出された手を握り、大きく頷いた。何だかよくわからないが、これで一件落着、解決となった。
あまり、清々しい気持ちにはならなかったが、これで良かったのだと思う。気持ちに整理なんて、そんな簡単に出来るものじゃないし、これから二人の友情がどうなるのかは、僕にもわからない。でも、わからないからこそ、僕達は未来に期待する。透明人間が本当にいるのかわからないが、僕はいて欲しいと思っている。
だって、その方が夢があって楽しいじゃないか。
廃墟を出て七沢を見送ると、僕達も帰る事にした。すでに日は落ちていて、辺りは暗くなっていた。
「さて、僕達も帰るとするか」
「そうね」
「それにしても、七沢を許してやるとは思わなかったよ。それも、七沢と友達になるなんてな」
「あら、そんなに不思議な事かしら」
「そうだろう。神楽坂なら、何かあっても訴えると思っていたよ」
「私だって人間よ。七沢さんの気持ちも理解出来るわ。それに、私はあまり怒っていない。だって――」
その後の言葉は、僕の想像を遥かに超えていた。
「――だって、枢木くんとも仲良くなれたのだから」
そう言って、神楽坂は笑顔見せる。
まったく、この笑顔は犯罪級にかわいい――と、僕は思った。
日常は捻くれ者で溢れている 一ノ瀬樹一 @ichinokokoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。日常は捻くれ者で溢れているの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます