戦いの末に

(前回のあらすじ)

 ムスタフ軍が退却していき歓喜に揺れる司令部。反転攻勢をかけるタイミングで、コウヤは魔王オモダルに体を乗っ取られてしまう。


◇◇


「コウヤ殿……コウヤ殿っ、元に戻れぬのか?」


 最悪のタイミングで魔王オモダルに体を乗っ取られた。

 ムスタフ将軍を撃退したあとの俺に、誰も疑うそぶりもなく止められる事もないまま、この地下シェルターへたどり着いてしまった。


「魔人軍には手を出すな」

 と俺の声とは違う、例の下っ腹にズシンとくる低音で命令する。


「侵攻してきたのはそちらだ。まずはそちらが軍を引くのが先であろう」

 とすでに状況を飲み込んでいるサユキ陛下。


 俺は俺で、必死に身体を取り戻そうと『この卑怯者っ。魔王のプライドどこ行った? 借りもん俺の体で魔王を名乗るんじゃねぇよっ』

 と、あがいているんだが。


 だめだ――金縛りにあっているように、全く自由にならねぇや。


「『祝福』により調和は成された。これ以上は無益だと言っている」

 と、例の低音で魔眼の映像を指す。


 外の風景が浮かび上がり、そのまま青龍の開けた天空の穴にピンチインする。どんどん拡大して行くと、陽炎かげろうのように大気が揺らいでいる。


「あの穴は魔界と繋がっておる。魔界に溜まり切った魔素をこれからこちらへき出す」

 と左手をかざした。


 するとジェット機のエンジンの後方から、吹き出す気流のようにグニャグニャと大気がゆがんだ。


 ムラク元軍卿が上擦うわずった声で

「やめろっ、大量の魔素が人間にどのような影響を及ぼすか――「問題ない」」

 と制止しようとするのを魔王オモダルがさえぎる。


「問題ない。大気の比重が違うゆえに、今の大気に二、三割まざり込み魔法の威力があがる――それだけだ。

 その魔法も人間たちは五百年かけて体に馴染ませてきたではないか?」

 

 着いてこい、とあごをしゃくり、地下シェルターから外へ出て行く。


「教えてやろう。魔界の魔素が流れ込むことによって、人間は進化する」

 

 と、屋外に出るとスゥと息を吸い込んだ。

「懐かしい匂いだ。はるか昔の魔界の匂いと似て……」


 しばらくあたりの景色を眺め、パンパンっと手を叩くと

「ライチ公爵――出てまいれ」


 と何もない空間から、山羊の角を生やしたような小柄な魔人を引っ張り出した。


「な、なにをなさいます? 魔王オモダル様っ」

 しわがれた声にガイコツに皮を貼り付けたような顔。溢れ出す膨大な魔力にあたりの者たちが思わず後ずさった。


 魔王オモダルは、ライチ公爵の首を捕まえたまま、

「はや時間がない――『調和』が整ったゆえに、これ以上の争いは禁ずる」

 と命じる。


 それが終わると振り返り

「サユキ国王よ。これで終わらせようぞ――もはやこの争いに意味はない。仔細しさいはこやつと話せ」

 と、サユキ国王の前にライチ公爵を突き出した。


「さて――最後の仕上げじゃ」

 と右手を中空へかざす。


「フンッ!」


 目もくらむばかりの閃光。

 耐えきれずに固く結んだまぶたを開くと、中空にもう一つの穴が。

 方や大気が吸い込まれていき、方や魔素が大量に流れ込んでくる。


「事は成った……」

 と、ど低音の声の主はその存在が小さく、小さく成って行く。


「コウヤ、面倒をかけた」

 と、小さく俺に言い残して。


――――


 ライチ公爵の通達がなされたのか、魔人軍の侵攻は進むことはなかった。

 そして俺は今、拘束されている。


 なんでこうなった?!


 オキナによると、魔王の最後のぶっ放しを目撃した人々が多数いるわけで。

 おまけにライチ公爵が俺のことを「魔王オモダル様――」って呼んでたわけで。

 俺が魔王オモダルだと騒いでるやつらがいる――だって。


 実は手柄をあげそこねた貴族が、足を引っ張ろうと暗躍あんやくしてるんだと。

 

 魔導官第三者の調査と審議を終えるまでは勾留こうりゅうされるらしい。

 軟禁されているのが、将校用の部屋なだけマシだけど。こちらに来た時はさ、普通に拘置所だったもんな。


 ぬぁにが『コウヤ面倒をかけた――』だよ?

 オモダルの野郎っ……と、どっかの貴族っ!


 とはいえオモダルには危ないところを救ってもらったしなぁ。

 ムスタフ将軍は強かった。ライガとの一騎打ちもやばかった。


「はぁ――。世界が救われたのも事実だしな……」


 空間に空いた穴は、魔王オモダルの言ったとおり魔界の魔素をこちら側にもたらし、魔法の威力も上がっている。

 それは回復魔法も同じで、傷ついた兵たちも続々と回復しているらしい。


 これで終わったんだよな……と呟いてみる。

 声に出さないと、よくわからないこともあるでしょ? 実感がないと言うか。

 こんなだし。


 そんな時にトントンッとドアがノックされた。


「コウヤ、入っていいか?」

 コウのぶっきらぼうな声。


「んあ? いいんじゃね?」

 ちょっと不貞腐ふてくされて、適当に答えてしまう。


「入るぞ?」

 と刑務官と一緒に現れたコウは、ナナミを連れていた。


「……ナナミ」


 間が悪いと言うか、カッコ悪いというか。

 バツが悪い顔しかできねぇ。


「大変だったな。事情が事情とはいえ、派手にやりすぎだ馬鹿者」

 コウはわざとらしく無表情だ。


 あれは俺だけど、俺じゃねぇし。

「ややこしいから言い訳はしねぇ。だが、お前だけはわかってくれてると思ってたけどな」

 残念だよ――と、ちょっとムッとしてたりして。

 

「わかってるさ。今、オキナもサユキ陛下も必死に火消しに回ってる。

 だから私は今一番会いたいだろうって人を連れてきたわけさ」

 と、控えめに立っていたナナミを前に押しやった。


「規則で十五分しか話せないが、立ち会いの刑務官に私は用事がある。少し席をはずすから、二人で話をしていてくれ」

 と二人っきりにしてくれる。


「コウヤ様……お、お疲れ様」

「おぅ、お疲れ様。終わったぜ、つらかったろ?」

「そんなこと」


 と言うはなからナナミの両眼から滂沱ぼうだの涙がこぼれ落ちてくる。


 そして「……おかえり」と一言。

 

 あとは黙って手を取り、さするようにぜ続けている。


「ただいま」

 

 ポロリとこぼれた言葉に、やっと長い戦いが終わった気がした。

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