火蓋

(前回のあらすじ)

 ヒューゼンから“ドラゴンズ・アイ”が返却されて来た。コウはこれはこれから始まる出来事の因果ではないか、と感じていた。


◇◇

 

「もう片方はウスケ陛下が持っているってのもね」

 と口をへの字にして肩をすくめる。

 これで“ドラゴンズ・アイ”は二つ揃ったことになる。あいにく、もう片方はウスケ陛下の手元にあるが。


「せ、青龍が動き出しました」

 

 飛び込んできた伝令からの報告に、一気に空気は張り詰めた。早速オキナの執務室から『災禍対策室』へ移動すると、『災禍対策室』のテーブルの中央に浮かび上がる雲海の映像を見つめる。

 

 巨大な渦上の雲の塊がゴシマカスへ向けてゆっくりと動いているのがわかる。

 その中心に青龍はいる。

 オキナは眉を顰めその映像を注意深く観察していたが、その軌跡が王都へ向かっているのを確認すると「ついにこちらに来るのか」と呟く。

 

 だが――と唇だけが動き、軍部のスタッフに向き直ると指令を発動させた。

 

「全軍に発令――第一級対空戦体制、四師団へ通達っ」


「第一級対空戦体制っ」

「第一級対……」と復唱は続き、魔眼を各師団へ繋ぐもの、各部隊へ通信石を使った通信を送る者それぞれが動き出した。


「こちらも何も準備してこなかったわけじゃない。あとはあのお方を釣り出す……いや、こちらは良い。コウ、(スカイ・ドラゴンの)スンナ殿へ出撃を要請してくれ」


 わかった、と頷くとコウは魔導官を伴って、魔力送信装置のある部屋へ移動して行く。


 よぉしっ、俺も出張でばんなきゃな!

 ――ってどこへ?

 

「で、俺はどこにいたら良い?」


「言いにくいんだが……コウヤ殿にはしばらく大人しくしていて欲しい」


 何っ!?


「いや深い意味はない。君は切り札だからね。この先の話だが――」


◇◇


 王都を中心としてゴシマカス王国の北端をミズイ(コウヤの旧領地)とすれば、東側にヒューゼン共和国がある。国境に巨大な山脈が横たわり、ゴシマカス寄りに以前カノン・ボリバルの起こした反乱の拠点となったカグラがあった。


 ここはカノン・ボリバルやライガがヒューゼンの前哨基地として占領していたから、ヒューゼンの国境はそのさらに下ったあたりに置かれている。

 そのカグラと王都を結ぶ直線の途中にある貴族領に、コウが奔走して設けてもらっていた四ヶ所の補給基地があり、さらにその周囲に橋頭堡の陣地を作り上げていた。

 

 もちろんこれはヒューゼン共和国の侵攻に備えて作ったものだから、今回の青龍の『災禍』のために急遽改造が行われている。

 前述のオキナが指示した四層の防衛線は、この橋頭堡を中心とした半径五十メートルほどの円周上に、トーチカが設けられ対空砲を背中に装備した新型の金属兵が詰めているのを、王都を背後に四層にわたって展開されていた。

 

 轟々と風が鳴き、ポツリポツリと降り出した雨が地面を穿うがつように激しく振り始めた頃。

 トーチカの入り口に流入する雨水を、雨具のポンチョから飛沫を滴らせながら土嚢を積み、その周りに溝を掘って排水していた工兵たちが、耳をろうする雷鳴に「ひゃぁ」と悲鳴をあげてシャベルを放り出した。


「たまんないな。これじゃ視界も通らないから迎撃なんてできないんじゃないか?」

 ザーザーと降りしきる豪雨の音に負けぬよう、隣で作業に戻ろうとシャベルをひろう同僚に声をかける。


「まったくだ。早いとこ終わらせて中に引っ込もう。なに、俺たちは青龍をやり過ごしゃいいだけだ。見えないならなおさら好都合ってな」


「違ぇねぇ」と顔に滴る雨水を拭う。


 全ての兵たちがコウヤたちのように危機感と使命感をもって現場にいたわけではない。

 おう、そうだ全くだ、と手にしたシャベルで雨水溝を掘り出した時、ズオゥと大気が掻き回される音に空を見上げた。


 なんだあれは?


 声にならぬ第一声はそれだ。

 視界に収まるほとんどに空に一の字を描いたような影が浮かんでいる。


 なんなんだ……?


 それが話に聞く青龍である、と認識するまでしばらく時間がかかっていた。豪雨の雨音のせいで警報にも気がつかなかったのか? とわかるまでまた間が開く。


「「せ、青龍だぁ!」」


 ひぃ! と雨水だらけの地面に転び、いも虫のように這いつくばりながらトーチカへ躙り寄る。

 自らが築き上げた土嚢の壁に手をかけたその時、真っ白な光で視界が覆われた。

 それが彼の見たこの世の最後の姿だった。


◇◇◇


「第一防衛ラインが突破されました」

 対策室に悲鳴にも似た分析官の声が響く。それに無言で頷くオキナは「第二ラインに十字砲火クロスファイアの準備を」と指示を出す。


 あれほどの巨体にかかわらず、検知に引っ掛かることなく国土深くまで侵入してくるこの世の異物。

 目隠しをされたまま振り下ろされてくる太刀の恐怖にも似たそれに戦慄を抑えきれない。

 

 だからこそ胸を張る。

 そして笑って見せる――口にせずとも伝わるはずだ。

 まだこの国は終わってはいない、と。


「さぁ見せてやろうではないか? この国の底力を」

 彼の静かな呟きが対策室の浮き足立った空気を消し去り、指示の一言も聞き漏らすまいと歯を食いしばる。


◇◇◇◇


「対空砲火用意っ」

「対空砲火よーい!」

「撃ち方よーいっ」


 第二ラインに将校たちの緊迫した声が響いた。

 第一ラインがあっという間に崩壊したことはすでに連絡が入っている。そして探知にかかることもなく、突然文字通り降って湧いたごとく現れたことも。


 時刻は昼に関わらず、分厚い雲に覆われてあたりは薄暗く、吹き付ける風と狂ったように地面に叩きつける豪雨の音しか聞こえなかった。

 降りしきる雨に関わらず、見上げる天空に稲妻が走った。そしてそこに浮かび上がったのは。


「せ、青龍発見――ッ!」

 観測に割り振られた『遠視』のできる魔導官から悲鳴が上がる。


「天蓋外せっ」

 トーチカの天井が斜めに傾き、ずり落ちるように外れると、砲撃型金属兵が姿を現す。

 将校の声が上がった。


「「撃てぇぇぇ――ッ」」


 ここに王都防衛の火蓋が切って落とされた。

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