星と、君と、約束と

ひみ

星と、君と、約束と

夜空に輝くオリオン座流星群は本当にきれいだったのよ。


そうか、僕も見てみたいなあ。


こんど、二人で見に行きましょうか。あそこに見える丘の高台からが、いちばん良く見えるのよ。


でも、今はまだ夏だよ。次の冬は......5ヶ月も先だ......。


とにかく、見に行くの! 約束だからね。


 年末も近づいた、12月のある夜。

 一人の男が、丘の上の高台に立っていた。

 シワの寄ったシャツによれよれのデニムパンツといういでたちは木枯らしの舞うこの季節には合っていなさそうだが、寒がる様子は一切見られない。

 男は、何かをぶつぶつと呟きながら顔を上に向けた。彼の生気の無い淀んだ瞳に、厚い雲が立ちこめる黒い空が見える。


「見えないよ、なにも」


 その場にしゃがみこんで、頭を抱える。


「もう僕の目にはなにも見えないんだよ。まわりにあるのは真っ暗な闇ばかりなんだよ。どっちを向いても、そこにいるはずの君がいなくて、僕はもう、それに耐えられないんだ」


 弱々しい心の叫びは、誰に届くこともなく空に吸い込まれていく。

 寝不足だったのか、男はそのまま意識を失ってしまった。


起きて。目を開けて。


いやだよ。放っておいてくれ。


ほら、顔をあげてよ。すごく綺麗よ。


もう僕には、なにも見えないんだ。


約束、忘れちゃったの?


やくそく......。


 男の脳裏に数か月前の夏の日が蘇る。

 たしかあれは、君が死んでしまう一週間前。

 君の病室で、星を見に行く約束をした。

 オリオン座流星群が見られるのは冬。でも君の命がそれまで持たないことは君自信分かっていた筈で。

 でも君は見に行くと言い張った。

 二人で、この高台から見たいのだ、と。


もしかして今。

君はそこにいるのかい。

あの頃みたいに、僕に優しい笑顔を向けてくれているのかい。


 男は、ゆっくりと顔を上げた。

 そして。

 目の前に広がる広大な宇宙に息をのんだ。

 さっきまで真っ暗だったはずの空は星たちで溢れていた。

 美しい宝石が、夜空を流れ落ちていく。

 輝きながら尾を引いて流れ、すぐに儚く消えてしまうそれらは、しかし消滅の瞬間まで美しく光っていて。

 男の視界を、頭を、心をいっぱいにした。


君が見ていたのは。

僕に見せたかったのは。

こんな世界だったんだね。



ほら、本当に綺麗でしょう。


「うん、きれいだよ」


喜んでもらえてよかったわ。


「まるで、君の命みたいだ」



 丘の上の高台で一人佇む男の顔は、涙で濡れていた。その二つの瞳は空の輝きを映して、光を宿している。

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星と、君と、約束と ひみ @harapekoshirayuki

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