突撃

(前回のあらすじ)

 コウが捕縛され、救出に向かうコウヤたち。磔になっているとの情報が入り激怒する。そこへオキナが合流し、闇夜に紛れて救出をすることとなった。


◇◇


「な……?! コウがはりつけになってさらされている?」

 オキナが言葉を失った。

 拉致とは理解していたが、まさかはりつけにされてさらされているとは思っていなかったようだ。


「すまねぇ、俺が護衛してやりゃあ良かったんだが。こりゃあ明らかに待ち伏せしだ。夜目のきく魔人のやりそうなこった」


 オキナがギリリと、音をたてんばかりに奥歯を噛み締めて目を伏せた。

 はりつけの怖いところは身体の重みで肺が圧迫されて息ができなくなるところだ。

 苦しいので足台にかけた足を突っ張って息を吸っても、疲れて来るとガクッと落ちる。

 すると肺が圧迫されて息ができなくなるから時間をかけて死んで行く。


 最愛の人がそんななぶり殺しに合おうとしている。オキナが動揺するのも当然だ。


「なぁオキナ、大丈夫か?」


「わかっているよ。わかってる――だが、これが冷静でいられるか? 今、割ける全勢力を投入してでも救出する。

(配置した)方位石で魔法陣を展開して金属兵二百と、精鋭を転移させ伏兵ごと全て殲滅してくれる」

 と、低い声で答えた。

 こんなオキナは初めてだ。

 目を爛々と輝かせ、憤怒に身を焦がすオキナを見て逆に冷静になれた。


 まともな判断ができているのか?

 

「オキナ、わかるぜ――気ぃ狂いそうなのは俺も同じだ。

 だからお互いちょっと深呼吸をしようや。失敗は許されねぇんだ。代わりに俺の命を預けるから指示をくれ」


「待て、待てっ……。少し息を整える」

 すぅ――と息を吸いながら、木々の間から垣間見える暁の空を見上げる。

 やがて俺の方に視線を戻すと、厳しい顔色はそのままに静かに告げた。


「確かに闇夜で有利なのは魔人の視覚だ。その視覚を閃光弾を放ち奪う」


「その間にコウを救出する?」


「そうだ。こちらは目眩しで混乱してる隙をつく。タイミングは二度この」と手にした魔道具の先をチカチカと点滅させる。

 

「フラッシュが焚かれたあとだ」


「了解」

「わかったッス」

「うむ」


 一同頷くのを確認すると

「一発勝負だ。コウは全ての要……いや正直に話そう、私の命に変えても救出したい。皆に無理をさせるが」と苦しそうに告げる。


「心配すんなって。ここにいる連中もおんなじ気持ちだって、なぁ?!」と俺があたりに呼びかけると

「「「おうっ」」」と一同頷いた。

 

◇◇


「そろそろ索敵にアタリはないか?」

 低く落ち着いた声が聞こえる。

 ムスタフ将軍が十将に問う何度目かの声だ。


「万事抜かりなく配置しておりますが、まだ。

 しかしはりつけにすれば三日も持たず死にますゆえ、今夜かはたまた明日か……。いずれにせよ二日以内には」

 

「いや、今夜だ」


 擬装された天幕から、ゆっくりと外へ出てすっかり暗くなった“魔獣の森”を睨む。

 その視界の先には、はりつけにした捕虜の晒されている三十本の杭が、整然と並びたっていた。


「奴らの鬼女がおるからの、時をおくまい。狂いたって襲いかかってくるであろう」

 

彼女アヤツは“鬼女”だ。あの女に危害を加えれば二人の鬼があらわれる』

 ライチ公爵が、かつてカノン・ボリバルに語ったという話を思い出す。


『ならば好都合ではないか? まとめてほふれば良い』

 

 聞いた当初にそう思ったのを覚えているが、今はなぜか不吉な予感がまとわりついてくる。

 それが今宵の闇夜のせいなのか、予想のつかない行動をする勇者コウヤ•エンノのせいなのか。


 いかようにも対処できるように、人質を中心に扇形の陣形を敷いている。

 突貫してくれば、囲い込んで一気に殲滅するつもりだ。

 いきりたって襲いかかってくれば、四千の魔人の力で囲い込み、丸ごと飲み込めるはずだ。


 だが、しかし――。


 獣人とブラック・ドラゴン、ワイバーンの戦力を持って、カノン・ボリバルが膝を屈したのはなぜだ?

 例えそれが、魔王オモダル様が介入したイレギュラーを上乗せしたにしても、ありえない話ではないのか?


 ブルリと身を震わす。


「少し冷えるのぉ――」


 暗い“魔獣の森”から垣間見える月を見上げる。

 それがこれから襲いかかってくる敵への不安なのか、ただの悪寒なのかはわからなかった。


◇◇コウヤsideです◇◇


 あちこちに焚かれた篝火に、五メートルほどの立杭に後ろ手に縛られた人影が浮かび上がる。

 いずれも力無く項垂れている。


「なん……て。なんてことを」


 ギリリっと歯を食いしばるオキナが、痛いほど俺の腕を掴む。


「閃光弾用意」

「閃光弾用意……」


 低く告げられた声の復唱が、低く小さく走って行く。

 

 準備が整ったのを確認したオキナはこちらに向き直り、

「コウヤ殿はコウを救い出すのに集中してくれ。他は私がフォローする。だから――」

 と縋るような目で俺を見た。


「任せときなって」


「すまん。頼むよ」

 軽く目を伏せ顔を上げると、「頼む」と痛いほど二の腕を掴む。

 その手に軽く手を添えて外すと両手で包んでポンポン、と軽く叩いて頷いて見せた。

 

「頼まれた。速攻で連れ帰るから心配すんな」

 任せろと目に力を入れて見返してやる。

 頷いたオキナが魔法杖ワンドを軽く振ると、先端が赤く光り出した。図上に掲げてグルリと二度まわす。


 作戦開始の合図だ。

 時を待たずシュンシュンッと信号弾が派手に打ち上がる。


「敵襲――ッ」


 敵の監視役の声なんだろう。

 たちまち篝火かがりびが点火され、魔人たちがわらわらと湧いてきた。


「行くぞ」

 短いオキナの掛け声に、鏡面盾を掲げその影に滑り込む。

 腕を突き出したオキナの魔法杖ワンドが二回フラッシュした。


 パァァァン……と破裂音が響き、あたりの白と黒が逆転する。深く暗い闇が真っ白に染まり、立ち並ぶ樹々や飛び出た岩がその輪郭を残して光に飲み込まれた。


「な……っ?!」

「グォッ」


 暗闇でも人間の二百倍の視力を発揮できる魔法、『暗視』を発動していた魔人たちは、悲鳴をあげて目を覆いしゃがみ込んでいる。


「突撃っ」

 オキナの号令と共に、赤い光の尾を引いて信号弾が打ち上がった。

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