6杯目 ミスターエクストラ
「申し訳ありません、お客様。当店にはそのようなメニューはございません」
計16個ものエクストラで構成された何かを頼もうとしていたその客(もうマスターの心の中で彼のあだ名は『ミスターエクストラ(以下、Mr.E)』に決まった)にそう言うと、彼は、何でないんですか? ここ、カフェでしょ? とでも言わんばかりの表情になったのだが、そこで食って掛かることもなく、「じゃあ……その……アイスコーヒーをください」と呟いた。そして、なぁんだ、ないのか、という心の声が聞こえてきそうな顔で、がっくりと肩を落としている。
マスターが「かしこまりました。少々お待ちください」と言ってカウンターに戻ると、先ほどと多少表情やらポーズやらが違うような気がするヨリ子ちゃんが、やっぱり固まった状態で8番テーブルを凝視している。そしてその視線に気付いたMr.Eこと虎部龍が、へへっ、と愛想笑いをした。
やはり知り合いなのである。
もちろん作者だから彼が何者なのかわかっているのでここでもうずばり書いちゃっても良いのだが、今回はもう少し勿体ぶらせていただこう。いわゆる『じれじれ』というやつだ。このカフェ小説に『じれじれ』の要素があるなんてバレてしまったら、まーた人気が出ちゃうかな? 参ったなぁ、と現状大して人気があるわけでもないのに思ってしまう作者である。
「何でここで働いてるのわかったの?」
ヨリ子ちゃんが動いた。動かざること取り組み後の力士の如しだったヨリ子ちゃんが動いたのである。いやそんな表現は失礼だろう、取り組み後の力士に。
おや、とマスターは思った。何だ、やっぱり知り合いなのか、と。だったらこのコーヒーくらいはサービスしないとな、と日頃のヨリ子ちゃんの貢献度からそんなことを考えたマスターである。それから、そんなにエクストラな感じをご所望なら、せめてアイスでも乗っけようかな? それで1エクストラくらいにならないかな? と冷凍庫を開けた。
「そりゃわかるよ。だってヨッちゃんは、俺の大事な人だからね」
えっ!?
冷凍庫からバニラアイスを取り出していたマスターは、虎部龍改めMr.Eのその言葉に驚いた。
大事な人?!
も、ももももしかして、彼氏!?
やるじゃないかヨリちゃん! てっきりそこの『いず君』にしか興味がないものだと思ってたよ!
何だ、そういうことならアイスの上にチョコレートソースもかけてやらないとな。これで2エクストラだろう。
可愛い姪っこが彼氏を連れてきた、みたいな心境のマスターは、うきうきとパフェのトッピングを取り出して、これを乗せたら3エクストラで、待てよ、とするとこれで4エクストラ……とどんどんエクストラ感を増していった。エクストラマシマシである。
「そういう誤解されるような言い方やめてよ。私達、そういうんじゃないでしょ」
二郎系ラーメンもびっくりのエクストラマシマシアイスコーヒーを爆誕させていたマスターは、そんなヨリ子ちゃんの言葉で更なるエクストラチャレンジを止めた。既にバランスゲームの様相を呈していたそれは、絶妙なバランスで天高くそびえている。いまのところはどうにか東京タワー(秋田県の方はポートタワー・セリオンでも可)だが、いつピサの斜塔になるかわからない。そんな危険をはらんでいる。
えっ?!
何?! もしかして、『元』恋人?
うわぁー、ヤバい。勝手に盛り上がっちゃった。
「えぇー、良いじゃん。俺とヨッちゃんの仲じゃん♪」
やはりそれなりの仲ではあるらしい。けれども、見たところヨリちゃんの方ではその気はもう無さそうだ。
えーどうしよう。もう少し2人の関係がわからないとこれ出すの厳しいなぁ、気持ち的に。
気持ち的にもそうだし、重量的にも厳しい。マスター、完全に悪ノリの結果である。しかし、いつまでも様子を見続けるわけにもいかない。マスター渾身の昇天メガ盛りMAXエクストラアイスコーヒーは、時間の経過と共に崩れていくのだ。万物はいつだって諸行無常なのである。
ううん仕方ない。持ってっちゃえ。
持ってっちゃえ、の精神でマスターは動いた。知り合いであることは間違いないのだし、ヨリ子ちゃんの方ではその気はないらしいものの、Mr.Eの方は彼女に好意がありそうだし。
というわけで、マスターは頑張った。人間頑張れば大抵のことはどうにかなるもので、そのコーヒーなんだかパフェなんだかわからない悪ノリの成れの果て、エクストラの集大成、その名も――と言いたいところだが、特にこれといった名前もないものを運んだのである。
「えっ、何ですかこれ」
「こちらは当店の精一杯のエクストラを詰め込んだ、ええと……『ハイパーエクストラアイスコーヒー
Zを付けるのは男のロマンだと思っている作者である。その男のロマンを『ZZ』と2つ重ねることでエクストラ感を強調した形だ。たぶんマスターも同様である。
「マスター、またとんでもないものを作りましたね」
これには仏のヨリ子ちゃんも驚きである。とはいえ、いまはその自慢の仏フェイスも多少の明王感が否めない。
「いや、ヨリちゃんの知り合いだと思って」
「まぁ、知り合いではありますが」
「お店もそんなに忙しくないしさ、ほらほら、ヨリちゃんも座って座って。忙しくなったら呼ぶからさ」
「えっ、いや、そんな……」
「良いって良いって。今日は色々疲れたでしょ。いまヨリちゃんの分もコーヒー淹れるからさ。ちょっと休憩しちゃいなよ」
「良いんですか?」
「良いよ良いよ」
出た、マスターの優しさ! 古来から『金持ち喧嘩せず』というように、マスターは基本的に常に気持ちに余裕があるタイプである。ここだって半ば――というか完全に趣味でやっているため、売り上げがどんなに赤字でも気にしないし、脳裏をかすめもしないのだ。困った時は何かうまいこと誰かが助けてくれると本気で思っている(そして実際にパパの力で秘密裏にどうにかなってる)、典型的な世間知らずの能天気お坊ちゃんなのである。
しかし、
「ああでも、私にはこれ、やめてくださいね。普通の。普通のアイスラテでお願いします。普通の」
と超大作であるエクストラコーヒーを指差されると、ちょっとがっかりなマスターである。そんな普通って3回も言わなくたって良いじゃないか。
少々しょんぼりと肩を落としつつ、カウンターに戻ったマスターは、それとなく――というか、かなりガン見で8番テーブルの2人に注目した。一体ここからどんなドラマが生まれるのだろう。
マスターはアイスラテを作りながら考えた。
とりあえず、凶器になるものはあのテーブルの近くにない方が良いな。
ああでも、15番テーブルの常連さん、いっつも何かすんごい大きな布用ハサミ持ってたっけ。あれ危ないかもなぁ。いやでも今日はまだ布も切ってないし、ちまちま刺繍してるだけだから大丈夫かな? でも、いざとなったら針だって結構な凶器だよなぁ。
一応、15番テーブルさんに凶器になりそうなものは隠してもらって良いですか、と言ってきた方が良いかな、とまで考え、出来上がったアイスラテをトレイに乗せた時だった。
「俺達さ、昔みたいに――」
と、Mr.Eが口を開いた。
そして、天高くそびえるエクストラの側面をゆっくりとパフェスプーンで削り始めた。えっ? 上から食べないの? と、マスターも目が離せないし、周りのお客さんも「えっ、そんな削り方で大丈夫? ちょっとそっち側傾いてない?」と気が気じゃない。確実に倒壊することが約束されたので、マスターはそれを受け止めるための大皿を取り出した。もしもの時はとりあえずここに落とした方が安全だろう、と。
いや、そんなことより、昔みたいに? とマスターは思った。
これはやはり復縁希望?!
どうする? どうするんだヨリちゃん! いず君の前なのに、どう答えるんだ!
とマスターはハラハラしながら8番テーブルへ向かう。さすがにじろじろ見るのはなぁ、などと思いながら、ヨリ子ちゃんの前にアイスラテを、そして、Mr.Eのエクストラ部分が落下しそうな位置に大皿を置いた。これは? とでも言いたげなMr.Eに「こちらのアイスが倒れてきたらお使いください」と添えて。
添えたは良いものの、もうこの後の展開が気になりすぎて、いっそ後ろのテーブルから椅子を持ってこようかとまで考えていると、それに気付いた――というか、ここまで挙動不審で気付かないわけがない――ヨリ子ちゃんが、「そんなに気になるなら同席します?」と苦笑いで言ってきた。一番良い席に従業員とマスターが座って談笑とか、この店大丈夫?! と正直思わないでも(作者が)なかったが、まぁ、このカフェですからね。良しとしましょう。
良しとしましょう、ってまた偉そうに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます