願い

(前回のあらすじ)

 第二防衛ラインが一時間もかからず崩壊。青龍の脅威を目の当たりにするオキナたち。そこへムラク元軍卿とサユキ上皇あらためサユキ国王がやってきた。


◇◇

 ゆえに……と、狭い対策室にズカズカ入り込んでくると、オキナと俺の肩を抱いた。

「さぁ、共にこの国難を乗り切ろうではないか?」


 これ以上ない援軍にそこにいる全ての者が、自然と片膝をつき、胸に手を当てた。


 集団にはリーダーがいる。

 殊に国をかけての存亡となると精神的支柱となる人材が必要となる。

 サユキ上皇あらため国王が、今、まさにそれだ。

王者キング”ってこういう人なんだなぁと、膝をつきながらぼんやりとそう思った。


◇◇


「第四防衛ラインも突破されました」

 緊迫した報告が上がった。

 

『災禍対策室』の中には俺、オキナ、サユキ国王、ムラク元軍卿が顔を揃えている。


「金属兵の転移はまだか?」

 先ほどとは異なり、落ち着いた雰囲気のオキナが戦況図に刻々と映し出される青龍の位置を示す駒を見つめている。


 王都まで百キロを切っていた。時速で換算すればあと二時間もすれば到達する。


「金属兵、転移完了しました」

「城壁の外、東側へ展開――コースを逸らすぞ。第四師団は?」

「同じく東側へ移動中、一時間で戦闘準備を終わらせるとの報告」


 王都直撃を避けるため、火力を東側へ集めて、釣り出す作戦だ。


「ではコウヤ殿も準備を――」

 黙って俺の目を見つめる。

 頷き返して対策室から出ると通信室へ案内された。最後の――とは縁起が悪いが、オキナの粋な計らいでナナミとの通話を繋げてくれている。

 事前に通知があったためか、画面の向こうにはすでにナナミが座っていた。

 薄く化粧なんかしてやがる。


「待ったか?」

 なぜか無愛想になってしまう。

 泣かれたら辛いから、ワザとつっけんどんな態度になる。

 

「そんなことないよ。あの、この前はありがとう。いっぱい貰ったから、食べきれなくてみんなに分けてあげたんだけど、良かった?」

 心配そうな顔で聞いてくるから苦笑いになる。

 避難が始まると聞いて、ナナミやエスミ、キタエを軍用のシェルターへ移動してもらっていた。なにせ役職だけは将軍だったから、これくらいの融通は効かせてもらっても良いだろう。


 いつ終わるとも言えない避難だから、無聊の慰めにと本やら菓子やらファティマ(以前世話になったゴシマカス魔道具開発のお偉いさんね!)のコネでたんまり贈ってもらったことを言ってるようだ。


 ナナミはお返しにってわけじゃないけど、と意を決するように口を開く。

「あの、出来たら直接渡したかったんだけどダメだって言われたから、あの、預けてたんだけど……」

 なぜか尻すぼみになる。

 

「ん……? 避難で大変だったろ? 無理すんなって」

 

「そんなじゃないよ、私の気持ちだよ。伝えなくちゃ後悔するって思って」


 案内してくれた分析官が小さな包みを渡してくれる。手のひらに収まるくらいの小さな包みだ。

 

「これか?」

 コクンと頷くから、開けるぞ? と聞いて丁寧に包まれた包み紙を丹念に開ける。


 真っ白なリストバンドだ。


「これって……」

 いつかカノン・ボリバルとやり合ったときに渡されたリストバンドと同じだ。あの時の物も大事にとってある。

 確かひっくり返すとナナミの名前が刺繍してあったっけ。

 案の定、裏に刺繍が施されている。


“女神アテーナイの加護を”

“精一杯の愛を込めてナナミ・エンノ”――だってさ。


 あかん……。

 こりゃねぇよ、こりゃ反則だろうがよ。


 鼻の奥がツーンッとして目の前がぼやける。

 上を向いて盛大に鼻をすするとパチパチ瞬きした。大きく深呼吸して気持ちを整える。


 んんっ、と咳払いして口をモゴモゴさせていると、ナナミの顔が笑っている。


「な、なんだ……ありがとな、スッゲエ嬉しいよ。こりゃ早いとこ青龍を倒して戻んなくちゃな」


「早く戻って来い、コウヤ・エンノっ」

 って可愛い声で凄んじゃってもう……。全く、女ってさぁ――最強だな。


「了解致しました、ナナミ・エンノ殿っ。これより青龍をぶっ飛ばしてナナミ殿の元へ無事に帰ってくるでありますッ」

 直立すると胸を二回叩いて拳を突き出すゴシマカス式の敬礼をする。


「よしっ、ブッ飛ばさなくても良いから帰って来いっ」

 ナナミも真似をしてフニャフニャの返礼をした。


「なんだい、そりゃ?」

「待ってるぜぇ」

 と俺の口真似をすると笑ってやがる。


 トンッ、と肩を叩かれ振り返ると分析官が時間です、と告げた。


「じゃあ……」


 クルリと振り返り通信室を後にしようとすると後ろから「コウヤ様っ愛してる」と切ない声が響く。

 親指を立てて『わかってる』とハンドサインを残し、そこを出て行った。


◇◇◇

 

 魔導官の展開した空間転移の魔法陣の中にいる。いよいよ出陣だ。


「よっしゃブッ飛ばして来ましょうかね?」

 軽口を叩いて腰に差したミスリルの剣の柄に手を添えた。

 驚くことにライガが言った通り停戦協議のあと、俺の装備が戻されて来た。あとで確かめたら細工も何もしていなかったから、二度ビックリした。


 ライガなりの誠意なのか、コイツを戻すからまたやり合おうぜってメッセージなのか。二度とあいつとはやりたくないんだけど。


 光が逆さまに落ちる滝のように湧き上がってくる。

 魔導官が「武運を――」と告げたあたりで、周りの風景が一変した。

 轟轟と鳴る風の音と叩きつける雨の音。事前に構築されていたトーチカの中に転移した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る