攻防の決着

(前回のあらすじ)

 ムスタフに追いついたかと思えば、魔人が壁となって立ち塞がる。十将を倒した俺は、ムスタフ将軍の消えた方向へ走る。


◇◇


「ぐわッ」

「へべっ!」


 まるで雲のように湧いてくる魔人たちを、ことごとく『斬波』で切り裂きながら走っている。


「キサマぁぁぁぁ――」

 まさに鬼の形相で突き掛かってくる魔人を斬り倒し、物陰に飛び込んでは『斬波』を叩きつけて、ムスタフ将軍に追いついた。


 王宮の城壁はすでに穴だらけになっており、鋼鉄製の城門はベコベコに変形して、かろうじて侵入を防いでいるくらいにしか形を残していない。

 

 やばかった――あと少し遅れていたら突破されていた。


 鼻からスゥ――っと息を吸い込み、魔力を剣先へと流し込んでいく。

 流し込んでいく。流し込んで――ミスリルの剣がフィ――ンッと甲高い音を奏でた。

 刀心は真っ白に輝き、俺が振り下ろすと一団ごと吹き飛ぶ。


「ムスタフ――ッ どこだ?! ここらで一騎打ちと行こうや、オタクのシュウさんは片付けといたぞぉ」

 

 なあっははっはぁ――っと煽り笑いをしてやると、山ほどライトニングが襲いかかってきた。


「わ、ちょっ、危なっ」

 飛び下がってシールドを展開すると直撃弾を弾き返した。

 その奥から「しつこいのぉ」と巨漢が現れる。

 ムスタフ将軍だ。


「そろそろスカイ・ドラゴンがやってくる。シールドを準備しておけ。シュウの仇も取ってやらねばな」


 と首を振り、後ろへ「城門を崩しておけ」と指示を出すと、こちらへ向かってくる。


 いかにも面倒とばかりに大太刀を引き抜いた。

「さて、ただでは殺さん。勇者どの――我らの盾になってもらおう」

 

 特に気負うでもなくスッと正眼せいがんに構え、少し体を斜めにすると、刃の向きを地面と並行にするヒラ正眼せいがんへ移行していく。


 スッとその輪郭がブレたかと思えば、もう剣先が目の前に届いていた。

 キンッと左手のバックラーで跳ね上げる。

 恐ろしい踏み込みの速さだ。


『瞬足』で飛び退くと、苦もなくこちらへ間合いを詰めてくる。おそらく同じく『瞬足』を使っているのだろうが、体のブレがない分だけ俺より早く動いているように見える。


 下がってばかりだと建物の壁に追い込まれそうなので、右へ左へと体を振りながら突きを放つのだが、剣先で軽くいなされる。


 強ぇ……。

 正直、剣の腕だけなら遥かに上だ。

 

 追い込まれてこちらが大ぶりになるのを狙ってやがる。その大ぶりに合わせて、こちらの隙をついてくるつもりだ。

 

 トーーンッとサイドステップで回り込んだ。

 スッと苦もなくこちらへ剣先を突きつけてくる。

 想像してみて欲しい。

 どこに動いても、ピタリと剣先が突きつけられ、それが音もなく迫ってくる様を。


「ぬぅッ」

 こちらの剣で払おうが、バックラーで擦り上げようが、腕を伸縮させるだけで体はピクリとも動かない。

 それどころかするすると近づいて来ては、ピュンと必殺の斬撃を放ってくる。

  

 このままだとジリ貧だ。

 奇策がいる、相手の想像を超える奇策……。


 とか考えてるうちに、右袈裟に振り下ろされてきた。

 俺から見れば左から右へ来る太刀筋を、身を沈めひじではじく要領でバックラーを当て、ガラ空きの喉元へ剣を突き入れる。

 だが、それが罠だった。


 ムスタフはさらにその下へい潜ると、引き戻しのモーションに移っていた俺の右手を右手で絡めとり、恐ろしい膂力りょりょくで引き寄せた。


「のをっ?!」


 完全に背を相手にさらしてしまう――そう思った瞬間、前へ飛んだ。

 ガッと硬いものが地面を削る音が聞こえる。


 だがムスタフは俺の右手を離そうとせず、恐ろしい握力で握り込んだまま、喉元へ突き入れてくる。


 アカン……終わった。


 そう思った時『雷撃スタン』と声が聞こえた気がした。

 ムスタフの体がそり返る。


 喉元まで迫った剣先は、軽く俺の顎をかすめて反り上がる。

 と、同時に右手は解放され、俺は体を丸めてゴロゴロ後ろへ転がって距離をとった。


 何が起こった?


 起き上がりざまトーーンっと後ろへバックステップする。

 見るとムスタフは反り上がった体を整えて、正眼に剣を構え直していた。


「近接魔法を使うとは頭になかったのぉ……」

 忌々しげに俺を睨んでやがる。


 仕切り直しと、俺は腰を沈め左手のバックラーを前に、右手のミスリルの剣を腰ダメの位置へ。

 

 ムスタフの体が薄く見えた――と、言うことはさっきより斜めに構えている証拠だ。

 前後の動きを意識してやがる。

 近接魔法を警戒して、一撃離脱ヒット&アウェイを想定しているのか?


 スゥと目の前が暗くなった。

 ムスタフが瞬時に飛び込んで来て、視界いっぱいにヤツの巨体が広がる。

 首筋にヤツの剣が届こうとした時、またも『雷撃スタン』と声が響いた。


「ぬぅッ」


 とムスタフがうめいて飛び下がる。


「愚か者が」


 俺からこぼれ落ちた嘲笑は、あの魔王オモダルのものだった。

 俺は左手を通常モードへ戻し、手のひらを前に掲げる。


雷撃スタン


 手のひらからほとばしる雷撃は、雷となって地を走り援護に駆け寄ってくる魔人たちも地に這わせる。


雷撃スタン


 四度目の詠唱ともつかぬ声が響いた時、念話が飛び込んで来た。


『コウヤッ、そのままッ、動かないでっ』


 コウの念話だ。

 言われた通りじっとしてると、俺の周りがシールドで覆われた。


 ヒューーーンッと風切り音が聞こえたかと思うと、目の前が真っ白になる。ボゥンッと衝撃が走った。

 王宮へ続く石畳が木の葉のように吹き飛んでいく。

 閃光が収まると、空から瓦礫がバラバラと落ちてきた。


「スンナのブレス……か?」


 目の前には瓦礫がれきの山と、降り注ぐ土砂が土煙りをあげている。

 城門はと見ると、こちらも跡形もないが、守備隊のいたあたりだけシールドで覆われて、そちらも無事なようだ。


「シールドで保護してあとは吹き飛ばしたってかよ?」

 

『愚か者が……』

 そんな悲しげな呟きが転げ落ちた。

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