交戦まえの不穏な空気

(前回のあらすじ)

 青龍はディストラクションに飲み込まれて消えた。ホッとしたのも束の間、国境を越えて魔人軍らしき一団が侵攻してきた報告がもたらされた。


◇◇

 ウッソぉ〜ん!?

 普通ならこれで終わりでしょ?

 

 映画なら爽やか(?)に笑う俺の笑顔でエンドロールじゃないのさっ!


 ウンザリしてる俺に通信石に非常招集のサインが表示された。


『停戦が破られた。急速に魔人軍が進軍してきている』

 探知魔法の魔道具に北から押し寄せてくる一団が引っかかったようだ。

『すぐ戻る』

 とだけ返信して地下シェルターの扉へ歩き出した。


◇◇

 地下シェルターの会議室にて。


「青龍討伐、実に見事でした。

 この国を救った諸兄には感謝の言葉しかありません。

 本来ならここにいるすべての者に恩賞をだし、休んでもらいたいところですが、そうも言っておられなくなりました」

 オキナが緊張した面持ちで話し始めた。


 オキナの合図に合わせて魔眼の映像が浮かび上がる。

 巨大な魔法陣が現れると、次々と真っ黒な鎧に覆われた一団が降り立ってくる。


 むうっと言った唸り声や黙り込んで映像を睨む者たち。

 ここに集められたのは、俺とコウ、師団長やムラク軍卿の軍団長クラス十名だ。


 青龍との激戦を終えてホッとしたのも束の間。

 黙り込みたくなる気持ちも痛いほどわかる――そりゃそうだ、普通ならここで政治交渉やらなんやらで時間を稼いでもらって、少しでも兵を休ませたいのが上長の心理だ。

 ってわけで、俺が憎まれ役を買って出る。

 

「そもそもだ――なんでああなる前に手を打たなかった?」

 オキナを見ながら魔眼の映像に顎をしゃくり、不貞腐れたように顎をしゃくる。

  

「コウヤッ「コウ……良いよ」」

 コウがすかさず俺を制そうとするが、オキナがそれを手で制しながら俺に向き直る。


「コウヤ将軍……すまない」

 深々と俺に頭を下げる。


 そこまで求めてないんだが?

 俺が現場の連中の不満を代弁してガス抜きになればと悪態をついただけなんだが――?

 

 チラリと上目がちに見るオキナの目線が『続けてくれ』と伝えていることに気づいた。

 そこは空気の読めるジャパニーズですから、はい。


「理由を聞かせてくれよ。なんでこうなる」

 宰相が頭を下げているのにまだヤル気だよこの人、とちょっと引き気味な空気が漂う。


「申し訳ない、予兆はあったが気づくのが遅れた。

 結論から言おう、想定外の事態が起こった。

 青龍で消耗した我らに侵攻してくる――これは我らも十分に警戒していた」

 

 だがしかし――と続ける。

「青龍が空間に穴を開けて魔素の濃度が上がり、魔法の威力が上がったんだ。

 空間転移できる距離も格段に上がり、想定の空間転移をはるかに超えて転移してきた」

 

『災禍』の祝福が逆目にでた――ってわけかい。

 

「想定外の誤差が生まれた。

 もはや外交や政治の力でどうこうできる状態ではない。諸君にはもう一働きしてもらわねばならない」

 と噛みしめるように言葉を紡ぐオキナに、一堂の面持ちも決意の色に変わっていく。

 

「すまねぇ、ならしょうがねぇよな。八つ当たりをしちまったようだ。申し訳ねぇ」

 今度はこちらが頭を下げる番だ。

 なぜか一緒にいる師団クラスの連中も頭を下げている。気持ちは一緒だったらしい。


「さて……諸君」とサユキ陛下が口を開いた。

「我が国の存亡の危機だ。国民の盾として、この老骨も出るつもりだ。諸君の命を私に預けてくれまいか?」

 一堂の目が驚きで見開かれる。


「なにもサユキ陛下が出られなくても……」

 とオキナが焦った様子で。

「ならば私も出ないわけにはいきませんな」とムラク(元)軍卿が涼しい顔で割り込んでくる。


 笑いがこみ上げてきた。

 いい歳してしょうがねぇなぁ……。


「陛下、ムラク(元)軍卿、我らが盾となり鉾となり守り抜いて見せますからに、後ろで報奨金の準備をお願いします。

 ゆえにここで大人しく我らの勇士をごらんあれ」

 俺がおどけてカッカッと笑うと、

 「左様、左様」とカール師団長が俺の肩に手をおいて同調する。

 トップ国王伝説ムラク軍卿に動かれてはたまらないから、あちこちで「左様、左様」と声が上がる。


 すかさずコウが陛下の前に進み出て膝をついた。

「我らの命は、陛下とこのゴシマカスとともに」


 そこにいる全員が陛下の前に膝をつく。

「「我らの命はゴシマカスとともに」」

 全員の唱和がそろうと「迎撃の作戦と編成を」と動き始めた。


◇◇◇


 チョロチョロと水が流れている。

 青龍が去った後、あれほど豪雨をもたらせた雨雲はどこかへ去っていき、台風一過の晴天が広がっている。

 うーんと伸びをする。


「無粋な客が来たもんだぜ」

 軽い軽食をとって城壁に登ったのだが腹八分目。

 中途半端な腹具合を誤魔化すために口に楊枝を加えている。

 

 モゴモゴしながら誰にきかすでもない呟きに、隣に並んだカール師団長が「まさに、まさに」と頷きながら腕を組んだ。

 

 王都を囲う十五メートルの城壁の上からだと、かなり先まで見通せる。

 びゅうと吹き寄せる風に髪をなぶらせながら、はるか遠くに布陣する一団をにらみつけると、魔人軍の黒い鎧の集団に赤い鎧の集団が目につく。

 それは先鋒として飛び込んでくる厄介な連中。


「――ムスタフ将軍様がお出ましだ。嫌なやつが出てきやがった」


 ブルリと震えた通信石から更に嫌な情報が入る。

『魔人軍より宣戦布告あり。これより交戦状態にはいる』


 来やがったか?

 ぺっと口にくわえた楊枝を吐き出し、カール師団長に向き直り

「――と言うわけで、指示をよろしく」

 と指示系統を丸投げすることにした。


 もちろん俺は火力担当。だって団体戦は苦手なんだもの。

 

 俺の頭上を白銀の飛行痕を残して飛び去っていく。

 コウとスンナだ。

 魔人軍から一斉に打ち上がる火山弾ボルガニックをひらりひらりとかわし、その上空に達すると白銀のブレスを吐き出した。


 地平線いっぱいに広がる魔人軍が、ドォォォンッと消し飛ばされていく。


「総員ッ、戦闘よーい」

 カール師団長の鋭い声が響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る