不本意な理不尽

(前回のあらすじ)

 青龍を迎え撃つゴシマカス軍。全火力で攻撃するもブレスでチャラにされる。追撃のブレスをコウヤの『風刃』が迎え撃った。


◇◇


 それは『風刃』。集めた魔力の全てを斬撃に乗せて放つ大技で。


「るぁぁぁぁ――っ」


 空間が少しズレた――ように見えた。

 違うことなくバァァァンッと弾けてサファイア色の閃光が散り、青龍がグラリと体を傾けた。


 どうせ効いちゃいねぇ、と思う。

 あれだけの火力を注ぎ込まれて空中に浮かんでいられるのだからまだ余裕があるんだろ。


 反撃を待ってやる義理もないから連続で魔力を練り上げる。『思い切り息を吐いたあと思い切り吸い込む』そんな感じで。


「るぁぁぁぁ――っ」

 縦に一閃、振り上げて体をグルリと回す。

 その間に息を吐き切って魔力を練り上げるとミスリルの剣に流し込み「っるぁぁぁぁ――っ」と横に一閃。

 そのまま頭上に剣を突き上げて……。


 気がつけば忘我の極みにいた。

 真っ青な光の中でキラキラと流れる風をミスリルの剣に纏わせては振り下ろす。


「ギャァァァァ――ッ」


 耳を劈く咆哮に我に返った。


 ん? どうした?


 しばらく望洋とした目で空を見上げる。

 あれ、青龍が?


 先ほどとはだいぶ違って、かなり小さくなっている。あたりには真っ青な霧が。

 これは青龍の血?

 

 我が身の様を見てみれば、全身が真っ青に染まっている。アルカリ性なのか皮膚が少し溶けてヌルヌルするのだが、降りしきる雨のせいでそれも流されていく。

 不思議と痛みはない。


「ガオァッ」と怒りの咆哮が上がり、青龍が突っ込んで来た。


「ま、まだ、やるってか?」


 ミスリルの剣をだらりと垂らし(疲労感が半端なくて持ち上げるのが億劫だし)体の支点である仙骨(腰)と頸椎(首)の位置だけ真っ直ぐに整える。

 こうする事で理想的な脱力ができて神力の通り道である経絡が整うーーー気がする。


 グングンと迫る青龍の巨体。

 鼻から息を吸い天中から神力を丹田に落とし込んでいく。

 一瞬でいい。

 一瞬の最大出力が必要だ。


 知らず知らずのうちに詠唱していた。

『我が身は金剛――我が名は軍神……アトラス』

 

 天空から一条の光が俺の天中に降り注ぎ、頸椎を通り仙骨を抜けて全身を駆け巡る。


『神速……』


 気がつけば視界いっぱいに広がる青龍の巨体に、スゥ――っとミスリルの剣を振り上げ、そのままパタンと振り下ろした。

 振り切る一瞬に最大値の神力を剣に注ぐ。


『斬波』


 ミスリルの剣からまっすぐに光が伸びていく。サクッと音がして目の前が真っ青に染まった。

 無意識にトーンッと地を蹴り大きく横に飛ぶと、青龍の巨体が横を通り過ぎていく。


「グォラッ!」



 首筋から小さい前脚にかけて真っ青に染まる青龍が、空に駆け上っていった。その後から真っ青な返り血が降り注いでくる。

 結構な深手を負わせたはずだ。

 

 どうだ……? まだやる気か?


 上空を見上げて青龍を睨みつける。

 青龍はと言うと、眼球のない目で俺をじっと見ている――気がする。


 次はぶった斬って半分にしてやるっと睨み返す。

 ハッタリならお手の物だ。ありったけの殺意を送り込んでやった。


「グォ……ブウ……」


 苦しげな声を上げながら俺を見てやがる。

 フイと横を向くと雲を纏って天空に駆け上っていった。暴風が吹き荒れていたのが嘘のように収まる。


「逃げやがったか……?」


 頭からビッショリと青い雫を滴らせて天空を睨んでいる。

 やがて暗雲が遠のいていき、お日様の光があたりを満たす。ミスリルの剣を血振りして背にしまうと、左手を通常モードに戻して顔を拭い髪を撫で上げ、あちこち滴る青い青龍の血を絞って、そこらにビシャリと捨てている――と。


「「「ウォォォォォ――ッ」」」

 と地響きが鳴った。


 なんだか足元がふらつくんだけど?

 茫として声のする方に顔を向ければ、歓喜の雄叫びを上げて魔導官やら砲撃手やら諸々の兵士たちが駆け寄って来た。


「やりましたな?! さすが勇者コウヤさんだっ、あの青龍を退けたんですよ、やりましたな?!」

 茫としてる俺に次々と声をかけては、バチバチ体を叩いて来やがる。


「痛えって……」

 そう言ったのは覚えている。そのままブラックアウトして体が崩れ落ちた。



◇◇◇


「第四師団、青龍を退けましたっ」


 分析官からの報告におおっと歓声が上がる。


「それで青龍はどちらに向かった?」

 オキナの問いかけに、天空に浮かぶ魔眼の映像をズームから広角へ切り替え、その所在を探す。


「見つけました……見つけました……おそらくこれは……」

 視覚に全神経を集中していた分析官が黙り込む。速度、方角、軌道の割り出しを繰り返し青くなる。


「どうした?」

 ムラク元軍卿からの問いかけに今度は白くなった顔を向けた。


「おそらく王都かと……」

 その声を予想していたかのように、オキナはムラク元軍卿へ顔を向ける。


「ムラク様、(出兵を)よろしいでしょうか?」

「なんの、そのために来たのだ。すでに待機させてある」

 少し強張った顔で答えるとサユキ国王に向かい「行って参ります」と短く告げる。

「頼んだ」と手をあげるだけで通じるあたりは長きに渡った主従の信頼関係なのだろう。

 

 オキナはそれを見やり分析官へ「コウヤ将軍は?」と問いかけると「気を失ったようですが命に別条はないと――」

 と生真面目な顔で答えた。


 幾分、安堵した顔を引き締めて指示を続ける。

「コウへ連絡。『青龍襲来、こちらへ向かわれたし』だ」

 魔導官へ「回復カプセルの準備を――」と告げ「コウヤ将軍を収容する。迎えの使者と回復魔道士を派遣してくれ」と指示した。


 思えばあの時もこうだった。

 魔王が王都へ押し寄せて来たあの時も。連戦を強いなければ勝ち目のない戦い。

 それなりに軍と軍備は強化したつもりだが、政局のゴタゴタで中途半端に終わっている。

 唇を噛むも今は迫り来る青龍をなんとかしなくてはならない。


「コウヤ将軍の意識が戻ったら案内してくれ。せめて――」

 せめて何をすれば報う事ができるのだろう?

 沈思するオキナにサユキ国王が微笑んで見せた。

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