ぶった斬る

(前回のあらすじ)

 ついに青龍が全ての防衛ラインを突破して来た。王都から引き剥がすために東側に火力を集中させる。そこへ俺は転移した。


◇◇


 転移したのは王都の東側にあるトーチカの中だ。

 ビュウビュウ、轟轟と風が吹き付ける音と、時折バチバチと壁を叩きつける豪雨の音。

 魔法陣の中から出ると、カール師団長が出迎えてくれた。


「ようっ、久しぶりだな人間兵器殿リーサルウェポン


「ずいぶんですね」

 軽口を叩きながら外の様子は? と尋ねてみる。

 酷いもんだ、と俺に雨具のポンチョを渡してくる。上から被る仕草で身につけろと促すと、

「ああ、こう雨風が酷い時にゃ戦闘は避けるものなんだが……」と答えた時、ボォッと風が強く鳴いた。


「いらっしゃったようだぜ」

 軽く肩を窄めると通信士へ目をやり「青龍と接敵、トーチカの天蓋開け――砲撃用意」

 と短く告げた。


 壁で仕切られた向こう側に、魔力を流し込むぶっといホースを脇腹に差し込み、四つん這いになって体を固定してる金属兵がいる。

 天蓋が滑るように開くとビュウビュウと風が吹きこみ、金属兵の身体に雨粒が叩きつけられバチバチと音を立てた。

 背中から生えているランチャーがゆっくりと仰角を上げていく。その隣で砲兵が手で庇を作りながら、方位と仰角を調整し始めた。


 耐圧ガラス越しにそれを見ていた俺は、魔眼から送られてくる映像に目を移す。

 真っ黒な雲からどでかい塊が顔を出した。

 しばらくじっと眼球のないその眼底でじっとこちらを窺っている。


「撃てっ」

 カール師団長の短い発声に、薄暗かったあたりに一斉にフラッシュが瞬き轟音に包まれた。

 一拍おいて青龍から炎が立ち昇る。


「撃てっ、撃てッ」

 声が響くたびにドドンッ、ドドンッ、と地を震わせてあちこちから砲火が立ち昇る。着弾するたびに真っ赤な炎が閃いた。


「ギャァァァァ――ッ」


 悲鳴なのか怒りの咆哮なのか。

 ともかく鼓膜が破れそうな咆哮を放つと、長い尻尾をくねらせて八の字に旋回した。


「ドラゴンインパクトが来るぞっ! 何かに掴まれっ」

 今度はカール師団長が吠えると、全員一斉に手近なものにしがみついた。


 ドォォォンッと縦に揺さぶられる。

 地割れが起こり、すぐそばのトーチカが火を吹いた。


「構うなっ、空中機雷を放てっ」

 カール師団長の指示が飛ぶと二つ先のトーチカから次々とバルーンが上がっていく。

 ブレス対策だ。

 青龍が触れるたびに破裂して空を赤く染めていく。


「思念波来るぞっ、耳をふさいで伏せろっ」

 これまでの防衛ラインの犠牲は無駄にはなっていなかった。すでに青龍の攻撃パターンを分析し対処の指示は出ている。


 俺も転がるように身を投げ出すと、両手のひらで顔を覆い耳穴に親指を突っ込んで人差し指と中指で眼球を押さえた。

 三半規管と眼球がグリグリ動いて視覚異常を起こすのを防ぐためだ。


 果たして

「##%^*+$€•¥&@」と咆哮を発して、体をグルリと回した。


「ぬをッ」

「だぁッ」


 あちこちで悲鳴があがるが意識は保っているようだ。わかっていたから耐えられた。

 ならば反撃を、とカール師団長から号令が発せられる。


「ここからは力押しだっ、撃てッ」

 ドドドド――ンッ、ドンドンッ、ドォォォンッ、と絶え間なく閃光と轟音が響き渡り、空気が震えた。

 耳がキィンとなってハァハァと呼吸の音だけが聞こえる。

 

 どうだ?

 効いているのか?

 これだけ撃って効かないはずないやろ?


 金属兵の背中の砲身が真っ赤になってジュウジュウ音を立てている。叩きつける雨が湯気に変わり視界が真っ白になってる。

 

「これ以上は砲身が破裂するっ。しばらく冷やさないとダメだ」

 砲兵の報告に、隔壁のドアを開けて降りしきる雨の中に飛び出すと空を見上げた。


 散発的に放たれる砲撃と空中機雷が爆発する光に照らされて、暗い雨雲に浮かび上がる青龍のシルエット。それが大きな円を描いた。

 この動きは見た気がする。あれは確か――?!


「ブレスが来るぞっ」

 

 俺が叫んだ途端、トーチカのあちこちから魔導官の詠唱が響き、魔力が練り上げられて空に放たれていく。

 ここからは魔導官の戦いだ。

 バチバチと叩きつける豪雨も、ビュウビュウと吹き付けていた暴風も半球型に空へ押し返されていった。

 

 青龍はと見ると、巨大な口を広げてあたりの大気を吸い込んでいる。

 空中機雷がぶつかり閃光を放つが、首を振り口の中に入れるのを避けている。


「来るぞっ」

 カール師団長の声が響き、俺はトーチカの中へ抱えられるように引き戻された。


 ボウッ、と空気が震えトーチカが揺れた。

 シールドが大きく撓んでブレスと拮抗している。魔力が反発しあって、あたりは真っ白な光に包まれビビビビッと細かく膜が振動する音で満たされた。


「ぬぅ――っわぁぁぁ――ッ」


 あちこちで悲鳴が上がっている。

 師団長つきの魔導官もワンド魔法の杖を掲げてシールドへ魔力を注いでいるようだ。だが、食い縛る歯の隙間から苦しげな呻き声が漏れている。


 ビビビビ――ッと振動する音が止むとあたりの光も収まり、静けさに覆われた。


しのいだ――のか?」

 俺を庇って身を入れてくれていた師団長を、トントンッとタップして退いてもらうと外へ様子を見に出てみた。


 シールドは消えていたが、青龍も口を開けたまま動かない。かなりの魔力を消費したみたいだ。さっき見た時より一回り小さくなっている。


 だが次の瞬間、ゴォと大気が震慄し渦を巻いて飲み込まれていく。


「ば、馬鹿な……」

 魔導官が苦しげに呟くとその場に崩れ落ちた。

 魔力切れを起こしている。


 あかんか……。このまま終わる?

 冗談じゃねぇぞ?!

 舐めた真似しやがって痛い目にあってもらおうじゃねぇか。


 高速で魔力を練り上げるとミスリルの剣に注ぎ込んだ。鈍い光を放ち始めたそれを天空に掲げる。

 ぶった斬る!


 それは『風刃』。集めた魔力の全てを斬撃に乗せて放つ大技。


「るぁぁぁぁ――っ」


 空間が少しズレた――ように見えた。

 違うことなくバァァァンッと届くとサファイア色の閃光が散り、青龍がグラリと体を傾けた。

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