〇〇してくれないの豚

(前回のあらすじ)

 青龍撃退も束の間。今度は魔人軍が攻めてきやがった。『災禍』で弱りきったゴシマカスに侵攻して蹂躙するつもりらしい。ここに火蓋が切って落とされた。


◇◇


 オキナの整った細い眉が歪む。

「北西から一万、西から五千、東から五千、南からは二千か……」

 

 送られてくる情報が続々と戦況図へ落とし込まれていく。

 その簡略化された戦況図から、オキナは幾千にも及ぶ未来を読み取ろうと眉間の皺を揉みながら、黙考している。

 

「南が薄くなっているのは、そちらへ脱出させたいという意図か?」

 ムラク(元)軍卿が魔人軍の意図を読み取ろうと、オキナへ声をかけた。


「まだわかりません。一見そう思えるのですが、魔人軍の南に陣取るのはあのムスタフ将軍なので、罠の可能性もあります。警戒しておかねばなりません」

 

 攻める側も無駄に兵を失いたくないから、緒戦で痛打を与え、包囲の薄いところを作って逃亡を企てやすい環境を作る。それをムラク(元)軍卿が言っている。

 

 だが魔人は違う。

“抵抗するならば、躊躇ちゅうちょなく蹂躙じゅうりんする”傾向がある。

 最後まで抵抗する敵に美しさを見出し、それに打ち勝ってこそ本物の強者だ、とする風潮。

 

「ゆえに逃亡を促す布陣ではなく“釣りだそう”と意図しているものかと」

 ふぅむ……とムラク(元)軍卿は黙り込んだ。


 最悪の場合王族だけでも脱出させる算段だったが、いきなりつまずいた形だ。

 

 そこまで黙って聞いていたサユキ陛下が口を開く。

「スンナ殿のブレスでどれくらい削れた?」

「およそ一千と」


「凄まじいな」

 少し驚いたように陛下の目が見開かれた。

「そのブレスをもって北西の一万を足止めし、南のムスタフ軍には第三師団を補助にして、勇者コウヤを当てたらどうか?」

 と戦況図のうえの駒を転がした。

 

 ちなみにゴシマカス全体の戦力だが、第三師団が二千、第一、第二を合わせて六千。他にヒューゼン共和国の国境へ張り付かせている国境師団や義勇軍を合わせて三万の合計三万八千の軍容だ。

 が、今王都にいるのは第一、第二、第三師団のみ。この第一、第二、第三師団を合わせて八千で、魔人軍二万二千を迎え討つ。

 

「ただでさえ数的不利なのに、東の五千と西から来る五千に残りの第一、第二から人を割かねばならなくなります。

 急造の編成を強いられれば、綻びが生じる。ゆえに今回の布陣はこちらの軍の重心を崩す事が目的かと」


「その上で防御の薄いところを突いてくると?」

 

「ご賢察でございます。北西に厚くしてあるのは、スンナ殿を引きつけるため。そしてジャミングで視界を塞ぎ、南のムスタフ軍が主攻と変わった場合――」

 とん、と戦況図の南に置かれた小ぶりなコマの上に指を置く。


「おそらく、ジャミングに紛れて城壁内部への侵入を空間転移で試みるでしょう。が、ここは転移無効の結界を張ってあります」

 と城壁にグルリと取り囲まれた王都ド・シマカスの模型を指差す。


「ゆえに物理のみの城攻戦。門を打ち破るか城壁を乗り越えるしかない極めて原始的な戦いになります」

 さすれば、と続けようとしてしばらく黙考している。


「もし私がムスタフ将軍なら……」

 左右の駒を王都に近づけ、南側のムスタフ軍の駒をジィッと見ている。


「まずいっ、水路に防衛線をっ。ヤツらは水中から襲ってくる」


◇◇◇


 その水路のそばに、ヒステリックな大声で都民へ指令を発している人物がいた。

 ウスケ・ド・シマカス。

 前国王にして『ゴシマカス神国』国王である。


「誰か朕を王宮へ案内せよ。聞こえておろうが? 朕はゴシマカス国王ウスケ・ド・シマカスであるっ。であるのじゃっ」

 唾を飛ばしながら甲高い声で喚き立てるウスケに、地下シェルターから出て来た住人たちは、遠巻きにし眺めていた。


「何をモタモタしておるっ、王宮へついたなら褒美を取らす。誰か案内せよっ、せよと言うておろうが?!」


 ちなみにウスケがなぜこのような状況に陥っているのか? といえば、青龍がドラゴンズ・アイを取り返すために、ブレスで唯一の味方(お守り役?)ガンケン・ワテルキーごともろもろ吹き飛ばしたからだ。

 幸い本人はドラゴンズ・アイの加護に守られて、こうして生きている。


「早うせぬかっ、誰か案内せよと言うておろうが、おろうがっ」

 いつもならかしずいてくれる家臣がいる。面倒な事も一言いえば勝手に進めてくれた。

 だが、ここには泥まみれになっている自分を気遣う者もおらず、ただ遠巻きに眺めるバカどもしかいない。


「ええいっ、所詮は下賤のものたちよ。礼儀もわきまえぬと見える」

 教会から王宮までの道ですら、市井しせいに交わることのなかった自分には未知の世界だ。

 視察と称して隠密に父サユキ上皇はよく出かけていたようだが、自分としては立場をわきまえない軽はずみな行動と苦々しく思っていたほどだ。


「ここらの者たちは全て市民権を剥奪し、追放してやらねばなるまい。なるまいよ。一体誰のおかげで生きておられると思っている」

 全く使えぬ者どもじゃ、と大きめの憎まれ口を叩きながら王宮へ向かう道の途中にある水路を渡る橋の袂にまで来た時だ。

 ドォォォンッ、と上がる水柱とともに、水路から真っ赤な鎧に身を包んだ屈強な男どもが飛び出して来た。


「ふぁっはっ! はっはっはぁぁーっ 着いたぞっ、もはやここまで来れば勝ちも同然。方位石よーいっ」

「方位石よーいっ」

「方位石よーいっ」


 繰り返される復唱とともに赤い甲冑が道を満たしていく。

「よく聞けぃ、人間どもっ。我らを黙って通せば良し、さもなくば切り刻まれて挽肉になると知れぃ!」


「ひぃぃぃぃぃ――っ」

 下っ腹に響く大音声に、市民たちは震え上がった。

 もちろんウスケも。


「うひぃ、ひぃぃぃぃぃっ」

 腰を抜かし這いずりながら、市民の背後へ隠れようとしている。


「ちょっと待てっ、そこの豚っ。貴様は王族か貴族か?」

 一際大きい赤い甲冑を着た魔人が近ずくと 髪を引き摺られる。


「ふごっ」

 豚のような悲鳴が鼻を鳴らした。

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