援軍

(前回のあらすじ)

 青龍の襲来に備えていたゴシマカス王国。そこに襲来した青龍との間についに火蓋が切って落とされた。


◇◇ゴシマカス第二防衛ライン◇◇

 

「天蓋外せっ」

 トーチカの天井が斜めに傾き、ずり落ちるように外れると、砲撃型金属兵が姿を現す。

 将校の声が上がった。

「「撃てぇぇぇ――ッ」」

 

 将校の号令とともにドドンッ、とオレンジ色の火花が飛び出し、青龍が焔に包まれる。

 四方から同時に放たれた砲撃は青龍の一点に集中し、空が閃光に包まれた。


「やったか?」

「馬鹿者っ、様子を見るなっ。間を開ければブレスを撃ってくるぞッ、砲身が焼けるまで撃てぇ」

 最後は声が裏返り、金切り声になりながら号令は続く。

 青龍と魔人軍との戦闘記録は全軍に共有されていた。

 だからこそ次になにが襲ってくるか、その前になにをしなければならないか、も周知されている。

 今は砲撃を切らすな、という事だ

 

 大気を揺らし、地を揺るがして砲撃は続き「うぉっほぉぉぉッ」と奇声を発しながら、砲撃手が仰角を微調整しては砲撃を繰り返していた。


 他方、砲撃をしていないトーチカの天蓋が開くとドドンッ、ドドンッ、と切れ間ない砲音に紛れて風船の形をした不思議な物体がフワフワと空へ登っていく。

 これもまたゴシマカスの新兵器だ。

 いくつかは味方の砲撃に撃ち落とされてしまうが、青龍の周りに散らばると空中にその位置を固定した。


「$€£^*+%#」


 ドラゴンの思念波がばら撒かれ、砲撃手と将校たちが体をのけぞらせて倒れ込んで行く。

 砲撃の嵐が止みブルリとみじろぎをした青龍は、巨大な口を開くとあたりの雷雲を吸い込んで行く。と、それに巻き込まれるように吸い込まれる風船。

 それが青龍の口に届いた途端ドォォォンッ、という爆音とともにオレンジ色の光を噴き出した。


「どぉだっ?! ナパーム弾の味はよッ」

 状態異常から立ち直った砲兵の一人が空を見上げ歓声を上げる。


 空中機雷――これは風船にナパーム弾をぶらさげただけの、既存の兵器を組み合わせで出来たわりと簡単な兵器だ。風魔法の魔道具のおかげで一定の位置に止まることができる。

 とはいえヒューゼンから王宮を急襲されて以来、ワイバーン対策に開発された代物だが好奇心の強い飛行系のドラゴンにはてきめんに効果を表し、実戦に配備されていた。

 それも先のコウヤとコウの戦闘の記録の賜物。



 ピタリと青龍の吸引が止まる。

「ギァァァァ――ッ!」と一鳴きすると八の字に旋回する。


「ボゥゥゥ――ッ」


 地面を揺るがす重低音が地面を揺らす。

 ガダガタガダガタ――ッと細かい振動が足元から立ち上がり、ドォォォンッと激しい揺れに足を掬われ大方の兵士たちか泥水の中へ転げた。

「『ドラゴン・インパクト』だぁ」誰かが悲鳴をあげながら叫ぶ。


「青龍が……?!」


 薄暗い空に滞空し思うがままに蹂躙してきたこの世の不条理が急速に降下してくる。

 その大きさたるや、“魔獣の森”で二百メートルにまで縮んでいたはずだったのが、ヒューゼンで怨嗟を溜め込み独自で魔力を吸収して二キロにまで復活している。


 空中機雷のばら撒かれた空中ではブレスを吐けないと、高度を下げただけだが、二キロの飛行物体が高速で接近して来るのを想像してみて欲しい。

 反射的に逃げ出す。


「に、逃げろッ」

 誰かの発した一言にパニックが発生した。


「「うわぁぁぁ――ッ」」


 逃げ惑う人間の後ろ姿に青龍の巨大な口が開く。


「ボゥワッ!」

 まるで壊れた管楽器のような咆哮を上げると、あたりの大気を吸い込んだ。空中に発生した奈落の底のように、瓦礫や泥や人も渦を巻いて吸い込まれていく。

 

 それがピタリとおさまると、ボゥッと白煙を吐き出しそれを突き破って真っ白なブレスが放たれた。

 大気を震わせて放たれたそれは、あたり一面を覆い尽くし大地を割る。

 

 豪雨がシトシトと小雨に変わったころ。霧が風に流されてその惨状が明らかになる。

 トーチカの全てが崩壊。

 穿たれた大地に生命の蠢きはなく、裂かれた大地に雨水が流入して川となり無軌道にあちらこちらへ流れ出していく。

 強風に煽られてカタカタと音を立てるトーチカの天蓋が、ゴロリと地に転がった。


◇◇◇コウヤ目線です◇◇◇


「第二ライン突破されました」


 ゴクリと唾を飲んだあと、告げられた戦況に沈黙があたりを包んだ。開戦から一時間もたっていない。


 黙り込んで片手のひらで顔を覆い、人差し指でゆっくり眉間を擦っているオキナに俺が話しかける。


「この調子だと今日中には王都に届く……か」

「バンパ方面に王都へ向かうよう通達していたはずだ。第四師団の位置は?」

 俺の言葉を無視して分析官へ尋ねる。


「あと半日はかかります」

「ムラク(元)軍卿へ招集をかけてくれ。卿のお力をお借りしたい。卿の軍団手持ちもだ」


 どうやらオキナの頭の中の盤上ではすでに戦いは始まっているようだ。


「その必要はないよ」

 涼しい香りでごま塩頭の厳つい御仁が入ってきた。


「ムラク軍卿?!」

「おいおい元だろ? なかなか呼びにこないからこちらから来てやったさ。ちょっとお節介を焼いてやろうってね」

 とイタズラっぽく微笑う。


「ね? サユキさま」

 振り返る後ろには、真っ白な歯をこれ以上ないくらいに上機嫌に広げたサユキ上皇あらため、サユキ国王が立っている。


「な、なぜ……? このままでは水没の恐れもございますゆえに避難を、と上奏したばかりでありますものを」


 サユキ上皇あらためサユキ国王は、してやったりの笑顔で人差し指を軽く揺らす。


「僕の子はウスケやダンケンだけじゃないよ。秘蔵っ子もちゃんといるんだ。ウスケが目をつけるといけないから隠してたけどね。そっちは逃した」

 

 つまり、後釜はいるから心配すんなってこと?


ゆえに……と、狭い対策室にズカズカ入り込んでくると、オキナと俺の肩を抱いた。

「さぁ、共にこの国難を乗り切ろうではないか?」


 これ以上ない援軍にそこにいる全ての者が、自然と片膝をつき、胸に手を当てた。

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