しおどき

「俺お前が秋になったら死ぬっていう話めっちゃ好きだった」七窓は最初に頼んだビールを半分くらい減らしてから口を開いた。同窓会の席でなに言ってんだコイツと眉を顰めたが気にしていないようだった。早い奴はもうジョッキを空にしており二杯目の注文をみんなに聞いてまわっていて、ハイハイアタシカルピスソーダ、って身を乗り出した誰かがちょうど七窓の隣で、そのせいか彼の物騒な発言は俺以外の耳には入っていないようだった。

 掘りごたつになっているテーブルの下で七窓らしき男の足をみつけむんずと踏む。靴とかべつに履いてないから威力が足りん。痛くもかゆくもないぜという顔で七窓は話を続ける。

「秋になったら死ぬねって毎年言ってて毎年死なねえの、で秋が終わった頃に、やっぱ来年にするわ、って言うやつ」

「七窓二杯目なに飲む?」

「生。次店員きたら頼むよ。なああれ今もやってんの? 秋になったら死ぬ活動」こいつどうやったら黙るかな、黙らないか。酒も入っている。昔から無神経な奴だとは思っていたがここまでとは。秋になったら死にたい、なんて、七窓にしか言ってなかったのに。

 じろりと七窓を睨みつける。今もだよ、と言ったらどんな顔をするだろう。どんな顔をされていたっけ、昔は。屋上に行くのが好きだった。フェンスがちょっと頑丈で俺の背より高くてよじ登るのは大変そうでその向こう側に行ったことはない。けどいつか、そう、秋になったら、向こう側へ行こう、と考えながら暮らしていた。それだけが俺の希望だった。秋になったらここから飛び降りて死のう。だからそれまで頑張って生きてみよう、って。

 七窓さえいなければ屋上は俺だけのものだったが七窓はときどき屋上に居た。あるいはふらっとやってきて「なにしてんの?」とたいして興味もなさそうに話しかけてきた。「見てる。外」最初はこう答えた気がする。「外?」屋外という意味なら確かにここは外だけど、と不思議そうに七窓が返す。そのまま無言をつらぬいたら七窓が俺に飽きて屋上から出ていき、あそこはなんか暗いヤツが居座っているからもう行くのやめよ、と思ってくれるのを期待していたが、そんなことはなく、三回目に屋上で会った時に「なんで見てんの?」と訊かれた。だからつい口を滑らせた。「秋になったらここから飛んで死ぬから、下見に」

 今の俺には屋上がない。会社のオフィスが入っているビルの屋上には鍵がかかっていて立ち入れない。休憩時間にぼーっと窓から外を眺めているしかできない。それでもまだときどき思う。秋になったら落ちて死のう。だからそれまで生きてみよう。そうやって息継ぎしてやっと生きていられる気がしていた。

「やってねえよ、ばか」もう高校生じゃない。ここ同窓会の席だし。ここで言ってどうすんの。秋になったら飛び降りて死のうって、あれ、今でも思ってるよ、って。七窓にならまた言ってみてもよかったけど、やめた。

「なぁんだ」七窓は少し残念そうな顔をする。「俺あの話好きだったのに」彼のジョッキが空になる。ちょうど店員がやってきたので手を挙げる。生二つ。俺のジョッキも空だった。注文をしたい他の元同級生たちが俺も俺もとぞろぞろ手を挙げる。店員が生はいくつかと改めて確認などする。

「お前が毎年秋になって、秋が終わって、また来年でいいや、ってその年死ぬのを諦めてるのをみるたび、ほっとしてた」そういえば高校の三年間、卒業の間際までしぶとく七窓は屋上に通っていた。同じくしぶとく屋上に足を運んでいた俺が言えたことじゃないが、ちょっと変わっている。

「悪かったな、お前のささやかな楽しみを奪っちゃって」

「ほんとにな~」一時的に生ビールが手元からなくなってしまったのでしょうがなく、といった手つきで七窓はサラダを取り分ける。サラダ用らしき小皿に二人分。あ俺のもあるんだ。ほいと渡されたのであわてて受け取る。「ほんと、良かった」と小さく呟くのが聞こえた。俺はまたしばらく秋に死に損ねる気がしていた。

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