7杯目 ヨリ子ちゃんのお説教
「言っときますけど、私達、そういう関係じゃないですからね」
にこやかに、だけれどもきっぱりとヨリ子ちゃんにそう言われてしまい、完全に『そういう関係』だと思っていたマスターは「ええっ?!」とかなりのオーバーリアクションで驚いた。ここが舞台だったら椅子から転げ落ち、さらにはそのままステージからも落ちかねない勢いでゴロゴロと転がるところである。ここが舞台じゃなくて本当に良かった。
だったらどういう関係なの?! とMr.Eを見ると、彼はやれやれといった表情で首を振っている。
「やだなぁヨッちゃんたら、照れちゃって。俺達、お互いのあんな所もこんな所も見せあった仲じゃないか」
あんな所やこんな所!?
そんなことを言われてしまうと、そのあんな所やこんな所を具体的に想像して顔を赤らめるなり、鼻血を噴射させるなりするのがベタな男キャラの基本行動だったりするわけだが、マスターはさすが大人(39)だけあって「そりゃあ元恋人ならあんな所やこんな所も見せるよなぁ。俺ももしもの時のために身体をちょっと絞っておいた方が良いかな? 最近ちょっと腹回りがヤバいからなぁ。こないだ通販番組で見たアレ、買っちゃおうかな」などと自分に置き換えることで事なきを得た。なかなかの高等テクニックといえよう。
「そんなの子どもの頃の話でしょ? やめてくれない? そういうことここで言うの」
私の大好きないず君に勘違いされたらどうしてくれるのよ、とヨリ子ちゃんはそこだけちょっと声を潜めた。なぜならそのいず君が、めちゃくちゃ近くにいるからである。とりあえず拾えるだけのビーズを拾った彼は、再び席に戻っていたのであった。
あのいず君が拾ったビーズ、買い取らせてもらえないかな。ああでも、もう混ざっちゃったよなぁ、さすがに。じゃあいま作ってるその何かわからない刺繍を買い取らせてもらえないだろうか。いや、あの刺繍って結局最終的には何になるんだろう。
ちなみに、そのビーズ刺繍は特にこれといった作品にはならない。ただ単に刺繍がしたいだけなのである。せっかく刺繍が上手くいったのに、ポーチなり何なりに加工する際に失敗してしまったらもう取り返しがつかないではないか。特に危険なのは布の裁断である。縫い代の分を考えずにカットしてしまったり、なぜかうっかり上下逆だったり等々、湯部はしょっちゅうやらかしているのだ。この手芸おばさん湯部は、手芸が好きというだけで決して上手いわけではないのである。下手の横好きという言葉をエキサイト翻訳すると『湯部の手芸』になるとかならないとか。
「ただのいとこなんです、
まぁそうだろうな、その辺りだろうな、という読者諸君の期待を裏切らない関係性である。親同士の再婚による血の繋がらない兄妹みたいなのも考えたのだが、そこでラブコメが始まっちゃっても困るのだ。
いやでもあれでしょ? そういうのがいまは人気なんでしょ? 兄の方は正直地味な陰キャだけど、その妹の方は学校一の美少女だったりするんでしょ? そんでそれが何かしらのスイッチにでもなっているのか、そこから彼のモテモテストーリーが始まるんでしょ? 妹といわず、クラスメイト(美少女)とか噂の先輩(美少女)が実はそのお兄ちゃんのことが好きだったりするんでしょ? その学校どれだけ美少女いるんだよ! そんで、お兄ちゃんの方では全然そんなつもりはないのに、お風呂場で入浴後の妹(タオルを巻いているだけの状態。あるいは全裸でも可)とかち合っちゃったりするんでしょ? 何だこれ? とか言って手にしたものを広げてみたら妹の下着だったりするんでしょ? 何だこれ、じゃねぇよ。パンツだよ! ハンカチと間違えた? お前普段そんな白いレースやらいちご柄のハンカチ使ってねぇだろ! ていうかいまどきそんな白のレースのパンツ履いてる女子いるかよ!(偏見) そんないちご柄も売ってねぇよ!(偏見)
やけに詳しいな、と思いました?
たぶんどっかでそういうの読んだんでしょうね。それかもしくは人に聞いたか、あるいは想像である。この作者、昔から想像力だけはまぁ大したものなのである。
「龍君、ちゃんと働きなよね。私、もうお金貸さないから」
「えーっ、そんなぁ! せっかく苦労して探したのに!」
そう、このMr.Eこと
けれども、大抵3ヶ月ほど養ううちに女性の方でも夢から覚めるというのか、魔法が解けるというのか、よくよく考えたら大してイケメンでもない良い年の男を甘やかしてどうすんの私、みたいな境地に至るらしく捨てられるのである。そして、次の飼い主を探すまでの繋ぎとして、ヨリ子ちゃんのお世話になっていたのだった。
しかし近年はヨリ子ちゃんに今世紀最大の推し(いず君)が出来てしまったため、色々だらしない親戚に渡すくらいなら、そっちの方に回そう、と決心するに至り、どうにかこうにか逃げ回っていたのである。
「龍君さ、もう33でしょ? 年下のいとこにお金借りるとかみっともないとか思わない? しかもそのお金返すの、いつもおばさんじゃん」
うわぁ、これはない。
それが許されるのは千年に一人の美少年(U-20)くらいなものである。
「別に何とも思わないよ。ていうか、そういうの気にするタイプだったらいまここでこんなことしてないしね」
ごもっとも!
そうなのである。
そういうのを気にするタイプだったらその年で臆面もなく「お金貸ーして☆」なんて言えないのである。
「別にさ? 働きたくないとかそういうんじゃないんだよね? でもさー、俺に合う仕事がないっていうか?」
「どんな仕事なら出来るのよ」
「えーと、俺、接客とか得意だしー」
おっ?
とマスターは思った。
「割と料理とかも得意だしー」
ううん?
とマスターは思った。
「なんかさー、良い感じの音楽がかかってて、オシャレなところで働きたいなー」
ここじゃん!
絶対ここじゃん!
いまも良い感じの音楽(ボサノヴァ)かけてるし、間違いない!
何、この彼、ウチで働きたいんじゃん?
なぁんだもー早く言ってよー。
もうマスターのワクワクが止まらない。
良いじゃん。ヨリちゃんの親戚なら安心じゃん。
どう考えても安心じゃない彼を雇用する気満々のマスターである。
そうと決まれば名刺でも渡しておこうかな? いつでも連絡して、って言わなくちゃ。そう思ってマスターは立ち上がった。その時である。
「ちょ――――――――っとぉっ!?」
ハイ来た。
また来た。
呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。いや、呼んでねぇから、と思った読者諸君、いやいや、そんなこと言って、本当は待ってたんでしょ? YOU達の心の声、ちゃんと届いたZE!
そして、次に読者諸君はこう思っただろう。
何だ、また湯部さんか、と。
違うのである。
「良いんですかぁっ!? こんなポーズ、よろしいんですかぁっ!?」
何かもう鼻息荒い中年男性が床に寝転がって狂ったようにシャッターを切っているのである。しかも、スマホではない。一眼レフである。彼の本気度を『一眼レフ』という一単語で表現したわけだ。
もうおわかりですね。
そう、
彼はあれからヨーロッパの西の方に長期出張に行っていたのだが、本日帰国し、その足で彼の最推しであるみたらしのいるこの『そこそこカフェ』にやって来たのだった。異国での疲れも一気に吹っ飛ぶみたらしの愛くるしさに、シャッターを切る手が止まらないのである。そしてそのみたらしはというと、先ほどのおやつ攻撃により満足したのか、少々まったりモードで毛づくろいの最中であった。
あんな所もこんな所もさらけ出しての毛づくろいに、思わず鼻血を噴射せんばかりの出内デルである。出内ファンの皆様、お待たせしました! まぁ、この章、次話で終わるけどな。
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