あの世との境

(前回のあらすじ)

 ついにムスタフ軍と接敵。ムスタフ将軍との一騎打ちは魔王オモダルも乗り出して一進一退。死闘に終止符を打ったのはスンナのブレスだった。


◇◇


 俺の周りがシールドで覆われ、目の前が真っ白になる。ボゥンッと衝撃が走った。

 王宮へ続く石畳が木の葉のように吹き飛んでいく。

 閃光が収まると、空から瓦礫がバラバラと落ちてきた。


「シールドで保護してあとは吹き飛ばしたってかよ?」

 

『愚か者が……』

 そんな悲しげな呟きが転げ落ちた。


◇◇ムスタフ目線です◇◇


 我(ムスタフ・ゲバル・パジャ)は今、真っ白な世界にいる。

 ここは涅槃ねはんと呼ばれる世界なのだろうか?

 スカイ・ドラゴンのスンナからのブレスが、襲ったのはわかった。


 だが、気がつけばここにいる――と言うことは、我は死んだのか?


 馬鹿な……。

 あと一歩で、ゴシマカス王宮の地下シェルターへ押し寄せ、勝利を物にできたはずだ。

 そのあと一歩のところで、スカイ・ドラゴンのスンナの放つブレスにやられるとは……。


 思いもよらぬ――いや、十分に警戒していたはずだった。スカイ・ドラゴンからのブレスは。

 それゆえコウヤを盾にすべく接近戦をしたのだ。

 コウヤごとブレスで焼き切るはずがない、そう言う思惑で――だ。

 城門突破まで近接戦でコウヤを盾にするつもりだった。


 それが『雷撃スタン』で距離を取られることになろうとは、な。

 あなどったゆえに見誤ったか?


 彼のデータは全て頭に叩き込んだはずだ。

 そういえば“獣人の乱”の際も『雷撃スタン』は使っておった。

 だが、あれは魔王オモダル様の発現があってのこと……オモダル様が我らを裏切るはずがない。

 だからあそこで『雷撃スタン』が来るはずがないのだ。


 なぜなら、我らが敗れれば魔人に明日はない。

 魔界は増え続ける魔素で、もはや人が住める場所ではなくなってきている。


 それゆえに『災禍』の際、青龍に襲われる危険を犯してでも侵攻したのだ。

 魔人の生きていける場所を確保するために。

 

 何故か魔王オモダル様は『調和』を掲げ、侵攻には消極的だったと聞く。だが、我が直訴したその時には“後がない”魔界を憂いておいでであったように思える。


 ならば魔王オモダル様が我らを裏切って、コウヤ将軍や人間どもを助けるわけがないのだ――。


 なぜだ?


 答えの出ないまま、我(ムスタフ・ゲバル・パジャ)は、真っ白な世界を導かれるように、一本道を進んでいる。

 ここを抜ければ、おそらくあの世となるのだろう。


 もはや我(ムスタフ・ゲバル・パジャ)のできる事などない。悔やまれるは、魔人たちの未来を作る事が出来なかったことだ。


 それもまた、運命さだめなのだろう。

 我(ムスタフ)としての――魔人という、種族としての。


 あの世に行った時に、我(ムスタフ)に忠誠を誓い、ついて来た強者つわものどもの、責苦を背負わねばなるまいな。

 それも覚悟の上で敗れた。ならば魂魄を切り裂かれても致し方あるまい。


 願わくば、あの強者つわものどもが良き輪廻を迎えられるよう、神仏にすがらせてもらいたい。

 罪は我(ムスタフ)一人にあるとして。あとに残された者たちに、我ができることはそれしかあるまいて。

 万の敵を相手に縦横に切り裂いてやった。我が武威ぶいは示せたのではないか?


「本懐なり」


 地獄のフタが開いているであろう、白い世界を潜り抜けようとした。

 だが、袖を引っ張って行かせまいとする者がいる。


「誰だ?」


 武人の終いに愚かしくも見苦しくも、その本懐を邪魔する者は?


 みるとずいぶん小さき者が我(ムスタフ)の袖を引っ張っておる。

 少年か?


「見苦しい。罪は背負しょってやるゆえ、その袖をはなせ」


 輪郭しか見えなかった少年が姿を現す。


「ムスタフ将軍、でんれいでございます」

 と、声変わりもしていない幼い声が聞こえる。


 少年……と目を凝らしてみれば、見覚えのある姿だった。


「ベロです。さいごのでんれいにまいりましたっ」

 小さき体を指先までしっかりと揃え、直立不動で敬礼している。


 そうか……あの時の少年兵か。


 隘路あいろに罠を張り、ゴシマカス軍を誘い込もうとした時、我(ムスタフ)に伝令として近づいてきた少年兵。

 あのあと、コウヤのディストラクションに飲まれ我(ムスタフ)も瀕死の重症を負ったが、助からなかったか――。


「勇敢なる少年よ。誰からの伝令じゃ?」

 腰を下ろし、そっと肩に手を添える。

 それだけで、少年は割れるように笑った。これほど嬉しいことはないとばかりに。


「魔王オモダル様です。もうしあげてもよろしいでしょうか?」と生真面目な顔で問うてくる。


「申せ」


ぬことまかりならぬ。きてマジン魔人ミライ未来を作れ――とのことですっ」

 またも背を逸らし、指先までピンっと伸ばしていかめしく少年は告げる。


 視界がゆがむ。

 もはや我(ムスタフ)の命など。まだまだ生きられる少年兵ベロこそ、死ぬなどまかりならぬではないか?

 だが、ここにいるということは……。


「少年兵ベロ。見事である」

 そう言って懐にしまった宝剣を手渡した。

「見事である」


 そう告げると少年は笑った。

 そして。

「ムスタフ閣下、あとの世をおねがいします」

 と生真面目に敬礼すると、走り去って行った。


「順番が逆であろうよ……」

 我(ムスタフ)は、だれはばかることなく泣いた。


◇◇◇


「……フ様っ……スタフ様っ、ムスタフ将軍っ」

 必死な叫び声に目を覚ました。

 助かったのか?

 朦朧もうろうとした意識を、軽く頭を振って正気を取り戻す。


「ムスタフ様っ」

 我を肩にからげて走る魔人。


「マガラか?」

 十将の一人。怪力のマガラが、我を担いで走っている。


「マガラ、マガラッ、良い。正気になった、おろせ」

 そう言うと脇道へ飛び込み、そこでゆっくりと地に足を着けてくれた。


「戦況は?」


「スカイ・ドラゴンのブレスでシールドが粉砕されました。閣下も咄嗟とっさにシールドを張っておられましたが、吹き飛ばされ私が救出した次第」


「どれくらい(生き)残った?」


「……散り散りになりわかりません」


「そう……か」

 そう言って裾についた埃を払い、「撤退じゃ」と物憂げに告げた。

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