邂逅

(前回のあらすじ)

『暗視』を効かせた魔人どものど真ん中に、閃光弾が撃ち込まれた。反射的に目を庇ってしゃがみ込む魔人たち。

 オキナの「突撃」の号令が下った。


◇◇


「金属兵召喚っ」

 オキナの号令とともに、魔道官が詠唱を始める。


「全知全能の神と大地の精霊に願い奉る――」

 

 暗闇の中から光の滝が吹き上がり、魔法陣から次々と金属兵が現れた。そのまま歩き出すと肩に装備されたライトニング・ボウを左手の前腕にまで移動させ、ライトニングの一斉掃射が始まる。


「ヴォォォ――ッ」


 金属兵の威嚇の咆哮があちこちで響き渡り、光の尾を引いてライトニングが魔人軍に降り注いで行った。

 見えないなりに耐魔法の盾を並べて、壁を作ったムスタフ軍はさすがと言えるだろう。

 だが、その壁がさらに視界を遮った。


「今だっ、コウヤ殿っ!」

「オウッ」


 間髪を入れず左手の海亀にリクエストする。

『亀――縮地っ』

 足元の地面が旋風を巻き起こす。

 ブンッ、と風景が線画となって後ろへ流れていく。目指す先はもちろんコウの拘束されている杭だ。


 バババ――ンッ! と、なんか弾け飛んだが、気にする余裕はない。


「コウッ、コウッ! 助けにきたぞっ」


 目の前はちょうどコウの足元のあたり。

 少しでも気力を取り戻せるように、大声で語りかける。


「コウッ、コウッ!」


 叫ぶ俺にコウがうっすらと目を開けた。


「遅いぞ……バカ勇者」


「待ってろっ、すぐに――」

 神速で手足を縛るロープを切り落とし、落ちてくるコウを抱き止める。

 顔色は蒼白で髪は乱れ、ところどころ枯れ葉がまとわりついていた。


 畜生……なんてことしやがる。


「コウ、オキナも来ているッ、だからもう少し頑張れっ」


 フッと微笑むコウは、「化粧を……」と呟いて気を失った。


「馬鹿はおまえだ……」

 この闇夜だ。化粧なんてわかりゃしないてぇのによ。


『亀――もう一回ッ』


 海亀にリクエストを伝え、コウを抱えてオキナのいたあたりまで跳躍する。


「オキナが来たぞっ、しっかりしろ!」

「コウッ、コウッ――」


 オキナが駆け寄って来た。コウを預けるとクルリと背を向ける。


「百倍返ししてくらぁ。あとは頼んだ」

 白いローブを纏った救命魔導官が駆け寄っていたから、もう大丈夫だろう。残りの連中も――


「行くぞっ」


 大気の流れを感じる。

 地脈が波打っている。天頂から踵まで力の流れを感じた。

『我が身は金剛……軍神アトラス降臨』

 暗闇の中でボゥッと発光が始まり『神速』を発揮する。


 目を覆いしゃがみ込む魔人たち。

 それに照準を当てながら、踏み出そうとして片足をあげている金属兵。

 オキナを振り向けば、コウを優しく抱え込んでいる。


 へ……ッ、お熱いこって。


「行くぞっ」

 磔にされた連中のところへ跳躍すると、拘束具を切り裂き小隊の連中を自軍のへ連れ戻す。

 これで、ムスタフの野郎の手駒はなくなった。

 あとはキツ〜イお灸を据えてやんなきゃなっ!


「ふぅッ」


 頬を膨らますと腹から息吹を吹き出しさらに加速する。目指すはどでかい魔力を放つムスタフ将軍だ。


「ノォォォ――ッ」


 魔人たちの影を斬り捨ててながら走る。


「ウガァッ」

「グオッ!」

「だはっ……」


 黒々とした魔力を放つ天幕が見えて来た。ムスタフ将軍がいるとすればここらだ。

 


 さぁ、その素っ首を斬り飛ばしてやる!


 グンッ、と更に加速をしようとした時、神力が途切れた。止まっていた時間が動き出す。

 擬装された天幕を切り裂くと、果たしてその中に真紅の鎧に身を包んだ巨漢が床几しょうぎに腰かけている。


「ムスタフッ!」


 一気に飛び込んで行こうと腰を落とす。

 だが、その横合いからいく筋もの穂先が突き出されて来た。


「のぉ?!」


 左手から突き出された穂先は、そのまま海亀のバックラーで弾き、右手からくるやつはミスリルの剣で弾き逸らす。

 正面から突き出された穂先を体を捻って、スレスレでかわすと次の穂先は上体だけで避けた。


 シュタタタ――ンンッ、と連続して繰り出される槍の穂先から空を切る音がする。


「なッ――な、なんだ、ってんだぁ?!」


 全てを捌き終えて、後ろに飛び退るとついさっきまで俺のいた場所に、幾重にも投網が覆い被さっている。

 チッ、と軽く舌打ちをした真紅の鎧を纏った巨漢が、床几から腰を上げると近寄って来た。


「勇者コウヤとお見受けする。なかなかの武者ぶりですなぁ」


 鷹揚な物言いとは裏腹に、全身にまとう殺気は息が詰まりそうな圧を放っている。


「テメェがムスタフか?」


 思えば顔を見るのは初めてだ。


「さてどうでしょうな?」

「誰だろうが構わんさ。全員ぶっ殺せばおんなじだ」


 おまえはコウに手を出した、それだけで死罪確定なんだよ!


「思った以上に幼いと見える」

 ムスタフは笑いながら周囲に目をやる。


 なんだ? 


 目線の先を追えば、ウンザリする面子が出て来やがった。


「来やがった! ほんとに来やがったな?!」


 喜色満面で飛び出て来たのは黄金色の毛並みを、全身の筋肉で波立たせているライガ。そして物憂げな顔でその後に続くカノン・ボリバル。


「出やがった……」

 うっかり愚痴が口から出たのは仕方ないじゃない?


 カノン・ボリバルの方は何か思うところがあるのか、ムスタフ将軍に意味深な目線を送っている。


「感心しませんな」

 相変わらずの仏頂面でムスタフ将軍を見ている。


「ほぅ? これほどの舞台はないかと(武功を)お膳立ててたのが気に入りませんかな?」

 ムスタフ将軍は大太刀を抜き放った。

「そのワケを聞いても?」


 剣呑な雰囲気に俺も思わず見入ってしまう。


「コウを奪われたことですよ。鬼女を手放してこのまま済むとお思いか?」


「笑止。コウヤを招き入れ、スカイドラゴンもこの場を襲撃できぬ至近距離ならば、勇者コウヤをうち取れるチャンスでは? まさかここに来て出来ないと言うほど落ちぶれていなかったと思っていたが」


 フッ……とカノンは鼻で笑った。


「なぜかは身をもって知れば良い。侮られたままでは癪だゆえ仕事をしようではないか」

 スラリと太刀を抜くと、左手を翳した。


「遮断――」


 俺の魔力が抜けていき、突き出されたボルガニックの銀色の筒がその後ろから突き出された。

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