最終章 ~ 魔界にて
【終曲 ~ 魔界にて】
ここは魔界。ここが魔界?空は澄み渡り太陽が輝いていた。気候は極めて穏やかで何とも過ごしやすい。好き勝手に妄想していた魔界という世界とは似ても似つかぬ、魔族の巣窟だった。魔城門を抜けるとすぐに現れたこの空間はどうやら異次元ではない。魔城門を抜けた時に違和感を感じなかった。おそらく魔城門が既にヴィルガイアとは異なる次元、魔界と同次元に在るのだろう。そう考えると魔城門自体が魔界に属するということになるのだが、それは置いておこう。陽は昇らずに闇が覆い、時折稲光が落ちる。魔獣の同士打ちが至る所で起こってはその残骸が転がっている。大地は裂け海は荒れ――そんなイメージをすべて否定するような、ヴィルガイアと何も変わらぬ世界が広がっていた。
「ここが魔界・・・なのかな?随分イメージと違うというか、もっとドタバタしていると思っていた。そこら中に魔獣が徘徊しててさ。」エルにも多少の緊張感や不安はあったのだと見受けられた。まずは無事に魔界へ上陸できたことにひとまず胸を撫で下ろしたのだろう。
「拍子抜けだよな、全く。何の為に『鬼の力』を解放したんだか。期待はずれもいいところだぜ。」オルガについては本気で落胆している様子。
「魔界に変な期待を寄せないで下さい。まずは探索ということでいいじゃないですか。」
「もう少し、何なん言つぅ~か、ザワザワしてても良かったよな。」
「バカ言ってないで、全く・・・いつまでたっても単細胞なんだから。」
4人はとりあえず歩き出した。ここは魔界の入口には違いない。けれども、魔界の顔がこれっぽっちも見えない端っこの端っこ。
エル、オルガ、セシリア、クリアンカ。彼らが今回触れることのできない魔界本体の姿について少しだけ記しておくことにする。
無法の世界という大方の概念は間違っていない。強き者が生き、弱き者は生き抜くために強くなるか逃げ延びるか。さもなくば付き従い支配されるか、もしくは死か。自然界そのもの。弱肉強食。そんな魔界を覆い尽くすのはほとんどが魔獣の類。人間族の作ったクリーチャーエンサイクロペディアのランクに従うと、その強さはAからSランクに属する。もちろんあくまで人間族の指標であるから、同じSランクといってもその強さに大きな幅があることは断っておかなくてはならない。尤も、強いということには変わりないのだが。そして魔族。魔界の主役。魔獣達を統べる種族。破壊と殺戮の化身。
六魔神りくましん。力のみが物言う魔界において魔界各地を治める六体の魔獣、もしくは魔族の総称。さらにその六魔神上に立つ二体の魔族。魔界の最上位、黒神くろかみと闇影やみかげ。魔界の強者也。ヴィルガイアに侵入してきた魔獣、魔族は六魔神、並びに2人の魔族を倒すことで消滅すると言われている。嘘か真か、ヴィルガイアの平和の為には魔族の故郷を滅ぼせば良い、のだろうか。可能性にすがるしかない。六魔神の殲滅と、黒神、闇影を消し去ること。これまで幾百、千に達するかという覇者、勇者、戦士、猛者たちが挑んでは跳ね返されてきた。殺されてきた。今回は4人。また新たな挑戦者が魔界に足を踏み入れた。
幕切れは不図ふと、音なふものでもある。その方が心理的な損害は大きく、立ち直ることは難しく、そのまま帰って来られないという結果も珍しいことではない。だから予期せぬというのは恐ろしいのだ。備え、切り札、ジョーカーが底力になりうるのだが。着々と力と自信をつけ、誰に頼まれたわけでもないがヴィルガイアの、人間族の平和を考えてみたりした。自分たちにできることを胸に秘めて魔界に挑まんとする。そこに現れる壁。圧倒的かつ絶対的な絶望を提示する壁。大海をまるで知らなかったことを思い知らされる。
4人の予想に反して穏やかな魔族の故郷。一行はとりあえず一息つけそうな、理想を言えば話のわかる者の住む町(人間族が住んでいれば言うことなしだが、期待薄か)でもないものかと、ゆったりとした足取りで前に進んでいた。急ぐ理由はない。穏やかなのは魔界の気候だけではないようだ。魔獣や魔族の類も全く見られなかった。静かすぎた。
魔界創始者『黒神』。同支配者『闇影』。互いに啀いがみ合い、殺し合い、魔界を我が物にせんと逃走を続けた。闇影が力をつけた二千年ほど昔から。黒神も闇影も周囲のことなど気に止めるはずもなく、其処いら中に巻き込まれた魔獣や魔族の死骸が転がっている状態。大地は荒廃し、海の水は枯れ果て、、空合いが安定することはなかった。不幸なことに両者の強大な生命力の為に闘争が終わりを告げることはなかった。魔界の覇権を賭けた争いは飽きもせずに何百年も続けられ、数百年もの間ひとまずの安寧すら訪れることはなかった。それでも久遠に近いとも言えよう時が流れ、千年ほど前からは黒神と闇影が戦いを楽しむ具合すら伺えた。相も変わらず戦いは続いたものの殺し合うという意味合いは薄れた。互いに互いの強さを認めたとの噂も流れた。健康の為にたまには運動を、という周期で力をぶつけ合っているようだ。他の魔族と比較しても別格の強さが衝突する被害は甚大なものである。累に耐えられぬ魔獣や魔族は魔界を捨て、ヴィルガイアへと逃走を図るのだった。そんな状況を人間族が知る由もない。ましてや黒神と闇影の正体など。
エル、オルガ、セシリア、クリアンカ。4人がたまたま出会したのが黒神だった。本当に、偶然。運が悪かった、ツキがなかったとしか言い様がない。黒神は音もなく気配もなく空から降ってきて、いつの間にか目の前に立っていた。
4人の呼吸が止まった。息を呑むとはこういうことなのだろうか。生きた空もない、そんな感情がと突発的に生まれたのだ。別に敵が何かをしたわけではない。ただ目の前に立っているだけ。そもそも敵かどうかも分からない。それでも次元の異なる魔族を前に思考回路は切断された。あのオルガですら目の前に現実を否定せんとする状況。ウソだろ、と。セシリアは順を追って整理しようと深呼吸するも、思考停止状態から脱することはできなかった。クリアンカは翼に力を込めたが、寝起きの掌のように痛痒いだけでまるで命令が伝わらなかった。そしてエルは、血が、入れ替わろうとしていた。
ここまで強くなった。経験を積み重ね、竜族も討ち取った。天界人に認められ、ヴィルガイアの魔獣や魔族とも互角以上に戦えるはずだ。経験とともに積み重ねた力と勇気。そんなもの、呆気なく吹き飛び、死を覚悟するしかなかった。
「珍客だな。人間族――ふむ、死ぬか?」
黒神の容姿などまるで視界に入ってこなかった。黒神の言葉の意味などまるで理解できなかった。いや、把握できていたのだろう。死を、目の前に存在する死を受け入れてしまっていたから。
「ウオオオォォオオオオオーーーーーーーーーー。」血が、入れ替わった。エルの雄叫びである。エルの姿を覆い隠す光は正義の輝きか悪魔の業火か。その翼は希望を導くか、絶望を招くか。決死の変貌は命を守れるか、何ひとつ変えられないのか。エルが魔族の力を解放した。嫌っていた変身をためらう暇なく実行した。死の危険性を前にして防衛本能が働いたのかもしれない。嫌ってはいたが、魔族の力を放っておいたわけではない。少しでも変身時間を伸ばすべく、力を人間族として扱うべく修練は積んできた。その真価が今問われる。
「ほう、久しいな。ヴォルフ=ヴァン=エターナル。六魔神のひとりよ――」
「???」何を言っているのか分からない。
「人間族に捕らえられたと聞いていたが、まぁ良い。消えよ。」理解できない。意味不明だった。はっきりしている事といえば状況が変わっていないこと、打開できていないこと。勝てない、強すぎる、殺される。殺される、一瞬で、4人共。冗談じゃない。
「逃げろーーー!!遠くへ、走れーーーーーー!!」エルが声を振り立てて叫んだ。まだ、エルの声だと判別することができた。そしてエルはすぐに動く。命を守る行動を。エルが左手を正面、黒神に向かって伸ばした。その手には高エネルギー反応。もう剣とか法術とか、細剣とか大剣とか関係ない。自らの力を持って目の前の絶望を振り払う。一撃で。
「!!!」一瞬の出来事だった。過程は見えず結果のみが全員の目に飛び込んできた。エルの左腕が宙を舞った。
「六魔神ごときが我に勝てると思ったか。」
全てが終わる。
エル、いや、ヴォルフ=ヴァン=エターナルは崩れなかった。失った左腕に目も呉くれず、右手で押さえることもせず、無くした左腕と同じように右手を差し出した。掌に高エネルギー反応はなかった。諦めたのか集中できていないのか、いずれにせよ勝負は見えてしまった。死が音を立てて迫っていた。
「死電。」エル、ちょっとの間耐えて下さい。クリアンカが全身を黄金色に輝かせながら猛烈な速さでエルに突っ込んでいった。エルを、ヴォルフ=ヴァン=エターナルを抱えて黒神から離れていく。魔族の姿をしたエルは何の抵抗もしない。右手も力を失っていた。オルガは転がったエルの左腕を拾い上げ、セシリアを担いで走り出した。感情は亡くさなかった。心をどうにか取り留めた。けれども生命とまではいかないかもしれない。黒神が口元を緩めただろうか。
「逃げられると思ったか。」
光が、天空より幾千もの星が降り注ぐかのように舞い降りた。白すぎる光が魔界に。
「天竜神ティモシー・・・か。随分と入れ込んでいるようだな。まぁ、良かろう。今回は見逃してやる。」そう言って黒神も姿を消した。それより寸刻先じてエル、オルガ、セシリア、クリアンカも魔界から脱していた。人間族に姿を変えられる竜族がいるのだ、天界人に化けたとしてもさして不思議はない。そうか、ティモシーは竜族だったが。強く儚いティモシーの光に包まれて物語は最初の終曲を迎えた。
【石物語 完】
石物語 遥風 悠 @amedamalemon
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