【短編】悩んでる幼馴染みに「癒しの催眠」をかけてあげたら「俺を好きになる催眠」までかかっちゃったから責任取ってよと迫られた

波瀾 紡

【短編】1話完結

「ねぇ祐二。なんでそんな辛気臭い顔をしてんの? 服装だってだらしないし、髪だってボサボサだし。まあ、いつもだけど」


 高校から駅までの帰り道を一人で歩いていたら──


 小学校からの幼馴染みであり、高校でも同じクラスの山田野やまだの 花蓮かれんがいきなり声をかけてきた。


 花蓮は今ではかなり可愛くなっていて、学校一の美少女と呼ばれる存在。

 ちょっとオタクっぽくて目立たない俺とは住む世界が違う。


 だから普段はあまり話す機会もないが、こうやって時々花蓮が俺に話しかけてくることがある。

 まあだいたい俺のことをディスるようなことを言ってくるのだけれども──


「高校生になったんだから、アンタもちょっとはちゃんとしたら?」

「いいだろ別に」

「よくない。その上理屈屋でうざいしオタク趣味だし」

「はぁっ? まるで悪口のバーゲンセールだな?」

「そうよ。バーゲンセール中だからまだまだ言うわよ」

「言わんでいい!」


 なんなんだいきなり。


「そんなんだから祐二は全然モテないのよ」

「はっ? 別に花蓮に迷惑かけてるわけじゃないんだからいいだろ?」

「はぁーっ……」


 なぜか花蓮は大きなため息をつく。


「かけてるわよ。幼馴染みのアンタがそんなうっとおしい姿でウロウロしてたら、私までうっとおしい気分になるのよ。これって充分迷惑だよね?」

「じゃあ俺の姿を見なけりゃいいだろ」

「はっ? 同じクラスで隣の席なんですけどぉー? どしたら祐二の姿を見ないでいれるんですかねぇ?」


 そう。俺と花蓮は高校で同じクラスになった。

 しかも今は、なんの因果か隣の席だ。


「教室では仕方ないけど、じゃあわざわざ帰り道で声をかけてくんなよ」

「こんなこと、教室内で言えないでしょ? だから今言ってんの!」


 確かに。

 花蓮はクラスでは愛想良くて、性格がいいと思われている。

 そのうえとても美少女なのだから、クラスの連中はまさか花蓮がこんな悪態をつく姿なんて想像もつかないだろう。


「まあとにかく気をつけることね!」

「なんでお前にそんなことを言われなきゃならないんだ?」

「私の言葉は99%の善意と1%の悪意でできてるんだから、素直に聞けばいいのよ」

「100%悪意だろっ!?」

「はぁーっ……」


 また花蓮は大きなため息をついた。


「どうしたんだ? 疲れてるのか?」

「そりゃ疲れもするわよ。私だって色々悩みがあるんだから」

「はっ? 花蓮が悩み? お前の脳みそはお花畑満開かと思ってた」

「どこをどう見たら、そんなふうに見えるんですかねぇー」

「だってお前、学校ではいつも多くの友達に囲まれてるし、男達にもチヤホヤされて楽しそうじゃん」

「ええまあね。オタクでモテない祐二と違ってね。でも色々と気を使うことが多いのよ」

「モテなくて悪かったな!」

「いや、だから祐二だってちゃんと気を使えば……」


 花蓮は急にボソボソと小さな声になったものだから、最後の方なんてなんと言ったかよくわからない。


「はっ? なんだよ?」

「な、なんでもない! とにかくそういうことだからっ!」


 花蓮は強がってるけど、やはりかなり疲れた顔をしている。


「お前、ホントに大丈夫か? ちゃんと寝てるか?」

「実は最近不眠気味で、なかなか寝つけないんだよねぇ」

「そうなのか? じゃあちょっと施術してやろうか?」

「施術? なんの?」

「催眠術」


 花蓮はポカンと口を開けて俺の顔を眺めてる。


「催眠……術? 祐二、そんないかがわしいモノに手を出してんの?」

「いかがわしくないよ」

「だって催眠術って女の子を操って、エロいことし放題なアレでしょ?」

「違うわいっ! お前、どこからそんな情報を仕入れたんだ? まさかエロゲーでもやってんのか?」

「へっ……? あ、いや、そんなのやったことないに決まってるでしょっ! ななな何を言ってんのよ祐二は!?」


 花蓮は明らかにキョドってる。怪しいなこいつ。


「お前、今エロゲーって言葉、なんの違和感もなく理解してたしな……」


 ジト目で見つめていたら、花蓮は案外簡単に口を割った。


「あ、いや、友達がさ……こんなのあるんだよーって、ネットのアダルトゲームサイトを見せてくれたんだよ」

「ふぅーん……」

「あっ、ホントなんだからねっ! 買ったりやったりはしたことないからっ!!」

「わかったよ。まさかお前がエロゲー買ってるなんて思わないから。だからそんなに必死になるな」

「必死になんかなってないしっ!」

「なってるだろ。まあいいよ。信じてやるから」

「なんでそんな上から目線なのよ? 祐二のくせに」

「花蓮こそなんでそんなに上から目線なんだよ。学年一の人気美少女のくせに」

「なにそれ、悪口? それとも褒めてるの?」


 ──あ、しまった。

 悪口なんて言い慣れてないから、変なことを言ってしまった。


「ま、まぁどっちでもいいわ。祐二が私を操って好き放題蹂躙したいって願望を持ってるのはわかったから」

「だからちげーよ! そんな願望は持ってねぇ!」

「ふぅーん……」


 今度は花蓮がジト目で俺を見つめる。


「お前も知ってると思うけど、俺の両親は整体院をやっててさ」

「それ知ってる」

「それで催眠療法も併せてやってるんだよ。ヒプノセラピーって言って、心や体をリラックスさせて癒す力がある。不眠症にも効くんだよ。それで俺も催眠術を教わってるから施術できるんだ」

「そうなのっ!?」

「ああ」

「そうなんだ……催眠術ってテレビのエンタメと、エロゲーしか知らなかった……」


 おいおい!

 学校一の美人女子高生がエロゲーって単語を口にすんなっ!!


「なあ花蓮。エロゲーの催眠なんて、あれはフィクションだぞ。実際の催眠は、あんなに都合よく人を操ることなんかできない」

「そうなの?」

「そうだよ。エッチするとか、そんな簡単に操れるわけじゃないんだぞ」

「そうなんだ……わかった。じゃあ催眠の施術、やってもらおうかな……」

「よし了解だ」

「どうしたらいいの?」

「そこの公園に行こうか」


 下校途中にある公園のベンチに座って、俺は花蓮に催眠をかけることになった。



◆◇◆◇◆


 花蓮をベンチに座らせて、俺は前に立つ。


「ね、ねぇ祐二。念のためにもう一回訊くけど、無意識のうちにエッチをしちゃう催眠とか、ホントにないよね?」

「ねぇよ! もし仮にあったとしても、俺が勝手にそんな催眠をかける男に見えるか?」

「見えるから言ってんだけど?」

「なんだと!?」

「あ、ごめん」


 思いのほか花蓮は素直に謝った。もしかしたら催眠術の初体験ということで、少し不安になっているのかもしれない。


「じゃあ始めようか」

「う、うん」


 俺は花蓮を催眠状態に誘導し始めた。


 コイツは割と催眠にかかりやすい体質のようで、すぐに目を閉じて催眠状態に入った。そこからは30分くらいかけてじっくりと暗示を入れていく。


 全身の筋肉がリラックスして、疲れが取れる暗示。

 不安を軽減して、いろんなことが上手くいくという自信を潜在意識に入れる暗示。

 そして不眠の不安を取り、しっかりと眠れるという暗示。


 催眠状態を徐々に深めながら、何度かこれらの暗示を繰り返した。

 そして最後は覚醒。


「今から10数えて手を叩くと、貴女はスッキリとした気分で目を覚ますことができますよー」


 そしてテンカウントして、パンっと手を叩く。

 ハッとした顔で花蓮は目を開けた。


「気分はどう?」

「えっ……? あっ、スッキリして、とってもいい気分!」

「そっか、良かった。今夜はきっと、すぅっと眠れるよ」

「あ、ありがとう祐二」

「じゃあ帰ろうか」

「う、うん……」


 花蓮は自分の今の状態が不思議なようで、少し戸惑った顔をしている。ベンチから立ち上がったまま、歩き出そうとしない。


「どうした?」

「ちょっと祐二……」

「なに?」

「アンタ、私にやっぱ変な催眠かけてない?」

「変な……ってなんだよ?」

「私が祐二を好きになる催眠とか……」

「かけてねぇよ!」


 なぜか花蓮が俺をジトっと見ている。しかしその顔は少し頬が赤らんで、いつもの花蓮とちょっと違う感じがする。


「だって祐二の顔を見たら、ドキドキする……」

「不整脈じゃないか?」

「違うわ! そんな持病ないし!」

「じゃあなんだろ?」

「なんか……いつもより祐二がカッコよく見える」

「マジか!?」

「うん。これはやっぱりそうだよ。祐二を好きになる催眠に間違いない」

「だからそんな暗示は入れてないって! 信じてくれ!」

「ああーっ……私無理矢理、祐二を好きにされちゃった……」


 花蓮はちょっとうつむいて、なんだかチラチラと視線を俺に向けてくる。

 いやでも……マジでそんな催眠はかけてないし、わけがわからん。


「祐二。ちゃんと責任取ってよね」

「責任っていったいどうすれば……」

「そ……そうね。わ、私に優しくするとか……」


 花蓮は恥ずかしそうに言いながら、今度は俺から視線をそらした。その視線の先を見ると、公園の目の前にクレープ屋がある。花蓮はクレープが大好物だ。


 ──あ、わかった。

 コイツそんな催眠にかかったフリをして、俺にクレープを奢らそうとしてるな。


「なあ花蓮。それ嘘だろ?」

「えっ……? なななな、なんでよ? ううう、嘘じゃないし。そんな嘘をついて、私にメリットないし」

「いや……優しくとか言って、クレープを奢らそうとしてるだろ?」

「ちちち違うし! く、クレープ奢ってほしいなんて、思ってないから!!」


 コイツめっちゃキョドってるじゃんか。いかにも怪しいな。


「ホントか?」

「ホントよ! だいたい私が優しくしてって言ったら、イコール食べ物を奢るって発想はやめてくれる!?」

「あ、いや……お前、食いしん坊だからな」

「まあそれは否定しないけど」


 否定しないのか?

 やっぱクレープ奢れ、が正解だったんじゃないのか?


「ああ、どーしよー 困ったなぁー 祐二を好きになる催眠かけられちゃったなぁ……」


 そんなことを言いながら花蓮が近寄ってきて、肩を俺の腕にすりすりとし始めた。


「おわっ!?」


 別に嫌なのではないけど、いきなりのことにびっくりして、身を少し引いてしまった。


 幼馴染で長い付き合いだけど、こんなふうに身体が触れ合うなんて小学生以来だ。

 さすがに小学生時代と違って、花蓮の身体は柔らくて女の子を感じる。

 思わずドキドキしてしまった。


「ああ祐二! 念のために言っとくけど、これは私がしたくてしてるんじゃないからね! 身体が勝手に動くのよ! これはやっぱり祐二を好きになる催眠の影響だからねっ!」


 いやだから、そんな催眠はかけてないっつーの!


 でもやっぱりホントに、俺を好きになる催眠がかかってるのか?

 いやいやそんなはずはない。だってそんな暗示は一切入れてないんだから。


 ──とは思いつつも。

 何が起きているのか、俺にもよくわからない。


 催眠の世界は奥が深いし、もしかしたら花蓮の言う通り、なにか変な暗示がかかってしまっているのかもしれない。それならばちゃんと対処するのが、施術者の責任だ。


「わかったよ。俺が責任とる」

「えっ? やったぁー!」


 花蓮は小さくガッツポーズ。元々美少女なだけにかなり可愛い。普段は憎まれ口ばかり叩く花蓮なのに、この素直な感じ。


 でもいったいなぜガッツポーズなんだ?

 しかも後で小声で「よっしゃっ!」って言ったように聞こえたし。

 意味がわからん。


「じゃあ、俺を好きになる暗示を解いてみるよ」

「えっ……?」


 なぜか花蓮は動きがピタリと固まった。


「責任取るって……それ?」

「ああ、そうだよ」


 そして両手をふるふると横に振る花蓮。


「いやいやいや。そ、そんなことしたら、せっかくかけてくれた癒しと不眠治療の暗示まで解けちゃうからダメだよ」

「いや……俺を好きになる暗示だけを解けば大丈夫だろ」

「そんなの上手くいかないって! 素人判断をしたらダメだよ祐二」

「いや、素人はお前だろっ!」

「あ……そ、そうでした……」


 何を言ってるだコイツは?

 なぜか花蓮は横を向いて、「チッ」と舌打ちをしてる。

 なんなんだ?


「じゃあ、やるぞ」

「ふゎーい……」


 なぜだかわからないが不満そうな花蓮を再びベンチに座らせて、もう一度催眠状態に誘導した。

 そして俺を好きになる暗示(そもそもそんな暗示がホントに入っているのか疑わしいけれども)を解く作業を行う。


 それが終わってから、また覚醒を行なった。

 花蓮はパチッと目を開く。


「どうだ?」

「うーん……」


 花蓮は俺の顔をじーっと見ている。


「やっぱりダメだ。祐二を好きになる催眠は解けてない気がする」

「ええーっっっ!? 嘘だろーっっっ!? なんでだよーっ!」

「そんなこと私に言われてもわかんないって! 悪いのは祐二なんだからっ!」

「俺が悪い? 俺はそんな暗示は入れないって! 天に誓って言うよ!」

「ふぅーん……まあ一応は信じてあげようぞ。きっと何か事故みたいなもので、未知なる力が作用してそんな催眠がかかっちゃったんだろうね」


 なんかよくわからんが、花蓮は空を見上げながらそんなこと言っている。


「なんなんだよ、未知なる力って!?」

「知らないわよ。知らないから未知なんでしょ? 知ってたら既知だし」

「お前、俺のことを理屈屋でうざいとか言うくせに、お前こそ屁理屈屋じゃんか!」

「ああーっ祐二!? そんな酷いことを言うの!? アンタが無理やり、催眠で惚れるようにさせておきながら……」

「いや、だから俺は、そんなことしてないって……」


 花蓮があまりにも『俺が無理やりした』なんて言うもんだから、なんとなく俺も自分が悪いような気がしてきた。だからつい声が小さくなってしまう。


「まあいいわ。花蓮ちゃんは優しいから、今回は祐二を責めないでいてあげる。まあその分、今後責任を取ってくれたらいいから」

「だから責任って、いったいどうすれば……」

「まあ明日からも毎日顔を合わすんだし、ゆっくり考えましょう」

「そ……そうだな」


 花蓮が催眠のせいで俺を好きになっているなんて……

 そんな重大なことが起きているのに、案外コイツはのほほんとしてるな。

 まあ元々小学校の時からいわゆるお転婆で、男以上に豪快なところもあったからなぁ……


 ──でもまあしかし。

 催眠の暗示というのものは、普通は一晩寝ればその多くは自然に解けるものだ。


 だから明日登校すれば、きっと花蓮も元に戻って、俺のことなんかどうでもよくなってるに違いない。



 そのことを思い出して、俺は少しホッとした。

 そして花蓮と一緒に駅に向かって歩き出した。



 今日はちょっと驚くようなことがあったが、また明日からはいつもどおりの日常に戻るのだろう。


 俺はそんなことを考えながら、いつものように夕焼けが美しい空を見上げた。



== 完 ==



 ──いや実は。


 俺のそんな考えは甘かったということに、後になって気づかされた。

 なぜかその後も花蓮は暗示が解けないとか言って、なんだかんだと事件が起きる。

 でもその話は、またいずれ別の機会に。(続編あるかも?)

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