第26話 夢空の彼方
1960年4月
山を見渡すと桃色の花たちが咲いていた。
生暖かい風は国全体に安寧をもたらし、人々は生活を営むために働き続けている。
そして1906年から開始されていた城塞都市の建設も先月の中旬に完了し、世界で最も侵略しづらい国となった。
終戦してからというもの、この国は技術水準を徐々に向上させていき、かつて私が乗っていた戦闘機もたった4年で不要なものとなった。
もちろん解体される前にデータは全て次の研究に生かされ、新しい機体が出来つつあるようだ。
私はあの戦争の後、軍を抜けた。
城塞から上空へ抜けた後、右腕・左肺・左太腿・右足に高圧電流の様な痺れを受け、後遺症と呼べば良いかは分からないが、今は杖を少し頼りながら歩いている。
そしてロングコートと中折ハットを被り、マフラーを身につけた姿である人の屋敷へと向かう。
道中、おかしなものを私は見た。
ロングコートに中折ハット、マフラーを身につけている上に片目が黄色に輝いている女性を見た。
3秒ほど見ていると彼女はこちらに視線を向けた。
会釈すると彼女は微笑み、私とは逆の方向へと歩いて行ってしまった。
女性とすれ違ってから時間がたった頃、私は首相が住んでいる屋敷にたどり着いた。
屋敷の鉄格子を見ていた私だが後ろを振り返ると、そこには完成された首都が見えた。
今日は天気の良い日なので建ち並ぶビル群が太陽の光を受け、色鮮やかに輝いて見える。
ジーンズの前ポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、写真を撮った。
私は写真を撮った後スマートフォンをジーンズの前ポケットにしまい、鉄格子の門へ向かった。
道幅は車道程あり、歩道も広く取られていた。
アスファルト上には桃色の花の花びらが落ちていた。
それから目線を少しあげると花びらが風に乗って旅をしていた。
「本当に…平和になったんだな…この国は」
少し私は微笑み、鉄格子の門へと歩き続ける。
5分程歩き続けると正門にたどり着いた。
門番の警官に取り合わせ、中に入れてもらい、中庭の噴水近くを通ったあと正面玄関へとたどり着いた。
3回のノックを2回繰り返す。
すると玄関が向かって奥側に開き、目の前には首相であるだいこんおろしがそこにたっていた。
「R…いや、今は軍を抜けておられるので"ラニーニャ"さんでよろしいですよね?」
彼女は微笑みながら聞いてきた。
私はもちろん「それで結構です、だいこんさん」と返し、中に入れてもらった。
玄関に入ってから履いていた靴からスリッパへ履き替え、さらに奥へとだいこんの後ろに着いて行った。
着いた場所は首相の自室だった。
「さぁ、入って」
言われるがまま中に入る。
中は首相と言うにはあまりにも安っぽい品物しか置いておらず、3桁程度のぬいぐるみなどが棚に数体配置されていたりした。
部屋の中央には中級のソファーが2つ、そしてそれに挟まれるように高級なガラステーブルが1つあった。
私は左のソファーに座らされ、首相のだいこんおろしは対面となるように右のソファーに腰をかけた。
この屋敷に配属されているメイドらが茶菓子などを運んできて、小さな声で「どうぞ」と言いながらガラステーブルに静かに置いていく。
メイドが部屋を出たのを確認したあと私は首相に質問した。
「首相、今日は何故軍を退役した私をお呼びになられたのですか?」
首相はメイドに持ってこさせた紅茶を1口飲み、そして答えた。
「ラニーニャさんをお呼びしたのは貴方が今患っている"後遺症"の様な物を治療させたいと思ったからです」
「それは本当にありがたい事です。ですが私はあの日帰還したあと直ぐに軍の病院に連れられ、医者に見てもらいましたが"完治"は不可能だとはっきり言われました。そんな私の身体を直せる医療技術があるのですか?」
私は落ち着いてそう話した。
「確かに、私たちの住むこのラディシュマナ・アバンサーの今の医療技術では不可能な事です。しかし医療技術ではない別の力をラニーニャさんは体験したことはありますか?」
首相の口から"医療技術ではない別の力"という言葉が述べられた。
私は気になり、「と、言うと?」と返した。
「私たちの医療技術ではなし得ない事を可能とする"者"…その人は私の母親であり、陰ながらこの国を支えてくれている最重要人物でもあります」
「そのような人がいたんですね…」
「はい、では今からお呼び致しますので少々お待ちになってください」
首相はそう言ってソファーから立ち上がり、部屋の外へと出ていってしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
15分ほどたった。
扉が開き、最初に首相の姿が見えた。
首相が入ってくると、後ろから首相よりもより女性らしい身体をしたスタイルの良い女性が入ってきた。
「この方は?」
私がそう問うと彼女は答えた。
「私はだいこんの母である"アルゼルス・ルナ・サルスタン"です。初めまして、ハンヴェラ・ラニーニャさん」
「こちらこそ、初めまして。タリバリン中隊とウォーソード中隊の中隊長をしていたハンヴェラ・ラニーニャです。」
サルスタンは軽く"よろしく"と言い、首相と同じソファーに座られた。
「では、早速貴方の病を完治させて見せましょう。」
そう言ってサルスタンは両腕を上げて手のひらをラニーニャの方へと向けた。
向けられた手から緑の光を輝かせながら私の身体に浸透していく。
30秒ほど緑の光を受けていると、サルスタンは「終わりましたよ。立ってみてください」と言われ、私は杖を使わずに立ってみた。
すると痺れを感じていた部位に全くと言っていいほど同じような痺れを感じる事は無く、普通に不自由なく歩けるようになっていた。
「サルスタンさん…この恩、忘れません!ありがとうございます!」
「良いのよ。元々、娘のこんにゃくおろしの頼みで貴方の障害を完治しようと思っていたのよ。本当は去年辺りにお呼びしたかったのだけど、去年は貴方が入院中だと耳にしたので辞めましたの」
「そうなんですね…もう少し早ければ」
「いいえ、もう過ぎたことです。気になさる必要はありません」
サルスタンはそう言ってラニーニャを気遣った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しばらくして、私は屋敷を出た。
首相と首相の母と有意義な時間を過ごせたことはとても喜ばしい。
そして帰り道、杖を使わずとも歩けるようになった私の身体が嬉しい。
たまたま近くに止まっていたタクシーに乗り込み西にある第1空軍基地へと向かわせた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
基地前の駐車場でタクシーを降りて、正門へと歩き出した。
門をくぐると出迎えに少将と2名の少尉が立っていた。
少尉達に護衛兼誘導されながら基地の北東側にある5階建ての建物へと入った。
3階分の階段を上がると、"相対室"の前で足を止めた。
「中へお入りください」と少将言われて、私は扉を奥へと開けて顔を右に向けた。
するとそこには私が知っている顔が並んでいた。
1人が前にでて、他の5人は後ろで整列していた。
私が部屋の中心線上に立つと彼は言った。
「ご帰還、おめでとうございます!我らの英雄!」
先頭の者がそういうと後ろの列の彼らは「おかえりなさい、ラニーニャさん!」と言って走りよってきた。
「なんで皆ここにいるんだ…?」
私は訳が分からなくなり、聞いてみた。
「ラニーニャ、お前の空軍への復帰がさっき決まったんだよ!やっぱり俺達にはお前が必要だわ!」
にかっと歯を見せ手を握って親指を立てて、ゼッペン・ハイヤーは言った。
そしてディビィレット・サルターノ・ジェロータもハイヤーに続いて「復帰、おめでとうございますっ!」と言う。
それに紛れて、ウェンズ・ディレクティブ・ガルタージョはこう言う。
「俺達はラニーニャさんが決める新しい中隊に配属される予定なんです!」
アブラハム・グスコーニュやサルデニャ・グルコホース、先程の場所から動かない弥島英輝が"早く決めてくれよ!"と言わんばかりに手を叩く。
リズム良く、テンポ良く、私を焦らせるように。
私は皆を落ち着かせた後、皆が決めて欲しいという新たな中隊名を発表した。
「私たちがこれから配属される中隊の名前は…"Beyond"。意味は"夢の空、夢空で在ろうとも世界平和の為ならどんな困難であろうとも超えてみせる"という私の思いを込めた名前だ!別名"夢空の彼方"だ!」
私が言い切ると部屋は彼らの喜びの声で騒がしくなり、中には泣きながら何かを言っている者もいた。
私には聞き取れなかったが、しかし皆が喜んでくれて何よりだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
先程の少将は「紹介したい者がまだおりますので着いてきて貰えますか」と言われたので第3格納庫まで着いて行った。
倉庫内の待機室に入ると覚えのある七人衆が顔を揃えて待っていた。
真ん中には足を組みタバコを吸いながら反対の手で手を振る彼がいた。
「久しぶりだなラニーニャ」
「私としては二度と会いたく無かったけど…私の願いが通じたんだな…久しぶりだな"ハンネス・ゼクトール"」
そう、敵国最強のパイロット、ハンネス・ゼクトールが座っていた。
D-191刑務所に収容されていたカイル隊の隊員らは上からの命令によって解放されたのだ。
「解放されたのは俺たちとしても嬉しいんだが、その前に条件を提示されてよ。」
それはなんだ?と聞くと
「"解放してやる。その代わりタリバリン中隊らが新設する中隊に入れ"と言われたのさ。俺たちはお前たちに喧嘩をふっかけた側だからさ、仕方ねぇなと思ってその条件を飲み込んださ。でも、今はそんな思いでここにいるんじゃない。俺達全員、"平和の為に戦う"お前らが好きだがらここにいるんだ!」
ハンネスがそういうと残りのカイル隊員達も「そうだ!」「俺たちがこうして戦ったのもなにかの運命なんだよ!」「平和の為なら何でもするぜ!」等など、色々な元気のある声が聞こえた。
私は皆にありがとうと伝え、「では、新中隊"Beyond"に元カイル隊員達の配属を許可するっ!」と言って私は部屋を出た。
扉が締まり着る前に「ありがとうございます!」という声が私の耳に届いた。
私はその時少し微笑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
平和を求める仲間は今集結した。
手が届くか分からない空、"夢空"
夢空とは私たちが見ている理想の空。
戦争がある故、私たちは綺麗な空を取り戻そうと、平和な世界を取り戻そうと行動する。
この世界に戦争と言う物が存在しなければ、理想を追い求めることなどしなかっただろう。
私たちが生き続けている限り夢空を追い求めることが私たちの使命だ。
その使命が世界を救う事だと信じて…
私たちは今日も空へ舞う。
夢空の彼方 澄豚 @Daikonnorosi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます