死なすわけにはいかんのだ

(前回のあらすじ)

 カノンの『遮断』を破りライガと斬り合っていた俺に、獣人の瓦礫を投げつける攻撃が加わった。そのうちの一つが頭部を直撃し意識が飛んだ。


◇◇


 ライガの大太刀がブンッと鼻先をかすめ、上体をらしたときだ。ガツンと衝撃が走り、足元になんかの瓦礫がれきが転がる。

 目の前が真っ白になり意識が飛んだ。


「ふんッ」

 ライガの大太刀が振り下ろされる。

 いや、振り下ろされたらしい。あまりここらへんから先は覚えてなかったから、あとで第三隊の隊員から聞いた話だ。

 

 彼はあわてて魔人から照準を外すと、ライガへライトニングを放ったそうだ。

 俺はグラリと前に倒れるようによろけると、左手のバックラーで横に弾くようにライガの太刀を払い除けたらしい。


 ここからは俺も覚えてないから申し訳ないが第三者目線になる。

 だが『世話の焼ける……』と忌々しげな、声がしたのは覚えている。


◇◇あとから聞いた話◇◇


 バンッと弾ける音がしてライガの剣が横に弾き飛ばされた。それでも剣を飛ばされなかったのはライガの恐ろしい膂力りょりょくに他ならない。


「ぬぅ!?」


 弾かれた剣をかろうじて左手で持ちこたえ、跳ね上げられた大太刀を強引に引き戻すと、そのまま横薙よこなぎに斬りつける。

 

 コウヤはスッと沈み込むと、大きく踏み込んでミスリルの剣を突き出した。


「ぬおっ」

 横薙ぎで振りきったあとだったから、ある程度の被弾はやもう得ない。

 胸甲を剣先が貫通する寸前、斜め後ろへ飛び下がり体勢を立て直した。


「危っねぇ――っ やるじゃねぇか? これだよ、コレ! このゾクゾクする感じがたまんねーな?!」

 ガハハハッと哄笑こうしょうすると、ん? と小首をかしげる。


「コウヤ、テメェ……」

 コウヤの瞳孔どうこうが開いている。


「意識がねぇのか? 反射で動いただけなのか?」

 

 コウヤが両手をだらりと垂らし、防御の姿勢も取らずにいる構えを見て不審な目を向ける。

 じっと見るうちに、コウヤの足元に転がる瓦礫に血が付いているのを見つけた。


「おいっ、こっからは誰も手ぇだすなっ」

 あたりを睨みながら宣言した。

「決着をつける。武人の最後だからなっ、汚すような真似すんじゃねぇぞっ」


 再び振り上げた大太刀に、柔らかく体重を乗せて振り切る。スッとコウヤがズレた気がした。


「ふぉっ?!」

 気がつくとコウヤの剣が目の前に振り下ろされており、寸手のところで上体を反らせて直撃を避ける。

 が、直後に小手に激しい痛みを感じた。

 見ると避けたはずのコウヤの剣はライガの小手を捉えている。


 ライガの唐竹割りを少し体をずらして避けたと同時に、顔面に剣先を振り下ろし、それを避けたところを小手に振り下ろしたようだ。

 アームガードのおかげで傷こそ負ってはいないが、しびれたように感覚がない。

 こんな術理はライガは知らない。

 だが、左手一本で圧倒するだけのパワーはある。


 即座に左手で振り下ろした剣を引き戻すと、体に巻きつけるように引きつけた。

 相変わらず両手をだらりと垂らし突っ立っているコウヤのバックラー側へ飛ぶと、そのまま膝下めがけ巻きつけた大太刀を振るう。


 バックラー使いは左側へ回り込まれると、反射的にガードを上げる。自然に視界は塞がれ、足元のガードが甘くなる。そこを狙った。

 ところがだ。

 まるでそれが見えているように、ヒョイと半身をずらして剣先をかわしてしまう。

 それどころかスッと身を沈めると、矢のような刺突しとつり出して来た。


「ぬぅっ!」

 ライガも左手一本で剣先をずらしながら、次々とり出される刺突しとつを、右に左にと交互に体を入れ替えて対応している。


「スゲェ……」

 どこからかそんな呟きが聞こえた。


 とーーんっと互いが距離をとる。


 ただ剣先を当てるには距離が近づきすぎたことと、ライガがその膂力りょりょくを活かして、コウヤを引きずり倒そうと剣を手放したからだ。


「カンの良いヤツだぜ」

 ちっと舌打ちしながらライガは足元に落ちた大太刀を拾い上げた。


 あたりは互いに撃ち合うのも忘れ、固唾を飲んで見守っている。

 次の一撃で決まる――そう感じていた。


 ライガは右手をブルブルと振るい、痺れた感覚を取り戻そうとしている。コウヤは相変わらずボゥとしていたが、何かに気がついたように軽く頭を振るった。


「あれ……?」

 気の抜けた声であたりを見回している。


「やっと気が付きやがったか?」


 ライガがゆっくりと縦横に大太刀を振るい、感触を確かめながらコウヤへ声をかけた。

 それはまるで剣の練習の合間に、道場仲間へ声をかけるような気やすさで。

 

 その声がやけに乾いていて、ライガの次にかける一撃への意気を感じさせた。

 

「やけに勿体もったいぶるじゃねぇか?」


 コウヤが棒立ちのままボソリと言う。

 命を削るような駆け引きが落ち着くと、互いに腰を落としていく。

 コウヤは右足前の左手を前にした逆体。

 普通この立ち方であれば、バックラーの左手が前にくるから右から来れば右で受けるしかない。

 だが、これはコウヤの誘いだ。


「フゥンッ「シッ!」!」


 交錯する豪剣と閃光のようにきらめくミスリルの剣。

 ライガは上段から変化して首筋へ。

 ライガの豪剣を、片手で受ければ剣ごと袈裟斬けさぎりに斬り裂かれる。

 

 コウヤの体が一瞬ブレると、ライガの剣の背を打ちつけて、剣先を逸らした。

 上から見ると、ライガが左袈裟ひだりけさに振り下ろしたところを、右へ剣先をずらしてかわし、体だけ左にずれた形だ。


 自然、踏み込んだライガとコウヤは横一直線に並ぶ形になる。

 そのまま横に剣を突き出せば、ライガの首元へ剣が届く。ほぼ時間差なしで。

 

 ライガの首にミスリルの剣が食い込もうとした瞬間、さらにその剣先が跳ね上げられた。


「カノン……そりゃないぜ」

 と恨めしげに見るライガとコウヤの間に体をじ込んで、ミスリルの剣を跳ね上げたカノン・ボリバルがいた。

  

「悪いが死なすわけにはいかん」

 さすがのカノンも必死の形相で答える。


「いかんのだ……」

 そう言いながらライガをかばうように前に出て、ゆっくり後ずさっていく。


「引けっ」

 と獣人たちに告げて逃げ去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る