絶望の町、デス=ポワール

 何を持って絶望とするか。何によって絶望するか。この町の主の意図する絶望は直ぐに伝わってきた。転送先は町の入口。死臭、だろうか。とても足を踏み入れたくはなかったが、他に行くあてもない為、突き進むしかなかった。昼か夜かも分からない。辺りが薄暗い。直前までにいた町がシアル=ムジカだったということも余計にこの町の陰鬱さを引き立てていた。ただ覚えておくといい。絶望を通り超えるとその感情は怒りに変わる。そう安々と絶望に屈する連中ではなかった。


 打って変わって静かな町だ。人っ子ひとりいないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。半壊、全壊した屋舎、建造物が並び、それだけならどうということもないのだが、至る所に死体が吊るされていた。どういう町なのだ、一体。何を目的に造られたのか、第二の石版管理者が潜んでいることは間違いないはずなのだが。歩いても歩いても視界に入ってくるのは吊るされた死体ばかり。男性、女性、子供、動物、エルフにリリト、魔獣に魔族等々・・・気分は最悪だ。一行に閑話が生まれるはずもなく、死体に迎えられる中、沈黙とともに歩を進めた。まっすぐ胸を貼るように歩くエル、セシリアは下を向いてなるべく視界を狭め、オルガは石版の番人を見つけ出しボコボコにすべく首を振りながら、クリアンカは鎌から右手を離さなかった。




 ふと、エルが小太刀を振り切った。吊るされた一体の死体の綱が切られ、グニュリと音を立てて土の上に崩れ落ちた。その死体の顔はカイツ。質たちの悪すぎる作り物には違いないのだが、エルの感情を逆撫でするには十分だった。続いてクリアンカ。リリト族の幼子だろう、翼の生えた小さな子供達の死体が複数連なっていた。鎌をひと振り、けれども落下した死体に見向きもせず歩を進めた。こんな所にリリトの子供がいるはずもないと言わんばかりに。さらに追い討ちをかけるようにエルフが吊るされ、ヨンレンが吊るされていた。


 綱を切る前にオルガが切れた。


「下らねェ!!」突如オルガがダインスレイブを抜いた。その殺気を察したクリアンカはエルと姫の手を取って上空へと逃れた。どうにか羽をばたつかせて高度を保つクリアンカの下ではオルガが綱を切るのではなく、周辺の家屋ごと力任せに吹き飛ばしていた。オルガの怒りが目に見える形で現れてしまった。クリアンカは距離を置いてエルと姫を地上に降ろす。


「出て来いっ、クソが!この場でぶっ殺してやるっ!!」オルガが哮たけた。その声は静かで暗くて、見通しの良くなった絶望の町デス=ポワールの闇夜に吸い込まれていく。そしてこの絶叫は確実に万人の下へと届けられていた。




 「セシリア、明かりをつけろ。できるな。」オルガが命令した。実はあまりオルガに命令されたことのないセシリア。これだけでオルガの胸クソの悪さは伝わった。セシリアは黙って炎の球を天に放り投げた。差し当たり極小の太陽といったところか。けれども残念ながら、光が差したとは言い難かった。光が降り注ぎ視界が開けた結果、絶望の町が広がった。道沿いにどこまでも続く死体、死体、死体。セシリアは思わず下を向いて目を瞑ってしまった。いくらか見えない方が良かったのかもしれない。こういう時こそ野郎の出番である。気配を探るエルとクリアンカ。2人共オルガよりは器用に探れるし、今のセシリアよりは巧みに敵の位置を知ることができる。そう思っていた。そう思っていたことが数秒後には恥ずかしてく堪らなくなってしまうのだが。甘っちょろい精神力の持ち主ではなかった。生半可な覚悟で男共と行動を共にしているわけではなかった。セシリアは集中力を高めていた。結果、当然の如く誰よりも早く、番人の正確な位置を掴むことができた。




 「離れてろ。戦いやすいように片付けてやる。こんなゴチャゴチャした所じゃ戦りにくくて仕方ねェ。」そう言うが早いか、オルガが大剣をぶん回した。ぶん回し続けた。誰も止める者はなく、オルガの気が済んだ時にはセシリアの明かりも手伝って、見通しの良い戦場が完成していた。


 「お目見え・・・ですね。」そういうクリアンカの目付きも鋭い。その眼光の先には独りの老人が立っていた。灰色のフードで全身を覆ったその風貌から法術の類を扱う者なのだろう。


「我が名はネロ。第二の石版の管理者なり。」名を名乗ったネロに対しズカズカ歩み寄るオルガ。


「管理者様の選定基準みてェなモンは何なのかね。胸糞悪くて仕方ねェ。」オルガだけではないが、ご機嫌は最悪だ。一刻も早く戦いを終わらせ、こんな町とオサラバしたい。そんな望みはネロが叶えた。


「ワシが選ばれた理由は強さ故。いざ、参る。」エル、クリアンカ、セシリアの三人はあっという間の開戦に二足三足たじろいだのに対し、オルガは待ってましたとばかりに踏み込んだ。先刻振り回した大剣の握りを改めて固める。


「上等だっ!ボケ、ハゲがーーー!ぶっ殺してやるから覚悟しやがれ!!」ネロという老人、別にボケてはいないし、頭部の様子はフードに隠れて分からない。ひとまず感情を無くす心配はなさそうだ。




 法術士や傀儡師、ネクロマンサーの類であれば姿を現さず、というのが法定のはずだったが、ネロと名乗った石版の番人は堂々と自己紹介を済ませた。加えて仕掛けてきたその攻撃はやはり傀儡師、町中に吊るされている悪趣味な仕込みが動き出した。


「どっかで見たことのある技だな、くそったれめ・・・」


「そうね、でもワンランクもツーランクも上のネクロマンサーと思った方がいいわ。糸がついていないのと・・・多分こいつら、全て造られた人形。とんでもない方力の持ち主かもしれないわ。


「馬鹿野郎。敵を褒める奴があるか。今すぐ叩き切ってやる。」そう吐き捨てたオルガはネロ目掛けて走り出した。


「待って、オルガ。冷静に!お願い、落ち着いてよっ!!」セシリアの懇願にも似た忠告に耳を貸すことなく、大剣の戦士は主人を匿かくまううように動き出した死体の山に突っ込んでいった。セシリアの法術で少しだけ明るくなったデス=ポワールに、セシリアの呼び掛けが吸い込まれていく。と、セシリアの両脇を心強い風と翼が駆け抜けた。エルが、クリアンカが、一足先に突っ走ったオルガを追って傀儡の群れへ消えていった。


 感情を失うことなどない。爆発させることはあっても、心をなくすことなどありはしないのだ。




 ワシも魔族、魔獣の類ではないからな、死体やグールを扱うのはさすがに気が引ける。人だからな、一応。既に死人ではあるが。ワシの能力は膨大な時と法力を蓄積することで強き人形を作り出すこと。誰もが怖気おぞけ立った死の魔導石。これがワシの属性だというのだから参ってしまう。この人形、実際に会ったことのある者、戦かったことのある者、共闘したことのある者なれば、高い精度をもって再現することも可能。言わずもがな、相当な時間と法力が必要となるが、死人には好都合な条件といえよう。量よりも質。さぁ、見せてもらおうか。現代いまを生きる勇者の力と心を。守れるのか、自分と仲間を。






 容姿は多様ではあるが、動きはどいつもこいつも似通ったものだった。遅い、鈍い。はっきり言って戦闘能力は低い。お話にならない。エル、オルガ、クリアンカの敵ではなかった。まずはエルとクリアンカで道を拓く。打ち合わせたわけではないが空気がそうさせた。オルガの為に道を作れ。第二の石版管理者、ネロへと続く道を。


 もはやちょっとやそっとの実力者ではエルの姿を補足することはできなかろう。細剣と小太刀の二刀で敵の間をすり抜けながら突いていく。裂いていく。主に頭部への致命傷を与えながら先に進むエル。以前の戦いでアンデッドとの戦い方はしっかりと学習できたようだ。果たして斬られた、突かれたと認識できたマリオネットは何体いたのだろうか。


 さらにはクリアンカ。法術は使用せず『インヴェルノの大鎌』で掃除していく。鎌をひと振りすると軌道の残像が出現、しばし間を置いて傀儡の胴が真っ二つ。一振りで五体、十体、効率の良い戦いである。『雷紋』を放った際よりもサイズの動きはゆっくりとしたものだったが、エルと共に、着実にネロへと続く道を作っていった。


 そして止めと言えるだろう。


「フレイム・オーケストラ!」後方よりセシリアが法術を発動させた。エルとクリアンカは巻き添えを避けるべく右に左に逃れたが、オルガはそのまま炎の中を驀進した。


「バカ・・・」セシリアの呟きなど到底届くはずもなかった。




 オルガの視界にはネロあるのみ。そのネロは斬馬刀を前にしても逃げる素振りすら見せなかった。そしてオルガの『ダインスレイヴ』が標的をしっかりと捉えた。大剣が振り切られた回数は三度。木霊した金属音も三回。軽快に、全て受け切られたということだ。ただしそんじょそこらの法術士や結界師、ネクロマンサーが簡単に受け流せるような甘い太刀筋ではないはず。


「強く凶暴な太刀。けれども、この世に悪の栄え続けた例なし、とは言いませんが、私めが葬ってしんぜよう。主の大剣は危険極まりない。今この場で滅せねばなるまいて。我が名はヨンレン・ロック・グレイブール。ただしこの名を覚えておく必要はありません。何故なら貴様はここで息絶えるのだから。あの世にこの名を持っていく必要もありません。地獄には私が堕とした輩が沢山いるでしょうからね。」とにかくよく喋る剣士。ネロに向けられたオルガの剣撃を全て受けきったのは紛れもないヨンレンだった。




 多大な時間と法力をかけてホムンクルスを造り上げる能力を持つネロ。雑魚ゾンビ程度なればさほど時間を費やさずに準備することもできるが、高い次元の戦いではそんな戦力が無意味であることををネロはよく知っていた。ネロの能力、それは膨大な時間と法力をかけて強力な、時と法力に見合った人形を造り出せることだった。加えてモデルが存在すれば、そのモデルを厳密に再構築することも可能。その者と共に時を過ごし、その者の能力を知っていれば知っているほど、限りなくオリジナルに近しい状態で再生できるのだ。ヨンレン・ロック・クレイブール。かつてネロと共に魔界へ乗り込んだ剣士。ネロは命を失い、ヨンレンは生き延びた。現在はガレオス城の執事をこなす隼の剣士がネロと共に、オルガ達の前に立ち塞がった。ただし色彩はない。渋色一色のヨンレン。皮膚も髪もタキシードも、長さだけはオルガの斬馬刀に匹敵する長い長いレイピアも。それでも外見は紛れもなくヨンレンだった。




 クリアンカはヨンレンと会ったことはない。それでもエルやセシリアの微妙な狼狽は察していた。かつて自らの手で弑しいしたフォルテナ。あの心境を嫌でも思い出してしまう。簡単に言えば非道く戦り辛い。積み重ねた記憶は消えることなく、タイミング悪く濃度を増していく。皮肉なものである。無論、アンデッドということは百も承知しているものの、エルもクリアンカも同様の感情を抱いていたオルガは大丈夫だろうか。そんな心配を余所よそに、となる所はさすがにオルガと言えよう。それとも単に戦いが好きなだけか。多分、後者が正解だろうか。


 「若ェ時のヨンレンが相手か。腰痛もなかろうて。クックック・・・おもしれェ、いっちょ揉んでやるか。」ただし回りを驚かせたのは、特にエルとクリアンカにとって意外だったのはオルガの次の言葉だった。


「エル、クリアンカ、気を付けろよ。奴は一対複数の天才だ。属性は水。油断するんじゃねェぞ。」


 てっきり手を出すんじゃねェぞとでも言い出すのかと思っていたが。それだけヨンレンは強敵だということなのか、一刻も早くネロをぶった斬りたいのか。




 ネロは一時後退し、ヨンレン独りが前線に残った。長い長い細剣を構えて。オルガ曰く、一体複数の天才。蒼き隼。その言わんとする所はすぐに分かった。


「どこまで耐えられますやら――」ヨンレンの振り切る細剣からは水を属性とする無数の隼、広範囲に拡散していく。狙いはもちろんエルで、オルガで、クリアンカ。エルは横へ、クリアンカは上へ逃れるも、数え切れない水色の隼全てから脱することはできなかった。すぐに囲まれ隼が勢いよく通り過ぎていく。これは無傷で、というわけにはいかないようだ。オルガに関しては片腕で顔を覆う程度、元より避ける気はないらしい。そして目線は隼の群れに気を取られることなく、ヨンレンだけを押さえていた。どことなく穏やかな表情で。


「随分と久々だな、ヨンレンと戦やうのは。少々骨が折れそうだが、コイツらがいりゃ、どうにかなるだろう。ちゃっちゃと片付けるぜ。」ドカドカと走り出すオルガ。猪突猛進という言葉が似合う剣士である。


「威勢の良い剣士殿ですね。余程の力自慢と見ましたが。良いでしょう、ここまで来られたら少し稽古をつけてあげましょうか。パワーとはひとつの強力な武器、飛びぬけた怪力とは真似し難い一つの才能には違いありません。ですがね、対処しやすいのです、パワーファイターというのは。しかも不思議なことに、脳みそまで筋肉でできている方が多いんですよね。」


 戦いの主導権を握ったのはヨンレン。水属性の隼によって三人を近寄らせない。チリチリと軽傷が積み重なっていく。エルとクリアンカも距離を縮めようとしたり中距離砲を用いて隙を作ろうとする、ヨンレンの動きは機敏だった。どうにか接近を試みてもあっさりと距離を取られてしまうし、中途半端な砲撃は隼に吸収される。加えて油断するとオルガが何も考えずに突っ込んでいこうとするから考えものだ。悩みの種が尽きない。のんびりじっくり長期戦というわけにはいかなかった。


 動いたのはクリアンカ。眼鏡に触れた。


「飛雷針。」上空より無数の小さき槍、雷を属性とする法撃が放たれ反撃を開始した。ヨンレンはすぐさま法術をクリアンカに絞り込む。空中で衝突する水の隼と雷の槍。トキトキと小さな破裂音が連発する。


「なかなかやりますね。」ヨンレンの一言はクリアンカに向けられた一言か、エルの動きまで察知してのことか、それとも二人の連携か。水色と黄金色の法撃応酬の中、エルがヨンレン目掛けて猛突進してきた。そして小太刀『アディリスの牙』より放たれた剣技『ティエラ(土属性)・ファング(牙)』。ヨンレンは身を捩よじって直撃を回避するも、左肩へのダメージは避けられず。されにこれでは終わらない。


 言わば、豪雨に巻き込まれたヨンレンと豪雨に突っ込んだエル。エルとヨンレンに雷の槍と力をなくした水の隼が降り注いだ。


「全く、オルガといいエルといい、無茶をしすぎですよ。」『飛雷針』を打ち止めたクリアンカには行方を見守ることしかできない。数刻の間、水と雷の残骸が地面とエルとヨンレンを激しく打ち付けた。遠目に見守るセシリアも息を飲む。そして雨上がりの後に浮かび上がったのは『ティエラ(土属性)・スクード(盾)』で耐え忍んだエルと、ほぼまともに水雷の雨を受けたヨンレンの姿だった。


 「勝機っ!」オルガが二の足を踏むことはない。傷ついたヨンレンに向かって突進――それをエルが両手を広げて制止。


「な、おいっ。」思わず急停止するオルガ。さらにエルはなかばオルガに突進する形でオルガを抱えヨンレンから離れていった。その直後ヨンレンを中心に大爆発が起こった。巻き込まれればオルガとて洒落にならない程の大爆発が。エルの背後、オルガの視線の先で地面が吹き飛んだ。




 「無事かの~、ヨンレン。」


「いや~、辱かたじけない。これは少々厄介な相手ですな。強くそして若い。威勢が良いというか怖いもの知らずというか。無鉄砲というのは時に侮り難いですな。」


「戦いの最中、喋りすぎるのは主の悪い癖だ。疲れるだろうて。」


「おっと、これはこれは・・・ただ、喋っている方が調子が良いのですよ。集中力が増すと言いますか、判断力が研ぎ澄まされると申しますか。うまく説明できませんが。」




 ネロの法力と経験を持ってすれば、ヨンレンに被害が出ぬよう大爆発を引き起こすことも可能。ネロの魔法攻撃は爆発のみ。大or小。それを精密この上なく使いこなすことができる。見事なものだ。セシリアですらそう納得するしかなかった。いや、法術に精通しているセシリアだからこそ、か。ただしそれは手を休める理由にはならない。敵が二体固まっているのだから。


「aqua―儚き結晶の弾丸。」今度はお返しとばかりにセシリアの法術が火を、否、氷を吹いた。巨大な氷柱つららが降り注ぐ。この雨は洒落にならない。


 ネロとヨンレンが天を仰ぎ見る。首の角度は同じ。2人共逃げる素振りを見せない点も同様。巨大な氷柱が音を立てて降り注がんとする。もはや逃げきれない。どう出るか。視線が集まる中ネロとヨンレンは華麗かつ効率的にセシリアの法術を打ち破った。ネロがチョイと手をかざすと己に降りかかってくる氷柱がいとも簡単に爆発、次々と粉々に砕けていった。一方のヨンレンは斬る、断つ、割る。長い長いレイピアを使って器用に、余裕を持って騒々しく氷柱を回避した。相も変わらずペチャクチャと。


「いやはや、なかなか見事なものですね。あの娘さん、まだお若いのに随分と強力な法術を使えるようで。大したものです。これはちょっと油断できませんね、ね、ね、ネロ。」喋りながらもヨンレンの操るレイピアは着実に氷を破砕していった。


「悪いのぉ、ヨンレン。こちとら必死で、とてもお主の雑談に付き合っている余裕はない。話しかけないで頂けるかな。」


「ほっほっほ・・・それは失礼しました。ではではぼちぼち、私めが動きましょうかね。」そう言うとヨンレンが走り出した、氷の雨の中を。オルガ目掛けて。


 独り馳せるヨンレン。氷の雨も何のその、苦にせず避けながらオルガを目指す。


「上等だ、来いよ。」『ダインスレイブ』と『ドラグヴェンデル』の大剣二本を構えるオルガ。迎撃態勢を整え自らも駆け出していった。エルとクリアンカが、あっ、と思ったときには氷の雨に突っ込もうとする所だったから、セシリアは法術をネロに絞った。一気に決着をつけようと、エルとクリアンカもオルガに加勢しようとした時、2人がいきなり爆発に巻き込まれた。


「やれやれ・・・氷柱を防ぎながら2人分の足止めはキツイのー。少々本気を出さねばならんようじゃの。」ネロの引き起こす小爆発がエルとクリアンカに移動することを許さない。幾発も幾発も執拗に、まるで2人の再会を邪魔するなとでも言わんばかりに。




 時と時空を超えての再開、というのは冗談にもならない。偶然ヨンレンとオルガが対面する構図が描かれただけ。ヨンレンが最も料理しやすい相手としてパワーファイターのオルガを選択した、それだけのこと。オルガにヨンレンの記憶はあっても、傀儡のヨンレンにオルガの記憶はない。ネロにオルガの記憶はないのだから。




 今度はオルガがガッチリと受け止めた。長いレイピアの一太刀を、重量のある大剣であっさりと。


「女々しい剣だな、オイっ。」吐き捨てるオルガに対して


「そうでしょうか。」建を受け止められたはずのヨンレンに余裕が見られた。止められた細剣から挙止動作なく蒼き隼が湧いて出てきたから堪らない。数歩、後退りしたあとは声を出す間もなく隼に包まれて後方へ飛ばされた。


「いかがですか、女々しい剣もなかなかのものでしょう。存分に味わってくだ・・・!?転んでもタダでは起きない性分ですか。ふふふ・・・見た目通りですね。」


 オルガは隼に囲まれながらギュルギュルと後転を5、6回転繰り返した後、腰を落として踏ん張りを効かせ、反撃の一発を放つのだった。


「till the end of the spiral!」二刀の内の一刀、『ダインスレイヴ』から螺旋の剣撃が放たれた。周辺にはびこる水属性の隼達を蹴散らし、また巻き込みながらヨンレンに襲い掛かる。


「豪剣、剛力というのは本当に厄介ですね。全てを一太刀で跳ね返してくる。」水色の隼を渦巻き状に散らして向かってくるオルガの剣技をヨンレンはジャンプ一番かわして、次の攻撃を打ち込まんと空中で細剣を構えた。その時には既に、オルガの追撃が迫っていた。




 『ダインスレイヴ』に続いて『ドラグヴェンデル』から間髪入れずに繰り出された『till the end spiral』が空中へ逃れたヨンレンに直撃した。ヨンレンの動きが明らかに鈍る。そこに追撃をかけるはエルとクリアンカ。先にエル、続いてクリアンカが駆け抜けざまに一発ずつ見舞った。そして最期の一撃はオルガだという暗黙の了解はオルガ自身が1番分かっていたのだろう。エルとクリアンカの動きと合わせるかのように、ダメージを受けて落下するヨンレンへと接近した。その手には二太刀の大剣。今のヨンレンに防ぐ手立ては残っていない。ただ敗北を待つだけ。しかしながら、である。彼を守る者は残っているのだ。


「させんよ――」ネロが爆発を引き起こす。遠隔法撃はお手の物。エル、クリアンカ、オルガの三人が近しい距離に介しているのだ。一網打尽という奴だった。ヨンレンが直撃に巻き込まれぬよう、などということは朝飯前。爆風に吹き飛ばされて、ということはあるかもしれないがそれ位は目を瞑ってもらおう。目的を達する為、敵を倒す為に。果たして、セシリアの見守る先で大爆発が引き起こされた。瞬く間に炎と煙で何も見えなくなってしまった。セシリア独りが取り残されてしまったかの様。ネロの爆撃が語り掛ける。これが剣士と法術士の連携だ。これが共闘、これが仲間。これが剣と法の融合なのだ。




 爆発後の煙が霧散する。そこにヨンレンの姿をした傀儡の存在は見当たらなかった。クリアンカは空中に留まっている。エルとオルガは落下していく途中だったが、別に逆さで落ちているわけではない。無難に着地を決めることだろう。さて、各人の周囲には法術『玲瓏の木漏れ日』が。いわゆるバリアだ。地上ではセシリアが『ノワールの杖』で天空を貫くように構えていた。ちょっとドヤ顔か。攻めるばかりが法術ではない。これが私たちの共闘だ、とでも言わんばかりに。


 エルとクリアンカがヨンレンに一太刀ずつ食らわせ、オルガが止めを刺した。傀儡は跡形もなく砕け散り、同時に、ネロ側からすれば間に合わなかったということになるのだろうが、ネロの法術により大爆発が引き起こされた。エル、オルガ、クリアンカ共に殺気の察知には長けていたが、法術の探知、法撃の感知に関しては褒められた水準に達してはいなかった。だから、


「えっ?」


「はっ?」


「あんっ?」という始末だ。セシリアの法術による援護がなければ大ダメージが必死だったろう。恐らくはネロがどれ程の法力の持ち主であるかもセシリア以外は把握できていない。と、いうことすらもセシリアの頭には叩き込まれているわけで――




 ネロのような援護射撃を決して否定するわけではない。それ所か戦いの中で最低限必要とされる連携に他ならない。ただし、である。これだけ攻撃的な三人の面倒をみなくてはならない。援護射撃よりも援護障壁の方がよっぽど有効だと言えよう。






 落下していくオルガ。その先にはネロが待っていた。攻撃する気配はない、互いに。ダスンと着地したオルガの両手に大剣は握られているが、ネロに刃を向けるようなことはしない。


「まだやるか。」


「いや、こうなってはワシに勝ち目はない。」


「ひとつ教えろ。何故ヨンレンのことを知っている。」


「・・・かつて共に戦った。魔界にも入った。」


「そうか・・・」


「ヨンレンのことを知っておるようじゃな。」


「まぁ、な・・・」


「彼は元気か。」


「ああ、最近は腰が痛ェってよく騒いでいるな。」


「ふっふっふっ・・・そうか。年を重ねられるというのは幸せなことじゃな。」


「かもな。」


「さて・・・と。これが石版じゃ。持っていくが良い。次の場所へは転送装置で連れて行く。ついてまいれ。」




 一足飛びに話が進んでしまったようで、エルとクリアンカ、遅れてセシリアが追いついた時には話が済んでしまっていた。




 「何故こんな町を作った?」そう訪ねたオルガの目の前には転送装置。間が空いてネロが答えた。


「ワシの・・・故郷に似せたかった。それだけじゃ。大意はない。」


「・・・・・・そうか。達者でな。」


「生きて帰れよ。」


 エル、オルガ、セシリア、クリアンカの4人は第二の石版を手に入れた。そして最後の石版の下へ。




                    【絶望の町、デス=ポワール 終】



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