第2話 那瑛族
太古の昔、大神の竜を信じる神国が存在した。竜が地上に降り注ぐその力は、姫も、巫女も、民も代々受け継がれていった。そのおかげで、その国の者は健康に恵まれ、その賢い知能で独自の文明を築き上げていった。のちに空を飛ぶ船が作られ、ついに人々は、自らの手で竜を生み出す技術まで手に入れた。
ところが、その生まれた竜は人の言うことなど耳も貸さずに、知能も殆どない、まるで赤子のような竜だったという。国は破壊され、人々はどんどんその竜に食べられていく。腹に人を宿した人喰い竜は、大戦の末、両目を失明。しかし、それでも飽き足らず、破壊と殺戮をくりかえしていくばかりだった。国が滅ぶ一歩手前、混乱する中、ある一人の少女が笛を吹いたのだ。その笛の音色は美しいだけではなく、音がバラバラで複雑なのだが、きちんとメロディーとしても奏でられていたのだ。その音色を聞いた竜は、音をじっと聞くと、暴走が収まり、破壊された国を残してどこかへ消えていったという。それはのちに伝説となり、その笛を人々は「竜の息」と呼び、国の宝とした。。
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朝焼けの空の下、大海原を超えて、木彫りの船が陸に向かって流れてくる。乗っているのは、傘の被り、口元をマスクで隠したとある瑛族。船が浅瀬までやってくると、その場に降りて、先端についていた紐で、力を込めながら船を浜辺まで持っていった。降り立ったのは、山のように盛り上がる大地が複数ある、高原な野原。それを確認すると、船に置いてあった荷物を取り出し、ランタンは火を消した。ゆっくり確実に進んでいくと、一度思い出したかのように、軽く口を開いて、立ち止まった。
忘れ物だ。
小走りで、船の中を覗き込むと、置いてきた古い本を持つと、荷物の中にしまい込んだ。
目の前の大地の坂道を慣れた足つきで着々と歩いて、ようやく頂上まで登っていくと、そこに広がっていたのは、地平線の奥にまで広がる大量のバラバラになった木材の山。中にはガラクタの山、無関係な人間文明の残骸などがあった。
この光景に、那瑛族は全く驚くことなく、じっとこの残酷な光景を見つめていた。そのうち、上空には、ハゲタカの姿が…。
それを確認すると、足元に気をつけながら、坂を下っていき、そこの場に近づいた。
ゆっくり木材の道を進んでいく。足場の悪い場所は避けながら、辺りを見渡す。すると、その中で、とある荒れ果てた一軒の家を見つけた。そこに進み、ドアノブに触ろうとしたが、そのままボロボロと崩れてしまった。那瑛族はそのまま足を使ってドアを蹴りつけた。やり方は乱暴だが、開ける方法はこれしかなかった。ドアは開き、部屋の中に倒れて、ホコリが舞った。中は破壊され、人は誰一人住んでいなかった。天井が抜けて、空の光がうっすら入り込んでいた。部屋の様子を見ていくと、奥の台所らしき場所の端の方で、人らしき骨の遺体がうずくまっていた。それを目撃した瞬間に、那瑛族は笠の奥から目を潜めて、静かに目を閉じた。その瞳からして女性だということがなんとなくわかる。そのまま部屋から出ていくと、再び木材の山の道をひたすら無言で進んでいった。
木材の道を超える頃には、辺りはすっかり朝になっていて、清々しい空気が全身を駆け巡った。穏やかな風に恵まれ、後ろも振り替えずに、自分の留めた船があんなに遠くに見える。美しい景色のはずなのに、この那瑛族はまったく見向きもしなかった。この草原は、一見すると素晴らしい場所だが、ここはかつて山火事で森が全て燃えてしまい、焼け野原になった、荒れた大地である。たくさんの生き物が死に絶え、近くには名も無き小さな村があったが滅びてしまった痕跡もみた。きれいになっている自然や森林、大地の裏には、そうした事実が隠れていることがあまりにも多すぎている。
那瑛族はひたすら前を向きながら歩き続けている。細い道だったり、深い森林の中だったり、足場の悪い岩道など、何も喋らず、何かを探しているように、足をひたすら前へ動かしている。
山の中の小道を歩いていた時、ここはやけに、ガラクタのゴミがたくさん散乱していた不安定な場所だった。たくさんの人間がここに不要物を捨てていったせいで、ここはちょっとした森のゴミ箱と化していた。そのせいで近くに流れている小川の色が美しく見えなくなっていた。
っと、その時、那瑛族はなにかの気配を感じて、その場にピタリと止まった。音の聞こえた方へ耳を向け、そして視覚で確認した。草むらから遠くの方でカサカサと言っているのがこの那瑛族には聞こえた。しばらくじーっと強い視線を向けて、そのまま姿勢を低くした。竜の柄のマントの裏には、変わった形の火縄銃が備えられており、そこに手を置き、静かに触れた。飛び出してくることを想定し、背中から銃を外すと、身構え、火縄に着火し、火縄の両端に火をつけ、それを二つ折りにして火口を左手の指に挟み持って待機した。向こうから出てくるまでじっと待つが、草むらから出てきたのは、なんと猫だった。予想だにしていなかったことに冷静に首をかしげるが、状況を把握し、ホッとしたのか、火縄銃をゆっくり下ろした。しかし、その猫は、左腕を失った怪我をした猫だった。血も流しており、今さっき怪我をしたのだろうか、鳴きもせずにこちらと目が合うと、じっとこちらの目を見つめてきた。那瑛族も火縄銃をしまうと、スクッと立ち上がった。猫は立ち方はやや右寄りでぎこちなかった。那瑛族はそのまま立ち去ろうとしたが、猫はそのままついてこようとしていた。その行動にここでようやく、マスクを顎に下げると背を向けたまま猫に語りかけた。
「その治し方を私知らないの。次生まれてくるときは猫じゃなくて、違う生き物にしておきなさい。そのほうがきっと今よりもっとうまく生きれるはずだから。生まれてくる時代を間違ったわね」
那瑛族の顔は、整った顔の女で、一瞬、水が透き通ったような美しい声に聞こえるが、やや低めの冷徹感があるような落ち着く声だった。
猫は、言葉を受け止めると、それ以上近づこうとはせず、その場に座り込んだ。ここでようやく那瑛族は振り返る。様子を確認すると、マスクを再び鼻まで上げた。
「本能に従って、好きに生きなさい」
突き放すような声でそう言い残すとその場を去り、再び小道の森林へと消えていってしまった。
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風は先程より強く吹き溢れ、雲が東の方へ流れていく。小道の森林を抜けて、再び広い野原に出た。歩きながら那瑛族は荷物の肩掛けから、先程、船に忘れて取りに行ったあの古い本を取り出した。本を1ページ目から開くと、白い小さな紙がパラッと地面に落ちる前に素早く拾い上げた。本を覗くと、見開きには大きな不気味な竜と、長い文章が刻み込まれていた。絵には、赤い目を宿した竜が上空に漂い、街を破壊し、人々が逃げ惑う中、たった一人で立ち向かい、竜に向かいながら笛を吹く、一人の少女がそこにはいたが、その瞳には悲しげに水色で塗られているのが目を凝らさなくてもわかった。笛の音は空の彼方まで響き渡り、人喰い竜の暴走を引き止めたという伝説が本に刻まれていたのだった。先程の白い紙には、不思議な形をした笛の絵が書かれていた。オカリナのような形だが、吹き口が複数あり、異質なターコイズの装飾品で彩られていた。じっと見つめ、よく目に焼き付けていると、再び、何かの気配を感じ取り、音のある方へ視線を向けた。本と紙を荷物へしまい、しばらく立ち止まって様子を伺っていると、左の方から、馬の蹄の音が何足も聞こえてきた。木で隠れて見えないが、ようやく姿を表した。四体の馬と家来を引き連れた、若い王族の少年だった。どうやら狩りをしている様子だった。あれは間違いない、クルト国の王の息子だろう。クルト国とは、ここから西の外れの方にある巨大な科学と魔法が入り混じった国家で、ここ最近のアルト国とは緊張状態が続いている独立国。その様子を確認すると、再び足を進めようとした、その時、突然目の前から高圧的な声がかけられた。
「何者か」
目の前に現れたのは、クルト国の護衛。三人組でどうやらここらあたりを見回りに来ていたらしい。
「ここはクルト国の領土。よそ者はすぐ立ち去れ」
しかし、何も言わず、無言のまま聞き届けていた。すると一人の護衛が那瑛族の格好に気がついた。
「ん?なぜ那瑛族がここにいる。答えよ」
那瑛族は笠に手を触れ、その奥で怒りの感情を抑えながら言う。
「…領土?それはあなた達が勝手に決めている土地でしょう」
「国が決めたことだ。たとえ人喰い竜使いの族でも、この区域には入らせるなとの命令だ」
頭を使わない人たちを家来にするのは、さぞや王が苦労するだろうなと、那瑛族は心底うんざりしていた。たかがこの土地だけに部外者扱いされ、自分が那瑛族ではなかったら、市民は速攻殺されていただろう。まぁ、もうここには市民はいないが。
那瑛族は後ろの方を指差した。
「あれを見なさい。自分たちの国の発展のために、木を切り倒し、木材すら、あそこにある小さな村に捨てて、やがて滅んだ。…やってることは、結局、アルトアの人たちと何も変わらない」
那瑛族はまるであざ笑うかのような口調で護衛に向かってそう言った。
「貴様っ!!」
「我々を愚弄するか!」
「奴らと我々は違う!!」
怒りに身を任せて武器を構えて、那瑛族を殺そうとしたが、その時。
「やめろお前達」
若い少年の声に護衛たちは身を引き、武器を収めると、目の前に現れたのは白い馬に乗った若き王子の少年だった。豪華な装飾品に魔法使いの象徴の杖まで持っていた。こちらに近づいては、不審な目線でこちらを睨みつけてきた。
那瑛族はその視線に、笠で顔を隠した。
ー人喰いの蘿媽那(らぼな)ー 琉華ペングソ先生 @ruka1015
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