第8話 番外編 津宮の乙姫


 私はたぶんちょっと変わっている。

 私は自分が主人公でありたいとは思わない。

 どちらかというと好みの主人公達を見守る傍観者というか、脇役でありたい。

 そんな風に思っていても現実は中々に厳しい。

 津女宮の娘、女王としての煌を持って生まれ、舟のために風を操る事を得意とする私は、どちらかというと主人公側の資質の人間だった。

 落ち着いて控えめな性格のお姉様の方がまだいくらか脇役めいた資質かもしれない。

 それなら私も控えめに振る舞えばいい。そう思わないでもなかったけれど、姉妹のどちらもが控えめだと何事もなかなか進まない。そして私は残念ながら、そういう状況を耐え難く感じる人間なのだ。

 やるべき事はできるだけ早く、簡潔に。

 それが私という人間の核をなす信条だった。

 この環境でこの信条は脇役には向かない。

 本当に何度も思った。

 どうして私はおっとりしたお姫様の、乳母子か何かに生まれなかったのだろう。そうしたら全力で姫君を見守る生活ができたのにと。

 だが実際には私は、まさに姫君と呼ばれる身の上だった。

 「諦めて素敵な殿方と恋に落ちたりして下さい。私が楽しめないじゃないですか。」

 私の乳母子の夏海にはそう何度も苦言を呈された。夏海も私と似たような嗜好の女で、しかも彼女は姫君の乳母子という立場に収まっている。ただ、夏海にとっての不幸は、よりによって彼女の姫君が私だったということだ。

 「全くです。私の人生の楽しみのためにも、潔く主人公に徹して下さい。」

 いや、他人の嗜好のために自分の嗜好を曲げるとか、ありえないから。

 それでも立場も立場なので、年頃になると恋文やら縁談やらが舞い込んで来るようになった。

 これがまた、ものは試しと逢ってみたりしてもなかなかしっくりいかない。男というのはどうしてこう、女を持ち上げとけばいいというように振る舞うのだろう。私は別にそういう事を望んでいるわけじゃないのに。

 では何を望んでいるのかと問われても答えられないから、とりあえず恋は望んでいない気がする。

 なんとなく何人かと付き合ったりしながらも、釈然としない生活を送っていた頃、二宮様に連れられて輝宮が現れた。

 あの衝撃は今も忘れられない。

 十八になったばかりの輝宮は、八歳の愛らしい従者を連れていた。

 無自覚に溢れる煌を撒き散らす、青年と少年のあわいにいる美貌の皇子と、幼女と少女のあわいにいる、声の出せない美しい従者。

 これだ。これしかない。これ以上に見守るに足る組み合わせがあるだろうか。

 私は輝宮の年上の通い処という位置にまんまと収まった。脇役というか、敵役的な立ち位置なのはやや不満だが、蜜月に敵対しなければ問題ない。

 しばらく観察している内に、輝宮だけは蜜月の声にならない言葉を理解しているらしい事に気づいたし、蜜月が神霊に感応しない輝宮を助けている事もわかった。

 二人は換えの効かない補完関係なのだ。

 その上蜜月が年のわりに輝宮に対して毒舌なのも、輝宮がそれを嫌がっていないのもわかった。

 なんという美味しい組み合わせなのだろう。

 私が何を楽しんでいるのかに、夏海はすぐに気がついた。今では夏海も同志として、あの二人を見守っている。

 二人は最初、幼い主従だったが、先日許嫁という関係に変わった。蜜月みつきは島宮しまのみや様の血をひく女王だったのだという。

 本当に、どこまで楽しませてくれるのか。

 蜜月が今のところ輝宮をたいして異性として意識している様子がないのも、輝宮が蜜月をほんのり意識し始めているように見えるのもいい。

 蜜月が私を姉のように慕ってくれているところや、そこに輝宮がそこはかとなく妬いている様子など最高だ。

 蜜月が輝宮の妃となる事が決まった直後に、蜜月が一人で訪ねてきた。通い処であり、今まで最も輝宮の妃の座に近いとされていた私に気兼ねしたらしい。私は蜜月を丸め込んで、蜜月は私の妹分なのだと宣言してしまった。

 外国に同じ男の妻同士を姉妹と呼び習わす習慣があるのは本当だから嘘は言っていない。

 「一応聞きますけど、ご自身は輝宮様のお妃にならなくてよろしいんですか。」

 正妃は蜜月に決まっても、妃は一人と決まったものではないのだから、別に輝宮の妃にはなれるが、そんなものになる必要性は全く感じない。お母様だって誰の妃にもならずに津女宮として私達姉妹をお産みになったのだし。

 夏海はそれで素直に納得した。

 今夜は輝宮が来るらしい。当然蜜月も来るだろう。

 「柚子の蜜煮はまだあったわね。しょっぱくて蜜月の好きなものはあったかしら。」

 蜜月のためにお茶菓子を準備するのは楽しい。輝宮は下手に構いすぎるより、目のつくところに新しい書物でも置いて、放っておくほうが機嫌がいい。

 凪海を渡ってくる煌の気配がする。

 同じ煌族の私でも、惹きつけられずにはおかない濃い煌の気配。

 私は部屋の準備を夏海に任せ、二人を出迎えるために舟繋に急いだ。




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龍の眷属の仔は眠る 下 真夜中 緒 @mayonaka-hajime

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