語彙力


キーンコーンカーンコーン


学校の終わりのチャイムがなる。

学生達は席から立ち、仲の良い友達とグループを作りわいわいと談笑し帰路に付いていく。

そんな中、どのグループにも属さず、一人席に座り生徒の話に耳をそば立てる人物がいた。

 彼の名は田宮聡。クラスメイトから陰キャの王と呼ばれている。

 こそこそと一番後ろの席から人間を観察するのが趣味だと言うのだから王たる素質は十二分にあった。


そんな王はどうやら下々の民に何か物申したい事だあるようだ。


「マジヤバい」


「エモい!」


「今日も推しが尊い。」


ヤバイ、エモい。尊い。いつからだ。いつからこんなにも人類に語彙力が無くなってしまったんだ。


 映画を見てもヤバイ、アニメを見ても尊い、音楽を聴いてもエモい。


 それしか感情が沸かないのか!?えぇ!?もっとあるだろう!心の奥底から湧き出る熱きパッションが!この衝動を伝える為の言葉ならいくらでもあるだろう!なのに何故そんな一言で終わらせてしまうんだお前達は!美麗な映像がとか、ギターの嵐のように激しいサウンドとかさぁ!


と、ぶつぶつと間違った情熱を湧き上がらせている田宮。そこに、近づく一人の人物が居た。


「あっ田宮ぁ。お母さんが買ってきたチョコ、余っちゃたんだけど食べる?美味すぎてマジヤバいよコレ~!」


と、ゴルディバと書かれた金色の包装紙からチョコを取り、差し出してくる。


自分の世界に入り込んでしまって全然気づかなかった!

 

 こ、この人は、俺みたいな陰キャにも話しかけてくれるスクールカースト上位の皐月芽衣さん!


 天真爛漫で人懐っこく、天使も裸足で逃げ出すほどの眉目秀麗な容姿とアインシュタインも思わず舌を引っ込めるほどの地頭の良さで毎期テストで学年1位の成績を叩き出している学園のアイドル的存在!そして俺の推しでもある人物!


 やめろ!そんな気軽に話しかけないでくれ!ただでさえ女の子と話した事がないのに推しである皐月芽衣さんにチョコなんて渡されたらどうにかなっちまう!


いや、でも俺はそんな推しの前で粗相を侵すようなファンではない。なぜなn……


「えいっ」


と妄想に耽っている所に無理やりチョコを口に押し込まれる。


「ね?マジヤバいでしょ?」


「……マジやば~い。」


 頬が熱いのは夕日のせいだけではないだろう。気づけば、教室の窓辺から朱が教室を呑み込んでいた。


「ていうかさ、こんな夕日の中で二人だけでチョコ食べてるなんて、なんか青春映画のワンシーンみたいでなんかエモいくない!?」


「え、ええ、エモ~い。」


「あはは、田宮君さっきから全然言葉喋れてないじゃん。流石は陰キャの王だね!」


「え、あっ!そうっスね。あの俺、王なもんで。」


「あははは何それ!」


と談笑に耽っていると、教室の入り口から女生徒の声が聞こえて来る。


「おーい、円ぁ~。待っててって言ってからどんだけ待たせんのぉ?もう待ちくたびれたよ!」


「あっ!ごめん!今行く。じゃ、田宮またね!」


「あ、うん……。」


皐月は手を振ったあとパタパタと駆けていく。


(じゃあ、田宮またね……。またねまたねまたね(エコー))


 教室には、祭りの後の様な静けと、先ほどまでのやり取りを反芻している田宮だけが残されていた。

 思わず顔がにやけてしまう。

 心臓はまだドクドクと落ち着きを取り戻す様子はない。


 私は今日起こったこの奇跡を!感動を!皐月円という天使の素晴らしさをどうにか言葉に落としこまなければなるまい!脳よ動け!そして思い付いた言葉を力の限り叫ぶのだ!



「 今  日  も  推  し  が  尊    い  ! 」



咆哮。ありとあらゆる言葉は一切合財消えていった、否、



「うるさいぞ!誰だ!早く帰りなさい!!」


「あっ、す、すんません。」


そそくさと帰る我らが王。そんな彼と言えど、推しの前では豊富だったはずの語彙力も、溶けて消えていくのであった。



チョコレートの様にな!!!!!!!!


完!!!!!!!!!!!!!!







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショートショート集 プリティじぃじ @paraboram

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ