最後の石版を求めて ~ 再び魔城門
疲労はあった。肉体的というよりも精神的な色が濃いだろうか。薄暗い町から届けられた先は一転して真っ白な世界だった。目がおかしくなったかと勘違いするほどに白き世界。眩しすぎる空。どこか見覚えのある神殿。そう、ここは天界。という事は、である。待ちかねていたティモシーが4人を迎えるのだった。
「皆さん、お疲れ様でした。ご無事のようで何よりです。」戸惑う4人に構わずのほほんと話し始める天使に、下界の民の疲労感はどこかへ吹き飛んでしまった。また、勝手知ったる土地へ転送されたという安堵もあった。だから疑問も素直に口にすることができた。
「ティモシー、これは一体・・・」問うたのはエル。
「皆さんがこちらに戻られたということは、2枚の石版を手に入れた、ということですね。」
「うん、2枚ともセシリアが持っているけれども――」相も変わらず大事なものはセシリアが所持、保管するようだ。
「では、これを。最後の石版になります。どうぞ、セシリアさん。」一味の空気を知ってか知らずか、ティモシーはセシリアに石版を託した。書物でも渡すかのようにポンと。あっさりと魔界への切符が揃った。そしてティモシーに導かれるまま、一行は天界の第十一宮殿へと歩を進めるのだった。
ここは天界の第十一宮殿最奥部。宮殿内には天使がひとり、下界の民が4人。他には誰もいない。宮殿内も外部同様白の世界、眩しい環境に違いはなかったが、トントン拍子で発展する天使の導きにそんな事は気にならなくなっていた。これから何が起こるのか、それのみに各人の思考が働かされていた。その答えと言えるだろう。宮殿最奥部、目の前には神々しい輝きを放つ一本の聖剣が祭壇に突き刺さっていた。聞き古した、説話で幾度となく語られた筋書きをティモシーが決定づける。
「あちらの祭壇に刺さっているのが聖剣エクスカリバーです。皆さんのお力になるのは間違いないとは思うのですが、果たして抜けるかどうか――」レールは敷かれた。あとはその上を走れるかどうかということなのだが。
「ふ~ん、聖剣・・・ねぇ。」のっしのっしと聖剣に向かっていくのはオルガ。ただでさえ眩しく感じる宮殿内でも聖剣から光が溢れているのが見てとれた。他ならぬティモシーの言うことだ、嘘偽りはなかろう。祭壇から抜くことができれば、エクスカリバーが手に入るのだ。
オルガに改まった様子はなかった。そもそもいきなり聖剣がどうこう言われてもお困ってしまうことは確かなのだが戸惑うことなく聖剣の前に立つオルガ。座持ちのつもりなのか背を向けるのではなく、回り込んでエクスカリバーとオルガの様子、表情がよく見える位置取りを選んだ。ただし両手で柄を丁寧に握りこんで、ということはない。雑に片手で聖剣の柄を掴むと、よっ、と力を込めた。黙って見守る見物客。ティモシーに関しては、オルガさん、もう少し厳格に風儀正しく改まってお願いしますよ、といった感想かもしれないが、そんな所に気を回すオルガではなかった。
「おっ、抜けたぞ。そんなに力を入れたわけじゃねェんだが・・・お~い、ティモシーよ~、これでいいのか?」
「・・・・・・・・・」誰ひとり声を出せぬ状況。ティモシーは驚きのあまり翼が開ききってしまっている。そんな輩を尻目にオルガはといえばブンブン・ビュンビュン、聖剣を振り回して手応えを確かめるのだった。
エルが近付いてきた。ちょっとニヤニヤしているか。素振りの巻き添えを食わないようやや距離を置いて、
「どう、オルガ?聖剣様の感触は?」
「む~~~、悪くはねェんだがよ。軽い。軽すぎてオモチャみてェな感じがして、俺には馴染めそうに無ェ。エル、お前ェも振ってみろよ。ほれっ。」エクスカリバーをポイっと投げ渡すオルガ。ティモシーの羽がビクッと震えた。まさか聖剣様もこんな扱いを受けるとは思っていなかっただろう。それともこれらを踏まえた上で、彼らを勇者として認め、選んだのだろうか。
「う~ん・・・」エルが唸っている。オルガの放った聖剣をヒョイと受け取ったエクスカリバーを振り回して一言。
「ダメだ。俺には重すぎるや・・・クリアンカも試してみなよ。」そう言ってエルはやはりエクスカリバーを放り投げた。受け取ったクリアンカも一応は聖剣を振ってみるが、
「申し訳ない。やはり私は槍と鎌しか扱えません。剣はちょっと・・・」そう言いながら伝説の聖剣を一通り眺めると、
「姫は当然、剣などという物騒な代物は扱えませんから――オルガっ、とりあえずお返しします。」 クリアンカ、貴方もなの、とセシリアが思ったかどうかはいざ知らず、ビョンと投げられた可愛そうな聖剣は刃がオルガに向いたまま結構な勢いで飛んでいった。それを人差し指と中指で受けたオルガは軽く投げ上げ柄に持ち替えると、ズドゥンと祭壇に差し戻した。終了だ。
石版を携えて魔城門へ向かうことはいつでもできる。転送装置を用いれば、瞬きしたらあっちの世界に着いている。準備完了というやつだ。そこでティモシーに勧められるがまま、疲れた身体を休めることにした。ティモシーが先頭を征き、ゆったりできる場所へ案内してくれるという。そんなティモシーの翼はどこか淋しげだった。古より天界に伝わる伝説の武器をぞんざいに扱い、持ち出しもあっさりと却下して祭壇に刺し戻す。最も標準的な武器なのだ、ちょっと位修練を積もうと感奮しても、とも思ってしまう。ただティモシーの本心はエル達の力になれなかったことに対しての感情なのかもしれない。むしろ、あっさりとエクスカリバーを見限ってしまう所に頼り甲斐を感じるとも言えるのだが。何はともあれ、4人共に、強くなった。底が知れぬ程に。竜族に打ち勝ったあの時よりもずっと。
「魔城門の門番にちょっとした借りがあってよ。一刻も早くぶん殴らねェと気が済まねェんだ。」こんなことを言って4人は天界を去っていった。ティモシーも鬼神竜シルドラとは会ったことはあるが、オルガとは気が合いそうな感じがしたのは気のせいだったようだ。
二日間身体を休めたエル、オルガ、セシリア、クリアンカはついに魔城門、そしてその先の魔界へ向かって歩きだした。薄暗い町から明るすぎる天界、白き世界から暮色蒼然としたとば口へ。平均的な光量の空間を出歩いていない気がしないでもないが致し方あるまいて。大半の者が出会さない空間に趣いているのだから。
さて、魔城門へと戻ってきた。思い出深い噴水もある。蹴り飛ばされて突っ込んで、かなりド派手に破損していたはずだが、しっかりと修繕されていた。水が勢いよく吹き上げられては落ちていく。妨げられることなく、また、急くこともなく。
シルドラは元気にしているだろうか。また飯も食わずに本を読んでいるのだろうか。あのツラで、スキンヘッドのグラサン野郎が読書家だというのだから笑ってしまう。別に鬼神竜に会いたいわけではない。いなければそれで構わないのだが、借りは返しておきたい。散々っぱらボコボコにされたのだ、2、3発殴り返したって罰は当たらないのではなかろうか。魔界に足を踏み入れる前にちょっとウォーミングアップでもしておきたい。セシリアを除く3人はおおよそ似たようなことを考えていた。慢心ではない、過剰な自信を持っているわけではないが、強くなったという自負はある。魔族だろうが竜族だろうが互角以上に戦ってみせる。そのことを証明してみせよう。門の前にはグラサンスキンヘッド、六神竜のひとり鬼神竜シルドラが立っている。これはセシリアを含めた4人が同じく胸の内に思っていることだった。英霊界に送ってもらったことについてはお礼を言ってもいいか、そう感じていた。だからゲートキーパーが代わっていることに少なからず驚かされてしまった。立っていたのは黒装束の男。名前は確か、ドゥンケルハイト。シルドラの付き人の様な存在だったはずだ。ご主人様はどうしたのだろうか。
「戻ったか。早かったな――」黒装束に身を包んで目しか晒していないドゥンケルハイトがぼそぼそと、誰に対してというわけでもなく零した。
「シルドラはどうした?オルガがお礼参りに戻ったぞ。」
「4、5回あの世が見えたって言ってたもんね。あっはははは・・・」エルが悪戯いたずらな笑顔を見せながらオルガを突ついた。
「ああ、これでもかってくらいボコボコにされたからな。面でも拝んといてやらねェとな。」
「全く、鬼の力を解放してもらってその言い草。シルドラ殿も大変ですね。」クリアンカも笑いながら会話に参加する。回数に違いこそあれ各人噴水まで蹴り飛ばされた割に会いたがっている空気が感じられた。
「はいはい、分かったからちょっと引っ込んでて。ごめんなさいね、石版を持ってきたわ。門を通して頂けるかしら。」単細胞3人組を除のけてセシリアが要件を述べた。
「ほう、まだそんな遊びを――(そんな玩具、あってもなくても関係ないのだが・・・)いや、何でもない。良かろう、主らが望むのならば止めはしない。一度見てくるのも悪くはあるまいて、魔界を。とりあえず石版は預かっておく。管理者に返しておこう。」
「シルドラ。オルガ達が門を抜けていきましたよ。」ドゥンケルハイトが報告する。
「そうか。」
「オルガはあなたに挨拶したがっていましたが。」
「ふん、別に俺は会いたくねぇ。奴らが魔界へ行こうが行くまいが知ったこっちゃねぇ。」
「はいはい、分かりました。では私が石版を返しておきますので。」
「ああ、頼む。」
「ドゥンケルハイトよ・・・」
「はい。」
「強くなっていたか。」
「気になるなら自分でお確かめになればいいものを。」
「・・・・・・・・・」
「強くなっていましたよ。だから通しました。」
「そうか。」
「それでも――」
「分かっている。石版を頼む。」
「はい。」
そうか。やはり行くのか、魔界へ。首を突っ込まなければ素通りできるものを。なぜわざわざ関わりを持ちたがるのか理解に苦しむ。理解し難くはあるが不思議と不快感はない。一度終曲を知るのもよかろう。奴らなれば可能性はあろう。まだまだ強くなれる。序曲を終えるには然るべき時機と言えるのかもしれぬ。死ぬなよ、若すぎる勇者達。生きてればこそ、命あってこそ。命なくせばそこですべてが終わる。時に人間はそんな簡単なことまで忘れてしまう。生きる勇気を持ち続けよ。
【最後の石版を求めて ~ 再び魔城門 終】
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